不完全な僕らとマーブルケーキ
〜本と彼〜
雨の降る月曜日。
私は一人、本屋にいた。
買いたい本がある訳ではなくて本が沢山並んでいるあの空間が好きなのだ。
いつも通り店内をぐるりと一周して帰ろうとした時だった。
一冊の本がたまたま目に入って手に取ってみる。
表紙はどこか殺風景で濃いめの灰色の中にタイトルが書かれているだけだった。
タイトルは交差点。作者の名前は深瀬雪。
どんな人なんだろう。
ふと疑問に思ったその時、背後から気配を感じて振り返ると一人の男性が立っていた。
短めの黒髪センターパート。
背は180ありそうなほど高く、色白でかなりの細身。
カジュアルな感じの白いワイシャツにダボっとした麻のカーキ色のワイドパンツにブラウンのローファー。
和月桃花「すみません、どうぞ」
深瀬雪「ああ、いや、大丈夫だ
その本を手に取る人を初めて見たものだからどんな人かとつい気になってしまってね」
桃花「たまたま目に入って手に取ってみただけなんですけどね」
深瀬「たまたまでも君の目に止まったのだから奇跡に近いよ
こんな名も知られていない作者の本を手に取ったのだからね」
桃花「あの、この本の作者知ってるんですか?」
深瀬「ああ、それは僕が書いた本なんだ」
桃花「えぇ!?す、凄い・・・」
深瀬「いや、その本はまだ一冊も売れていないんだ
他にも何冊かあるけど僕が書く本はどれも皆んなが求めているものとは違うみたいだ」
桃花「私、この本買います」
深瀬「いや僕に気を使わなくてもいいんだよ」
桃花「こう言う巡り合わせって大事にしたいんです
だからきっと今の私に必要な本だと思うんです」
深瀬「君は不思議な事を言う人だね」
桃花「あはは、よく言われます」
深瀬「君はこの街の人かな?」
桃花「はい」
深瀬「それなら、いずれまたこの街のどこかで会う事があるかもしれないね
良ければその時、本の感想を聞かせて欲しい」
桃花「はい!」
なんだか雰囲気が他にないって感じの人だったなぁ。
落ち着いてて、まるで無色透明なガラス玉を見ているかのような無垢な感じ。
私は海沿いにあるカフェで本を読む事にした。
他店で買った本も読んでOKなカフェで良かった。
数ページだけ読むつもりが、どんどん次の展開が気にななり気付けば半分まで読んでいた。
さすがにこれ以上居座るのもなと思い、家に帰ってから続きを読む事にした。
本はその日のうちに読み終えてしまった。
〜再会〜
深瀬さんは今もこの街のどこかで本を書いているんだろうな。
実を言うと私自身も小説を書いていた。
深瀬さんみたいに本にもならないようなものばかりだけど。
売る為ではなく趣味で書いてるに過ぎない。
深瀬さんは本物の作家さんだ。私が趣味程度で書いたものなんて見せたら
こんなものは小説じゃないって言われてしまいそうで・・・。
いや、優しそうな人だったし気を遣ってそんな言い方はしないか。
それは別として・・・感想伝えたいな。
あの本屋に行けばまた会えるかも。
足が勝手にあの本屋に向いた。
しかし、その後も何度か通ってみたものの、なかなか会えずにいた。
何となく海が見たくなった私は深瀬さんの本を最初に読んだ海沿いにあるカフェに来た。
入ってすぐに一人の男性に目がいく。
桃花「深瀬さん・・・」
深瀬「おや?君は確かこの間、本を買ってくれたお嬢さんだね」
桃花「あの、私もう30になるおばさんなのでお嬢さんと言う歳では・・・」
深瀬「え?ああ、すまない、失礼な事を言ってしまったね、22、23歳くらいに見えたんだ」
桃花「深瀬さんってお世辞美味いですね」
深瀬「僕は思った事しか言わないよ」
桃花「ありがとうございます・・・」
深瀬「君さえ良ければここに座るといい」
桃花「は、はい」
店員「お待たせしました、紅茶とコーヒーです」
深瀬「どうも」
桃花「ありがとうございます」
深瀬「30になるという事は今29かな?」
桃花「そうです」
深瀬「それなら僕は君の二つ上か」
桃花「深瀬さん31なんですか?」
深瀬「ああ、そうだよ」
桃花「もっと上かと思ってました・・・」
深瀬「そんなに老けて見えるかい?」
桃花「いえ、そう言う訳では・・・深瀬さん妙に落ち着いてるので」
深瀬「落ち着いてる、か、そう見えてるなら良かった」
桃花「え?」
深瀬「名前、まだ聞いてなかったね」
桃花「和月桃花って言います」
深瀬「へぇ、和風な感じの可愛い名前だね」
桃花「ありがとうございます・・・あの、本読みました」
深瀬「どうだった?正直に答えてくれて構わない」
桃花「私、あんまり本は読まないタイプの人間だったんですけど
深瀬さんの本はどんどん次の展開が気になって気付いたら読み進めてました
世界観が独特でまるであれは
別の世界に紛れ込んだ時のような好奇心を掻き立てられる感覚でした
ってすみません、なんだか抽象的で・・・私って説明するの下手くそなんですよね」
深瀬「いや、君の気持ちはちゃんと伝わったよ、ありがとう
あの本の世界観をそんなに楽しんでくれる人がいるなんて思わなかったな」
桃花「伝わってくれて良かったです、あの、今書いてる本もあるんですか?」
深瀬「ああ、あるよ」
桃花「できたらまた読みます!」
深瀬「そんなに気に入ってくれたんだね」
桃花「はい」
深瀬「またお店に置かれる日が来ると思う
もし読んだら感想を聞かせて欲しい
と言ってもお金もかかるし無理強いはできないけど」
桃花「いえ、私もう深瀬さんのファンですから!」
目をキラキラさせながらそう言う彼女はまるで無邪気な子どもを見ているようだった。
深瀬「僕のファンか、初めて聞いたな」
桃花「じゃあ私はファン第一号って事で」
深瀬「はは、君は本当に不思議な人だね」
