#3. 僕と息子の心の支え
僕には大好きな妻と可愛い3歳の息子・蓮がいる。結婚して息子が産まれてからも仲良しでいようと、どんなことでも話し合おうと決めていた。その辺の夫婦よりも仲は良いと思っていたけれど、ある日妻から「話がある」とLINEが来て、帰宅するなり離婚を切り出される。
「あなたとは離婚したい。好きな人ができて、彼と一緒になりたいの」
そう言っている妻は本気だった。妻の隣には知らない若い金髪の男がいて、「僕は大阪でホストやってる、カイと言います。奥さんはもともと僕のお客様だったんですけど、お店で会って仲良くなって、1人の女性として好きになったんです。離婚して、どうか奥さんを僕に譲ってください!」と土下座する。
僕は状況が飲み込めず、「は? どういうことだよ……」と言ってしまった。「離婚したいって言うけど蓮はどうするの?」と蓮の親権の話をすると、妻は「私は親権ほしいって言える立場じゃないし、蓮の親権は譲るから……」と涙ながらに話す。しおらしくしているけれど、カイとの子じゃない蓮は邪魔だと言っているようなものだ。僕は腸が煮え繰り返り、「要は子ども捨てて男とイチャイチャしたいんだろ? 蓮は俺が育てる! この家から出て行け! もう二度と目の前に現れるな!」と怒鳴りつけた。すると妻とカイは一緒に出ていき、二度と帰ってこなくなる。
あの夜は感情的になってしまったものの、離婚届のことなどを冷静に話し合おうと妻にLINEした。が、1週間経っても既読がつかない。俺と蓮は捨てられたからそりゃそうだよなと思っていた矢先、警察から電話が入る。大阪のホテルで妻と思われる遺体が見つかったので来てほしいという内容だ。身元確認のために警察署へ立ち会い、妻の遺体を見せてもらう。妻の顔は綺麗だったものの、体は刺し傷だらけだった。妻と一緒にホテルに入ったカイは、ホテルの屋上から飛び降りて亡くなったそう。カイが妻を殺して自殺したのではというのが警察官の見解だった。カイの遺書らしきものはなかったので真相はわからないけれど。
長時間にわたる事情聴取に立ち会い、妻の検死が終わった後は通夜・告別式の取り決めを行う。この件は全国ネットのニュース番組でも報道されたので、自宅前に記者が押し寄せたこともあった。一切の取材をお断りしていたけれど、多方面の対応もあり精神的に疲れてしまったのだ。そんなとき、さらに僕に追い討ちをかける出来事が起こる。
全国放送で妻とカイの心中騒動が取り扱われたこともあり、掲示板やまとめサイトには憶測でいろいろなことが書かれていた。中には僕への誹謗中傷や個人情報に関する書き込みもある。
「モラハラDV野郎が旦那じゃ、そりゃ亡くなった奥さんも嫌になるわな」
「私この旦那にナンパされたことあるけど、遊びまくりのチャラ男でした」
「どうせこいつモラハラだけじゃなくて浮気もしてたんだろうな、知らんけど(笑)」
「旦那特定しました。松宮和正30歳。3歳の息子持ち。住所は京都市下京区○○-○○。勤務先は大阪のハーモニーハウジング」
「マジ? 近所だわ。突撃して息子救いに行こうかな。こんなモラハラ男が父親じゃ息子がかわいそうだから」
個人情報が晒されていて身の危険もあったので、取り急ぎ弁護士と担当刑事に相談した。あることないこと書かれた掲示板やまとめサイトはすぐに削除されたものの、会社でもひっきりなしに「松宮和正をクビにしろ」「社員教育がなっていない管理会社は信用できない」「管理会社そのものが信用できないので、住んでいるマンションを解約したい」といった電話がかかってくる。そこで僕はチーフと部長に呼ばれ、来週から人材強化チームへの異動を命じられた。ネットに書かれている内容は事実無根だと訴えるも、「それはわかってる! でもいま松宮くんが賃貸営業にまわると、会社のイメージも悪くなるんだ」と言われてしまう。僕は渋々異動を了承した。
人材強化チームにはその名の通り、さまざまなトラブルを起こした者ーー風俗店での副業がバレた女性社員、経費でキャバクラ通いやガールズバー通いを繰り返した男性社員、パワハラで何人も退職に追いやった女性社員、妻子持ちでありながら部下の派遣社員に手を出して妊娠させた男性社員などーーが集められている。僕は不祥事を起こしたわけではなく理不尽にも異動を命じられたので、最初は異動が憂鬱だった。が、シングルファザーになったからには蓮を守ると決め、腹を括ることにする。書類整理以外に業務がなく定時で帰って良い部署なので、蓮が小さいうちはクビになるまで人材強化チームで頑張ると決めた。蓮が大きくなったタイミングもしくは、クビになったタイミングで他社に転職するつもりだ。
仕事終わりの帰り道、僕はネットニュースで英語教育に良いと話題の絵本があることを知った。作者はカナダ在住の日本人女性で、インスタグラムにも可愛い動物のイラストを投稿している。ぜひ蓮に読ませようと思い、帰宅後に電子書籍アプリから彼女の作品をiPadにダウンロードした。蓮の好きな車に関する作品を選び、読み聞かせる。蓮は英語はよくわかっていなさそうな様子だったものの、色・数字・車の種類に関する単語をたどたどしく読みながら楽しんでくれていた。