青い頭の人と白い頭の人
「ん?あれ?ここはどこかしら?」
さっきベッドに入ったばかりだというのに、気が付けば真っ白な空間にいた。
足元はふわふわと霧のような状態になっている。
「ホットミルクを飲んで、歯を磨いて、布団に潜り込んだ記憶はあるもの。これは絶対夢ね、間違いないわ」
妙な自信でツェリシアは思った。
その時、ふいに聞き慣れない声がした。
「キミがツェリーちゃん?」
「え?……あなたは?」
「ツェリーちゃんだよネ?」
「……ツェリシアです」
「やっぱりツェリーちゃんだ♪」
「……………そうです。ハジメマシテ」
まぁいいか。
自分の事をツェリーと呼ぶその青年を、ツェリシアはまじまじと見遣った。
青い髪に黒い瞳がとても印象的な美青年。
独特の魔力を感じるし、
見たところ年上そうなのに……なんだろう、この男から感じるチャランポラン感は。
でもなんか憎めない、不思議な人だなと思った。
ツェリシアの本能が告げる、
絶対この人とは気が合うと。
その時何故か脳裏に嫌そうな顔をするアルトが浮かんだのだが、どうしてだろう。
まぁいいか。(2回目)
「わたしに何かご用ですか?」
ツェリシアが尋ねると青い髪の青年は言った。
「うん。ちょっと弟子に頼まれてね。アイツ、ホント師匠使いが荒いよネー」
「弟子?アイツ?師匠?」
さっぱりわからない。
ツェリシアが首を傾げていると、青い髪の青年が可笑しそうに笑った。
「ぷ☆ツェリーちゃんてなんかカワイイね♪面白いし、アイツが言ってた通りだ」
「うーん……ごめんなさい、さっきから何を言ってるのかさっぱりわからないわ」
「あはは!そーだよネ☆
というわけでツェリーちゃん、精霊は好き?」
「というわけ、がどこから来たのかは分かりませんが、精霊は好きです。幼い頃から触れ合って来たから」
そう。
ツェリシアはこう見えて高魔力保持者で、アルトやコルベール家の面々を通して多くの精霊たちと交流していた。
「合格じゃない?
ネ、キミもそう思うだろ?」
「へ?」
何も無い空間に向けて突然青い髪の青年が言うものだから、ツェリシアは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
するとさっきまで誰もいなかった筈の場所にこれまた背の高い一人の青年……『青年……よね?』が立っていた。
真っ白な長い髪に真っ白な肌。
『いややっぱり女性かも』
この世の者とは思えないほど美しい、中性的な顔立ちをしている。
しかし顔つきは美女の様だが、肩幅から見ても体格はすらりとした男性のものだった。
『やっぱり男性?』
透明度の高い深い泉のような瞳がツェリシアをじっと見つめてくる。
まるで丸裸にされて全てを見透かされているような、魂までも見られているような、そんな不思議な感覚だ。
その白い髪の青年(?)が言う。
「中の異物を取り除くならいいだろう」
『声も中性的!』
幾らでも聞いていたくなる、クリスタルを指で弾いた時のような、そんな美しい声だった。
青い髪の青年がそれに答える。
「ああ、それは問題ないよ。その為に頼んだんだからさ♪」
「……まあいいだろう」
「わーい!ありがとう♡」
二人で何を盛り上がっているのだろう?