〜似た者同士〜
深瀬「君も一人暮らしなんだね」
桃花「はい」
聞けば彼女はフリーターをしながら生活をしているらしい。
僕は週に二日ほど本屋でアルバイトをしているが
彼女もまた週に三日ほど働き、他は全て執筆や友人と会う為の時間に使っているそうだ。
食生活は質素で極端に物が少ない部分などかなり僕と似ていた。
それで彼女といると妙に居心地がいいのかと、その話を聞いて納得したのだ。
桃花は自分も小説を書いている事を打ち明けた。
深瀬「君も小説を?それならもっと早く言ってくれれば良かったのに」
桃花「私のは基礎的な知識も文法もなくてめちゃくちゃなので
本を出している人に見せたら笑われちゃいそうで・・・」
深瀬「大丈夫だよ、君の貴重な時間を割いて一生懸命書いた作品を否定するなんて野暮な真似しないさ
それに、小説の世界に正解も不正解もない
まぁ僕が言っても説得力に欠けるかもしれないが」
桃花「ありがとうございます・・・そんな事ないです
それなら深瀬さんに見てもらおうかな」
深瀬「ああ、ぜひ」
〜熱を帯びて〜
二週間後。またあの海沿いのカフェで会った。
毎度毎度、約束もしていないのによく会えるなぁと不思議だ。
深瀬「やぁ」
桃花「久しぶりです、あ、本読みましたよ!孤独についての心情が描かれていて、共感する部分が沢山ありました」
深瀬「そうか、それは良かった」
桃花「あの、二度も会っといてこんな事聞くのもあれなんですけど
深瀬さんは奥さんとか彼女さんとかいるんですか?
いたらこうやって会うのまずいなって」
深瀬「僕に妻や恋人がいるように見えるかい?」
深瀬さんはキョトンとした顔でこちらを見ている。
桃花「え?はい」
深瀬「いないよ、いたら君とこうして会っていない」
深瀬さんって浮気とかしなさそうだな。
桃花「深瀬さんならすぐにできそうなのに」
深瀬「結婚はした事ないけれど過去に恋人がいた経験はあるよ、それなりにね
でも、皆んな僕から離れていった
小説家と言っても売れなければお金は入って来ないし
僕自身、本に関わっている時間を最優先したいから家族ができても大事にできないだろうしね」
桃花「深瀬さんも色々大変なんですね・・・」
深瀬「ただの孤独なおっさんだよ」
そう言ってコーヒーを飲む深瀬さんは色っぽくてつい見惚れてしまった。
深瀬「君は」
桃花「え?」
深瀬「君は結婚も恋人もいなさそうだね」
桃花「グサッ・・・ふ、深瀬さんって意外と容赦ないですね・・・」
深瀬「ああ、いや、今のはそう言う意味じゃないよ
君は旦那さんや恋人がいたらこうして男と二人で会ったりしないだろうって思ってね
真面目そうだし」
桃花「いやいや、分からないですよ?意外とほら
悪い女かもしれませんよって深瀬さん?何で笑ってるんですか」
深瀬「はは、すまない、あまりにも勝ち誇ったような顔で言うものだから」
桃花「もう・・・」
でも、深瀬さんが笑ってくれたからいっか。
深瀬「さっきの続き、もう少し聞いてくれるかな?今日は君に話を聞いて欲しい気分なんだ」
桃花「はい、もちろんです」
こう言う時、深瀬さんは誰かにとは言わず私にって言ってくれる優しい人だ。
深瀬「今まで付き合ってきた女性の話だけど
長く付き合ってるとね、決まってそろそろ仕事は?結婚は?って聞かるんだ
最初からどちらもしないと伝えていたはずなのに
いつか僕の考えが行動が変わるだろうと勝手に期待される
そして勝手に失望して離れていく
僕を見てれば分かると思うけど
経済的にも人間的にも不完全だからね、仕方がないとも思うよ
最初はそれで良くても段々と僕以外の部分を欲するようになる」
桃花「あーいますよねそう言う人」(すんっ)
うーん、僕は君のこう言うところを好きになったのかもしれない・・・。
深瀬「でも、君は違うみたいだね」
桃花「え?」
深瀬「君は相手に良くも悪くも期待しないんじゃないかな?」
桃花「しませんね、そこまで人に興味がないので
そう言う人とも距離を置きますしね
勝手に期待して勝手に失望して
こっちはあなたのお守り役じゃないんだからそこまで面倒見れないよって思いますもん」
深瀬「ははは、やはり君は面白い人だ、君と話していると自分の悩みが小さくなっていく気がするよ」
桃花「そう言ってもらえて良かったです」
深瀬「僕は君のそう言うところに惹かれたのかもしれない」
深瀬さんは急に怖いくらい真っ直ぐに私の目を見た。
一瞬、この世界の時間が止まった気がした。
全てを見透かしたかのようなその瞳は私の心を捉えて離さなかった。
深瀬さんのアパートにて。
部屋は6畳ワンルームで畳。布団とローテーブルと和テイストな座椅子、それに間接照明が置いてあるだけの質素な部屋だったけれど
掃除は生き届いていて清潔感があった。
深瀬「すまないが続きを少し書いていいかな?今思いついた事を書き留めておきたいんだ」
桃花「どーぞ・・・でも、それなら私いたら邪魔になりますから今日は帰りますよ?」
深瀬「いや、君はそこにいて、紅茶で良かったかな?」
桃花「ありがとうございます、あれ、でも深瀬さんいつもコーヒーしか飲まないって・・・」
深瀬「もしも君が来た時の為に買っておいたんだ、さ、どうぞ」
桃花「ありがとうございます」
"もしも"・・・って事は私を部屋に招く予定でいたんだ。その瞬間、急に体が熱を帯びた。
深瀬さんは私に紅茶を渡した後、縁のないメガネをかけると紙に文字を書き始めた。
深瀬さん、作業する時はメガネなんだ・・・何かこう言うの好きかも・・・深瀬さん、色香が凄い。
集中してる深瀬さんの邪魔にならないように静かに座って紅茶を飲む。
1時間ほどして深瀬さんの手が止まった。
あ、終わったのかな?
