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異世界派遣社員の憂鬱  作者: よぞら
星の章
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季節

「黄色の春~。紅色の夏~。紫色の秋~。灰色の冬~。」


 新緑が萌える若葉色の景色、濃紺の空に真っ白な雲が映える景色。色とりどりの花が咲く鮮やかな景色、白一色に染まる白銀の景色。

 夕弦は空中の画面をスクロールしながらディスプレイに映し出される各季節の景色を見た。この世界、R-0009にも季節は存在する。地球で言うところの秋から始まり秋と冬の間に乾季があり、冬、春と進み春と夏の間に雨季と続き夏で終わる六季だ。

 R-0009では1年14節と呼ばれ国によっては1から14までの数字で区切られるが世界共通の暦は雷・地・音・凪・風・雪・氷・水・花・雨・流・海・魚・炎と呼称されている。

 夏と冬が3節、そのほかの季節は2節の期間続く。地球の時間単位に換算すると1節は49日。一年は687日。1日が36時間と地味に長ければ一年も果てしなく長い。

 R-0009のつまり自転周期が36時間であり公転周期が687日ということだ。

 しかしながら気候などは地球とよく似ており、北半球と南半球の季節は逆で北極圏と南極圏は永久凍土に覆われている。

 天気を左右する季節風も吹いており、赤道付近の気温は高いが、北半球側には環の影が映る常夜帯がある為に南半球よりも気温が低い。

 更に場所によっては日が暮れても環が太陽の光を反射して夜空に輝き続け白夜のように薄明るい状態が続くため、北半球には極夜が存在しない。

 不思議なことに北極点と南極点の数キロメートル圏内は気温が高く氷が解けてぽっかりと海と大陸が顔をのぞかせている。マグマ活動の影響かと思えば北極圏と南極圏には活火山も海底火山もなく間欠泉すら存在しない。それどころか氷の火山が存在するという

 地球の物理学が常識である夕弦からするとR-0009は滅茶苦茶である。


「この綺麗な景色も過去のものなんですね。」


 地上に季節が存在したのも、地球のように生命に満ちた青い星だったのも遥昔のことだった。

 現在、新星暦605年。

 新星暦元年の花節に海の9割は飲んだら渋そうな紅茶色に染まり、大地の8割は腐敗したような寒色になっていた。空に浮かぶ雲も灰紫色に濁っている。

 明らかに腐海や魔界などという名称が付きそうな汚染地帯だというのに地上では神の領域と呼ばれていた。神が裁きを下し堕落した人から奪い返した領域という節だ。

 稀人の一人が呼び出した史上最悪の生物兵器となった破壊神(アポック)の残留した力であるα元素が充満する地帯。

 α元素が全ての物質に引き起こした変化は世界を地獄へと変貌させていた。

 そんな大災害を調律師を含めて終末日(アポカリプス)と呼んでいる。


「全ての有機物と無機物に影響を及ぼすα元素。まるで核戦争後の放射能ですね。」


 そんなおどろおどろしい景色の中、5か所だけ生存できそうな色合いをしている場所がある。不自然にも綺麗な円形状で。

 浄化地帯である土地は人の領域と呼称され、レイと同じ稀人と呼ばれた超人が命のエネルギーを削りながら維持しているのだ。浄化する稀人達は浄化する為に体を造り替える過程で何かと融合したような異形となり人の姿から離れている。


「それにしても人の領域は狭いですね。」


 広い世界でたった五か所の限られた人類生存圏。そんな狭く限定的な空間でも人々は争い、神の領域から忍び寄るα元素によって超進化した神使と呼ばれるα元素変異体に怯えて暮らしている。

 知能の高く本能より理性を強く持ったとしても相違する者を淘汰しあう。共有の敵がいたとしても人の敵は人であり、思想の食い違いで袂を分かつのだ。


「……稀人の始祖か。」


 現地の人間からすれば調律者を含み転移者は全て稀人だ。最初の転移者である12人の超人は調律師の間で始祖と呼ばれており、レイが転移させた者たちとは比べ物にならない能力を持っているらしい。

 人間をやめた人間が慄く人間など想像を絶する恐ろしさだ。

 夕弦と同じように地球から転移させられた人間はこの衛星基地にてこの世界の事を学び24時間周期から36時間周期の生活に慣れたらレイから新しい能力を付与されて調律師となり世界征服とやらの手伝いをさせられる。

 大半は人の領域を維持する始祖の護衛と諜報活動、情報操作などの裏工作だ。

 はっきり言って地上へ行きたくない。そもそもちょっとだけ仕事ができるしがない中年のおじさんに何ができるというのだ。警察や特別救助隊、軍やFBIやCIAに務めていた者ならまだしも夕弦はサラリーマンだ。せめて探偵や実戦経験のある公務員の特殊部隊でなければ何もできずに野垂れ死ぬだろう。

