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異世界派遣社員の憂鬱  作者: よぞら
星の章
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始動

「月月火水木金金。僕らは今夜も終電逃す~。」


 新星歴665年。

 夕弦がシドの通称で名乗るようになり60年程が過ぎた。地球時間ならば2回程人生を全うする期間だが10年も経たない内にシドは地球時間に換算することをやめていた。

 戻ることも関わることもない世界の時間を気にしたところで意味をなさないからだ。

 この間にシドは調理師の改革をした。まずは連絡を取り合い争いの絶えない浄化地帯、人の領域を冷戦に持ち込んだ。

 外部からの攻撃と内戦を一網打尽に終わらせるため衛星に残る終末日(アポカリプス)前の兵器を使用したのだ。


「人工気象操作装置なんて先人はとんでもないものを残しましたね。」


 シドは自身の能力を最大限に活用し権力のありそうな現地人へ信託のように警告を告げて、故意的に雷を落とし嵐を発生させたのだ。地上の調律師に神の使いのように振る舞わせ、神の怒りに見せつけ恐怖に陥れた。

 なかなかのサイコパスな作戦であったが魔術や占いを信じるような脆弱な科学知識しか持たない地上の人々への効果は絶大だった。

 十分な科学力を持たなければ存在しない神にすら絶大な信仰をしてしまうものだ。

 宗教が出来上がってしまった区域もあったが結果オーライだとスルーした。肖像画にされたりステンドグラスに描かれた調律師もいたがスルーした。銅像になったり、国のシンボルとなってしまった調律師もいたが全ては30年も前の事だと華麗にスルーした。

 色々と突っ込みどころ満載であるが結果が全てだと多少の弊害と過程はスルーを決め込んだ。


「黒鉄の甲冑を身に着けたライネさんのステンドグラスは綺麗でしたね。ディッシュさんの壁画は神々しくて拝む気持ちもわかります。ジゼルさんの石像は見ものでしたし、コールさんの武勇伝は面白かったですね。メリの人魚伝説は笑いました。」


 数人の調律師が聖人や神の使い、英雄として現地人に神格化されて崇められてしまっていた。更に時が経てば廃れるかもしれないが語り継がれて伝説となって残る可能性もある。既に形に残ってしまっているのだから後世に名を残してしまうだろう。


「もう少し文明が落ち着いて衛星と地上の行き来が出来るようになったら観光しなくてはね。」


 気持ちを切り替えるようにパンと目の前で手を叩き、シドは深く考えることをやめて起きてしまった事象を楽しむことにした。

 ともあれ激戦区から冷戦に持ち込んだところで調理師達の生活状況を立て直し、人の領域の生活水準を向上させた。そして浄化地帯の中心にある始祖がいるエリアにこれまた先人が残したカタストロフィー級に危険なセキュリティ装置を置いて防衛線を張り、調律師を中心とする自警団を作り5つの人の領域を神の領域の民から守った。

 今では地上の調律師の状況も安定し、最低限の人間らしい暮らしが出来るようになり、文明を発展させるための裏工作を進める準備が始まった。

 現在の文明は19世紀初めの地球文明程。やっと富裕層が蝋燭からランプへと移り替わる頃だ。


「さてと、どんな世界に出来上がるか楽しみですね。」


 R-0009の数百年前の栄耀栄華を極めた輝かしい文明を見直しながら、テクノロジーの導入と都市開発計画を立てた。

 現在の人の領域の国は5つ。群島、砂漠、雪原、樹海、平原。原始的な生活をする人が住むには不便な所も多い。


「海があるならリゾート地とか欲しいですね。新婚旅行のハワイ旅行は楽しかったなぁ。」


 遠い記憶となった若かりし頃に最愛の女と泳いだエメラルドグリーンの海を思い出し、彼女との生活が走馬灯のように脳内を流れる。そして惨たらしい捨てられ方をしたところでシドの両目から幾筋もの涙が流れた。

 シドは自身で古傷を抉り、墓穴を掘ったことを数秒間懺悔したのだった。思い出せば涙が溢れるほどに傷は癒えていなかった。補佐を付けずに1人で黙々と作業しているのも人間不信が治っていないからだ。

 シドは涙をぬぐって鼻水をすすると、タンブラーグラスに満たされた水を飲みほした。


「気分を変えましょう。」


 今見ているディスプレイから別のディスプレイへ切り替える。

 同時進行で解析していた次元転移装置と融合しているレイの能力。レイの転移能力で生まれた次元の狭間である亜空間に入り込むことでアクセス出来るようになったのだ。天と地に水面があり鏡面の景色となっているため合わせ水鏡の間と名付けた。