深瀬さんはメガネを外してそれを机に置くのとほぼ同時にキスをしてきた。
桃花「ん・・・」
唇が離れた後、私が目をじっと見つめるとそのまま布団へ押し倒された。
深瀬さんは私の腕を拘束し始めた。
桃花「え、ちょっ、深瀬さん・・・?」
首筋から鎖骨、胸元へとキスの雨を降らしていく・・・。
そして太ももの内側にキスをすると深瀬さんは太ももと太ももの間に顔を埋め、一番敏感な部分に触れた。
桃花「深瀬さ、せめてシャワーを・・・」
深瀬「このまま」
唇から舌から与えられる熱に翻弄される。
腕を縛られて抵抗のできない私は恥ずかしさから足を閉じようとするけれど閉じないように手で押さえられてしまう。
水音と吐息が静寂なこの部屋によく響いた。
桃花「深瀬さ、私もう・・・っ」
私は深瀬さんの丁寧な愛撫によってあっけなくイかされた。
それで終わりではなく・・・。
桃花「や、深瀬さん、今イって・・ぁあ!!」
深瀬「指入れただけでイっちゃった?」
桃花「は、い・・・」
深瀬さんは指を一旦離すとまだ封さえ開けていない新品のコンドームを取り出した。
桃花「え、深瀬さんいつの間に・・・今日買うタイミングなかったはずなのに」
深瀬「昨日だよ」
桃花「え、でも会う約束してなかったですよね?」
深瀬「何となく、そろそろ君に会える気がしていたんだ」
深瀬さん、やっぱり最初から私を抱くつもりだったんだ。
お腹の奥がきゅうっとなるのが分かる。
深瀬「まだ落ちないでね」
浅い部分を深瀬さんのモノで刺激された後、いきなり最奥を突かれ・・・何度も同じ動作を繰り返される。
桃花「あっ・・深瀬さ、それされたら壊れちゃう・・・」
深瀬「ゾクッ・・・」
私は涙やら汗やら髪も乱れて相当みっともない姿を晒していた。
桃花「こんなぐちゃぐちゃな姿、見られたくないです・・・」
深瀬「凄く綺麗だよ」
桃花「深瀬さんっ、手を拘束しててもいいですからせめてぎゅってして欲しいです・・・」
深瀬「ああ、気付かなくてごめんね」
深瀬さんは優しく抱き締めてくれた。
いつの間にか用意されていた紅茶とコンドーム。
私の心を掻き乱すには充分だった。
事後。
深瀬「どうしてそんな離れたところにいるの?」
桃花「男の人は終わった後はあんまりひっつかれたくないかと思いまして・・・」
深瀬「なるほど、今までの男はそうだったと・・・でも僕は大丈夫だからもっとこっちにおいで」
深瀬さんはポフポフと自分の膝を叩く。
その言葉を聞いた桃花はシュバっと深瀬に近寄った。
深瀬「!ふふ」
まるで猫を飼っている気分だ。
私は深瀬さんにぎゅっと抱き締められた。
深瀬さんって淡白な感じかなって想像してたけど意外とそうでもないみたい。
お互いに痩せているから抱き合っていても骨張っていて正直、抱き心地は良くない。
でもその分、深瀬さんを近くに感じられて心音がよく聞こえた。
深瀬「心音聞いてるの?」
桃花「はい、こうしてるととても心地良いです・・・」
深瀬「そうか、明日は休みなのだろう?今日はこのまま寝ていくといい」
深瀬さん、低くて落ち着いた声だから聞いてると心地良いな。
桃花「はい・・・」
抱かれた後の余韻がまだ抜けないうちに眠気に襲われた。
目を閉じ、フワフワとした意識の中、深瀬さんの筆を走らせる音が聞こえた気がした。
〜深瀬さんとおにぎり〜
桃花「深瀬さんって普段何食べてるんですか?」
深瀬「おにぎりとお味噌汁だよ」
桃花「ま、毎日ですか?」
深瀬「?ああ、そうだよ」
桃花「コンビニのですか?」
深瀬「いや、自分で作ってるよ」
おにぎり作って食べてる深瀬さん想像したらめちゃくちゃ可愛いんですけど!
