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邪馬台国はなかった 卑弥呼、その不都合な真実

作者: 貴志埜舞

あくまで物語、コメディーです。邪馬台国論争に加わろうとするものではありません。卑弥呼の真実をお楽しみ下さい。

          1

「邪馬台国はなかったですって!」

 そう言って、ミキちゃんは目を丸くした。

「それって、あれじゃないの、邪馬台国じゃなくって、邪馬壱国だっていう説。僕らが大学生になった頃、かなり話題になったよね。」

 ミキちゃんと違って、三木は落ち着いている。

「勿論、あの説とは違うよ。邪馬台国だろうが、邪馬壱国だろうが、魏志倭人伝に書かれている『女王之所都』と言う意味での邪馬台国はなかったと言うのが僕の最終結論さ。卑弥呼という名の女王も存在しなかったと考えている。」

 弓田は、驚いたろうと言わんばかりの笑みを浮かべながら言った。彼は、子供の頃、自宅近くの本屋に行くと、いつも、「幻の邪馬台国」というナレーションが店内に流れていて、「ヤマタイコク」とは何だろう、どうして幻なのだろうと思ったという。それ以来、邪馬台国に魅かれていて、一時は、邪馬台国問題をライフワークにしたいので、大学は九州の大学に進学したいと言っていたこともあるが、結局、東京に残った。口の悪い友人の矢島は、弓田が東京の大学を選んだのは麻雀仲間と離れたくなかったからだと言ってからかっていた。

「えっ、卑弥呼もいなかったって言うの!」

 卑弥呼と言う名の女王もいなかったと聞いて、さすがに、冷静な三木もびっくりした、一体、どういう事だろうという顔に変わった。

 三人が話しているのは、都内にあるチーズカフェ「マロウド」。三木の姉である葉子さんがマスターをしている。昭和53年春まで、本郷通りに存在した喫茶店「まろうど」を懐かしみ、葉子さんが命名した。「まろうど」と言うのは「旅人」と言う意味である。葉子さんは、学生時代、後に夫となるミキちゃんの義兄真田蓮と二人で、しばしば本郷の「まろうど」で美味しいブラジルコーヒーを味わっていたのである。

 その日は、三木の仲間が集まる「七日会」の日であった。三木裕と杉山竜、矢島健介、弓田登、児玉秀臣、ハカセこと大野博士は、都内の中高一貫の男子校で、6年間、同じクラスだった仲間である。成績順に機械的にクラス替えを実施する学校で、6年間も同じクラス(但し、高2から高3に進級する際にはクラス替えはない。高2と高3は運動会で棒倒しをするので、そのチームワークの維持・増進の趣旨でクラス替えをしないという見方もあるが、正確な所は分からない。)であると言うのは奇跡に近いので、この6人には、「ミラクルシックス」というニックネームが付けられていた。それだけ、仲も良く、葉子さんが「マロウド」のマスターをするようになってから、この店に毎月1回集まるようになったのである。

会は、毎月7日の夕方遅くから、店を貸し切って行われる。毎月7日なので、「七日会」と言う。これは、ハカセが名付け親である。何故、7日かと言うと、ミラクルシックスの6人にミキちゃんを入れると7人になる。その7に因んで毎月7日と定めた。これは、竜の発案である。実は、ミラクルシックスは、中学受験塾でも、同じクラスだった。勿論、その当時は、中学に進学してからも同じクラスメイトであり続けるなどと思う者は誰もいなかったが。  

