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チャラ男vs暴漢

なんか妙に評価がよかったのでちょっと連載頑張ってみます。短編の方、ローファン日間三位ありがとうございます!

そして薄い世界とはローファンである(*'ω'*)

 春夏学園は中々面白い場所だ。


 かなり校則が緩くピアスや金髪をしている者が多数存在し、改造制服だって許されているため女子生徒は非常に華やかなことで有名だ。


 その割には底辺と言う訳ではなく寧ろ進学校のような扱いのため、育ちのいい者達や著名人の子供達が数多く在籍していることでも知られている。


 そんな春夏学園だったが、人が多く集まれば避けられるべき人間も当然いた。


「これがあれば……これさえあれば……!」


 季節は四月の入学シーズン。酷く痩せている上に、前髪で瞳と表情が隠れている男子新入生が声を震わせている。


 かなり挙動不審で、警戒するようにきょろきょろと周囲を確認していたが、顔を左右に振る度に女子生徒に視線が固定されていた。


「ここが僕の学園になるんだ……!」


 そして自分が偉いという虚栄心が満ちている割に、人がいる場に慣れていない生徒でもある。


「あっ!?」


 女子生徒に近づきながらも緊張でおぼつかない彼の手が、ポケットにある携帯端末こそが拠り所と言わんばかりに伸び……上手く動かない指が落としてしまった。


 バキン。と音が響く。


 携帯端末に振り下ろされた黒い靴は、例えるなら巨大なゴキブリを見つけた時のような生理的嫌悪感と使命感に従ったと言えるか。それとも無意識か。


「あ、あ、ああああ」


 男子生徒から悲痛な声が漏れた。


 文句を言おうにも相手は巨漢であり、とてもではないが貧弱な男子生徒では太刀打ちできないだろう。しかもその巨漢は全く気が付いた様子もなく、意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべているではないか。


 男子生徒にとって天敵と断言していい雰囲気を纏った巨漢は、ナニカに気が付くことなく去っていく。


「そんな……そんなあ……!」


 男子生徒から悲痛な声が漏れた。


 余程大事だったのだろう。うんともすんとも反応しなくなった携帯端末を握った彼は、何度も電源を入れようとしたが、罅割れた画面は何も映さない。


「ひっ⁉」


 すると彼は、この場にいることが怖くて堪らないと言わんばかりに震える。それは自分を支えていた物が喪失したようにも見えるため、巨漢の行いはあまりに非道。あまりにも酷い。


「ああああああ!」


 結局彼は校舎に入ることもせず悲鳴を上げて学園を去り……それ以降この地を訪れることはなかった。


 そして男子生徒が巨漢に抗議しなかったのは当然だろう。


 なにせチャラすぎた。


 ◆


(また相沢と同じクラスか……)


(あいつ絶対ヤベエよ……)


 二年一組の教室。


 堂々たる出席番号一番の相沢太一は有名人である。


 新学年が始まった春の陽気が漂っているとはいえ、薄いシャツの胸元ははだけており、日に焼けた褐色の胸筋と厳ついペンダントが露わになっている男。


 短く刈り上げた髪はこれでもかと金髪に染色しており、耳にも金色のピアスが揺れている。


 そしてシャツの袖をパンパンにしている腕は血管が浮き上がっているのだが、彼を見た全ての人間がスポーツマンではなく……。


(チャラすぎるんだよ)


 チャラチャラしている男と評するだろう。


 なにせ普段から浮かべているニヤニヤ笑いが非常にいやらしく、髪色やアクセサリーを含めて軽薄な雰囲気を人型にすれば太一になると言い切っていい程だ。


(絶対悪いことやってるって)


 そのため逞しい体も寧ろマイナスのイメージしか与えず、よくて海で自分の体を誇示しながらナンパしている男。悪く言えば脅迫など、何かしらの悪事を働いているようにしか見えなかった。


 結果、太一には黒い噂が絶えず、気の弱い女子生徒が食い物にされているとまことしやかに囁かれていた。


「えっと、それではクラスも変わったことですし、自己紹介からお願いします」


 若い男性教師も、太一を恐れているかのようにチラチラと視線を送り、無難な新学年を始めようとしている。


「相沢太一です。趣味は……あー。そうすねえ。色々です。色々」


 あ行のあである太一が真っ先に立ち上がって、色々やっているのだと匂わせる。


(あいつの携帯、絶対に覗かない。犯罪に巻き込まれちまう)