桃花「具は決まってます?」
深瀬「いや、特に決めてないから気分で変えてるよ」
桃花「今度作ってもいいですか?」
深瀬「君が作ってくれるの?」
桃花「はい、あ、人が作ったものはダメとかあります?」
深瀬「いや、ないよ、そんな神経質に見える?」
桃花「少し・・・」
深瀬「君は素直だねぇ」
桃花「人が触ったものは嫌と言う人もいますし・・・あ、ちゃんとラップで包んで作りますよ」
深瀬「僕は素手でもいいよ?」
深瀬さんは私の指先に触れると不敵な笑みを浮かべた。
桃花「や、やっぱりラップ使います!」
深瀬「顔真っ赤だね」
桃花「それは深瀬さんが変なこと言うから・・・」
深瀬「ん?僕は素手で作っていいよって言っただけだけど」(にっこり)
桃花「今日の深瀬さんは意地悪です!」
深瀬「ごめんごめん」
桃花さんはからかうと面白いなぁ。
表情がコロコロ変わるから見ていて飽きない。
ああ、ずっとこうしていたい。
〜二人の関係〜
抱く時にいつも腕を拘束する深瀬さんに私は質問をした。
桃花「あの、どうして深瀬さんはいつも縛るんですか?」
深瀬「君が僕から逃げないように」
返ってきた言葉は意外なものだった。
ただの性癖、という訳ではないみたい。
私はあなたが好きなのだから逃げるはずないのに。
深瀬さんは私の気持ちを知ってる。
けれど彼の中ではそれが不安らしい。
深瀬さんが私に執着しているような言葉を発したのはこれが初めてだった。
確かに私達は夫婦でも恋人でもない。
側から見たらただのセフレだ。
かと言って互いに相手がいる訳でもない。
だけど二人のこの関係に名前を付けるのは違う気がした。
そんな事をしたら負担にさせてしまいそうで。
そうなれば深瀬さんが自由に執筆が出来なくなってしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。
腕を拘束されながら抱かれて、どんなに乱れていても
僕が果てそうになると彼女は決まって笑みを浮かべる。
彼女を抱いてるとこう思う時がある。
抱かれているのは君の方かそれとも僕の方か、とね。
名前を呼ぶ度に彼女の体が反応する。
僕を好きだと言葉にせずとも伝わってくるこの時間が心地良かった。
だが二人の関係はあまりにも曖昧だ。
自らそうし向けているのに、我ながら面倒な人間だと思う。
私達ってどう言う関係なんですか?とは彼女は聞いてこない。
僕に恋人や妻がいない事はもちろん知っている。
そして彼女も同じだ。
僕に気を遣ってくれているんだろう。
僕に負担をかけないように、相手を幸せにできないと思っている僕が罪悪感を感じて自分を責めないようにと。
〜深瀬の友人〜
千歳「へぇ、深瀬彼女できたのか」
深瀬「いや、彼女じゃないんだ」
千歳「え、でも関係は持ってるんだろう?でもお前そんなセフレ持つようなタイプじゃないよな?」
深瀬「ああ、少し臆病になってるのかもしれないな」
千歳「うーん、その相手は結婚とか仕事については何も言ってこないのか?」
深瀬「ああ、僕がその話をしたら」
"私はあなたがいればそれでいい"
深瀬「そう言ってたよ」
千歳「何だめちゃくちゃ愛されてんじゃん、それなら恋人になっちゃえばいいんじゃないか?結婚なんてしなくたっていいんだからさ」
深瀬「どうもこの曖昧な関係が楽でね」
千歳「そりゃそうかもしれないけど、いくらなんでもその相手が可哀想だって」
深瀬「考えておく」
千歳「はー、いつか捨てられても知らないぞ」
深瀬「そうなったらそうなっただ」
千歳「相変わらずだなお前は・・・」
深瀬「僕の事より、自分の心配をした方が良いんじゃないのか?奥さん、実家に帰ったっきり戻って来ないんだろう?」
千歳「う・・・そうなんだよぉ!聞いてくれよ深瀬ー!あいつがさぁ」
深瀬「やれやれ」
好き、愛してる、ましてや恋人になって欲しいだなんて言えるはずかない。
そんな資格、僕にはない。
〜深瀬と友人と桃花〜
偶然、千歳と一緒にいる時に桃花さんに会った時のこと。
千歳「君はさ、今の関係でいいの?」
深瀬「千歳、彼女に余計な事を言わないでくれ」
桃花「いいんです」
千歳「え?」
桃花「"私"が深瀬さんの事が大好きなのでそれでいいんです」
深瀬「!」
千歳「君は・・・本当に深瀬の事が好きなんだね」
桃花「はい」
千歳「まぁ、君達がそれでいいならいいんだけどさ・・・」
桃花「私もどちらかと言うと結婚はしたくない派なので・・・自由な時間が無くなるのは嫌なんです」
深瀬「同感だな、僕も執筆や読書の時間を邪魔されたくない
本と君がいればいい」
桃花「深瀬さん・・・(きゅん)」
千歳「あーはいはい、もう一生イチャついてて下さーい
じゃあ深瀬、後は二人でゆっくりしなよ」
深瀬「え、もういいのか?話があったんだろう?」
千歳「いーの、いーの、俺のはいつもの愚痴だから
じゃーなー」
深瀬「あ、ああ・・・」
桃花「お邪魔しちゃって申し訳なかったな・・・」
深瀬「千歳とはまた会うから気にしないでくれ
それより桃花さん、千歳がすまなかったね
気を悪くしないで欲しい、あいつはあれでも君の心配をしているだけなんだ」
桃花「大丈夫です、分かってますから」
深瀬「あいつとは学生時代からの付き合いでね、僕にとって唯一、友人と呼べる人なんだ」
桃花「それで仲が良いんですね」
深瀬「ああ、僕は昔、両親を事故で亡くしていてね
祖父母が育ててくれたんだ
高校を卒業した後すぐに亡くなってしまったけれど」
桃花「そうだったんですね・・・」
その日の夜。
深瀬「今日は腕を縛らずに抱きたい」
桃花「はい・・・」
腕を拘束されずにセックスをするのは初めてだ。
深瀬さんの中で何かしら心境の変化があったんだろう。
それはきっと今日。
深瀬さんは私の頬を両手で包むと優しくキスをした。
深瀬さんは愛の言葉を言うような人じゃない。
