チャラ男の権力は強い
日間ローファン七位ありがとうございます!
(初心な小娘じゃあるまい……そのものだった)
自室のベッドで倒れ伏している巴は、醜態を思い出してうめき声を漏らす寸前だった。
(ずるい人……)
巴がずるいと評する太一は、家の中ではふにゃふにゃしているくせに、一歩外に出ると途端にチャラチャラし始め、そうと思えば急に男らしい顔を見せる。
男性との交際経験など皆無で、誰かを好きになったこともない巴では、かなり面倒な性格をしている太一を測りきれず、それがずるいという奇妙な表現に繋がっていた。
「あら? ……どうしたの巴?」
その時、開きっぱなしだった扉の前を巴の母が通り、うつ伏せのまま膝を曲げたり伸ばしている娘に声をかけた。
事件が起こった後、かなり神経を尖らせ送り迎えをしている巴の家族だが、太一。というより相沢家との関わりに戸惑っている。
本当なら年頃の娘が、同じ年齢の男だけしかいない家に出入りするのは避けて欲しいところだ。しかし、地主や大地主という言葉では表せられない相沢家の権力は凄まじいものがある。
なにせ事件直後に警察の幹部がやって来て、詳しくは言えないが捕まった犯人が、再びこの街に現れることはないだろうと匂わせ、面倒なアレコレは出来る限り警察の方で処理しておくと言い残したのだ。
それは明らかに一般家庭への対応ではなかったが、相沢家が関与していることを知った瞬間、全ての疑問が氷解した。
少なくとも周囲一帯では、相沢家に睨まれたら街から出て行くしかない認識されているほどの家。それが太一の実家なのだ。
「……複雑な話を経て相沢君のお弁当を作ることになりました」
「複雑?」
「……照れた私のその場の勢いです」
「はい?」
そんな家のお坊ちゃんに、娘が弁当まで作る話になっているのだから、母の疑問は至極当然だろう。
(きちんと現実を言った方が……)
母は大きな悩みを抱いた。
傍から見た巴はやけどをする寸前だが、相沢家の長男ともなれば、結婚相手は名家のご令嬢だと決まっているため、通常ならば自分でも認識していない巴の感情が育ち実ることはない。しかし手がない訳ではなく、一握りの上流階級が愛人や妾、複数の婦人と暮らしているのは結構常識的で有名な話だ。
もし似て非なる厳格で分厚い世界の人間が聞けば耳を疑うだろうが、薄いこの世界においては極端に変な話ではない。
だが、それはそれとして正妻に比べると優先順位は低くなるため、母は素直に応援することが出来ない。
(でも……)
それを母が口に出せないのは、男に襲われたばかりの巴の精神的安定に、太一がかなり重要な部分を担っているからだ。
人間とは過去を参照する生き物だが今回の場合、機能したセーフティー。つまりは太一を巴が頼りにするのは当然の話であり、彼女が普通の生活を送っている重要な要素だ。
そのため太一の家に通っている巴を止めることは出来ず、奇妙な関わりが発生していた。
「明日は確か、剣道部が警察署に招かれてるんでしょ?」
結局、母は明日の予定を口にするだけでそれ以上のことは言えなかった。
◆
次の日。
日曜を利用して、春夏学園を管轄範囲に収める警察署が、春夏学園剣道部の学生を招いていた。
その中には当然、次期部長筆頭である巴も含まれているのだが、部員は巴が襲われてひと月も経っていないため心配していた。しかし、彼女は普段通りの学生生活を送り、目立った異変もないので徐々にその心配も下火になっている。
「めえええええん!」
「あの子は主将か?」
「二年生らしい」
「あれで二年? 時期を考えると最近まで一年生だったじゃないか」
「ああ。先が楽しみだ」
実際、警察官という猛者が相手でも巴は普段通りで、春夏学園剣道部の将来は明るいと思わせているほどだ。
「すいません。少しお手洗いに行ってきます」
「分かった」
そんな巴が引率の教師に一言伝えてから、剣道場の外に出る。
目的はお手洗い……ではなく、手招きしてからすぐに引っ込んだ巨漢だ。
「うぇーい。巴ちゃん、ごめんね呼んじゃって」
「相沢君、どうしてここに?」
その巨漢は、チャラチャラモード全開の太一だ。
一見すると、部活なんかより楽しいこと教えてあげるよと言っているチャラ男。もしくは、なにか脅迫のネタを掴んで、部活中の乙女を呼び出した悪漢にしか見えない。
「いやあ、俺の修行先の爺さんって、ここで先生とか言われてる立場なんだけど、その爺さんからお使い頼まれちゃったんだよね。そんでここに来たら、学園の剣道部と交流してるって話を聞いたからさ、これは都合がいいぞと思いました。はい」
「都合?」
「そそ。一応、相沢の名前出してあの馬鹿垂れを警察に突き出したけど、念には念を入れようかなあと。ってな訳で悪いんだけど、ちょっと付き合って」
その太一がニヤついた表情で巴に迫る。
部活よりも男の都合を優先させようなど、まさにチャラ男としか言いようがなかった。
「この前はどうも助かりました。暴漢の件でお世話になった相沢の倅です。こちらは被害者の西川巴さんです」
「西川巴です。今回は本当にお世話になりました。ありがとうございます」
そんな太一と巴は、警察署内で頭を下げていた。
(親の権力は俺のもの。これぞ封建主義)
邪な考えを浮かべている太一は、本当に念のための行動をしているだけだ。
太一は相沢の名前を出した上で被害者の巴が隣にいれば、警察がこの件で雑な対応をしてはならないと、余計に思うことを理解していた。
事実、多少面識のある警察官がすぐさまやって来て当たり障りのない、警察と市民の会話をした後……。
「お爺様とお父様にもよろしくお伝えください」
「勿論です」
と、態々そう締めくくった程だ。いかに相沢家の権力が強いか分かるというものである。
なお余談だがこの父と祖父。太一の家族というだけあってかなり変わり者で、今は亡き曽祖父に至っては四十七都道府県に最低一人は現地妻がいますと公言したアホである。
「相沢君。本当にありがとうございます……」
一方、相沢家の奇行を知らないものの、その末である太一の行動に巻き込まれている巴は意図を聞いており、改めて深々と頭を下げた。
「気にしない気にしない。ほらほら、笑顔笑顔」
それに対して太一は軽薄な言葉で巴を促すが、この男は所詮ファッションチャラ男である。
「笑顔……こうですか?」
「わーお。写真撮りたいくらいの笑顔だよ巴ちゃん」
「写真は次の機会に。ですが」
「うん?」
巴の笑顔がどのようなものだったか、この場で知っているのは太一だけだ。
「……言ってくれればいつでも見せますよ」
尤もふわりと耳に吹き込まれた声と行動に固まった男が、それを誰かに言い触らすことなど出来る筈もなかった。
薄い世界において日本を支配している疑惑が存在する。それがチャラ男。
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