 ニヤニヤ笑って話すような趣味など、絶対に碌でもないと断言する生徒達は、犯罪に巻き込まれないよう太一から距離を置くことにする。


 これは一年生の時も同じで、太一はスクールカーストの外のいるような特別枠だった。


「それではクラス委員長を決めましょうか。男女一人、誰か立候補する人はいますか?」


 三十人ほどいるクラスの自己紹介が終わると、毎年お馴染みのクラス委員長決めが始まった。


 そしてついでにお馴染みの我慢比べも開催される。具体的には俺は嫌だからお前がしろ。という無言の圧だ。


 日本の学校において、面倒なことを押し付けられるクラス委員長決めは、無言のフェーズ1。イライラのフェーズ2を経て、最終フェーズくじ引きにもつれ込むのがお約束である。


 ただ、極々稀にイレギュラーが起きる。


「私がやります」


 フェーズ1を打ち破って凛とした声が教室に響く。


 同年代の女子生徒に比べてかなり高い背を真っすぐ伸ばして、椅子に座っている女子生徒は男達の間でかなりの噂になっている人物だ。


 去年のクラスで彼女を形容する言葉は、黙っていれば大和撫子。話し始めたらザ・委員長。


 黒く艶のある髪を後ろで束ねたポニーテールにしている姿と、すっとした切れ長の瞳は女武者のようでもあり、実際剣道部の新二年生ながら早くも次期主将が確実視されている。


 だが性格は堅物真面目、大真面目と二重に強調される程で、自他共に厳しく委員長という言葉が擬人化したら彼女になると言われていた。


 そして、そんな人間は基本的に酷く煙たがられるのだが、黙っていれば大和撫子の評判通り非常に整った顔立ちをしているなら話は別。更に高身長も合わさってどこかの雑誌で表紙を飾るモデルような女なら、男子生徒はそれだけで受け入れられた。


「えーっと、それでは西川巴さんよろしくお願いします」


 クラスカーストを制覇する主な要素の一つ、容姿で最上位に位置する女の名を教師が呼ぶ。


 尤もこの春夏学園、容姿に優れた女子生徒が全学年でかなり多く、男子生徒は黄金美人世代と呼称していた。


 さて、女子のクラス委員長が決定したため、女子生徒達から早く決めないよね男子。という無言の念が発せられる。


 が。


 そんなことは男子生徒も慣れっこ。今日から一年間も、面倒に巻き込まれる可能性がある役職を賜るくらいなら、突き刺さる念を無視して机の出来栄えに感心した方がいい。


 その時、意外なことが起こった。


「じゃあ俺がしまーす」


 出席番号一番。相沢太一君がどうでもいいやと言わんばかりの気楽さで手を上げ、委員場に立候補した。


 これには生徒、教師、巴も聞き間違いかと思ったが、手を上げている太一の姿は変わりない。


(この時間が面倒だからとりあえず手を上げて、後のことは全部任せるつもりか)


 男子生徒の一人が太一の目論見に気が付いたようだ。


 つまり、いつまでも黙っている時間に苛々してとりあえず立候補しながらも、仕事は全部巴にぶん投げて自分は楽をするつもりだ……と。


「ほ、他に立候補はいませんか? ……いないようですので相沢君にお願いします」


 他に立候補がいないのなら、教師も君は仕事をしないから駄目ですと言えない。それに実際にサボった後ならともかく、今は問題になりようがないので、太一はクラス委員長に任命されるのであった。


「よろしくねー巴ちゃん」


「……よろしくお願いします」

(私より大きい……)


