表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界派遣社員の憂鬱  作者: よぞら
地の章
9/36

罹患

「レイ、ここは毎日雨が降りますね。ずっと窓の外は星空でしたから慣れませんよ。」


 シドは円柱のカプセル装置に入った機械と融合した金髪の男、レイの本体へ話しかける。レイのエネルギーを使いこの土地のα元素を浄化する装置だ。


≪シド、こんな自分の姿を見るのも恥ずかしいんで移動しませんか。≫


 肩に止まる白い小鳥が囁くように意見する。

 シドが転移して130年程。

 新しいプロブラムを構成した新式の調律師を導入し、仕事場にしていたミラの衛星基地はR-0009の本土へと移転しジュビア東方連邦国を設立してから20年を超える。

 衛星基地に保管されていたテクノロジーのデータを参考に生活に便利な機械を作成して各国に出荷することで人々の生活水準はあがりつつあった。


「すいません、レイ。出かける前に挨拶をと思いまして。」

≪シドは意地悪です。≫

「では、少し留守にしますので後を頼みますよ、ペル。」

「はい、統括。お任せください。」


 シドは肩に乗るレイを護衛担当する調律師、通称ペルに預ける。背が高く金髪に碧眼を持ち神父のような装いをした男だ。


「レイ、無理難題を言ってペルを困らせないようにしてくださいね。」

≪シド、子供扱いはよしてください。あと道中気を付けて。≫


 簡潔に挨拶を済ませると元衛星基地リビアを後にする。

 建設された街は機械仕掛けの高層ビルが所狭しと並び、からくり時計の中のようだ。R-0009に移転してから調律師により設立したジュビア東方連邦国は破竹の勢いで建国が進んでいた。

 各国を繋ぐ世界横断鉄道も海上の島国である一国を除いて完成している。


「さて、10日間の旅ですか。」


 ゆっくりと町並みを眺めながら徒歩にて駅へ着いたシドは世界横断鉄道の機体ベアトリーチェへと乗り込む。時速80キロメートルで進む唯一の移動手段だ。

 ソファーがセミシングルサイズのベッドになる。トイレとシャワー室もついておりビジネスホテルの一室のようだ。食事は車両を移動してレストランでとることになる。


「移動中は暇ですね。娯楽の導入を検討しないと。」


 職務の関係でハイテク機器を持ち込んでいる仕事人間のシドは良いとして一般客には退屈な旅路になるだろう。数日間も狭い機内で座っているだけでは肉体的にも精神的にもよろしくない。

