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異世界派遣社員の憂鬱  作者: よぞら
黒の章
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敗走

 身軽なディッシュを先頭に荷物を抱えたコールとジゼル達は走り続けて先程通ったばかりの広い空間に出る。突き当りに降りてきたエレベーターがあり、それに乗りさえすれば出口まで一本道だ。


「ダン、ダン!エレベーター動かせっ。」


 コールが催促するがダンは恐慌状態に陥っていて能力を使える状態じゃない。虚ろな目をして『こわい、やめて、たすけて、かえりたい』と繰り返し呟いている。

 こうなっては鍵開け要因として当てにはできないとコールは空気の圧力でエレベーターの扉を壊した。


「これを自力で登るって言わないよね?」


 ジゼルの背中で嫌な顔をするアーシーにコールは加えていた煙草を吐き捨てる。


「ダンが使えねぇんだ。それしかねぇだろ。」


 普通の人間に登れる距離ではないが彼らは全員調律師。能力を駆使すれば上まで登れるだろう。登っている途中に襲われれば足手まといとなったダンを置いていく事になるが全滅するわけにはいかない。

 新式の調律師であるダンは置いていったとしても元の世界に戻せるが、旧式の調律師であるディッシュ、コール、ジゼルは死骸であっても残しているわけにはいかないのだ。


「先に行きなさい。」


 後方を睨むジゼルをみると白い壁をすり抜けるように巨大な生物兵器が4体出てくる。そして先程倒したはずの黒スーツのアキシオンの一人がゆっくりとした歩調で追いかけてきた。

 核があるはずの右胸に風穴を空けたというのに肉塊とならなかった男だ。


「1人で殿は自殺行為だ。」

「一蓮托生ってことで。」


 槍を構えるジゼルの右隣にディッシュが並ぶ。左隣にダンをエレベーター前の床に置いたコールが並ぶ。その後ろには小動物を象ったロリポップキャンディを舐めるアーシーが糸を張った。


「まったく六十路手前の老体を労われってんだ。」

「調律師である以上、年齢は関係ないでしょう。」

「敵前だぞ。緊張感を持て。」


 軽口を叩くコールと正論を並べるジゼルをディッシュが諫める。


「こんな恐竜モドキと戦えって?」

「T・レックスみたい。」

「暴君竜にテンション上げるなんざアーシー君も男のだねぇ。」


 ジリジリと距離をつめてくる4体の全長10mを超える黒い巨体。大型獣脚類に酷似した体に銃火器が装備され、人為的な手が加わった生物兵器だと分かる。

 黒いスーツの男が指を鳴らすと4体同時に機関銃を放ちながら飛びかかる。


「避けろっ」


 ディッシュの叫びも虚しく次々と被弾する。

 アキシオンの魔動式電磁ロッドと同様の造りなのか、装填されているのは銃弾ではなく魔弾と呼ばれる質量を持った光が放たれ交わしても追撃してくる厄介なものだった。


「くっ」


 姿勢を崩したジゼルに一体が尾で打ち上げるように上へと跳ね飛ばし、重力に任せて落ちる体を回転を加えた頭部で弾き飛ばした。

 全身の骨が砕ける音が離れた場所にまで届く。

 吹き飛ばされた先ではもう一体が口を開けている。体制を変えることも出来ずにジゼルは飲みこまれた。


「ジゼルっ。」


 ディッシュの叫びと同時に凄まじい雷電の音が鳴り響きジゼルを飲みこんだ生物は黒焦げ、腹を一直線に内側から裂かれて絶命した。胃袋と思われる臓物の中から青色の血に塗れたジゼルが出てくる。


