惑星
昔々、ある宇宙に惑星文明から恒星文明へと進出を果たそうとしている知的生命体の暮らす星がありました。青い海と緑豊かな陸地、綺麗な大気に数千万種類の動植物が共存しています。
便利な機械に十分に発達した科学力。高度な知能を持つ人間と酷似した形態へと進化を遂げた生物の寿命は伸び、病気や事故もなく天候すら管理され自然災害は発生前に処理されてました。
犯罪思考を持つ者は投獄され一生眠ったまま仮想現実の世界で生かされる為、人災的な犯罪もおきません。
惑星間の移動が可能であり、地球の現代人が夢見る宇宙旅行も実現しており、誰もが幸せに暮らしております。
しかしながら増加する人口にエネルギー問題や資源・食料不足など深刻な問題を抱えており、人々は他の惑星の移住計画を本格化させました。
その時作り出した惑星転移装置の試作品が12人の超人を呼び出しました。
老化しない体、不死の体、神様の様な不思議な能力。彼らは稀人と呼ばれ人々に更なる繁栄をもたらしました。
文明のさらなる発展に貢献しエネルギー問題などを解決した12人の稀人達は神様のような扱いになっており、世界になくてはならない存在でした。
ただ12人の超人の中には邪悪な考えを持つ魔女もいたのです。
彼女は神々しい金髪の髪に深い海のような碧眼をした美しい破壊神を呼び出し、世界は綺麗な歌を聞きながら崩壊しました。
大地は爛れ、空は荒み、海は血のように赤く染まってしまい人々は生き残った6人中5人の稀人が供犠となり浄化した僅かな領域でしか生きられなくなってしまいました。
世界は人の手から神の手に渡り、荒廃した神の領域には、神に認められた生物しか生きれません。
そこで残った1人の稀人は自分の来た星から仲間を呼び世界の再建を試みたのです。
「そんなわけで再び世界を人類の支配下に取り戻すためといいますか、私の都合のいい世界に造り替えるんで他の転移者と同じく調律師となり協力してください。」
「何言っているのか全然理解できません。」
にっこりと微笑む半機械化した金髪の男に夕弦は顔を引き攣らせた。
「私は神になる。」
渾身のドヤ顔で言い放った男に返す言葉も無く、精神に負荷がかかりすぎた夕弦は意識を手放した。
。+・゜・☆.。.+・゜melancholy゜・+.。.☆・゜・+。
「望遠鏡を覗き込んで視界に広がる星の海~。」
星空を見上げて口ずさんだ歌詞の続きが分からず夕弦は大きな溜息を吐く。大気が存在しないに等しいほど希薄な衛星の地表にあるドーム状の建物内から見上げた先を空と呼ぶべきか宇宙と呼ぶべきか数秒脳内議論を開催して思考を霧散させた。
ここはレア52星系第6惑星R-0009という地球によく似た惑星にある環の内側へ位置する衛星ミラと呼ばれる小惑星にある基地。
重力は地球の16分の1だというのに重力制御装置のおかげで不自由することなく生活でき、SF映画で見たような空中ディスプレイや装置などが当たり前に存在している。
太陽の役割を果たすレア52と呼ばれる恒星に設置されたダイソン球を見たときは意識が宇宙の彼方へ吹き飛んだ。
それ以前にこの小惑星ミラにはエルと呼ばれる衛星があり、大気などないに等しいのに海が存在し満ち引きまである。
衛星の衛星が存在し、地球と同等の重力の惑星に環がある状態だ。それも恒星に近い惑星なのに氷の環が形成されている。
夕弦がいた地球での常識と物理学が破綻している。滅茶苦茶だ。
≪ここにいたんですか、夕弦。≫
背後からかけられた低い声にびくりと全身が揺れた。恐る恐る振り返ると背後にはレイという名のオカメインコに似た白い小鳥がいる。
「レイさん、脅かさないでください。そして近づかないでください。」
夕弦は181センチメートルの大きな体を身を守る用に丸めて手の平に乗るサイズの小鳥に懇願した。鳥が言葉を発するなど自身の頭がおかしくなったか存在してはいけないものに対面しているかのどちらかだ。オウムやインコなど言葉を覚える鳥もいるが、滑らかに話し意思疎通と会話が成立する鳥などいない。
そう、この鳥はただの鳥ではない。
半機械化した金髪の男もといレイと意識を共有する人造生物と説明されたが、空想科学のような現実に頭の凝り固まったシドには理解ができなかった。
≪いい加減慣れてください。人生諦めも大切ですよ。≫
「私が何したって言うんですか。人生48年、多少悪戯したり小さな嘘を吐いたり反抗期にやんちゃしたりしましたが高校からきちんと勉強して有名大学行って一流企業に就職して3K(高身長・高学歴・高収入)の称号を手に入れて結婚して仕事も頑張って課長にまで上り詰めて妻にも娘にも尽くして何不自由ない生活と家族サービスしてましたし田舎の母に仕送りもしてました。女遊びもギャンブルも一切してませんし酒も煙草も平成中期にはやめましたよ。それなのに、それなのに……。」