不器用な深瀬さんらしい。
私が首に腕を回すとそっと押し倒された。
抱かれている中、深瀬さんは初めて私の名前を呼んだ。
深瀬「桃花さん」
二人繋がった状態で名前を耳元で呼ばれれば、その淡い刺激だけで私は果ててしまった。
深瀬「ふふ」
そんな私を見て深瀬さんは不敵な笑みを浮かべた。
私は愛の言葉なんて言われたところで相手を信用できるような人間じゃない。
私と深瀬さんは結婚していないし恋人もいない。
ただただ不器用なだけ。
それならこのまま二人きりの世界に浸っていたい。
他には何もいらない。
だからどうか1秒でも長くこのままで・・・。
〜君だけは〜
定職にも就かず、売れない小説を書き続ける僕に決まって付き合った女性にはこう聞かれる。
「仕事は?」「結婚は?」
僕がどちらもする気はないと答えると皆んな離れていった。
地位も名誉もお金もない、人間としても不完全な僕に対してそう思うのは当然だろう。
それでも君だけは愛の言葉はおろか恋人になって欲しいとも言えない僕の隣にいてくれた。
休みの日は季節の花を見に行けばいい。
食事もお米とお味噌汁があれば充分だよと言うような珍しいタイプの女性だった。
遊園地や水族館などデートの定番とも言える場所にも興味がないらしく、服もバッグもアクセサリーも要らないと言う。
僕は一度だけ彼女にどうして何もない僕とずっと付き合ってくれるのかと聞いた。
すると彼女は
「あなたがいるじゃない」と答えたのだった。
最初は良くても彼女もいずれ僕に愛想を尽かして離れていくかもしれないと思っていた。
だが何年経っても君は相も変わらず僕の側で笑っていた。
この笑顔だけはどんな事があっても失いたくない。
〜海外旅行〜
桃花「え、海外にですか?」
深瀬「ああ、君が行きたがっていたヨーロッパだ」
桃花「でもそんなお金、私ないですよ・・・」
深瀬「実は君に内緒で密かに貯めていたんだ、それを使って一緒に行こう」
桃花「え!?でもそれって深瀬さんが一生懸命貯めてたお金ですよね?それなら自分の好きなことの為に使った方がいいんじゃ・・・」
深瀬「いや、君の為に貯めたお金なんだ、だからどうか君の為に使わせて欲しい」
桃花「・・・分かりました、ありがとうございます」
彼女の胸がいっぱいというような表情を見て、旅に行く前にすでに満足している自分がいた。
今の僕が君にしてあげられることは何かとずっと考えていた。
君が唯一望んでいた海外旅行。
ようやく叶えられる日が来たんだ。
海外旅行に行くとなればさすがに彼女の両親にも顔合わせをした方がいいと話した。
そこで彼女に嘘でいいから両親と会う間だけ彼氏として紹介していいかと聞かれた。
僕はもちろん了承した。
両親はあっさり承諾してくれた。
父親「彼氏がいるならいいんじゃないか?」
母親「そうね、一人で行くって言われたら止めていたけど
あなたがいるなら安心ね」
深瀬「桃花さんは何があっても僕が守ります」
桃花「深瀬さん・・・」
母親「あらあら・・・ふふふ」
彼氏と言う言葉は嘘でもこの言葉に嘘偽りはない。
最終話〜僕らが見つけた答え〜
ドイツのとあるケーキ屋さん。
桃花「なんだかこのマーブルケーキ、私達みたいですね
完全に混ざり合う事はなくてもちゃんと一つの商品になってる
こっちのタルトタタンも失敗がきっかけで生まれたケーキだと書いてありました」
深瀬「なるほど、一見、失敗作や未完成に見えても、こうして一つの商品となって世に出回っているのか」
桃花「不思議ですよねー」
深瀬「それなら・・・一つ提案があるんだが」
桃花「何ですか?」
深瀬「君が書いた小説と僕が書いた小説を混ぜてみたいんだ」
桃花「面白そうですけど、私のは深瀬さんみたいにちゃんとした作品じゃないですよ?」
深瀬「いや、君の作品は感情や直感が多く使われて構成されている
見ていて、ああこう言う考え方もあるのかと気付かされる事も多い
それに君が書いた物語は心が温かくなる
僕にないものを君は沢山持っているよ」
桃花「ありがとうございます・・・まさか深瀬さんにそんな風に褒めてもらえるなんて」
深瀬「どうかな?」
桃花「私は個人的に小説を売りたいと言う願望はありませんでしたけど深瀬さんと一緒ならやってみたいです」
深瀬「作者の部分に君の名前を入れさせて欲しいんだけどいいかな?」
桃花「もちろんです」
深瀬「ありがとう」
桃花「あ、タイトルは何にしましょうね」
深瀬「それならもう決めてある」
桃花「え、早くないですか!?だって今決まった話なのに」
深瀬「君のマーブルケーキの話を聞いた時に思いついたんだ」
桃花「じゃあタイトルはマーブルケーキですか?」
深瀬「素直な君らしいな・・・いや、こういうのは君らしさと僕らしさを掛け合わせた方が良いのかもしれないな」
桃花「?」
深瀬「タイトルは・・・」
タイトル
"不完全な僕らとマーブルケーキ"
作者
"深瀬雪・和月桃花"
殺処分されそうになっていた二匹の猫。
一匹は明るい茶色の猫。もう一匹は深い灰色の猫。
二匹の猫は力を合わせて檻から脱走し、自分達の居場所を見つけようと世界中を旅をして回る。
時には車や船に乗り込み、時には食料を盗んでは飢えを凌いだ。
どんな時も二匹の猫は一緒にいた。
雪の降るドイツ。
寒さで弱っていたところを小さなケーキ屋さんを営む店主の女性に保護される。
旅立つ前にこの店主の役に立つ事がしたいと考えた二匹の猫。
客をあの手この手で引き寄せ、見事成功。
喜ぶ店主の顔を見届けた後、
店主の目を盗んで二匹の猫はまた旅に出る。
残念に思った店主だったが探そうとはしなかった。
なぜならある紙切れを店内で見つけたからだ。
紙切れには二匹の猫の足跡が付けてあった。
まるでありがとうと言っているかのように見えたと店主は語っていたそうだ。
その数週間後、店主は外観や内装、商品を全て猫のモチーフに変えた。