 シドは空中ディスプレイを起動すると文字列を眺める。


「おや、早速報告書が届いてますねぇ。どれどれ。」


 現地に出向いて確認することがありシドはアルド公国のエルドベーレ領へ向かっている。現在存在する最古の調律師に会いに行くのだ。


「重点的に調べるとこんなにも情報が出てくるのに今まで見逃していたんですね。」


 世界を復興するうえで重大な障害を見つけてしまったシドは乾いた笑いを浮かべたのだった。




。+・゜・☆.。.+・゜melancholy゜・+.。.☆・゜・+。



 イエロ連合王国を経由して10日間。ジュビア東方連邦国から3万キロメートル離れたアルド公国へと到着した。

 建設されたばかりの駅から降りたシドは方向を確認しつつエルドベーレ領へと向かう。


「空気が美味しいですね。」


 歩きながら眺める景観は緑が豊に花が咲いている。一見平和そうに見えるがよく見るとそうでもない。草花に隠された朽ちた建物。中には焦げ跡や白骨化した人骨もあった。

 ここでは通常の30倍のスピードで植物が育つ。だから侵略で焼け焦げた土地も壊れた建物も全て植物が覆い隠してしまうのだ。


「見せかけの平和ですか。」


 ベンツ・ヴェロに酷似した4輪車が牽引する荷台に設置された簡易ベンチに揺られてシドは建物の少ない寂れた道を行くのだった。

 数時間移動しエルドベーレ領へ着くと予め指定された建物へと行く。

 白い石とステンドグラスで造られたドーム型のエルドベーレ聖堂。中に入ると日が差し込んで輝く大きなステンドグラスがあった。


「現物は綺麗ですね。」


 剣を携えた黒い甲冑の綺麗な顔の青年が描かれている。まるで聖書に登場する聖人のようだ。


「人の人生の汚点を凝視しないでくれる。」


 足音もなく現れたのは腰まで伸ばした黒髪を高い位置で結わえたシドよりも少し長身の男だった。黒いシャツとスキニーにロングブーツと軽装だが細い長剣を帯刀している。


「お召により参上いたしました。エルドベーレ卿。」


 胸に手を置き貴族に挨拶するようにかしこまるシドへ、男は抜刀すると首筋に白刃を突き立てた。


「そのふざけた能書きを続けるなら不敬罪で首を斬られる苦痛を体験してもらうよ。」

「冗談ですよ、ライネさん。」


 ライネと呼ばれた男は琥珀色の瞳を鋭く輝かせながら不敵に笑うと長剣を納刀する。彼はシドよりも300年ほど前に転移してきた現存する最古の調律師なのだ。現在はアルド公国のエルドベーレ領を治める侯爵という地位で任務にあたっている。


「ドロシーさんは?」

「レイの忠実な下僕に会いたくないって隠れてるよ。」


 苦笑しながらライネは胸ポケットに目を向ける。そこに潜んでいるのだろう。


「相変わらず嫌われてますね。」


 ドロシーはレイと同じく稀人の始祖だ。アルドを浄化しているがかなり気難しい女性でありシドは対面すら果たせずにいた。

 ドロシーを護衛するライネはレイが小鳥に思念を移しているように依代に入って自由に動く彼女を連れている筈だが顔をだしてはくれないらしい。


「無駄話するつもりはないからさ、こっち来て。」


 そっけない態度のライネに案内され地下にあるシェルターへと足を向ける。そこは野戦病院のように自力で起き上がれない人が者のように置かれていた。

 シドは諜報活動をする調律師からの報告を受けて、とある病気に罹患した患者を見に来たのだ。ここにいる者たちの症状は末期で助かる見込みはないそうだ。人から人への転移は確認されていないが医療技術と知識に乏しい住民たちには呪いのように感じるのだろう。

 

「これが塩化症候群ですか。」

「うん、人の病気まで把握する余裕が無くて気づくのに数百年遅れたよ。」


 体の末端から動かなくなり塩の結晶のように白く変化して最終的には体が崩れて死に至る病だ。今まで調律師が気づかなかっただけで終末日(アポカリプス)の後から発症例があったらしい。

 原因はα元素。


「この国では治療法がなくて罹患したら放置されて道端で朽ち果てるかこの人たちみたいに教会に捨てられる。教会の人間すら怖がって近づかないけどね。」


 ライネは悲しみの表情を浮かべながら苦悶の表情を浮かべる患者のやせこけた頬を撫でた。


「他国の諜報員の報告によると一部のα元素変異体が治療できるようです。患者の体内にあるα元素を取り出すα元素汎用術なのでしょう。」

「原因がα元素ならα元素変異体なら治療が可能なのも道理なのかな。」


 シドの報告を聞きながらライネは事切れ崩れて塩の結晶のようになった人だった白いモノを丁寧に布にくるむと地下シェルターから聖堂の庭に出る。後に続いたシドが目にしたのは多くの墓標が建てられた墓場だった。


破壊神(アポック)の残滓は強烈ですね。このお墓はライネさんが?」

「埋葬くらいしか出来ないのが心苦しいよ。幸いなのは君のおかげで侵略が和らいで時間があることかな。」


 言いながらライネは予め掘られていた穴に布ごと入れると避けられていた土をかぶせて墓標を建てた。


「シド、明確じゃないけどレイの話では破壊神(アポック)の消滅は確認されていないよね。700年ほど前に始祖の一人と海の底に沈んだって。」


 始祖は全員で12人。1人は世界を破壊する存在を呼び寄せた魔女となり、4人は破壊神(アポック)に壊され、1人は破壊神(アポック)と共に海に沈んだ。そして残った6人が滅んだ世界を再生しているという話は調律師が転移して最初に聞かされた事だ。

