逆心
「レイ、何故ヨウの能力は目覚めないのでしょう?」
シドは数の増した報告書を速読しながら肩に止まるレイに尋ねる。特殊能力が使えない調律師など想定外の事態だ。ましてヨウは特式の中でも数十年単位でプログラムを組んだ特別仕様。
≪ヨウの能力は破壊神とヴィーの捜索と破壊神の殲滅。自覚して発動できる能力ではないのかもしれません。≫
「無自覚に発動されるということですか?」
≪可能性はあります。捜索の能力は常時発動された状態でヨウが無自覚に行く先に破壊神やヴィーがいるのかもしれませんね。そして殲滅する能力は対象と会う事がトリガーとなる可能性があると考えるのが妥当でしょう。≫
いままで多くの調律師の固有能力を見てきたが能力の使用は基本的にマニュアル操作だ。術者が操作することができないオートタイプは初めてだった。
「その仮説が正しければ訓練なんて無駄に時間を費やすだけですか。」
≪シド、どのみち護衛をつけるのでしょう?ダメもとで調律師の消えたアルド公国かα元素が上昇するウォール諸島共和国へ行かせてみたらどうです。二つとも駄目なら他の国へ行かせてもいい。≫
アルド公国の調律師が消えたことも、ウォール諸島共和国のα元素濃度の上昇も不自然で原因が分からない事だ。ヴィーと破壊神が関わっているならば見つかる可能性がある。
「そうですね。何も分からないなら取りあえず行動ですね。」
方針が決まれば行動あるのみだ。シドはミチを呼び出すと早急にアルド公国へ行かせるように指示した。護衛を得意とする戦闘特化型の実働調律師、通称ヒメを付き添いにつけて。
「何もないと良いのですが。」
国を立つ世界横断鉄道の映像を見ながら放ったシドの呟きは適うことなく、ヨウとヒメのアルド公国へ到着予定日、ユキから再び調律師が消えたと報告が入った。
アルド公国に派遣したのは予備役とはいえ現役の調律師だ。決して能力が劣っているわけではない。
「ユキ、直属実働部隊の1軍を派遣します。」
『1軍って。』
発汗機能すらないユキの頬に冷や汗が流れる幻が見える。
1軍は火力が強すぎてアキシオン牽制依頼、滅多に進軍することのない戦力だ。見境なく全力を出せば街一つ吹き飛ぶほどの破壊力を持て余す使いどころの難しい問題児達でもある。
『統括、戦争でもするの?せめて2軍とかさ。』
「滅相もない。立て続けに調律師が失踪しているんです。それなりの人員を派遣するべきでしょう。」
アキシオンのナルの前例がある。出し惜しみして後手に回り続けるならば最初から全力を出すべきだ。
「統括、僕は辛いよ。」
ユキには戦闘の経験がない。神の領域と協定を結んでからは人型のα元素変異体との諍いはない。更にナルの問題が片付いてから、調律師の任務は情報をコントロールするだけの平和なものだった。
ここ数年は離脱者が現れるような事柄もなく平和だったのだ。
不安が拭えないまま坂を転がり落ちる石の如く事態は最悪の方向へ動き始める。
特式のヨウがアルド公国到着後、ユキがセーフハウスに案内した直後に姿を消したと護衛をしていたヒメが慌てて連絡してきた。対応に動く前に能力で箱庭内に潜入したウメの消息が分からなくなったとユキから泣きながら連絡が入った。
最速でアルド公国入りした1軍の直属実働部隊の5名も捜索に入って直ぐに消息を絶つ。
≪何が、何がおきている?ドロシーの音も小さい。≫
焦燥しているのはレイだけではない。指示を出す本部でも現場でも混乱していた。シドは手の平に顔を埋めて思考を巡らすが策が見つからずにお手上げ状態である。
ピピピピピピピ。
緊急通信の音に、シドはビクっと身体を揺らした。
調律師の認証コード21135。
ディスプレイに浮かぶ数字にシドは急いで通信を繋いだ。
「ウメ?ウメですか?」
『悪ぃ、連絡が遅れた。箱庭から出るのに戸惑いまして。』
落ち着いた低い声にシドは安堵する。ヨウが消息を絶ち、ウメが消息を絶って2刻(6時間)もの時間が経っていたのだ。
『統括、ライネさんに殺されかけました。』
信じがたい報告にシドは思考が停止する。
「……ライネさんが?」
『なんだよあの人、調律師の付与を解くなんて滅茶苦茶じゃねぇか。』
まだ、落ち着いていないのだろう。シドに対しては敬語を使用するウメの口調が崩れている。
歴代最強の調律師であるライネが戦う姿を見た時、殺気と残酷さにシドは気絶した。旧式の調律師は能力も体力も本人次第で伸びしろがあるのだ。付与を解くなど把握している以上に能力が育っている。
『そういえば特式に会ったぞ。何してんだ?あの子?』
ウメの思わぬ言葉にシドは伏せた顔を勢いよく上げた。
「どこで?」
