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プロローグ 封緘者、魔塔のツェリシア

よろしくお願いします!

ああ……あなたなんだ……


彼がこの国に来た理由を聞いた時、

わたしはそう思った。



あなただったのね、


もうすぐ国の為に死ななくてはならないわたしに

引導を渡すのは。


わたしたちはそういう運命だったんだ。



でも不思議と悲しくはなかった。


むしろこのタイミングで再会させてくれて、

神さまに感謝したいくらいだ。


だって、どうせ殺されるなら、あなたがいい。


わたしの母と義父が犯した罪をちゃんと償わせて貰えるから。


だから……


だから、


いずれ時が来たら、



その時はちゃんと殺してね。






◇◇◇◇◇



「ツェリシア、また“厄災”の噴出口と想定される周辺から精霊喰らい(エレメンタルイーター)が現れた」


王宮内で魔術師達が集う魔塔の裏庭でサンドイッチを頬張るツェリシアに、一人の男が話しかけて来た。


男の身なりから見てもかなり身分の高い者であるという事が推測される。


男は話を聞いても表情を変えないツェリシアを見ながら、話を続けた。


「……小さな異変が増えて来ている。()()()は近いのかもしれん。少しずつ、覚悟しておいてくれ」


「ふぁい、ふぁかひまひしゃ」


もぐもぐとサンドイッチを咀嚼しながら答えるツェリシアにその男は言う。


「ツェリシア、口の中に食べ物が入ってる時に喋ってはいけないと教えただろう?」


ごっくん、と音を立てて嚥下した(のち)、ツェリシアは男にジト目を向けた。


「じゃあ食事中に話しかけないでくださいよ、ウィルヘルム殿下」


「だってお前、ランチ時でもないと魔塔から降りて来ないだろう」


「魔塔のわたしの研究室まで来てくれたらいいじゃないですか」


「嫌だよ、めんどくさい。何段も階段を上がるなんて」


「王太子たるもの、転移魔法くらい使えなきゃダメでしょ」


「よし。じゃあこれからは王太子として、用がある時はお前を執務室に呼びつけるとしよう」


「嫌ですよ、めんどくさい」


「おい」



若干20歳のツェリシアがこの国、アブラス王国の次期国王である王太子ウィルヘルム(28)とこんな軽口を叩けるのは付き合いが長いからという理由だけではない。


ツェリシアが魔塔所属の魔術師で、アブラス王家と国教会の認める“封緘者(ふうかんしゃ)”だからだ。


このアブラス王国の大地には膨大な魔鉱石が埋まっている。


魔鉱石は数々の属性の魔力を生み出す原料となり、アブラス王国に膨大な富を(もたら)した。


しかし魔鉱石が齎すものは富や利便性だけではない。


正の連鎖が生まれれば、同時に負の連鎖も生み出されるのは、万物において自明の理なのかもしれない。


魔鉱石から発せられる多様な属性の魔力の中で、

ある特定の属性の魔力がなんらかの原因で少しずつ染み出し、少しずつ(おり)のように溜まっていくのだ。


その魔力の属性は謎のまま、未だ解明はされていない。


ただ全てにおいて“(マイナス)”の働きをする、異様な属性の魔力だと言えるのみである。


地水火風やその他の属性とは違い、未知の属性である“負”の魔力は人の手に負えるものではない。


消費する事も相殺する事も出来ずに、

ただその“澱”が溜まり、数十年に一度溢れ出たその負の力に翻弄されるしかなかった。


負の力の奔流は、ある時は大地震を引き起こし、ある時は瘴気山を爆発させ、またある時は大量の遺伝子異常の魔物を生み出し、そしてある時は水源を汚染して中毒死や餓死者、それにより蔓延した疫病等によって大量の死者を出した。