「まずは一体。」


 不敵な笑みを浮かべて槍を構える勇猛な姿にコールが口笛を鳴らした。

 負けてられないとコールとディッシュが武器を構えた時に嫌な寒気が背筋を走った。

 残っていた3体の巨体は足をすくわれるように宙吊りとなり藻掻き苦しんでいる。


「お前、何?」


 恐竜モドキを操っていた黒いスーツの男。一見、傍観していたように見えたが指示を出すように靴と指を鳴らしていた。

 それを肯定するように男が指を鳴らすと白い壁からドーベルマンに似た黒い犬が数匹飛びかかってくる。


「無駄だってば。」


 犬たちもアーシーへ牙が届く前に宙吊りとなる。不機嫌そうな顔で手を振り払うと宙づりとなった恐竜モドキも犬たちも絡む糸に切られてぶつ切りの肉片となった。

 アーシーと対峙する黒いスーツのアキシオン。彼は無言のまま刃渡りが15センチメートル程の短剣を取り出すとアーシーへと切りかかった。レイに与えられた能力の使用能力は上級者だが身体能力は11歳の子供の平均値。

 1秒にも満たない一瞬のうちに距離を詰められ日に当たっていないかのような白い肌を切り裂かれた。


「痛っ。」


 今までさんざん斬られても魔弾に被弾しても平然としていた白に近い水色の瞳に動揺が走る。痛覚が無効になるプログラムを組まれた新式の調律師であるはずなのに刃物で切られた鋭い痛覚を感じたのだ。


「アーシーっ。」


 無情に振り下ろされる2撃目をディッシュが止める。コールが援護し、ジゼルがアーシーを後方に下がらせた。


「アーシー、大丈夫?」

「……ごめん、大丈夫。もう治った。」


 人体急所である首筋の頸動脈を切られたため大量の血が服を汚しているが、傷は一筋の赤い痕を残して塞がっている。痛みを感じ、再生も遅い。


「コールっ。」


 狼狽して叫ぶデッシュの声に顔を上げると、コールの腕が体から離れて宙を舞い音を立てて床へと落ちた。気を取られたディッシュが黒いスーツの男に体中を切られて血を滴らせながら倒れ、ジゼルが雷電に乗って飛び出す。

 全てがスローモーションのように感じた。

 焦燥は判断を鈍らせる。

 アーシーの目に映るのは再生せずにいつまでも続く痛みに床に蹲るディッシュとコール。黒い男に髪を掴まれて四肢をだらんと垂れ下げて動かないジゼル。


「……止めろ。」


 黒いスーツの男が持つ短剣がジゼルに突き刺す予備動作を始め、アーシーは制止の声と同時に糸を伸ばすが男の四肢に糸が巻き付くころには心臓に白刃が突き刺さっていた。

 反動でジゼルの体はビクッと痙攣し血を滴らせながら弛緩した。


「クソがっ。」


 コールが力を振り絞って圧縮した空気を黒いスーツの男にぶつけた。ディッシュの炎が追撃して更に男を遠ざけた。

 動かないジゼルを抱えるとディッシュは全身を炎で包み、4枚羽根の火の鳥の姿となる。


「……アーシー。」


 ディッシュのか細い声で名前を呼ばれただけで意を得たアーシーはダンとコールを糸で繋ぐとエレベーターの入り口に引き寄せた。飛び立つ火の鳥に糸を絡めると意識を失いそうなディッシュの体を操り真っ暗なエレベーターの昇降路を上昇する。

 時速50キロメートルにも及ぶ飛行速度を以てしても長く感じるほど長い昇降路を抜けると最上階の扉を壊して宇宙船内のような廊下を抜けてダンが最初に開錠した円形の扉を抜けると力尽きたようにディッシュは人の姿へと戻り意識を飛ばした。


「ディッシュさんっ。」


 出口を確保しながら待機していた数人の調律師が駆け寄る。流血の止まらないディッシュとコールの応急処置に入り、傷は再生しているが精神が崩壊しているダンを2人がかりで抱えて連れていく。

 ここまでくれば調律師が裏から統治する管轄であり、ほぼ安全圏だ。

 ホッと息を吐いたアーシーは自身の膝に頭を乗せたジゼルの頭を撫でる。


「……統括、ジゼルさんが息してないよ。」


 アーシーの言葉にシドの執務室は重苦しい沈黙に包まれた。

◆カルロ…体に銃火器が装備された大型獣脚類に酷似した全長10mを超える黒い巨体の生物兵器。

◆コルミー…ドーベルマンに似た犬のような黒い生物兵器。


T・レックスは男児の憧れ。

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