ツェリシアはきょとんとして、青い頭と白い頭を見つめていた。
青い髪の青年がツェリシアに向き直った。
「だって。良かったねツェリーちゃん♪でも勝手に決めちゃってゴメンね、文句はアイツに言ってね☆あ、そうだ忘れるところだった、ツェリーちゃんちょっとイイ?」
青い髪の青年はそう言ってツェリシアの腹部にそっと人差し指で触れた。
「?」
そういえばつい最近もこんな事があったな。
ああそうだ。
アルトがアブラスに赴任して来た頃に、同じ事をされた。
「…………もしかして、アルトのお師匠様ですか?」
ツェリシアが尋ねると、青い髪の青年はパッと笑顔になって答えた。
「そうだよーー♪やっぱりわかっちゃう?僕たち師弟のキズナが深いからね~!」
「ふふ。じゃあゲームで負けて拗ねる人だ」
「アルトが言ったの?だってアイツ、弟子のくせに容赦がないんだ、酷いと思わない?それにアイツすっごいゲーム強いんだよ」
「でもわたし、アルトにゲームで負けた事ありませんよ?」
その言葉を聞き、青い髪の青年…アルトの師匠はジト目になった。
「アイツ……えこ贔屓するタイプだったのか、えーー!余計に酷くないっ!?」
「でもわたしは全力のアルトを打ち負かしたいです!」
「イイね!!じゃあ今度、僕とツェリーちゃんでタッグを組んで、アルトをフルボッコにしちゃおう♪」
「ふふふ」
ツェリシアは笑いながら心の中で呟く。
『それはやってみたかったなぁ……』
そんなツェリシアの心を見透かすようにアルトの師匠は言った。
「ダイジョウブだよ。僕も今、確かめたけどアルトの見立てで間違いないようだ。まぁなんとかなるんじゃない?」
「何がですか?アレ?そういえばさっきの白い頭の人が居ない」
「あぁ彼は帰ったよ。元来愛想のナイ奴なんだ」
「そうですか」
「じゃあ僕もそろそろ行くね♪」
「もう行っちゃうんですか?もっとアルトの話を聞きたかったのに~」
「ゴメンね!でもあんまり長居しちゃうとアイツに怒られちゃうからさ☆」
「アルトが?」
「まぁ全部終わったらまた会えるよ。それじゃあツェリーちゃん、頑張って!健闘を祈る!!」
ウィンクしながら親指を突き立てて、アルトの師匠が言った。
ツェリシアは訳がわからないながらも礼を言う。
「ありがとうございます?」
「あはは☆なんで疑問形?面白いねツェリーちゃん、じゃあまたネ♡」
「あ、待ってくだ……」
引き止める間もなく、アルトの師匠は姿を消した。
後にはまた何もない空間が広がる。
「なんだったんだろう……」
青い頭さんと白い頭さんとの遭遇。
不思議な体験だった。
夢にしてはなんかリアルな。
その時、けたたましい音が耳元で聞こえた。
これは寝る前に自分でセットした覚醒魔法のアラーム音だ。
途端に辺りがぼやける。
あ、これから覚醒するんだなと理解出来た。
そして物理的に目を開けた途端に視界に飛び込んで来たのは、いつもの見慣れた天井だった。
魔塔の自室の天井。
10歳の時から一日の始めに必ず見る景色だ。
ツェリシアの自室の天井に猫があくびしているように見える木目がある。
ツェリシアはそのあくび猫に毎日おはようと挨拶をしていた。
「……おはようあくび猫くん。なんだか不思議な夢を見たよ」
ここ数日、アルトに会えていない。
バイヤージの話ではとても重要な任務に就いているのだという。
アルトに会えない寂しさが見せた夢だったのか。
『でもなんで本人を通り越して師匠に?まぁ夢ってそんなものかもね』
ツェリシアは天井のあくび猫に微笑んだ。
「今までありがとう。キミのおかげで毎朝、気分よく起きれたよ」
もうこの部屋に戻る事はないだろう。
「さようなら、あくび猫くん」
顔を洗い、身支度を整える。
今日から噴出口近くの小屋に移動する。
トランクの中に必要最小限の物を詰めてゆく。
もちろんアルトから贈られた水玉のワンピースも。
食器を片付けベッドメイキングをして部屋を見回した。
私物は全て箱の中に収めた。
後はバイヤージか他の魔術師が処分してくれるだろう。
読み終えた本は図書室に寄贈し、魔道具などは仲間の魔術師に譲った。
「よし!やれば出来るじゃない、わたし!」
ズボラなツェリシアにしてはきちんと出来たと自分を褒め称える。
普段からこうしておけば良かったんだ、とウィルヘルムならそう言いそうだ。
「ふふ」
ツェリシアは微笑んだ。
そしてトランクを持ち、部屋を出て行く。
ドアが閉まる寸前まで見慣れた部屋を瞼に焼き付けた。
最後に鍵を掛けて、その鍵を渡すためにバイヤージの部屋へと向かう。
バイヤージの部屋から、転移魔法で小屋まで移動するつもりだ。
ツェリシアは隣のアルトの部屋の前に立った。
本人不在とわかっていても、ドアに手を当て話し掛ける。
「じゃあねアルト。次に会うのは最期の瞬間かな?その時はよろしくね」
ドアから手を離し歩き去る。
その日ツェリシアは
バイヤージ以外誰にも何も告げずに、
10年住み続けた王宮を後にした。