 最初の時間が終わった早々に太一がそのチャラさを存分に発揮して、殆ど面識のない巴の名を呼びながら近づいている。


 その圧倒的なチャラ男力は付近にいた女子生徒が、うわ。っと思う程だったが、巴は太一の身長の高さを改めて実感していた。


 平均的な男子と同じか、それよりも少々背が高い巴を見下ろすような太一は巨漢という表現が相応しく、もし壁際に追い込まれれば巴ですら逃げ切れないだろう。


「色々初めてだからさ。優しく教えて欲しいな」


「分かりました」


 軽薄な態度があまりにも似合い過ぎる男が、委員長の務め以外も教えてくれと言わんばかりにニヤニヤと笑っている。


 ただ、人間の態度と外見だけが本質ではないと、親からきつく教育されている巴は気にしていないようだ。


「じゃあねー」


 去っていく太一の後ろ姿を見ていた巴の感想はこの時点で、人それぞれ。という無味乾燥なものだった。


 ◆


 新学期初日ということもあり、比較的早い時間に放課後となった校舎を巴が歩く。


「わあ……」


 すると新入生の女子生徒が、そこらのモデルでも裸足で逃げ出すような巴に感嘆の声を漏らし、男子生徒は自分より背が高い彼女に驚いて道を譲ってしまう。


「せ、先輩。あの人誰っすか?」


 一人の男子生徒が、昔から付き合いのある二年生に巴のことを尋ねた。


「同級の西川巴だよ。うちの学園の部活姫」


「部活姫?」


「部活でとびっきりの美人が入ったら、男連中が認定するんだよ。そんで西川は剣道部の姫」


「へー。じゃあ他の部活にもいるんすか?」


「いるいる。チアと体操は分かりやすいな」


「ちなみに彼氏は……」


「聞いて驚け。少なくとも表向き、部活姫に彼氏持ちはいない」


「じゃあ俺、部活頑張ります」


「夢見るのは自由かなって」


 青春真っただ中にいる男らしい会話は、幸いにも巴に届くことなく校舎の喧騒に掻き消えていく。


「今年もよろしくお願いします」


「よろしくお願いしまーす!」


 巴が足を運んだ学園の剣道場だ。そこは新学期初日でも休みはなく、部員達が挨拶をするために集っていた。


 ここでちょっとした裏話がある。


 巴が入学する前、学園の剣道部は少々部員が少なかった。主な原因は夏の暑さと、籠手の臭さを嫌ったものだが、巴が入部した途端に生徒が手のひらを返した。


 誰もが振り向くモデルのような女に近づくなら、剣道部に入部するのが手っ取り早いと判断した同学年の男子生徒が複数いたため、今ではかなりの人数が所属していた。


 そして今年の新入生にもその兆候は発生しており、下手をすれば来年も新入部員に困ることはないだろう。


 ただ、今年は若干毛色が違うかもしれない。


「さっきの人、向こうへ……?」


 巴とすれ違った新入生の女子生徒が、憧れの人を見つけたように興奮しており、このままいけば多少なりとも男女差が改善することだろう。


「うぇーい。新入生? 誰かお探し?」


 一方、憧れに相応しい先輩だけではない。


 巴を探していた新入生は、背後からぬっと現れた巨漢に恐怖を感じた。


「剣道部に用? それならあっちだよ」


「は、はい! ありがとうございました!」


 ニヤニヤ笑っている学園の要注意人物筆頭、太一が新入生達に話しかけて剣道場の方向を指差す。


 すると新入生達はその言葉に乗っかかり、明らかに軽薄な雰囲気を纏っている男の傍を離れるべく、急いで剣道場の方に向かった。


 ただこの新入女子生徒は、逃げた先でも緊張することになる。


「どうしました?」


 偶々剣道場の前に出ていた巴が、慌てている女子生徒を見つけて声をかけた。


「あ! あ、あの!」


「……ひょっとして去年の電車の?」


「は、はい! そうです! あの時はありがとうございました!」


 言葉に詰まって上手く話せない女子生徒だが、気弱そうな小柄な彼女を見た巴は去年の出来事を思い出す。


 去年、巴は電車内で不埒な男に絡まれていた女子生徒を助け出し、男の方は警察に突き出したことがあった。


 そして偶然、春夏学園に入学が内定していた女子生徒は、今再び憧れの人に再会してお礼を言っているのだ。


「先輩は剣道部なんですか⁉」


「ええ。そうです」


「私も入部したいです!」


 西川巴。


 実に罪作りな女であった。


 ◆


 学園の新学期が始まり二、三日経てば、新入生の話題は同じ事柄に集中する。


 即ち、学園生活の半分を占める部活だ。


「不審者が目撃されているから気を付けるように」


 教師の言葉を話半分で聞いている生徒達は、放課後になるとあちこちの部活に顔を出してああでもないこうでもないと思い悩む。


 尤も野球やサッカーなどを幼いころから続けている者達は、特に悩むことなく部活を決定していた。していたのだが……妙に部活の見学と言って校内をうろうろしていた。


「水泳部に行った?」


「いや行ってない」


