六傑の意地
「今日もいい天気ね」
噴出口近くの小屋に移って3日目。
今までの生活とはがらりと変わってしまった小屋生活に、ツェリシアは早くも……馴染んでいた。
小屋の中はまるで別荘のように充実している。
しっかりとした薪ストーブがあり、小さいけれどトイレもシャワースペースもあるのだ。
寝具はふかふかだし、毎回王宮から物資転移で温かい食事が送られてくる。
噴出口の監視は派遣されてきた魔術師が交代制で行ってくれるし、ツェリシアの仕事は本当に事が起こった時だけ……のようだ。
持ち込んだ本を読みながらゆったりと過ごせて、「なにここ、天国?」と言うような暮らしぶり。
毎朝7時に運ばれてくる朝食を食べ終え、
さて本の続きでも読もうかと思ったその時、小屋の扉が大きな音を立てた。
ドンドンドンドンッと。
扉が壊れたのでは?と思って近付くと、ふいに扉が開いた。
「ツェリシア嬢!!おはようっ!!いい朝だなっ!!」
「……ウルサス…じゃない、ブルサス」
扉から聞こえた破壊音はどうやら訪を告げるノックだったようだ。
叩いた犯人はもちろんブルサス。
「ちょっともう、この人うるさ過ぎて待ち合わせてから秒でウンザリしてるんだけど」
ブルサスの後からジト目で睨め付けながらシスター・ウルフが入って来た。
「シスターもいらしたんですか?」
「私もいますよ」
シスターに続いてミルソンも顔を出す。
「あれまミルソン司祭までも」
「こんな早くになぜ皆さんお揃いで?何かありました?」
ツェリシアが不思議そうに尋ねると、シスターが片目を綴じてこう告げた。
「いやね、ちょっとくらい意地を見せてみようかなと思って」
「意地?」
「そう。この国の魔術師や聖職者の上位に立つ者の意地」
シスターの言葉を継いで、ミルソンもツェリシアに答える。
「どうやら当代の六傑の魔力や神聖力は歴代の中でもずば抜けているそうなんですよ。ならば足掻いてみてもいいんじゃないかという話になりまして」
「既にバイヤージ殿も噴出口で待機してるぞ!」
「待って、どういう事?」
全く要領を得ないツェリシアが皆を見遣る。
シスターもミルソンもブルサスも、それぞれがツェリシアに向かって優しげに微笑んでいた。
少し困ったように、そして少し悲しそうに。
「噴出口が出現して早3年。それを受けて招集された“監視者上位六傑”として顔を突き合わせても3年。さすがに気付いちゃうわよね~」
「確かに保有魔力は高くとも、数多くいる魔塔の魔術師の中で何故、年若いツェリシア嬢が六傑の一角を成しているのか……それだけで貴女が名を連ねる意味を考えてしまいますよね」
「さすがの俺でもわかってしまうぞっ!!」
「そう、パッパラパラディンでも勘付いちゃうくらい」
「パッパラパラディンって言うなっ!!」
シスターが、ミルソンが、ブルサスが思い思いに語ってゆく。
「貴方が監視者ではなく封緘者である事は、一緒にいると嫌でも気付いてしまうものなのですよ」
「ミルソン司祭……」
「私達はね、みんなあなたが好きなのよ」
シスターがツェリシアの手を取りながら言った。
ミルソンも肩を竦めながら言う。
「私は人付き合いが苦手であまり他人は好きにはなりませんが、あなたは特別ですね」
「俺も自分の筋肉と同じくらいキミが好きだぞっ!!」
ブルサスがいつものマッスルポーズを取るのを尻目に、シスターが力強くツェリシアの手を握った。
「だからね、なんとか足掻いてみたいのよ。このままみすみす、あなただけを犠牲にして今回の厄災を防いでもきっと一生、私達の心には悔恨と絶望と哀惜の念が消えないと思う……それならば、魔力が枯渇したって、手足が動かなくなったって構わないからやってやろうじゃないの!って事になったのよ」
ツェリシアは俯いた。
そしてシスターの手の温かさを感じながら問う。
「何を……どう足掻くの……?」
「六傑の魔力と神聖力を全て使って、噴出口に強力な結界を張るのだっ!!」
ブルサスが一際大きな声で言った。
「今、施されている魔塔主殿の結界の上から、六傑全員の力を合わせて更に結界を重ねます。まぁ二人足りないから四傑ですけどね」
ミルソンが続けて補足をする。
アルトは厄災に関する用件でどこかへ向かったっきりまだ戻っていないそうだ。
「四人もいれば充分よ」
「そうだ俺一人で一騎当千だからなっ!!」
「皆んな…………」
ツェリシアの手を握るシスターの手の上に、温かな雫が落ちてくる。
自身のハンカチを手渡しながら、シスターが微笑んだ。
「だからまぁツェリシアちゃんは高みの見物でもしててよ。案外簡単に結界の中に封じ込められるかもしれないわよ?」
ツェリシアが声を押し出すように告げた。
「でも……皆んなに無理はして欲しくない……」