いつしか人々はそれを[厄災]と称し、数十年に一度訪れるその厄災に怯えて暮らす事を嘆き続けた。


しかし今から150年ほど前、一人の術式師がある魔術を作り出し、厄災を防ぐ一つの方法を示した。


術式師とはその名の通り、

魔力を持つ古代語(エンシェントスペル)を組み合わせて魔術の数式ともいえる術式を構築する者の事だ。


その術式師が作った魔術は端的に言えば器を使った封印術であった。


実空間では形状を保てない、異空間を内に持つ器。


術式師はその器は魔術でありながら物質、

物質でありながら生命に近い、

いわば生き物の臓モツに似た袋状の特異な入れ物なのだと表現した。


その器を、器の魔力と波長の合う人間の体内に術式を用いて埋め込む。


そして埋め込まれた人間自体が意思を持った動く“器”になるのだと説明した。


術式師はそれを“封緘(ふうかん)という封印術の一つとして位置付けし、その器の事を[奈落(ならく)]と呼んだ。


それにより、奈落を埋め込まれ、いずれは厄災を封印する人間の事を封緘者と命名される。



奈落に()()()()()()物質は無いらしい。


形を持たない魔力そのものであったとしても、

炎でも水でも……そして生き物でも、()()()封じる事が出来るのだそうだ。


そう、“負”が齎す厄災までも……。


その時代に現れた噴出口から排出される“負”の力も全て封入出来ると、その術式師は言った。


しかし“負”の力、全てを奈落に収めたとしてもその力自体が無くなるわけではない。


器が壊れれば中のモノは溢れ出す。


それはどんな物事においても当然の事と言えよう。


奈落という器を持つ人間が壊れれば、中に封じた力も溢れ出す。

そして厄災を引き起こす。



そんな人間を危険を冒してまで生かしておく理由はどこにもない。


力を封印した直後にその者を凍結し、結界の中に閉じ込め、一瞬で滅する。


今までは形状の為にどう処理する事も出来なかった“厄災”を一箇所に留めていられるのだ、後は幾らでもやり様はある。


そうすればその時代の厄災は起こらずに事無きを得るのだ。


ただ、封緘者となった一人の人間の命を、その人格も人権も全て無視して奪わなければならない。


アブラス国民を守る為、

150年前の国王に他の選択肢は無かった。


二億人の人間の命と国土を守る為、

たった一人の人身御供を差し出す事を決意した。


その為、封緘者の条件は次の三つを絶対とした。


まず第一に奈落を受け入れ、拒絶反応を示さない特有の魔力を持つ者である事。


それからいずれ国の為に命を失わなくてはならない事実を受け入れられる教育を長年に渡って施せる年齢の子どもである事。


最後に我が子を国に差し出しても良いと思える親や親族である事。

(この場合は大概が金銭や名誉的な褒賞で解決した)


そしてそうやって封緘者を選定し、

“厄災”を監視する魔術師や聖職者たちも同時に選定する。


厄災を監視するという目的と、それとは別にやがてその者たちに封緘者を殺させる為に、だ。


国王はそのための準備を万全とする為に、

早くから法の改正や制度の見直しを推し進めた。


常に数名の封緘者候補を用意しておき、

厄災の前触れである“負”の力の噴出口の出現を合図として一人に定める事とした。


そしてこの非人道的な選択を、アブラス国王は包み隠さず自国の民と大陸中の人間に向けて公表した。


この方法でしか国民と国土を守れない事、そして大陸諸国からのどんな非難も受け入れると、国王自ら膝を付き、懺悔した。


せめて封緘者を英雄に、そして王を罪人にと、その事実を受け入れる事を国王は選んだのだ。



こうして過去に3名の封緘者が厄災を封緘し、

監視者達に滅せられた。


一人の人間の犠牲の元に、この国の安寧は保たれているのだ。



そして当代の封緘者が、ツェリシア=グリーン。


通称“魔塔のツェリシア”なのである。




ツェリシアは王太子ウィルヘルムに尋ねた。


「それで?湧いて出た精霊喰らい(エレメンタルイーター)の始末をすればいいんですか?」


ウィルヘルムは懐からハンカチを取り出しながらツェリシアに答えた。


「口の端にマヨネーズが付いてるぞ。いや、あいつらは討伐してもキリがなく湧いてくるからな。それでだ、友好国のアデリオールから優秀な精霊魔術師を一人、派遣して貰える事になった」


「精霊魔術師?なるほど、精霊喰らい(エレメンタルイーター)は突然変異した精霊ですもんね、餅は餅屋、精霊の事は精霊魔術師(精霊使い)に任せるわけですね」


ツェリシアがハンカチで口を拭いながら言うと、ウィルヘルムは頷いた。


「そういう事だ。それにあたり、今日の15時に緊急招集だ。そのアデリオールの精霊魔術師が早々に到着する事になった。その者の出迎えと顔見せの場を設ける。[監視者上位六傑(じょういろっけつ)]が久々に一堂に会するぞ」


「へー、それは凄いですね」


ツェリシアが興味なさそうに告げると、

ウィルヘルムはツェリシアの頭をワシャワシャと掻き乱しながら言った。


「なにを他人事な!お前も上位六傑の一人だろうっ、絶対に来いよ!」


「えー……だってそれって形だけだし~、一種の偽装っていうか擬態っていうか~」


ツェリシアがかき乱された頭を取り戻しながら言うと、ウィルヘルムは穏やかな口調で言った。


「……表向きは監視者としてでも、封緘者として現状を把握しといて貰わねばならない。出てくれるな?」


「……魔術師千一夜物語(18禁)を図書室に置いてくれるなら」


「お前はまたくだらない書物を……まぁいい。お安い御用だ。初版本で揃えてやる」


「やった!さすがは王太子!太っ腹~!」


ツェリシアはウィルヘルムの脇腹をくすぐった。


それをウィルヘルムは身を捩って抵抗する。


「バカっやめろっ」


封緘者として魔塔入りして早10年。


子どもの頃から接して来たウィルヘルムはツェリシアにとって兄のような存在であった。


そんな二人の様子を、魔塔のとある階層の窓から見ている者がいた事をこの時のツェリシアは知る由もなかった。



そして15時。


ツェリシアはウィルヘルムとの約束通りに

中央会議室へと行き、信じられない人物と引き合わされる。



「…………アルト?」


「久しぶりだねツェリ。綺麗になって、驚いたよ。10年ぶりになるのかな?」


「ウソっ………どうしてアルトが……?」



なぜ彼がここにいるのか。


今、ツェリシアの目の前には10年前に不義理をしてしまった元婚約者が立っていた。



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