「なら行った方がいいってマジで。超美人がいるんだけど、その人が水着なんだぜ」


 ひそひそ声が聞こえる。


「バレー部に背が高い美人の先輩がいた」


「チア部を覗き見したんだけど、すげえギャルの先輩がいたぜ」


 ひそひそ。


「同級生のハーフだけどさ、新体操部に入ったとか」


「陸上部に可愛い子がいたんだけど、同級生かな?」


 あちこちでひそひそと話が交わされている。


 新一年生はやたらと美人がいる学園の部活に惑わされ、男としての気持ちを優先してしまう。


 その興味の対象は部活姫を有する剣道部も例外ではない。


「なんて言うか、かっこいいよな」


「だなー」


 剣道部を見学している新一年生達の視線の先には、剣道着姿の巴がいた。


 凛とした佇まいの巴が剣道着姿になれば、麗しい女武者の完成形と言っても過言ではなく、見る者全てが背筋を正して魅了されている。


「めええええん!」


 なにより巴は強い。


 同性のみならず筋力で勝る筈の男子部員ですら歯が立たず、近隣の剣道部を合わせても最強なのではと噂されているほどだ。


(部員が増える。勝ちが増える。言うことなし!)


 なおそんな巴のお陰で剣道部の将来は明るく、男女の主将達は内心でほくそ笑んでいた。


 話を戻すがこれで巴は学力も上位なため、まさに文武両道の大和撫子を体現しているかのようだ。彼女に憧れて一年の女子生徒が剣道部を訪れるのも無理はない。


 そして孤高の存在に感じる者も多いが、孤立はしていない。


「巴、祭日は確か……近所の剣道場に行くとか言ってた?」


「はい。昔からお世話になっている場所です」


「そうなるとマイ竹刀も持っていく感じかしら?」


「はい」


「熱心ねえ」


 女の先輩に話しかけられた巴が答える。


 お堅いはお堅いが、決して話が成立しないような不愛想ではなく、後輩、同級生、先輩に関わらず敬意をもって接している女性だ。


 しかし……。


「この後カラオケ行くけどどうかしら?」


「すいません。あまり遅くに帰ると身内が心配するので。それではお疲れ様でした」


 プライベートでの付き合いがいいとは口が裂けても言えないような生活スタイルだった。


 ◆


(すぐに夏。暑さは困るけれど、帰る時は明るいから助かる)


 部活を終え、徒歩で帰宅している巴は何気ないことを考える。


 ぴしっと伸びた背筋で歩き、竹刀袋を持っている姿は絵になるが、残念なことに人通りがない場所を歩いているため、目撃した者はほぼいなかった。


 ほぼ。


 凶行とは前触れがないものだ。


(え?)


 突然、背後から強い衝撃を受けた巴は、驚きながら地面に倒れ伏す。


 そして咄嗟に原因を探るべく、身を起こそうとしたがその前にひっくり返された。


「っ⁉」


 巴は原因に心当たりがあった。


 無精髭が生えて汚れ切った服を着ている中年男性。去年は脂質が体に浮いている様な肥満だったが、今は痩せこけて目が血走っている。


「見つけたっ。お前のせいでっ。お前のせいでっっっ」


 ぶつぶつと呟いている男は去年に電車で不埒な行いをして、巴が警察に突き出した男だった。


「叫んだら殺すぞ」


「ひっ⁉」


 しかも男の手には憎しみが溢れたようにぎらついた包丁が握られており、巴は短い悲鳴を無理矢理飲み込んだ。


「これ……竹刀か。お仕置きだ。竹刀でお仕置きしてやる。竹刀と言えばだ。叩いてやる」


 更に男は転がった竹刀袋を見て、昭和のスポーツ物に影響された様なことを呟きながら手を伸ばそうと……した。


 顔面に靴のつま先がめり込んでなければ完遂できただろう。


「ぎゃっ⁉」


 鉄パイプでぶん殴られたのと変わらない破壊力が、男の顔面に炸裂した。


「通り魔あああああああああああ! 警察ううううううううううううううううううう!」


 影は周りの助けを求めるために叫んだのではない。少しでも相手の気が逸れれば儲けもの。今、ここで、直ちに再起不能にする覚悟を宿していた。


 路地裏から急に現れた影は、鼻骨を粉砕した感触の余韻に浸ることなく、もんどりうって倒れた中年の股間を踏み潰す。


「うぇい!」


 泡を吹いて完全に気絶している中年を確認した影は、体に染みついた雄叫びを上げる。さながらそれは、一本! と宣言するようなものだろう。


「……巴ちゃん大丈夫? 怪我は?」


 一瞬の静寂を打ち破った影が、横たわっていた巴の顔を心配そうにのぞき込むと、すぐさま怪我がないかを確認し始める。


「あ、あ、相沢君?」


「イエス。見た感じ大丈夫だけど、どこか痛かったりする?」


「私は、私……私、大丈夫。あ、ありがとうございます」


「どういたしましてー立てる?」


「は、はい」


 恐怖から麻痺している巴は現状の確認が上手くできなかった。しかしそれでも相手が、最近よく見るチャラチャラした男、スポーツウェア姿の相沢太一だということは認識できた。