そして、その中学受験塾の同じクラスにミキちゃんも在籍していたのである。その頃から、矢島は、「ミキちゃん、ミキちゃん」と言ってはしゃいでいて、「学習塾は嫌いだが、ミキちゃんと会えるから通うのだ。」と言い、「大人になったら、絶対、ミキちゃんをお嫁さんにする。」と息巻いていたのだが、現実は厳しい。実際にミキちゃんが生涯のパートナーとして選んだのは、矢島と同じ小学校からその学習塾に通っていた三木の方であった。三木とミキちゃんの結婚式で、矢島が、映画「卒業」のパロディー風に、教会の窓の模型を用意して、それを叩く真似をして、「ミキー!」と叫んだ余興は、ミキちゃんがみんなに愛されていることを象徴するものとして、出席者には受けたが、竜は、あれは余興ではなく、矢島の本音だ、ミキちゃんが思い直して、自分と式場から逃走してくれると言う妄想に駆られたのだと喝破して、当時から矢島を冷やかしていた。その時点で、三木の姉葉子さんは、ミキちゃんの義兄であり、竜の実兄である真田蓮と結婚していた。竜は、姉の様に慕っていた葉子さんが本当に自分の義姉になってくれたのが嬉しくて、頻繁に新家庭に顔を出していた。

義兄や義姉という用語が出て来て、当事者の関係が分かりづらいが、実は、竜と蓮は兄弟で、その実母が、弟の竜を産む直前に交通事故に遇い、竜を産むとすぐに力尽きた。父は即死だった。それで、兄の蓮は真田家に養子に入ったが、真田家では、その直前にミキちゃんが生まれており、二人揃って養子に迎える余裕がなく、竜は、杉山家の養子となったと言う経緯があった。

従前から、仲間内の呼び名として、「竜、三木、矢島、弓田、児玉、ハカセ、ミキちゃん、葉子さん」と言うのが定着しているので、ここでもそれに合わせることとする。ミキちゃんも今では、大ベテランの女性弁護士で大先生なのであるが、呼び名というものは、そう簡単に変えられない。みんな、「ミキちゃん」と大昔のままの呼び方をしていた。なお、結婚して三木ミキになったのであるが、仕事をする上では、旧姓のまま、真田ミキで通している。裁判所や弁護士会などでは、かなり以前から、登録姓と言って旧姓を使い続けることが認められている。ミキちゃんと同じ事務所に所属している弁護士の竜は、積極的な夫婦別姓論者なのであるが、その本当の理由は、「結婚する度に姓を変えられたのでは、一々覚えていられない。」というもので、それでは、弁護士として恥ずかしいと思う感覚は残っていて、対外的には、男女同権論を基に論じることにしている。

          2

 メンバーが揃ったところで、改めて、弓田が話し始めた。

「これは、何か確実な資料に基づいた説なんかではなく、全く、僕の勝手な空想なので、そのつもりで、つまり、物語として聞いて欲しい。」

「何か閃いたんだね。学者は、資料に拘り過ぎて、まあ、これは仕方のないことなのだけれど、それで、大局を見失ってしまうことも結構あるんだよね。でも、素人は、しがらみなんかが無いので、その直感は、案外、真実を衝いているってことも良くある。」

 最後にやって来たハカセが、学者らしからぬ意見を述べた。

「そうなんだ。邪馬台国に関する本をいくつも読んでいるうちに、ハッと閃いたんだ。こんなにいろいろな研究がされて来たのに邪馬台国がどこに在ったか未だに決まらないのは、本当は邪馬台国など、どこにもなかったからなんじゃないかって。邪馬台国論争って、実は、『裸の王様』なんじゃないかってね。誰か偉い人が邪馬台国が存在したことを前提として論文を書いたので、後の人たちは、内心では、邪馬台国は無かったと思っても、そんな事は口が裂けても言えなかったんじゃないか、そういう意味で裸の王様だと、僕は思ったんだ。」

 後で来た、竜やハカセ、矢島それに児玉は、邪馬台国はどこにもなかったと言う弓田の見解を聞いて、全員驚いた。

「そこまで行くとすごいな。極端な説でも、邪馬台国東北説は知っているけれど、不存在説と言うのは聞いたことがないよ。でも、面白い。これ、マスコミに売り込んだら、絶対、大ヒットだよ。」

 児玉は、そう言って、早くも、本の印税などのそろばん勘定を始めた。理系出身だが、銀行に就職して、そろばん練習も一からやり直して、その結果、暗算の腕前も相当なものになったと言う。まるでそこにそろばんがあるかの様に指を動かしている。