その言葉を聞き、ミルソンがツェリシアの頭にぽん、と手を置いた。
「一人で無理をしなければならない貴女には言われたくないですね」
「ホントよ」
「そうだそうだ!!」
「っ………」
ツェリシアはたまらずシスターに抱きついた。
そして胸がいっぱいで喉につっかえしまいそうになる声を押し出して言葉を紡ぐ。
「ありがとう……みんなありがとうっ……でもその気持ちだけで充分……」
そんなツェリシアを抱きしめ返しながらシスターは笑った。
「いやねツェリシアちゃん、礼を言われるのはまだ早いわよ。お礼の涙と抱擁は無事に結界を張れてから頂戴するわ」
「そうだなっ!!」「その通りです」
と皆はそう言ってバイヤージの待つ噴出口へと向かって行った。
もちろんツェリシアも、迷いながらもその後に続く。
噴出口には出現時すぐに張られた結界を見守るように魔塔所属の魔術師達が数名と、結界を張った本人、バイヤージがそこに居た。
バイヤージがツェリシアの顔を見てニヤリと笑う。
「皆、お前だけに任せてはおけんと聞かなくてな、普段のズボラな行いを見ていればそれも当然か」
「バイヤージ様……」
「本当はあの男に自分が戻るまで勝手はするなと釘を刺されているんだが、本人がなかなか戻らんのだから仕方ないよな」
「あの男?」
「お前の精霊使いだよ」
「わたしの?」とツェリシアが言葉を続けようとしたその時、ミルソンがバイヤージに向かって声を掛けてきた。
「バイヤージ殿。四方結界の布陣は貴殿が先鋒でよろしいか?」
「ああ。それでいい」
そう答えながらバイヤージが皆の元へと歩いて行く。
噴出口の裂け目がある崖の下。
バイヤージを先端に、四角形の配置に皆が立つ。
それをツェリシアは固唾を呑んで見守った。
結界は……張れても張れなくてもどちらでもいい。
ただ誰も傷を負う事なく無事でいて欲しい。
皆の気持ちだけで、それだけでもう充分だった。
『だからどうか……例え失敗しても何も起こりませんように……』
ツェリシアはそればかりを祈るのみだ。
だけど……先ほどから体の内側が騒々しい。
何か警鐘のような、獣の咆哮のような。
そんななんとも言い表せない耳障りな音が耳を澄ますと聞こえてくる。
いや、言葉だ。
何か言ってる。
〈ヤメロ……ヨコセ、ソレヲヨコセ……ハヤククワセロ……〉
これは……奈落の声?
声?音?理解は出来るがそもそも今聞こえたものを言語と位置付けていいのかどうか。
しかしこんなにダイレクトに語りかけてきたのは初めてだ。
もうすぐご馳走にあり付けると思っていたのに、
結界を張られる事がよほど腹に据えかねるらしい。
『黙って見てなさいよ』
ツェリシアは奈落に言い放った。
バイヤージが、シスターがブルサスがミルソンが、それぞれ最大出力で魔力や神聖力を放出しているのがわかる。
四方結界。
四人の術者が同時に拮抗した魔力を保ちながら術式を唱える事により施術できる強力な結界術だ。
術者の力量により結界の硬度が異なるから、
今ツェリシアの目の前で繰り広げられているものは間違いなく、大陸最高レベルの結界なはずだ。
だからこそ不安になる。
皆はきっと生命を維持出来るギリギリまで魔力を出し尽くすつもりなのだろう。
命を落とすまでの無茶はしないと信じていても、最悪なにかしらの後遺症が残る事も考えられる。
そして、今何か大事が起きても、身動きが出来なくなって対処しきれずに被害を被ってしまうかもしれない。
それなのにもし“負”のエネルギーが結界を上回ったら?
こんな間近で……こんな至近距離で、精霊を変異させてしまうほどの得体の知れないエネルギーを皆が浴びれば……。
『やっぱり止めれば良かった……!』
〈ドウセムダダ……フフ、クルゾ〉
「!!」
奈落のその声を聞いた途端に、途轍もない不安がツェリシアを襲った。
ツェリシアは結界術が施されている奥の亀裂に目を見張る。
亀裂の裂け目は変わっていない。
でも、来る。
押し寄せて来る。
感じる。ツェリシアの中の奈落に共鳴して、
それを感じた。
そして不安は確信に変わる。
アレが、何も生み出さない負のエネルギーが、
〈オシヨセテクル〉
歓喜する奈落の声がツェリシアの耳に張り付いた。
「ダメっ!!皆んなっ!!逃げてっ!!」
結界に集中する皆に、ツェリシアの声は届いていない。
このまま続ければ結界を完成させる前にエネルギーが噴出してしまう。
どうする、どうする。
『今が使い時ね』
奈落の力をどう使えばいいのか。
それは本能で知っていた。
もちろん過去の記録を見て知ったのもあるが、
身の内にある奈落をどう満たせばいいのか、ツェリシアにはわかっていた。
皆を止める為にツェリシアはまず、
「奈落」
バイヤージをはじめとする皆の魔力を
喰らった。




