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異世界派遣社員の憂鬱  作者: よぞら
黒の章
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白磁

 北北西の海上100キロメートル圏内にてα元素濃度が急上昇して9年。特殊な飛行機体にてα元素濃度が上昇した海域を捜索したが何も見つからない。上昇した濃度は数日で霧散し何一つ手がかりを掴めないのだ。

 α元素濃度が上昇した原因すら特定できていなかった。

 そんな中、とある国で細々と続けられていた研究が時を超えたかのように飛躍した。調べようとしたが警備が固く、諜報員が潜入に失敗した。その過程で気になる点が出てきたのだ。

 破壊神(アポック)捜索の進展がないように思われるが探せば疑わしい何かが出てくるものである。

 シドは一つの建物の前に立ち止まると、ソレを見上げた。


「相変わらず独創的な家ですね。」


 時計塔のような外装をした赤レンガ調の建物。ここには1人の新式の調律師がいる。移転して20年を超えるが諸事情で数回任務を与えただけで常に暇を持て余している調律師だ。

 3メートルほどある観音開きの扉には3つ首のオオカミのような犬が彫刻されている。どのような技法を要したのか石にしか見えない彫刻は動いて唸り声をあげていた。


『Say the watchword.

 Say the watchword.

 Say the watchword...』


 唸り声に混ざり、呪文のように真ん中の首が呟いている。


Iftahイフタフ) ya(ヤー) simsim(シムシム)!」


 予め教えられていた言葉を言うと牙をむいていた彫刻はぴたりと動きを止め外側に扉が開く。質問が英語で返答はアラビア語で答えるなどあべこべで言葉を覚えたての子供の遊びのようだ。


