チャラ男とは女性特攻能力者である
「んんんんんん……ねむ……」
ポスター、フィギア、グッズだらけの部屋で起床した太一は、目を擦りながら立ち上がった。
巴の襲撃事件から数十日。コネ、権力をフルに使ってなんら変わりのない日常を送っている彼は、今日もまた素晴らしきチャラ男道を邁進するのだろう。
しかし今日は休日。偶には昼まで寝ても、チャラチャラした神は許してくれる筈だが、そうはいかない理由があった。
洗面台で顔を洗っても、落ち込んだレッサーパンダのような気の抜けた表情の彼がリビングに向かうと、日本人の本能を刺激するみそ汁の香りが漂っていた。
台所にいるのは太一の親だろうか。お手伝いさんだろうか。
否。
「巴ちゃんおはよー……」
「おはようございます」
太一のクラスメイトにして委員長の相方、西川巴であった。
簡素なシャツとズボンの上にエプロンを着ている彼女は、着物を着ていないのに旅館の若女将といった雰囲気を漂わせている。
そんな彼女がこの場にいるのは、太一の距離感と常識がバグっているせいだ。
事件後、親と共にお礼の挨拶をしたり、何度も自分に出来ることはないかと尋ねた巴だったが、そう言われた太一は困った。
妙な人付き合いの感性をしている彼は、巴がきちんとしたお返しをせねば納得しないと見抜いていた。しかし、そのお返しの内容がさっぱり思いつかなかったため、じゃあ飯でも作ってよと言って話を終わらせてしまったのだ。
結果がこれである。
「今日もありがとうねー。普段は手っ取り早く済ませるから、朝からちゃんとした朝食がありがたいのなんの」
「気にしないでください」
ようやく目が覚め始めた太一だが、普段のニヤニヤ笑いがない上に顔つきもどこか幼い。
そして巴も流石に毎日ではないが、定期的に相沢邸を訪れているため、このチャラ男が内弁慶ならぬ外弁慶なことの違和感も薄れている。
この男のチャラ男ルールは外にだけ適応されるもののようだ。
「いただきます。いやあ、おいしい。それに話す相手がいるのは嬉しいね」
卵焼き、焼き魚、みそ汁などの模範的和食を前にした太一は、巴を称えながら箸を進めていく。
別に太一の家族関係は問題ないのだが、ここ最近はタイミングが悪く一人で暮らしているので若干寂しかった。そのため、太一は巴も食べようと提案したので、今は二人の食事時間だ。
「あ、そうだ。よかったら離れにあるうちの剣道場見る? と言っても小さなもんだけど」
「離れ……剣道場だったのですか?」
「そうそう。爺ちゃんが趣味の一環で作った感じの場所。そんで俺も爺ちゃんの知り合いから剣道を習ってるから出来ないこともない……かもしれない……」
「?」
「投げ技、打撃技ありの実戦想定古風スタイルなんだよね……」
「それは珍しいですね」
「でしょー」
ふと思い出したような太一の言葉に巴が強い興味を持つ。
巴は暴漢に対する躊躇の無さから、太一がなにかしらの武術を習得していることを察していたが、かなり際どい物だとは思っていなかった。
「まあその内、師匠超えの下克上兼道場破りするから、看板を貰うんだけどね」
「その内ですか」
「あと五年は必要かなあ……」
軽い太一の言葉に、そういうやり取りが交わされたんだろうなと、これまた軽く考えた巴だが、詳細を知る者がいれば絶句しただろう。太一の修行先は若造が五年十年修行を積んだところで大きな顔が出来る場所ではなく、その師匠越えを果たすなど非現実的ですらあった。
太一はその大言壮語が許される立場であることなど、巴が把握出来るはずもないが。
ところで話は変わるが、普通なら義理を果たすため一定期間太一の世話を焼くだけで済ませるだろうが巴という女は……絶妙に趣味が悪かった。
(可愛い……)
炬燵や縁側に座って茶でも飲んでいるジジババの如き今現在と、巴を救った時、更に普段のチャラ男スタイルとのギャップがあまりにも激しいせいで、どうやら彼女は正気を失っているようだ。
ついでに言うと、混乱させる太一も悪い。
「ようこそ相沢道場へ」
太一は食事を終えると、話題にしていた小さな道場へ巴を案内して、何気なく置かれてあった竹刀を手に取る。そして大上段に構え、ぴたりと静止した。
(綺麗……格好いい……)
やはり巴の趣味が悪いのだろうか。
竹刀の先から足まで、ピンと気を巡らせている太一の姿は非常に完成されたものだ。
そこに普段の軽薄さはどこにもなく、動機を考えなければ純粋に武という一本道を直進している男がいた。
「前にちらっと、剣道場にいる巴ちゃんを見たけど、尊敬しちゃったよ尊敬。俺ってばとにかく相手をぶっ壊せ、ぶっ倒せ。卑怯とかいう暇あったらぶん殴れ。みたいな物騒なの教えられてるからさ。相手を尊重するとかしっかり向き合うとか出来ないんだよね」
ふと気を抜いた太一が唐突に話し出す。
「でも巴ちゃんってば、しっかり相手のことを尊重して、言葉でしか守られてない礼に始まり礼に終わるを実行してるでしょ。マジ尊敬。こんな綺麗な剣道する人っているんだなあって感動したもん」
「あの、その……」
一見すると軽薄すぎる男がナンパして、慣れていない娘さんが顔を赤くしているようにしか見えない状況が完成する。尤も多少違う点としては、軽薄男は心の底からの賛辞を送っていることか。
そして今までになかった賛辞を受けた巴は、非常に珍しいことに何を言えばいいか分からず、もじもじとした雰囲気を漂わせていた。
「よかったら……えっと……お昼のお弁当も作りましょうか……?」
最終的に絞り出せた巴の言葉は、かなり突拍子もないものだった。
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