戸惑う乙女
ふと気が付けば巴は太一をついつい目で追ってしまい、その結果学園の生徒や教師があまり知らないチャラ男の姿を見ることになる。
「うぇーい。友樹元気ー?」
「おーっす。元気元気。そういうお前は元気そうなのが見ただけで分かるな。相変わらず何を喰ったらそんな体になるんだ?」
「バランスのいい食事だよ。最近、それのお陰で特に調子がいい感じー」
「ほうほう。じゃあ俺もその身長目指してみるわ。ガキの頃は同じだったからワンチャンあるだろ」
「いやあ、もうお互い成長期は終わってね? 中学の時も似たようなこと言ってたし」
「まあな……」
チャラ男の生態その一。かなり限られているものの、昔馴染みが一定数いて交友関係がある。
今現在太一と話しているのは中学生時代から付き合いのある人物で、巴は詳しく知らなかったが野球部の次期キャプテンとみなされている男性生徒だ。
余談だが幼馴染の彼女が野球部のマネージャーとして活躍しており、仲のいい友人からはよく揶揄われていた。
「卒業したら髪を伸ばして染めちゃう? それなら背も伸びて見えるよ」
「長さはともかくとして、髪染めて似合うと思うか?」
「俺程じゃないかなって」
「お前は似合い過ぎ」
「でしょー」
非常にチャラチャラしている男と、スポーツマンの好青年が気軽に話している姿は奇妙だが、巴はチャラ男の感性を理解しつつあったので、特に変だとは思わなかった。
チャラ男の生態その二。一般の学生にはない伝手がある。
「ようこそ巴ちゃん」
お昼休みに巴が連れ込まれたのは、校舎の裏側にあるこじんまりした部屋だ。
簡素なソファと机しかない部屋と言えども、真面目な委員長気質の剣道美少女がチャラ男と同じ部屋に入ったのである。部屋の中では口に出せない行いが繰り広げられるのは目に見えているが、この部屋周辺は色々と曰く付きだ。
二年生の間では相沢太一出没エリアとして名高い上に、三年生にすれば去年卒業した札付きの悪と言っていい先輩の根城だったため、滅多に人が訪れることはなかった。
「ここは何の部屋です?」
「去年卒業した先輩から譲り受けた部屋……ってのは学園だから変な表現になるかな。まあ、その先輩が同好会が使ってた感じの部屋なんだけど、先生に聞いたら俺が使っていいみたいな話になったからよく利用してるんだ」
疑問を覚えた巴に軽く太一が答える。恐らくその先輩達もここに女子生徒を連れ込み、暴虐の限りを尽くしていたのだろう。
「どのような先輩です?」
「あっくん。おっくん。ゆうくんの三大巨頭とか言われてた人達。赤色、黄色、青色に髪を染めてたから、多分見たことはあると思うよ」
「……確かに覚えがあります」
「あっくんは煮物。おっくんは漬物。ゆうくんはカレーオタクだったから少し習っちゃった。つまりここは、元料理同好会の部屋だねー」
派手な髪色の先輩を記憶していた巴は、ああ。あの先輩達かと納得した。
そしてこの部屋では、その派手な先輩がどのように具材を痛めつけるか話し合っていた場所で、食材達の怨嗟の声が染みついていた。
尤も太一は敢えて伏した情報がある。
学園三大巨頭の名に相応しい男達と太一の死闘。更に隣町からやって来た不良をしばくために臨時結成された四大巨頭。
その名は不良界において燦然と輝く伝説であり、臨時結成とは言え四大巨頭の太一はこの部屋を譲り受けたのだ。
つまりこの部屋は、春夏学園において代々受け継がれてきたテッペンの象徴だった。
「三人とも彼女いるんだけど、この部屋で人生ゲームやってた時は即撤退したね。子供が生まれたーとか、家の購入がーとか彼女さん達は楽しんでたのに、三人の方は白目剥きそうだったもん」
太一が持つ三大巨頭を揶揄うときの鉄板ネタを披露したが、巴は斜め上の受け止め方をしてしまった。
(彼女……よくよく考えたら今の状況っ……!)
巴は昼休みに男と二人っきりで、しかも人気のない部屋にいる状況がどう見られるか、今更自覚したようだ。
「それじゃあ頂きます!」
だが本当に今更だ。
頂きますという言葉通り、太一の目の前には巴……の作ってくれたお弁当が並べられているのだから。
「いやあ、本当にありがたいのなんの。海の家でバイトして焼きそば作ってたから、それだけは結構自信あるんだけど、他はかなり怪しくて」
「……う、海の家ですか」
巴の異変に気が付くことなく彼女の手料理を食べる太一は、得難い人生経験の一つを話した。
「そうそう。海パン姿でタオルを頭に巻いてたんだけど、かなり似合うと思わない?」
「そうですね絵になると思います」
「でしょー」
絵になるどころの話ではない。完璧で完璧、究極のマッチングだ。
泳ぐよりも陸で女をひっかけている姿があまりにも似合っている太一が、海の家で焼きそばを作っていたものだから、似たような者達がやたらと集って独特な空気も作り出したことがある。
尤も肝心な女性は、太一の体を見てキャーキャー叫ぶだけで近寄らなかったため、彼は水着美女ではなくむさくるしい男としか会話していないというオチがあった。
「あ、そうだ。その時の話だけど、ちっちゃい男の子が寄って来て、焼きそば星人だーって言われたことがあるなあ。肌の色と焼きそばの色が同じだからそう思われたって気が付いた時、暫く笑いが止まらなかったよ。巴ちゃんもその場にいたら受けたと思う。絶対焼きそば星人だよーって力説されたら笑い過ぎて涙出てくるから」
「それは……ふふ」
チャラ男の生態その三。
妙に人生経験が豊かで話題が多く、一度話し始めたらペースに乗せられ仲のいい男女か恋人の様な雰囲気を形成してしまうこと。
◆
「あう……」
家に帰り暫くすれば流石に誰だって冷静さを取り戻す。ベッドでぐったりとしている巴は、自分がどうしたいのかさっぱり分からず呻いていた。
(私はどうしたいんだろう。あの人からどう見えてるんだろう……)
通い妻や恋人とそう変わらない行動をしていることを自覚した巴だが、あくまで彼女の中ではお世話になった人にお礼をしていると思っていた。
しかし、ふと思ったのだ。急に今の関係が解消された時、自分はどう考えるだろうか、と。
(いやだ。まだ話をしたい)
少なくともその点に関しては結論が出ていたものの、お礼がいつまでも続くのは奇妙な話だ。それ故にいつかは終わってしまう関係なのだから、僅かな繋がりがある他人に戻る想定もしなければならない。
そして巴の心がその想定に対して嫌だの一言であるならば、彼女から行動を起こす必要がある。
巴の無意識の部分は、暴漢に襲われたばかりの自分に、太一の方から迫ることは絶対にないと判断している。いるのだが……それはあくまで無意識の部分だ。
「はふ……」
妙に熱い女の溜息が掻き消えていた頃……。
「なんかビビッときたぞ。これは野球部?」
チャラ男はまたしても妙な薄い世界特有の電波を受信していた。
彼は友人とその恋人の絆を守ることが出来るだろうか。
もし面白いと思ってくださったらブックマーク、下の☆で評価していただけると作者が泣いて喜びます!