店内の壁には、二匹の猫が付けた足跡の紙切れが貼られている。
すると、それが大反響となり客足が絶え間なく来るようになった。
一番人気は茶色と黒色が混ざった猫型のマーブルケーキらしい。
二匹の猫が大事にしていること。
それは何者にも縛られず自由であること。
そして相手の笑顔がいつも守られていること。
それがこの二匹の猫にとっては全てだ。
後にこの物語は深瀬雪と和月桃花の代表作として世に知れ渡ることとなる。
二人は今もこの世界中のどこかを旅している。
番外編〜その後〜①
深瀬は桃花の両親にこれから世界を旅して回る予定だと言うことを話した。
深瀬と母親が二人になった時の話。
深瀬「やはりあの時、僕が彼氏ではないと分かっていたんですね」
母親「ええ、何となくね、でも、あなたがフリーみたいだったからあえて何も言わなかったの」
深瀬「申し訳ありません、僕は・・・」
母親「いいのよ、実は私も昔ね、パパとの交際を両親に反対されていた時期があったの
その時、認めてくれないならこの人と駆け落ちするわ!って宣戦布告したの
それで仕方なく両親が折れてくれたのよ」
深瀬「そんな事があったんですね・・・」
母親「あなたはパパと違って真面目そうだし、何より、あなたのそばに居る時の桃花があんなに幸せそうに笑ってるんだもの
何も言う事はないわ」
深瀬「ありがとうございます・・・」
母親「世界を回るとなったらこれから大変なことも沢山あると思うけど、あの子の事よろしくね」
深瀬「はい」
母親「パパがね、あなたならきっと成功するだろうって言ってたのよ」
深瀬「え、そうなんですか?」
母親「ええ、あれでも人を見る目はある方なのよ
実際にあなたは成功した、いいえ、あなた達はと言うべきかしら」
深瀬「桃花さんのおかげですよ、彼女がいなければ僕はここまで来れませんでしたから」
カフェにて。
桃花「深瀬さん、これからの事、両親に話してくれてありがとうございました」
深瀬「あまり上手くは話せなかったけれどね」
桃花「そんな事ないです、
これは何となくですけど私が母に深瀬さんを彼氏だと言った時、嘘だと分かっていたんじゃないかなって思うんです」
君の優れた直感力はどうやら母親譲りらしい。
桃花「仕事の事も詳しい話は伏せていましたし
その上で深瀬さんを受け入れてくれた
私は嬉しいんです」
深瀬「それは僕も同じだよ、おそらく経済力の無さや仕事が不安定な事を気付いていたけどあえて言わずにいてくれたんだと思うよ
君に似てとても優しい両親だね」
桃花「はい、私は両親を尊敬しています」
深瀬「素直にそう言える君もとても素敵だと思うよ」
桃花「え///あ、ありがとうございます」
深瀬「君は本当にすぐ顔に出るね」
桃花「だって深瀬さんが急に褒めるから・・・」
深瀬「ふふ」
桃花「深瀬さん、私は・・・両親の望むような普通の人生は歩めませんでしたし
その事に申し訳なさを感じる事もありました
ですがたった一つだけ確かな事があるんです」
深瀬「うん、何かな?」
桃花「私の幸せには深瀬さんが絶対に必要だって事です」
深瀬「・・・」
桃花「あれ、深瀬さん顔赤いですよ、ひょっとして照れてます?」
深瀬「今はあまり見ないでくれ」
深瀬は手で顔を隠そうとしたが桃花に手を掴まれる。
桃花「嫌です」
深瀬「・・・夜、覚えておいて」
番外編〜その後〜②
カフェにて。
本の表紙の作成を千歳に依頼する為、二人が書いた絵を千歳に見せに来ていた。
しかし、あまりの深瀬の下手くそぶりに千歳は手を組んでうなだれた。
千歳「桃花ちゃんのは可愛いし猫だって分かるからいい
が!深瀬、お前は何をどうしたらこうなるんだ・・・これは猫じゃないだろ」
深瀬「そうか?どう見ても猫だが・・・ね、桃花さん」
桃花「はい!独自性があるとっても素敵な猫さんです」(好きな人は何やっても世界一〜)
深瀬「(キラン)」
千歳"さすが桃花ちゃんだ
深瀬「まぁ、という感じで僕の絵が下手なのは自覚している
僕は彼女の描いた猫を使おうと言ったんだが」
桃花「絶対だめです!こんな絵見せられないです」
深瀬「の一点張りでな
そこで千歳に本の表紙の絵を書いてもらいたいんだ
それと名前も使わせて欲しい」
千歳「えーまったく仕方ねーなぁ」(滅多に頼み事をして来ない深瀬に頼まれてご満悦)
さくさく(絵を書いてる音)
千歳「こんな感じでどーだ!」
桃花「わ!ありがとうございます、千歳さん絵上手です!」
桃花は小さく拍手をした。
千歳「だろー?」
深瀬「おお、さすが千歳だ、君は昔から美術の才能だけはあるな」
千歳「だけってあのねぇ・・・」(美術以外赤点だった男)
千歳はチラッと桃花を見た。
桃花「?」
千歳「そう言えば深瀬は国語以外赤点だったっけなぁ」
深瀬「お、おい、千歳、桃花さんの前でその話はよさないか」(国語以外赤点だった男)
桃花"慌ててる深瀬さん可愛いー"
千歳「んで、桃花ちゃんは?」
桃花「え?」
千歳「学生時代の成績さ」
(すい〜っとあからさまに目を逸らす桃花)
千歳"その反応は・・・"
深瀬"悪かったんだな・・・"
桃花「数学以外赤点でした・・・」
千歳「まじか・・・何なのこの三人」
深瀬"数学できる桃花さん凄い"
一人感心する深瀬であった。
過去編〜出会い〜
深瀬中学二年生。
深瀬と千歳が初めて同じクラスになった時の事。
休み時間に本ばかり読む深瀬と常に皆んなとはしゃぐおちゃらけた千歳。
千歳は休み時間になる度に深瀬に話しかけていた。
最初はほとんど「何?」、「そうだね」しか返さなかった深瀬だったが・・・。
次の日。
千歳「深瀬ー!」
次の日。
千歳「なーなー!」
次の日。
千歳「聞いてくれよ深瀬〜!」
懲りもせずに何度も何度も話しかけてくる千歳に疑問を抱き始め、ある日、質問をした。
深瀬「千歳、僕に構ってても面白くないでしょ?
