雁の仕事①
一週間後――彼女に話した通り、俺は仕事で海外に赴いていた。
赤道直下に位置する発展途上にあるこの国は、数年前から政府軍と反政府組織が内戦を続けていた。開戦直前から世界各国のメディアがこの国の緊迫した情勢を伝え、戦いが始まってからは日本でも毎日のように戦況や情勢不安が報道されていた。しかし、それもやがて月日が経つにつれて薄れていき、メディアの注目も極端に少なくなっていった。政府側の情報統制も理由の一つではあった。
そんな内戦真っただ中の小国における俺の仕事とは、報道でも医療行為でもましてや人道支援でもない。
表向きは政府要人警護を主とした民間の警備会社だが、その実は戦争を請け負う軍事組織の一員――分かりやすくいえば、会社お抱えの傭兵。それが俺の仕事であり、装甲機動兵器“BATTLE TROOPER”通称<BT>のパイロットでもあった。<BT>が初めて実戦投入されたのは、いまから30年前。新しい機動兵器は従来の戦場を一変させた。
前線基地からBTを搭載いた輸送ヘリが次々に離陸していく。今回の作戦で生きて帰ってくる奴はどのくらいだろうか。今日が俺の命日になるかもしれんな、と不吉なことをぼんやり考える。
「”中尉”、機体整備完了です。いつでも出撃できます」
走り寄ってきた整備兵の言葉に我に返る。俺のことを中尉と呼ぶが、傭兵に階級はない。
「わかった」
短く返事し、狭苦しいBTのコクピットに身を押し込める。正直言って、息が詰まりそうだ。
ハッチを閉じるのと同時にメインコンピューターが始動、機体各部が唸りを上げる音がコクピットにも響く。音におかしいところはない。傍らのジェネレーター出力計に視線をやる。細い針は正常値を示していた。
次に各種計器類を手動にて順番に起動させる。
機体制御システム、チェック。
『チェック中――異常無し』
対物センサー、チェック。
『チェック中――異常無し』
赤外線センサー、チェック。
『チェック中――異常無し』
兵装システム、チェック。
『チェック中――異常無し』
その他全系統異常に無しと搭載されたAIが音声で伝える。もし、少しでも異常があれば即座に機体を停止させて、整備兵をぶん殴ってやるところだ。機体の不調は死に直結する――敵に撃たれる前に味方の整備不良で殺されるなぞ、ごめんこうむる。
チェックの終わった機体をヘリの格納庫に搬送させるのは、搭乗者の役目だ。格納庫には俺の他にいくつかの機体がすでに搭載されていた。もうまもなくすれば出発の時刻だ。
ピリピリとした切迫と緊張とが入り混じった薄暗いコクピット。動けない状況というものほど、怖いものはない。
そんな状況下で個人間通信を知らせるアラームが鳴る。許可を出すと、正面モニターに僚機のロバートのニヤついた顔が映し出される。
『ヘイッ、ジョー! 戻ったらカードの続きだ。勝ち逃げさせるつもりはないから、つまんねえ死に方するんじゃねえぞ』
「お前さんのほうこそ。命は大事にしろよ、ボブ。この次も俺が勝たせてもらうぜ」
『ぬかせっ、今度こそオレが勝つっ! 今まで負けた分も含めてな』
「へっ、せいぜい勝利の女神様に賄賂でも送っておくことだな。おっと、そろそろ時間だ。おしゃべりはここまでだ」
俺は相手の返事も待たず、さっさと通信をオフにする。そして今の会話で、幾らか緊張がほぐれているのにも気付いた。
サポートAIが出撃時刻になったことを告げ、直後に格納庫が振動を伴って上昇を始める。輸送ヘリが離陸を開始したのだろう。今日は生きて帰ってこられるだろうか、とまた心の中で呟く。俺がもし死んでも、俺の死が彼女に伝わることは決してない。そう考えると、少しだけ寂しいやら虚しい気が込みあげてくる。
作戦地域に近づくまでの間、俺は現実から逃げるようにそっと目を閉じて息を静かに整える。だが暗闇から、死んでいった連中が「お前の早くこっちに来い」と手招きしているのが見えそうで怖かった。