「今日はマザーグースですか。」


 扉をくぐってすぐ豪華なエントランスと螺旋階段がある。階段の中心には縦長の噴水があり、音板となっている階段に水が滴ることで旋律を奏でていた。

 地球で聞いたことがある懐かしい曲だ。

 螺旋階段を登ると不気味な石像が並ぶ部屋。全ての石像が視線を向けているような絶妙な配置で並んでいた。まるで美術館のようだ。


「なーんか、この石像達の顔って見覚えあるんですよね。」


 見覚えがあるが思い出せない顔を見ながら部屋を抜けて再び階段を登る。

 不思議の国のアリスに出てくるような逆さまの部屋。家具は天井から吊るされ、床にはシャンデリアが映えている。人以外の重力だけ反転しているような部屋だ。

 逆さまの部屋を抜けて上階に上ると鏡張りの部屋に出る。そこの鏡は景色は映すのに人の姿を映さない不思議な鏡だ。

 そこから更に階段を登ると多くの時計が並べられ、四方の壁全てに組み込まれた歯車が動いている仕掛け時計の中のような部屋がある。

 この塔はまるで混沌とした夢か絵本の中に入り込んだような所だ。

 大きな柱時計の扉を開けて振り子を避けながら中に入り梯子を上ると8畳ほどのこじんまりとした屋根裏部屋のようなデザインの空間。

 出窓の前に置かれたハンギングチェアには白磁色の子供が座っている。白銀の髪に白縹と呼ばれる青みを含んだ白色の瞳。フランス人形のような愛らしい顔をした子供だ。


「ようこそ、ボクの城へ。新しい任務?」


 白い子供はシドの顔を見てにたりと笑った。愛らしい見た目だというのにその笑顔はホラー映画に出てくる人形の如く不気味さを放っている。


「ええ、残念ながら貴方が必要です。アーシー。」

「つまりボクが好き勝手暴れて良いくらい面倒な任務ってこと?」

「ええ。」


 シドの返事に満足そうに笑うとアーシーと呼ばれた子供は手を叩いて3回鳴らす。すると床からテーブルと椅子が飛び出した。


「詳しい話を聞かせて。」


 シドが椅子に座ったことを確認すると、何処からともなく取り出した飲み物が置かれた。


「ネブリーナ皇国へ行ってください。専属の諜報員すら把握していなかった地下施設が見つかりました。」

「あそこの地下施設ってお偉い人たちが無駄な話し合いする中枢機関じゃなかった?」


 R-0009へ転移して20年の間、アーシーの任務は数回だがそれなりに世界情勢や裏事情などの情報は把握していた。


「その更に下がありましてね。現存する調律師の中で戦闘経験と能力の高い方と一緒に強行突破で調査していただけますか。」

「なんで強行突破?いつもコソ泥みたいにこっそり入り込むのに。」

「こっそり入った結果、惨敗しましてね。逃げ帰ることも不可能でした。」


 つまり諜報に失敗したのだ。帰還すらしてないとなると敵中に身柄を拘束されたのか。


「不可能って、どうなったの?」

「帰りましたよ。本人の希望でね。」


 新式の調律師は転移した時間と場所なら何時でも地球に帰ることが出来る。しかし、レイの力でR-0009に転移できるのは水中にいるときだけだ。水遊び中なら良いが水難事故に巻き込まれている時に転移した者が殆ど。帰還したところで死を逃れられぬ者もいるがそれを理解した上で戻りたいなどよほどの事だ。


「何があったの?」

「電波妨害が徹底してますから通信機器が全て使えず何があったか詳しくわかりません。」


 一応、記録媒体を持たせていたがデータの転送は不可能で諜報した調律師は二度と戻らず情報は皆無。プラグラムの関係上、新式の調律師と繋がるレイが異変に気づきシドの能力で五感を繋いだが目を潰されていたのか赤しか映らない視界と恐慌状態に陥った調律師の叫び声しか聞こえなかった。


「唯一の情報はアキシオンに潰されたということです。」

「アキシオンって何?」

「正式には人造魔導士アキシオン。ネブリーナ皇国が作った人造生物兵器です。不死の体と高い戦闘力、調べるために接触した調律師の数人が挫折してしまって困りましたよ。」


 旧式の調律師は紀元前から21世紀の地球より転移させていた。戦時中の屈強な戦士もおり、ここでしか生きれない状況から図太く生きている者が多い。

 新式の調律師は21世紀の地球から転移させている。ある程度科学の発展した時代の者でないと文明に追いつけずR-0009になじめないからだ。しかし、現代人に血なまぐさい戦闘は耐えられない。任期を待たずに調律師をやめてしまう者が多発していた。新式の調律師の任務は高いステータスから人権を無視したような任務が多いことも原因の一つだ。人生がやり直せるからと何でも出来るわけではないのだ。

 それを抜いてもアキシオンに接触した調律師は精神を病むほどの仕打ちを受けている。


「だからボクなんだ。」

「はい、アーシーは私の切り札ですから。」


 自身が傷つくことも他者を傷つける事にも容赦ない。善悪の判断がつかない子供特有の残虐な行動を平気でする。良く言えばタフだが相手の痛みも自身の痛みも感じられない。無邪気な狂気を持つが故に特性を厭わない特別な任務しか与えられないのだ。


「いつ?」


 アーシーの質問にシドは一枚のチケットを机に置く。本日発ネブリーナ皇国行きの世界横断鉄道のチケットだ。


「前より早くなったけど、あの鈍行で行くの退屈なんだよね。」

「ネブリーナは気候が特殊ですから空路を選べないんですよ。」


 嵐のように吹き荒れる風が邪魔をして離陸も着陸も出来ない。国への入り口は地下通路に設置された世界横断鉄道の駅しかないのだ。


「本くらいなら用意させますよ。」

「いらないよ。」


 アーシーはチケットを手に取ると天窓から出て行った。その様子をみたシドは用意された飲み物を片手に息を吐く。


「勤勉で素直な良い子なんですけどね。」


 壁一面に造られた本棚と隣接する机に置かれた紙媒体の大量の資料へ目をやれば彼がいかに有能な努力家であるか一目でわかる。

 持ちうる才能が地球では一度も活躍の場がなく評価されなかった事が悔やまれた。

◆アーシーの城…時計塔のような外装をした赤レンガ調の建物。内装は夢や絵本の中のように混沌としている。

◆アキシオン…人造魔導士。ネブリーナ皇国の極秘研究施設で開発された人造生物兵器。


◆アーシー…勤続20年の窓際部署に追いやられた新式の調律師。白銀の髪に白縹と呼ばれる青みを含んだ白色の瞳。フランス人形のような愛らしい顔をした子供。

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