「確かに、今でも、書店に行くと邪馬台国関係の本って、結構並んでいるわよね。邪馬台国が好きな人って、未だに多いってことが良く分かるわ。本屋さんって、売れない本は並べないものね。邪馬台国はなかったと言う弓田君の見解を面白可笑しく脚色して本にしたら、きっと売れるわよ。何か賞を貰ったら、記者会見は是非当店でお願いします、なんてね。はしゃぎ過ぎかしら。」

 葉子さんも、みんなにコーヒーとチーズを配りながら、楽しそうに、話に入って来た。

「姉貴も昔から、こういう話が好きなんだよね。幻のムー大陸がどうのこうのとか、そういう話ね。弓田、先を続けて。」

 三木が弓田に話を進めることを促し、弓田が説明を続けた。

「実は、気になって、調べてみたら、邪馬台国は存在しなかったと言う説は、これまでも存在した。但し、今回の僕の説とは、何故、実際には存在しなかった邪馬台国が魏志倭人伝に現れるのかについて、その理由は違っている、その点では、僕の今回の意見は独自のものだと言える。そして、その理由は、難しくもなんともない。言ってみれば、当たり前の事なんだ。勿論、僕の説というのは、さっきも言ったように、あくまで物語であって、学術的に議論するつもりなんか毛頭ないけれどね。議論したって、ただの空想だろうで片づけられてしまうからね。

さて、邪馬台国と言えば、何と言っても直ぐに頭に浮かぶのが魏志倭人伝だよね。まあ、正確には、中国の歴史書『三国志』の中の『魏書』第30巻『烏丸鮮卑東夷伝倭人条』と言うのだけれど、長すぎるから、魏志倭人伝という通称を使うことにする。

 この魏志倭人伝の中に『女王之所都』として邪馬台国が出て来るのだけれど、いくら読んでみても、邪馬台国がどこなのかがはっきりしないんだよね。

 そのまま素直に読むと、沖縄辺りにあることになってしまう。でも、そうだとすると、どうもおかしなことになる。記述のバランスがひどいことになるんだ。魏志倭人伝には、魏の帯方郡からの使者が、朝鮮半島から対馬や壱岐を通って、末盧国という玄界灘に面した今の佐賀県の辺りに上陸する旅程が書いてある。そして、途中の対馬や壱岐については、その地理だけでなく、住人についても、ある程度詳しく書いてある。そして、上陸した末盧国から伊都国への道程が記載されていて、末盧国については、対馬や壱岐と同じような書き方だし、伊都国は、帯方郡からの使者が常駐すると書いてある。その後、さらに、いくつかの小国への距離や方角や途中の模様が描いてある。これだけ、九州北部までの事を詳しく記載しておいて、大きく乱れていた、つまり、争いを繰り返していたそれらの小国をまとめた女王の国がいきなり出て来て、そこに辿り着くまでの途中の様子の記載も全然なくて、遠く離れた沖縄辺りにあると言うのは、どうにも不思議な感じしかしないよね。しかも、帯方郡からの使者は、伊都国に常駐するという記載まであるのだから、学者の間で、邪馬台国が沖縄辺りにあったと主張する人はあまりいないのではないかな。

邪馬台国が出て来る前の記述の仕方から、普通に考えれば、邪馬台国は、九州のどこかだろうと考える人達は、魏志倭人伝の伊都国以後の道のりについては、連続しているのではなく、伊都国から放射的に並んでいると考える放射説に傾きやすい。そう考えれば、邪馬台国は、伊都国から、それほど驚く程遠いと言う事にはならない。

 一方で、今の奈良県の辺りに邪馬台国は在ったと考える畿内説は、伊都国から邪馬台国までの道程の「南」というのを「東」の誤記だと主張する。そうすると、丁度、邪馬台国は、自分達の主張に沿った地点に落ち着くと言う訳だ。