 調律師に与える付与をプログラムのように組み替えてある程度自在に変換できることに最近気づいた。少し先送りにしていた付与能力の見直し作業をここで積めることにした。


「不老と再生能力は良いとして、過度な痛覚は軽減したいですね。」


 致命傷となる怪我でも再生するが痛みは感じるのだ。かなりの苦痛である。

 シド達、調律師に与えられる基本付与能力。

 R-0009の現地人に混ざっても違和感がないように骨格とカラーリングを変更する身体調和。

 危険から身を護る為の措置として運動能力の向上、高温・低温・毒素に対する耐性能力、再生能力などの身体強化。

 栄養変換機能、エネルギー摂取と睡眠摂取の少量化。 言語や文字の自動翻訳能力。

 そして個別に与えられる特殊能力。

 ざっと並べればかなりの高ステータスではあるが実戦を経験するものにとっては苦痛が耐えない。


「痛覚は無効にして、温度は苦痛に感じる領域を超えたら無効にしますかね。あ、あとお腹が空くと切ないですからいっその事、エネルギー摂取無しの方向でいきますか。あと、疲労も無効にして睡眠も無しにしてと。やっぱりメンタル的な問題がネックですね。精神安定?精神力強化ですかね?」


 荒廃した状況は人の精神に悪影響しか与えない。いくら体が強くなっても精神的に耐えられず自害したり楽な方へと逃げて裏切る調律師が多いのだ。


「メンタル強化って何ですかね?何があってもへこたれない強靭な精神力となると基本的には忘却と気持ちの切り替えですかねぇ。」


 嫌なことは忘れるに限るが何でもかんでも嫌だからと忘れては任務にならない。忘れ去られても放置されても切り替えられて放置されても困るのだ。マイナス思考となる気持ちの抑制が必要だろう。


「……幸せホルモン。」


 エンドルフィン、オキシトシン、セロトニン、ドーパミン。幸福感を与える種類の神経伝達物質であるホルモンの分泌を増やせばストレスを和らげ精神状態を安定させ活力を増やす作用が期待できるだろう。


「よし、採用。」


 後にオート脳内麻薬分泌状態と密かに誹られる新規能力になるとは現在のシドには夢にも思わないだろう。

 しかしながら地球の現代人が素面で生きるにはこの世界は厳しいものだった。

 21世紀の地球文明より数千年進んでいた文明は地球の人類が築いた文明の18世紀後期程にしか回復していない。

 便利な道具も機械も存在せず、病気の治療には魔術まがいの療法を施す世界だ。激戦は終えたが国境では小競り合いが絶えない。


「まぁ、こんな地上の環境なら私なら7日以内に死にますね。」


 地上の状況に嘆きながら作業に没頭するシド。

 身体調和、言語や文字の自動翻訳能力はそのままに身体強化の各種耐性は各種無効となり、エネルギー摂取と睡眠摂取の少量化は不要となった。さらに再生能力は超再生能力へとレベルを上げて痛覚は無効となり酸素及び大気不要、メンタル強化としてストレス耐性、精神安定などが加えられサイボーグより人間離れした人間が爆誕していた。

 ここに第三者がいたら行き過ぎた付与を止めただろうか、同調して人間離れに相乗しただろうか。止める人間も増長させる人間もいないことがワンマン作業の難点だ。


「さて次は成功報酬ですね。やっぱり何事も報酬がないとやる気でませんからね。」


 一番の発見は仮説だが地球に送り返すことが可能であること。ただし、転移した時間と場所に返される為、転移者によっては命に関わる。水の中にいる者と水に触れている者しか転移できないのだ。それゆえに解析を重ねてプログラムを組み替えて地球へ戻す時間を選べるように改良している。


「記憶を持ったままあの瞬間に戻れたらなんて誰しも一度は考えますよね。」


 成功報酬はタイムリープ。

 転移時間のプログラム書き換えにR-0009の時間で35年と半年、地球時間に換算すると100年ほどかかる。成功報酬を受け取るまでの任期が長い。


「まぁ、でも数十年の労働で人生がやり直せるなんて破格の報酬なんでしょうね。」


 R-0009では人の一生にも満たない時間だ。短い時間ではないが現地人やシドにとっては果てしないほど長い期間ではない。


≪シド。調律師候補を見てもらいたいんですけど。≫


 白い鳥の姿のレイがシドの肩に止まる。本体は機械と同化しているためあまり部屋から移動せず、転移した調律師の事はシドに任せて膨大な時間軸の中から調律師となるべく人材を発掘している。

 発掘するべき人材の能力はある程度シドにしてされているので今までより時間がかかっていた。


「レイ、今行きますよ。」

≪シドは本当に頼りになりますね。682回諦めずに探してよかったです。≫


 レイの人使いはかなり荒い上に放任主義だ。令和の日本ならばパワハラだの仕事の押し付けだの大騒ぎになるだろうが割愛する。

 シドがこれ以上ないくらいのどん底に落とされている時に、地上にいるよりはレイの補助をした方が数倍ましだという状況で作業を始めてそれが日常になるまで耐えられただけだ。

 レイに苦言を呈するのも調律師を拒絶することも全てが今更だ。それにシド自身、今の生活が苦痛ではないのだ。


「運も実力のうちって事で納得しますか。」


 シドは和やかに笑うとレイの元へと向かうのだった。

◆人工気象操作装置…地上の気象を人為的に操作する装置。雨、雪、雷、嵐、竜巻と制御できる。

◆人の領域…群島、砂漠、雪原、樹海、平原と五つ存在しそれぞれの気候と特色がある。


人間やめた人間が爆誕。

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