他の人達と遊んできなよ」(遠回しに本読む邪魔をするなと言っている)
千歳「そうかー?充分楽しいけどな!それに俺はもう深瀬と友達だと思ってるからさ!」(THE空気読まない男)
深瀬「いつ僕が君と友達になったの」
千歳「いまいま!細かい事は気にすんなって!
ま、俺のことが嫌いだって言うんなら話しかけるの辞めるけどさ!」
深瀬「別に嫌いじゃないよ」
千歳「そっかそっかー!良かった!邪魔して悪かったな!また話そうぜ!」
深瀬「やれやれ・・・」
深瀬"僕と一緒にいても楽しいことなんて一つもない
かと言って休み時間の間、ずっと話をする訳でもなく
数分話しては離れていく
どうして千歳は僕にこんなに構うのかな
ううん、いつか飽きて離れていくに決まってる
そう思っていた"
〜二人〜
この頃、僕は喘息が酷く、体育の授業はほとんど見学していた。
保健室で休む事もしばしばあった。
そんな僕に目を付けた同級生からは絡まれる事も少なくなかった。
同級生A「深瀬、また体育の授業サボってんのかよー?」
深瀬「・・・」(めんどくさいなと思っている)
同級生B「ほら、深瀬も走ってみろよ!」
同級生Bが深瀬の腕を強引に引っ張る。
深瀬「ちょっと辞めてよ!」
数十メートル、腕を引っ張られて走らされた深瀬は・・・。
同級生A「え、まじ、もう息切れてんの?」
同級生B「ちょっと走っただけじゃんなー?」
深瀬「う、う・・・」
深瀬は苦しさからしゃがみ込んでしまった。
そこへたまたまトイレに行っていた千歳が血相を変えて飛んで来た。
同級生二人が深瀬を引っ張り回しているところまでは見えていた千歳。
千歳「おい、深瀬!大丈夫か!?保健室行こう」
深瀬「うん・・・」
千歳は深瀬を支えながら立ち上がらせた。
千歳「お前らふざけんなよ!深瀬が死んだらどうすんだよ!!」
あまりの千歳の剣幕に同級生二人は完全に小さくなっている。
同級生A「ビクッ、ご、ごめんって千歳!」
同級生B「ちょっとふざけてただけなんだよ、なぁ!」
同級生A「そ、そうだよ!」
千歳「謝るのは俺じゃなくて深瀬だろ?」
千歳は二人を睨んだ。
同級生A「ふ、深瀬、わるかったよ・・・」
同級生B「ご、ごめんなさい・・・」
深瀬「もういいよ」
千歳「深瀬、ゆっくり行くぞ」
深瀬は頷く。
深瀬"君があんな風に声を荒げるところを初めて見た
君は僕の為に怒ってくれる人なんだね"
保健室。
花野井先生(保健の先生)「だいぶ落ち着いたみたいね」
深瀬「はい」
花野井先生「千歳君、ありがとう、君が深瀬君を連れて来てくれたおかげで大事にならずに済んだわ」
千歳「いえいえ!友達として当然のことをしたまでですよ!」
花野井先生「あら、深瀬君、お友達ができたのね
それなら教えてくれれば良かったのに」
深瀬「僕は別に・・・」
千歳「あー、無理もないですよ先生、俺が無理矢理
付き合ってもらってるだけなんで」
花野井先生「あらそうなの?でも、深瀬君が嫌がってるようには見えないし
先生から見ても二人はいいお友達だと思うわよ」
千歳「いやーそう言われると照れますね!」
深瀬「君でも照れる事があるんだね」
千歳「あるっつーの!笑」
花野井先生「ふふふ」
吾妻先生(担任の先生)「深瀬、もう具合はいいのか?」
深瀬「はい、迷惑をかけてすみませんでした」
吾妻先生「いや、謝るのは俺の方だ
俺がもっと早く注意するべきだった、すまない
しかし、俺が駆けつけるより先に千歳が飛んで行くとは思わなかったな、千歳、ありがとう」
千歳「へへへ!」
吾妻先生「それにしても、二人はいつの間にこんなに仲良くなったんだ?」
千歳「つい最近ですよ!まぁ俺が引っ付いて回ってるだけなんですけどね!」
吾妻先生「深瀬は嫌じゃないのか?
千歳は相手のことをお構いなしに話しかけるところがあるからなぁ」
深瀬「特に嫌な気はしてないです」
吾妻先生「そうか、なら良いんだ、しかし二人は案外似たもの同士かもしれないな」
花野井先生「似たもの同士、ですか?正反対のように見えますけど・・・」
吾妻先生「いやいや、花野井先生、この間の二人のテスト結果知ってます?
