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異世界派遣社員の憂鬱  作者: よぞら
新の章
30/36

漫遊

 イエロ連合王国の支部専属管理(マネージメント)である通称ウイの案内で主都ライラを歩く。ここへ来たのは11年前。街並みはあまり変わらないがファッションが変っている。流行の移り変わりだろう。ゆったりと時間の流れる水上都市の霧の都。

 箱庭専属管理(オブザーベーション)である通称テオに導かれ霧の濃い夢寐の箱庭へと入り、水に浸かった教会を模した建物へと辿り着く。

 専属護衛である通称コンを中心に旋回しながら桃色の鯨の依代に入った始祖メルビンが唄っている。

 妖精のような声でメルビンは告げた。


≪いらっしゃいシド。私は賛成するわ。≫


 ウォール諸島共和国の支部専属管理(マネージメント)である通称ケイの案内で主都フィレナキート諸島を歩く。ここへ来たのは9年前。ナール島から直接フィレナキート諸島八番島エイヴァへ行った為、街中を歩くのは初めてだ。海辺の景色が綺麗で目を奪われた海の都。

 箱庭専属管理(オブザーベーション)である通称オーズに導かれ鬱蒼とした紺碧の箱庭へと入り、赤い花咲く塔の遺跡へと辿り着く。

 専属護衛である通称ラウの首に黒い蛇の依代に入った始祖ガブリエルが巻き付いている。

 静かな声でガブリエルは告げた。


≪久しぶりだねシド。君の好きにすると良い。僕は反対しない。≫


 アルド公国の支部専属管理(マネージメント)である通称ユキの案内で主都セレサを歩く。ここへ来たのは79年前。雰囲気はそのままに建物が随分と変化した。色鮮やかで雅な花の都。

 箱庭専属管理(オブザーベーション)である通称ネオに導かれ植物に浸食された絢爛の箱庭へと入り、半球体のガラスドームへと辿り着く。

 専属護衛である通称ライネの頭に花柄模様の水色の家守の依代に入った始祖ドロシーが乗っている。

 繊細な声でドロシーは告げた。


≪ごきげんようシド。私は貴方に賛同いたしますわ。≫


 パイロープ帝国の支部専属管理(マネージメント)である通称リミの案内で円状都市を歩く。この国は通り過ぎたのみだ。上空から見ただけで降りてはいない。もしくは世界横断鉄道の経由地点として駅施設のみの滞在であった。軍事国家であるが商人たちの活気溢れる砂の都。

 箱庭専属管理(オブザーベーション)である通称ユリに導かれ炎の渦巻く紅蓮の箱庭へと入り、旧時代の神が鎮座する神殿へと辿り着く。

 専属護衛である通称ニカの肩に赤い狒々の依代に入った始祖ウィリアムがぶら下がっている。

 力強い低音域の声でウィリアムは告げた。


≪よう、シド。俺はお前に一任する。≫


 ネブリーナ皇国の支部専属管理(マネージメント)である通称ロンの案内で主都サルジュを歩く。ここへ来たことはなかった。この地で何十人の調律師が挫折したことだろう。白で統一された地下街は御伽の世界のようで息を飲むほど美しい氷の都。

 箱庭専属管理(オブザーベーション)である通称カノに導かれ陣風渦巻く旋風の箱庭へと入り、陸に浮いた巨大戦艦へと辿り着く。

 専属護衛である通称アイラの傍らに蒼い鹿の依代に入った始祖コラリーが佇む。

 透き通った低めの声でコラリーは告げた。


≪シド、わざわざ足を運ぶなんて律儀だな。答えはYesだ。≫


 挨拶をするより先に告げられた賛同の言葉にシドは苦笑を浮かべた。


「私に意見を求める報告があるなら直接来い。ホログラム越しに済ませるなんて何様だってコラリーが言うから来たんですよ。」

≪そうだったか、忘れたな。≫


 わざとらしくとぼけるコラリーにシドは下がった眉尻を更に下げる。

 アイラとカノは始祖の楽しみを邪魔しないように口をはさむことなく控えている。どうやら調律師達も共犯のようだ。


「もう偶然とは思いませんよ。皆さん同じ理由で呼び出したのに同じ回答なさるんですもん。」

≪それは口裏合わせたからな。≫


 コラリーは成功を遂げた謀に喉から笑い声を出す。本当に楽しそうに笑っている。始祖達の思考が読めずシドは長い息を吐きながら困り顔を浮かべた。


「理由をお伺いしても?」


 シドの問いかけに四つのホログラムが浮きあがった。メルビン、ガブリエル、ドロシー、ウィリアムと依代姿の浄化の始祖達がシドを囲む。


≪哀れなレイモンドの眷属に素敵な世界を見せるためよ。≫

≪シド、君には感謝している。争乱を治めたのは君の指揮があったからだよ。≫

≪レイモンドは気に入りませんが貴方の意向に反語いたしませんわ。≫

≪世界と我々に与えはお前の功績は絶大だからな。≫


 口々に優しい言葉を発する始祖達。

 予想もしていなかった意外な言葉の数々にシドは目を見開いた。

 呆然として思考も行動も停止するシドにコラリーが近づき、鼻先を擦り付ける。


≪シド、今回の特式の転移は成功率が低いという。慎重なお前が賭けにでるなんて楽しくて仕方がない。結果が好転しようとも悪化しようとも構わないさ。好きにすると良い。我々の相違だ。≫