仕事では信頼していた部下に甚大な損害が生じるミスを押し付けられ解雇同然の窓際部署へ左遷され、妻は預金通帳と娘を連れて家出した。全ては浮気していた妻と部下の意図的なもとの分かった時には時すでに遅く、証拠の一つも手に入れることができず泣き寝入りするしかない状況だった。
財布に残っていた全財産の数千円で十数年ぶりの酒を浴びるように飲んで、酒瓶片手に泥酔しながら損害賠償で差し押さえられ追い出される寸前のマイホームに帰る途中、橋から転落して川に落ちた。
酔っていたせいかあまり苦しさはなく、このまま死んでもいいと目を閉じ気づくとここにいたのだ。
全身ずぶ濡れの状態で急展開に驚いていると目の前に半機械化した金髪の男が表れた。
「こんにちは、紫藤夕弦。私の名前はレイ。R-0009へようこそ。共に世界を制しましょう。」
非現実的事態に脳内処理が追い付かず、金髪の男の長々しい説明を聞きながら夕弦は意識を手放した。
次に夕弦が目を覚ました時は個室のベッドに寝かされていた。服は乾いたものに変わっており、見慣れぬデザインに首を捻った先で目に映った窓辺の景色が宇宙だったことに再び気絶した。
再び目を覚ました時は現在位置が地球でないことをなんとか脳内処理して立ち上がり、備え付けの洗面台の鏡を見て自身の瞳が黒から紫に変化し、骨格が微妙に変化していることに気づいてまた気絶。
目を覚まして建物内のSF映画に出てくるような未来的装置を見て気絶し、目を覚まして真っ赤な星をみて気絶し、目を覚まして人語を話す白い鳥が表れて気絶。
夕弦は目覚めと気絶を何度も、何度も何度も何度も何度も繰り返して漸く自身が地球からR-0009という惑星の衛星ミラに設立されている基地に転移したことを脳内処理することができた。
そして地球時間で一ヶ月半ほどの時間を要してR-0009という惑星についての情報と、何故夕弦が次元転移などという非現実的な体験をしているのかを気絶しながらレイから説明をうけた。
窓から見える赤紫色をした惑星、レア52星系第6惑星R-0009。
数千年前までは第9惑星だったが天文学の発展により同系統の惑星が複数見つかり、重力や体積の小さい惑星が準惑星と再分類され第6惑星となった。
冥王星が太陽系の惑星から外れたことと同じような理由だ。昭和生まれはは水金地火木土天海冥で習ったため娘に違うと馬鹿にされたことがある。
妻と出て行った娘を思い出して夕弦は果てしなく落ち込んだ。夕弦の目の前で娘は部下である間男をパパと呼んだのだから立ち直れるはずがない。信頼していた部下に裏切られ、身を粉にして働いた会社に見放され、人生を捧げて尽くした家族に捨てられた。
もはやこの世に生きる希望など雀の涙程も残っていない。
がっくりと項垂れる夕弦の肩にレイが止まる。
≪夕弦、私の世界征服手伝ってくださいよ。嘗ての仲間はへそ曲がりばっかりだし新しい仲間は直ぐに裏切る。≫
レイの言葉にそうだったと、夕弦は自身がここに転移した理由を思い出す。この鳥が次元転移装置なるもので夕弦をここへ召喚したのだ。世界を救うだの秩序を保つだの色々説明されたが要約すると裏から手をまわして世界情勢を操る調律師と呼ばれる存在になり手伝えということだった。
「そんなこと言って貴方も用が済んだら私を捨てるんでしょう。」
夕弦は項垂れたまま首を捻って覇気のない声でつぶやいた。
部下のように、妻のように。使えるだけ使って用が済んだら捨てられるなど二度とごめんだ。そもそも今の夕弦には他人も自分も信用できない。この世に存在する全てが敵に見えるのだ。次元を超えた先にある他所の世界の情勢などとうでもよい。
≪捨てませんよ。夕弦が私を裏切らない限りは。≫
抑揚のない機械音だが胸が高ぶるような感覚がした。レイの言葉は縋りたくなるような甘い誘惑だ。しかし、裏切られて捨てられて価値のない存在だと打ちのめされた夕弦がもう一度人を信じるには傷が癒えていない。
「考えさせてください。」
表情の読めない鳥の顔を見ながら夕弦は告白の返事を濁す常套句を述べるのだった。
◆レア52星系…レア52を中心に運行している惑星系。
◆レア52…太陽と酷似した恒星。
◆第6惑星R-0009…レア52星系に存在する地球によく似た惑星。
◆衛星ミラ…R-0009 にある環の内側に位置する小惑星。重力は地球の16分の1。
◆紫藤夕弦…R-0009に転移した48歳の男。181cmと長身で収入も悪くなかったが部下に裏切られて家族に捨てられた。
◆レイ…半機械化した金髪の男。夕弦をR-0009に転移させた張本人。白い小鳥に思念を移して行動することもある。
人生頑張ったからといって必ず報われるというわけではないと思い知らされたオッサンの話を御覧いただきましてありがとうございます。
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