「さっきの叫びはどこだ⁉」


「ここでーす! 女の子が包丁持った奴に襲われたんで警察お願いします! ふうううう」


 太一の叫びから僅かな間を置いて、ただならぬ内容が気になった近隣住民が騒ぎ出した。それは同時に安全への第一歩であり、太一は肺の底から安堵の息を吐いた。


「これ、彼女の大事なもんだからさ、汚い手で触ってほしくねえんだわ」


 太一が失神している男に悪態を吐きながら地面の竹刀を拾い上げる。そこに普段のニヤニヤ笑いも軽薄な雰囲気もなく、例えるなら武人のような気配を漂わせていた。


 しかし、その雰囲気も段々と消え失せ、代わりに妙な面が現れた。


「人生に廃課金しててよかったー。でもグッズ費が……」


 巴はこの太一の言葉を理解し切れなかったが、サブカルチャーにある程度詳しい人間がいれば、こう言い放っただろう。


 人との距離感が上手く把握できていない言動。熱中したら努力の際限がなくなる性質。危ないコスプレが周りに溢れているせいで、自分がどう見えているか分からなくなっているファッションセンス。


 ひょっとしてこいつ、努力が方向オンチ状態のオタクか?


 ◆


 場面を数日程巻き戻す。


 相沢太一という男はかなりの変わり者である。


「今日もよし!」


 学園に通学する際、必ず鏡の前に立って自分が完璧なチャラ男であることを確認してから外に出る。


 そして鏡の近くには、古びたアニメのポスターが張られていた。


 この青年が変わっている点、それはヒーローに憧れる子供のような感情を今でも持っているどころか、行動にも繋げてしまったことだろう。


 普段は軽薄飄々としたキャラクターが、実は熱い心を持っていた。これに感銘を受けた幼き日の太一は、オタク道に足を踏み入れると同時に、何を血迷ったのかチャラ男を目指すことにした。


「うぇーい。おはよー」


 しかし、チャラ男とは一日にして成らず、気軽に同級生へ挨拶している太一には並々ならぬ苦労があった。


 肌は焼かないといけないし、髪だって定期的に染めなければならない。更に腹筋が割れていなければ話にならず、暴力沙汰だって楽々対処する必要がある。


 更にどれだけ寒かろうが半袖で、首元は開放して肉体を見せつけ、ついでに留年と退学なんてもってのほか。


 ついでに言うと、偶にスポーツをすれば他を圧倒しなければならない。


 これ即ち、文武両道の果てにあるのがチャラ男道である。


(今日もジムに行かないとなあ)


 しかも困ったことにこのチャラ男道、手抜きが一切許されない。


 考えてみて欲しい。チャラチャラした男が海辺にいて、腹が突き出ていたならチャラ男としての存在意義に関わるだろう。


 ああ、悲劇だ。太一は推しのグッズの購入と投げ銭を我慢し、バイト代とお小遣いは自分に課金しているのだと誤魔化した。


 結果的に出来上がったのは、医療系の専門学校に通えば授業の度に前へ招かれ、この筋肉の名称は~と生きた教材にされてしまうような、搾り上げられた肉体のオタクチャラ男だ。


「相沢太一です。趣味は……あー。そうすねえ。色々です。色々」


 嘘ではない。


 ヒーローの活躍する熱血アニメ、漫画は大好き。ゲームも好む。ネットアイドルは応援している。筋トレは趣味の極み。偶に行う山籠もりや砂浜ダッシュも楽しんでいる。


 そんな多趣味なのが太一だ。


「じゃあ俺がしまーす」

(委員長、誰もやらないなら俺がやるしかないよなあ)


 更にこの男、クラス委員長に立候補したのは場の空気を読んでのことだし、周りが想像したようなサボりなど全く考えていなかった。


「よろしくねー巴ちゃん。色々初めてだからさ。優しく教えて欲しいな」


 ただ、人との距離感が測れないのはいい意味でも悪い意味でも特徴的だろう。


 誰彼構わず名前で呼ぶ癖があり、巴を呼び捨てにして馴れ馴れしく話しかけた際も悪気はないのだが、言葉は裏表がなく本心からのものだった。


 ついでに妙なところで面倒見がよく、困っていた新入生に話しかけては怯えられていた。


(俺も部活行きたいなー……漫画部に入りたい……考察に加わりたい……ぐすん……ジムに行こ……)