 浄化の始祖達はシドに感謝していた。

 世界を浄化する始祖達は700年程静寂の暗闇にいた。見えるものはなく聞こえるのは同族が発する音のみであった。始祖達が自由と引き換えに浄化する供犠とならなければR-0009の在来生物は絶滅しα元素に侵されていた事だろう。

 そんな始祖達にシドはレイが移動に便利だからと宇宙基地で使っていたものと同じ原理の依代を与えた。自身が守った世界と人間たちを700年ぶりに見ることが出来たのだった。

 箱庭の範囲は数十メートルから数百メートルへと広がっていた。

 箱庭はα元素を浄化するために変異した影響で建物と周囲は固定されているおり、唯一700年前と変わらない場所。

 浄化の範囲は数キロメートルから数千キロメートルへと広がっていた。

 浄化地帯に広がる人の領域は平和に豊かに活気が溢れており、700年前に瓦礫と化したとは信じられない綺麗な場所。

 初めは数キロメートルの生存圏で数百人が身を寄せて上に苦しみながら生き抜いたという。レイの指示で調律師による支援物資がなければ人類は滅亡していたことだろう。地上から物資が滞った宇宙施設は自給自足装置の供給が追い付かずに息絶えたと聞いた。

 多くの犠牲があり、多くの苦しみがあった世界。それでも始祖達の目が見えるようになったら経ち直していた世界。

 転移してから地上に降りても引き籠り調律師として任務を全うし続けていたシドに、彼が作り上げた平和で安定した国をしっかりと見せたかったのだ。

 だから口裏を合わせ、駄々を捏ねてシドを引きずり出した。

 破壊神(アポック)に関わる特式の転移は絶好の口実であったのだ。


≪騙すような真似をしてすまないね。お前の作った人の生存域は綺麗だっただろう。≫


 シドを囲む始祖達は笑っている。

 イエロ連合王国の種族の入り混じる水上都市は共存と平和の象徴のようで心が躍った。

 ウォール諸島共和国の理想を詰め込めるだけ詰め込んだシーリゾートは毎年バケーションを楽しみたくなる景色であった。

 アルド公国の花に囲まれた街並みは雅で品があり、裏街へ行けばどこか懐かしい街並みに安堵した。

 パイロープ帝国の空からしか見たことがなかった直径4千キロメートルの円状都市は軍事国家であるのに観光都市のように賑わい活気づいていた。

 ネブリーナ公国の雪に埋まったビル群の都市は白で統一されて息を飲むほど美しく、住民は穏やかな日常を過ごしていた。


「お心遣い感謝申し上げます。」


 熱いものがこみ上げたシドは震える声で始祖達に頭を下げた。


≪この際だ。もう一周まわって各地で一節ずつ遊んだらどうだ?≫

「いいえ、帰りますよ。レイが待っていますから。」

≪一途だな。≫


 予想通りに返されたシドの返答に笑いながらコラリーは踵を返して去っていった。シドを囲んでいた始祖達のホログラムも一つ、また一つと消えていく。


「とても良い旅でしたよ。」


 網膜に焼き付いた世界の景色を想いながらシドはいるべき所へ帰るのだった。

 世界を動かす歯車が動き出す。

◆通称ウイ…イエロ連合王国の支部専属管理(マネージメント)

◆通称テオ…イエロ連合王国の箱庭専属管理(オブザーベーション)

◆通称コン…メルビンの専属護衛。

◆通称ケイ…ウォール諸島共和国の支部専属管理(マネージメント)

◆通称オーズ…ウォール諸島共和国の箱庭専属管理(オブザーベーション)

◆通称ラウ…ガブリエルの専属護衛。

◆通称ユキ…アルド公国の支部専属管理(マネージメント)

◆通称ネオ…アルド公国の箱庭専属管理(オブザーベーション)

◆通称ライネ…ドロシーの専属護衛。

◆通称リミ…パイロープ帝国の支部専属管理(マネージメント)

◆通称ユリ…パイロープ帝国の箱庭専属管理(オブザーベーション)

◆通称ニカ…ウィリアムの専属護衛。

◆通称ロン…ネブリーナ皇国の支部専属管理(マネージメント)

◆通称カノ…ネブリーナ皇国の箱庭専属管理(オブザーベーション)

◆通称アイラ…コラリーの専属護衛。

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