『オーブオリース。』
「今、ヨウは何処に?」
『あー知らねぇ。あんたの指示で任務中じゃねぇのか?』
「現在進行形でロスト中です。」
とても言いにくいが隠しても仕方がないとシドは正直に話す。
『おいおい。まぁアーシーも箱庭にいたし何とかなんじゃね?』
「アーシーにも会ったんですか?」
『鏡越しにな。箱庭内のセーフハウスにいたんだろうよ。』
箱庭の中で電子機器はほとんど役に立たない。発生する電磁場が乱して通信もレーダーもまともに機能しないのだ。だから箱庭内に設置される複数のポイントにはレイの力を付与した鏡を置き箱庭内で連絡が取れるようにしてあった。因みに箱庭専属管理調律師の元には始祖の力を使い、電磁場の干渉を防御する機器を置き本部と連絡が取れるようになっている。
「……アーシーに託しましょう。」
『俺はユキに報告してきます。』
「……ええ。」
通信を切ってシドはよろよろと椅子に座り込む。
≪シド、大丈夫ですか?≫
「……ライネさんが。まさか、あの人が。」
シドが転移した時から最古の調律師であり最も信頼を置いていた調律師でもあった。彼の裏切りとも思える行為は受け止めきれない衝撃だ。
始祖を護る為にのっぴきならない理由があったのだと、何かの間違いであると楽観的に考えることも出来ない。
「覚悟を決めなければいけないかもしれませんね。」
謀反を仮設したとして恐らく、ライネの単独犯ではないだろう。箱庭内での事ならネオとドロシーの加担している可能性がある。コードを打ち込み通信を繋ぐ。
「チル、アーロンをアルドへ。」
『いくらなんでもアーロンを出すなんて大げさじゃない?そもそも旧式の懲罰する特式でしょ。役に立たないわよ。旧式は統括とライネさんしかいないじゃない。』
「……懲罰対象はライネさんです。」
苦虫を嚙み潰したように顔を歪めて告げるとシドは通信を切った。
把握する限り歴代最強の調律師だ。英雄となったディッシュ、コール、ジゼル、ペルに問うてもライネが一番強いと口を揃えていた。
早計に思われたシドの判断は正しかった。
アルド公国で日が昇ったあと、アーシーが洗礼の解けたヨウを連れ帰ったのだ。
目覚めたヨウの話から始祖ドロシー、旧式のライネと新式のネオが裏切ったと分かった。
彼等は始祖ヴィーの行方を知っているようだった。
目的は調律師としてR-0009を元に戻すとのことだが具体的には不明。
仮説が確信に変った時ネオを強制帰還させた。ガイにヨウが攫われて彼の裏切りも発覚した。アーロンにドロシーの依代を破壊させてライネを懲罰させた。
しかし、アーロンはライネの亡骸から突如現れたヴィーに粉々に破壊された。護衛につけていたヒメは雪像のように白く冷たく変異させられヨウはヴィーの手に落ちた。
このままでは全滅すると、シドは作戦決行中の全調律師に撤退命令を出した。
≪シド、ドロシーの音が消えた。≫
「え?」
始祖が感じる同族の気配は音。それが消えたという。
「ユキ!ラカを起動してドロシーの本体を確認してください。」
シドは急いで現状把握に入る。
≪シド、ガイが消滅しました。≫
新式の調律師は帰還プログラムで繋がっている。それが消えたということは対象が消滅したという事。
次々と何が起こっているのだろう。
≪オリガ……オリゲネア・ウルバーノは腹に子を宿していました。結婚したばかりの夫と離れてしまいさぞ心細かったことでしょう。当時15歳だったヴィーも心許無かったでしょう。大人の私達ですら不安だったのですから。≫
混乱する中、今まで触れることのなかったレイは昔語りを始めた。シドは相づちを打つこともなく静かに聞くことしか出来なかった。
800年前のことは何度も聞いたがそれよりも前、終末日よりも前の事は詳しく聞いていなかった。
何故、今話しているのか。
何故、今でないといけないのか。
≪私が選んだ現在は正しいと思いますか?≫
「正誤と善悪は判りかねます。でも、私はレイの味方ですよ。」
絶対的に信頼するシドに、饒舌で哀愁を纏うレイは笑った。
≪シド、いつも傍にいてくれてありがとうございます。そして不甲斐ないボスですいませんでした。≫
「レイ。」
別れのような言葉を諫めようとシドが名前を呼んだ時、依代にしていた白い小鳥が力なく地に落ちて砕け散った。
レイの依代が壊れた。そして鳴り響く警報。
何も考えられずレイの本体の元へ行くとヒメのように雪像のように白くなった調律師。レイはガラス細工のように無色透明な姿へと変わっていた。
「……レイ。」
シドの声に返す声はなかった。静かに雪が降っていた。
ネオ、ライネ、アーロン、ヒメ、ドロシー、レイ敗北。