 放課後になると自分も文科系の部活に参加して、心ゆくまで漫画の考察や談議に花を咲かせたかったが、険しいチャラ男道を究めるためには時間が足りない。


「おーす太一!」


「やってるなあ!」


「お疲れ様ーっす!」


 なおジムに厳つい男達が入ってくると、太一は下っ端として挨拶する。


 逞しいだけの若いチャラい男はいい意味で可愛がりの対象であり、非常に真面目であることも合わさってよく声を掛けられるのだ。


(皆、凄くいい人ばっかりなんだけどオーラが怖い……!)


 なお可愛がられている太一は先輩方との仲がいいと自認しているが、練り上げられた人間しかいないためいつまで経っても慣れていなかった。


 彼の肉体も立派にその仲間だったが。


(暖かくなってきて嬉しいなあ)


 自転車に乗って帰宅する太一は、春という季節を嬉しがる。


 真冬だろうが半袖のシャツ、もしくはタンクトップしか着用しない太一は、明日の気温が五℃なんて聞いた日には泣きそうになりながら覚悟を決めている。


 それを考えると夏に向かっている季節は天国で、気持ちも高まってくるというものだ。


 そんなポカポカ気分の太一だが……。


(こわっ……)


(絶対関わっちゃ駄目な奴だ)


 推しの歌をイヤホンで聞きながらニヤニヤしているチャラ男は、誰がどう見ても関わってはいけない類の存在だった。


「ただいまー」


 そんなチャラ男が帰宅する。


 高級タワーマンションの最上階……ではなく広大な敷地を誇る和風の屋敷だ。


 チャラ男の定め。それは金と権力、勝ち組である。


 不都合どころかどんな犯罪だろうがもみ消せるチャラ男は実家が裕福であり、政界、経済界に強い影響力を持つ。


 それは人間一人を容易く闇に葬れるほどであり、行こうと思えば裏社会の社交場だって潜り込めるだろう。


「ふーい……はっ⁉」


 だが今現在、この屋敷は太一の城だ。


 祖父母は世界一周旅行。父母は忙しくてあちこちの海外を飛び回っているため、彼は自由気ままな生活を送っていた。


「女神箱の配信に遅れる!」


 具体的には推しのバーチャルアイドルの応援だ。


 もっと言うならこの男、女神箱という名のユニット四人全員を推しており、部屋の中には天使のような少女達のグッズで溢れていた。


「ぎょっ⁉ ホラーゲーム配信⁉ 見てるこっちもビビるんだけど!」


 なお推しへの愛なら不可能はないと断言する太一だが、明らかに恐ろしい雰囲気を垂れ流している画像には腰が引けていた。


「頑張れー!」


 声援を送るチャラ男、太一はチャラ男としての才能にも溢れている。


 誰かの弱みの出現、暴かれた知られたくない秘密、危機的状況に必ず遭遇する才能を持ち、それは誰かを脅している者にとっての天敵を意味していた。


 事件があった日もそうだ。


(なんかピキンときた! これがスキル⁉ 特殊能力⁉ ギフト⁉)


 妙に勘が働いた太一が、普段のランニングコースを変更するとあら不思議。


(……)


 見覚えがあるクラスメイトが押し倒され、男の手には包丁が握られているではないか。


 祖父の伝手を使って転がり込んだ道場で、かなり危険な技を伝授されている太一は、仕込まれた通りの慈悲無き機械と化す。


 これは序章だ。彼には驚くほど多くの敵が現れる。


 バレー部、テニス部、バスケ部、陸上部、野球部、体操部、水泳部、剣道部、チアリーディング部。etcetc。


 これらの男性顧問、OB、先輩、同級生、後輩。更には不良に加え、同類であるはずのオタク。完全な部外者すらも女子生徒を毒牙に掛けようとしているのだ。


 チャラ男と世界の対決は始まったばかりだった。

すんげえアホな作品書いてる上に正気を失ってる自覚があるので、よかったらブックマーク、下の☆で評価していただけると作者の自信につながります……!

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― 新着の感想 ―
タイトルから敬遠してたが、中身は先生のいつもと変わらない話だったw 相変わらず先生の描く主人公はほんと変な奴らw
まかさ、転生前のチャラ男木村くん?
正義の不審者(NTR漫画の竿役顔)は草
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