 つまり世界を滅ぼす可能性のある災厄は現存しているのだ。


「やはり探す必要が出てきましたね。」

「探す?破壊神(アポック)が沈んだのは神の領域の海底だのはずだよ。それも水深6千メートル以上の深海。いくら調律師でも探索なんて不可能だと思うけど。」


 手に着いた土を払いながらライネは鼻で笑った。


「我々には不可能でしょうね。でも新式の調律師なら海底の水圧にも無酸素状態にも耐えられます。」

「正気とは思えないな。場所の特定もしていないのに世界中の海底を探索させるつもり?」


 いくらシドの創り出した新しいプログラムを搭載した新式の調律師が完全な不老不死でありエネルギー摂取も睡眠も呼吸すら必要ない近未来のスーパーロボットより頑丈な人間やめた人間だったとしても鬼の所業だろう。


「それも悪くないですが、神の領域を含めた数千か所に機器を設置して世界中のα元素濃度を計測します。短期間で変異のある場所と長期的に濃度の濃い場所に限定して探せば合理的かと思いまして。」

「誰が設置するのさ。」


 ライネは盤上しか見ていないシドに呆れながら指摘する。的確な指示をするが現場を経験したことのないシドには時折感情が欠損しているのかと思うほど冷酷な時があるのだ。


「ライネさんは地球でも古い時代から転移した方でしたから知らないかもしれませんが世界には自立飛行型の便利な機械があるんですよ。」

「嫌味な言い方するね。」


 地球でのライネは火縄銃が発明されたかどうかの時代に生きていた君主に仕える騎士だった。転移した時ですらR-0009の回復した文明の方が進んでいたのだから見慣れぬ便利な道具に驚いたことだろう。

 元々実績を積んでいた騎士だったからこそ激戦を乗り越えてここまでやってこれたとも考えられる。


「とんでもない。戦場を駆け回れるライネさんいには尊敬と敬意しかありませんよ。わたしに出来ることは激動の時代を切り開いてくれた調律師達に早く穏やかな隠居生活を送ってもらえるように励むまでです。」


 転移時に地上に降りていたら数日以内に干からびていただろうシドは心の底から激励する。ライネは地球で培った剣の技術とレイから賜った能力で数百年間浄化の始祖を守り抜いているのだ。


「あっそ。それじゃ俺が隠居するときは100年は退屈しない書物が置かれた大きな書庫がある立派な屋敷を建ててもらおうかな。」

「それくらいなら隠居前に用意しますよ。」


 冗談のようなライネの要望をシドが叶えたのはほんの数カ月後だった。退職金の前払いだと満面の笑みで贈呈したシドの腹へ短剣の柄を殴りつけたライネは悪くないだろう。

◆ペル…始祖レイを護衛する調律師。金髪碧眼の男。神父のような服を着ている物腰柔らかな壮年の男。

◆ライネ…始祖ドロシーを護衛する調律師。腰まで伸ばした黒髪を高い位置で結わえた琥珀色の目を持つ男。最古の調律師でもあり大聖堂のステンドグラスに描かれている事が汚点。


◆ジュビア東方連邦国…北半球の東方の大陸に調律師により建設された国。中心には元衛星基地のリビアが置かれており浄化装置の役目も兼任している。

◆アルド公国…南半球の大陸にある緑豊かな国。植物が30倍の速さで成長する。

◆ベアトリーチェ…世界横断鉄道の機体名。客室はビジネスホテルのようにシンプルな作り。

◆塩化症候群…末端から白くなり最後は崩れて塩の結晶のようになり命を落とすα元素が原因で起こる不治の病。


ライネさんはエルドベーレ侯爵閣下様。ステンドグラスに描かれる聖人に酷似していることから民衆に慕われている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