深瀬は国語以外赤点、千歳は美術以外赤点なんですよ
全くもう・・・先生泣かせですよ」
花野井先生「あらまぁ・・・」
千歳「え、深瀬も一教科以外赤点だったの?そりゃあヤバいな!ははは」
深瀬「君も似たようなものだよ・・・」
吾妻先生「二人とも、笑い事じゃないんだぞ?」
千歳「はーい!」
吾妻先生「まったく、千歳は返事だけはいいな」
〜大切なもの〜
その日、僕がいつも大切にしていたハンカチを落として無くしてしまった時の事。
なかなか見つからず、日が落ち始めようとしていた。
深瀬「ねぇ、もういいよ千歳、僕諦めるよ」
千歳「何言ってんだよ!いつも持ってるってことはお気に入りのハンカチなんだろ?
事情は知らねーけど、大切なもんは諦めたらダメなんだよ」
深瀬「千歳・・・」
千歳「お!?あった!木の枝に引っかかってる!」
千歳は木の上の方を指差している。
深瀬「え、まさか登る気?危ないって!」
千歳「大丈夫だよ!俺、運動神経だけはいいからさ!」
千歳はまるで猫のように木を登ると、あっという間にハンカチを手に取り降りてきた。
深瀬"ホッ・・・怪我をしなくて良かった"
千歳「ほい!」
全身汚れていることには気にも止めず、千歳は満面の笑みを浮かべている。
深瀬「・・・」
千歳「え!?ちょっ、なんで泣いてんの!?そんな泣くほど大切なものだったのか!?」
深瀬"ハンカチは確かに大事だった
でもそれ以上に、千歳が自分の為にここまでしてくれた事が嬉しかった"
深瀬「あり、がとう」
深瀬は初めて千歳にお礼を言った。
千歳「へへ、いいってことよ!だって俺ら友達だもんな!」
深瀬「うん」
17年後。
桃花「うっ、うっ・・・いいお話ですね・・・」
深瀬「桃花さん、大丈夫?」
深瀬はさっとティッシュを出した。
桃花「ありがとうございます、ずびー!」
千歳「いやー、まさかそんな感動してくれるとは思わなかったよ!」
桃花「そんなに大切なハンカチだったんすね」
千歳「そういえばあの時は何となく聞かなかったけど
あのハンカチは何であんなに大切にしてたんだ?」
深瀬「・・・」
千歳「?あ、悪い、ひょっとして両親の形見だったりしたか?・・・」
深瀬「いや、違う・・・チラッ」
深瀬は桃花の方を見た。
千歳「ピーン!、ははーん、深瀬ー?さては好きな人からのプレゼントだな?」
深瀬「ギクッ・・・」
千歳「いいじゃんいいじゃん、もう過去の話なんだし
ねぇ桃花ちゃん」
桃花「はい、私も聞きたいです」
千歳「あれ、でも深瀬が女の子と話してるところなんて見た事なかったよな、いつの間に?てか誰?」
深瀬「・・・花野井先生だよ」
千歳「え!?あの保健の?ウッソまじか!?」
深瀬「俺にハンカチを貸してくれたんだが
洗って返すと言ったらそのままもらっていいと言われたんだ」
千歳「で?惚れてたんか?」
深瀬は照れながら頷いた。
千歳「何だよー!それならそうと言ってくれよ!」
深瀬「言ってもどうにもならないだろう」
千歳「いやまぁそうかもしれないけどさー!俺は悲しいぜ」
深瀬「何故、君が悲しがるんだ?」
千歳「だって俺ら友達じゃんー?」
桃花「千歳さんはその頃いたんですか?」
千歳「えー?」
桃花「好きな人」
深瀬は桃花の肩に手を置くと首を左右に振る。
深瀬「桃花さん、聞いてやるな、千歳は色々な女性に告白しては振られ続けていたんだ」
千歳「グサッ、そ、そうさ、俺は哀れな子羊さ」
深瀬「こひつじ・・・」
桃花「女性運がなかったんですね」
深瀬「いや、あれは千歳が誰かれ構わず声をかけるからそれが噂になり女性達から敬遠されていたんだ」
千歳「ガーン・・・な、何でそんな事を深瀬が知ってるんだ?」
深瀬「俺は休み時間はほとんど本を読んでいて教室にいたからな
嫌でも耳に入る」
千歳「そ、そうだったのか・・・」
深瀬「まぁ、そんな君でも今や奥さんと子どもがいるんだから良かったじゃないか」
千歳「それ慰めてんのか・・・」
深瀬「奥さん、戻って来たんだろう?」
千歳「うん」
深瀬「良かったな」
桃花「良かったですね!」
千歳「おー、ありがとよ」
桃花「今日は色んなお話が聞けて楽しかったです
ありがとうございました」
千歳「こちらこそ、付き合ってくれてありがとな
深瀬も」
深瀬「ああ、気をつけて帰るんだぞ」
千歳「おー、お前らもなぁ」
千歳はひらひらと手を振りながら帰って行った。
桃花「深瀬さんは歳上が好きだったんですね」
深瀬「ゲホゲホ、あれは昔の話だ、今は違うよ」
桃花「今は歳下がいいんですか?」
深瀬「いや、年齢じゃなくて君だからいいんだよ」
桃花「ふふ、深瀬さんならそう言ってくれると思ってました♪」
深瀬"そう言って君は鼻歌を歌い出した
どうやら上機嫌らしい
久しぶりに懐かしい話をしたからか、君の機嫌がいいからか
心がホカホカと君の大好きなあんまんみたいに温かった"