 2022年の平和な地球の日本で暮らし、戦争はもちろん格闘技も体験したことなどないし拳を交える喧嘩すらまともにしたことがない。

 喧嘩どころか間男に唾を吐かれるという為体だ。


「家族と仕事を奪ったあの男を一発くらい殴っておくべきだったんでしょうね、男としては。」


 やられてもやり返すことすらできない情けない心情に夕弦は溜息を吐く。荒事に対して免疫が皆無なのだ。口喧嘩すら勝てたためしがない。

 1人で黙々とする作業や事前準備をしっかりと整えたプレゼンは得意であるが荒事だけは駄目なのだ。


≪夕弦、貴方を捨てた家族と陥れた部下の方がどうなったか知りたいですか。≫

「うわぁぁぁぁぁっ。」


 背後からかけられた声に夕弦は驚いて椅子から飛び跳ねた。激しく波打つ心臓を抑えながら振り向くとそこには白い小鳥の姿をしたレイがいる。

 夕弦は床にへたり込むと全身の力を抜いて頭を垂れる。


「驚かせないでください。」

≪いい加減慣れてください。貴方をないがしろにした家族と部下のその後を知りたいですか?≫


 揺るがないレイに呆れたように息を吐くと、夕弦はついてもいない埃を叩きながら立ち上がった。


「わかるんですか?」

≪夕弦が望むならお見せしましょう。≫

「いいえ、私にはもう関係のない事ですから。」


 彼らが幸せに過ごす姿を見れば遣り様のない怒りを覚えるだろう。不幸に陥っていたとしてザマァ見ろと笑えるだろうか。どちらにしても苦痛しか感じないなら知らない方が良い。

 この先、彼らとは関わる事など二度とないのだから。


「レイさん。私もいずれ地上に行くんですよね。でも、私に何ができるか。」


 みじめに犬死する未来しか見えず、何故役にたたなそうな自分なんかを転移させたのか知りたくて夕弦は問いただした。


≪何を言っているんですか?夕弦はここに残って私の補佐をしてもらうんですよ。≫

「え?」


 夕弦は数秒間、思考と行動を制止した後ここ数日思い悩んだ時間と恐怖と不安と葛藤を利子付きで返せと暴れたくなった。


「……レイさんの補助ですか。」

≪はい。情報を一人で把握するには限界がありますからね。5か所の浄化地帯の防衛の戦略もありますし。因みに補助役の調律師はここ600年で681人目辞めました。≫


 レイの言葉にシドは全身の筋肉が硬直した。顔面にも背筋にも嫌な汗が玉のように噴出して流れる。足が震えてきた夕弦はこの白い鳥が発した言葉を脳内で7回くらい復唱した。


 600年で681人目辞めました。


 600年で681人ということは単純計算で1年続かないということだ。どれ程過酷な仕事なのか。上司になるレイが抜きんでて酷いのか。


「多くないですか?」

≪ここでの暮らしは地上よりも快適なはずですし、機材も揃ってますから快適なはずなんですが直ぐに辞めちゃうんですよ。≫


 快適な職場で入れ替わりが激しいなど絶対にPTSDになる程の負荷がかかる原因があるだろう。


≪夕弦、ここにいる限り不憫な思いはさせませんし怖い事もありません。私の補助約、やってくれますよね?≫


 返事を迫るレイに夕弦は顔を引き攣らせる。そしてレイの補助役と断ったことで強いられるかもしれない地上の生活を天秤にかけた。

 死亡率約100パーセントの野戦か離職率約100パーセントの補助約か。


「あの、えっと、試用期間からお願いします。」


 まずはお友達からお願いしますのニュアンスで夕弦は半分了承したのだった。読書や物づくりを好むインドア派の夕弦は危険な野外活動よりも身柄だけは安全な室内にいたいのだ。

◆14節…R-0009での1年の数え方。雷節・地節・音節・凪節・風節・雪節・氷節・水節・花節・雨節・流節・海節・魚節・炎節と呼ばれる。1年は687日あり1節は49日となる。炎節のみ50日。

◆六季…R-0009の季節。秋季→乾季→冬季→春季→雨季→夏季の六つ。

◆神の領域…R-0009の汚染地帯。海は錆色、空と大地は鈍色に染まっている。

◆神使…α元素変異体の事。神の領域に生息する動植物の総称。人型の神使も存在する。

◆人の領域…稀人の始祖が浄化するR-0009の浄化地帯。


雇用主からしても被用者からしても試験期間は大切。

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