 読み方によって、極端に結論が違って来てしまうなんて不思議なんだけれど、邪馬台国なんか本当はなかった、それを誤魔化すために、絶対に邪馬台国はここだって決められないような書き方をしたと考えると、色々な説に分かれるのは当たり前であって、不思議でもなんでもないことになる。」

「じゃあ、弓田は、陳寿がわざとデタラメを書いたと考えている訳?」

 竜が、信じられないなあと言う表情で尋ねた。この竜の疑問に対する弓田の答えはこうだ。

「まず、三国志は陳寿が書いたと言うのは、表現として適当ではない。当時、存在した各種資料を集めて編集したと言うのが正確らしい。魏志倭人伝だって、そうだ。そもそも、陳寿は当時の倭には来たことがないのだからね。」

「それじゃあ、陳寿が魏志倭人伝として編集した資料は誰が書いたものなの?」

ミキちゃんが、所謂元ネタを訪ねた。

「魏志倭人伝には、当時の魏の帯方郡から、2度、使節が倭を訪れたと記載されている。最初は、梯儁と言う人で、次が張政だ。正式な使者なのだから、任務を終えて、帯方郡に戻れば、報告書を書くよね、普通。この二人もそうしたはずだ。陳寿は、その報告書を見て、魏志倭人伝の編集に利用したはずだという説があって、僕もその通りだと思う。それが、自然な事だから。陳寿が行ったこともない倭の事を想像だけでいろいろ書いたと言う方が、普通は、あり得ない事だと思う。」

「そうね。私もその通りだと思うわ。」

 ミキちゃんは、弓田の見解に賛成した。

「三国志は、正史として尊重されている。それは、陳寿が存在する資料に基づいて丁寧に編集したことを周囲の人が知っていたからなんだと思う。」

 弓田が、そう言うと、今度は三木が質問した。

「そうすると、その梯儁か張政のどちらかが適当な事を報告書に書いたと言う訳だね。弓田はどっちだと考えた訳?」

「そこのところが大事な点だよね。ここからは、完全に僕の想像だ。何の証拠もない。最初に断ったとおりだ。」

 弓田はそう言って、さらに自説の説明を続けた。

「僕は、二人の使節のうち、最初に来た梯儁が邪馬台国というものを捏造したのだと想像している。」

「捏造か。何でそんな事をしたのだろう。」

このハカセの疑問に対し、そこなんだよと言って、弓田がここの説明は長くなるよと言って、さらに話を進めた。

「僕は、まず魏志倭人伝の正式名称『東夷伝倭人条』の『倭人』という表現が気になった。他の国と言うか地方には、『人』と言う文字が付けられている所は一つもないんだ。何故か、倭だけが、『倭』あるいは『倭国』ではなく『倭人』となっている。これは、梯儁がやって来た時点で、まだ倭は、統一されていると言うにはほど遠い状態だったんだと思う。所謂倭人で構成される小国が乱立している状態だ。それで、単純に『倭』とか『倭国』としないで、『倭人』としたんだと思う。しかも、言わばアリバイ工作の様に、『狗奴国は女王に属していない』と書いて、だから『倭国』ではなく『倭人』と書いたんだと言い訳をするための仕掛けを施している、僕はそう考えた。

実際のところは、伊都国は、かなり力があって、周囲に影響を及ぼしていただろう、だから、梯儁や張政は伊都国に常駐したのだろう。でも、狗奴国以外にも従わない所も多くて、争いは大乱と表現するほどではなくても数多く残っていたんだと思う。

しかし、魏志倭人伝には、倭国は男王の下では大いに乱れたが、女王卑弥呼を共立して争いは収まったと記載されている。梯儁は、帯方郡に戻ってから考えたんだ。争いが残っているという事実をありのままに報告すると、新たな任務を命じられて、また、倭に、行くことになるのではないかとね。あの時代のことだから、帯方郡からの旅は楽じゃないよ。梯儁も、二度と倭に行きたくないと思ったはずなんだ。しかも、今度は、もしかしたら、兵を率いて行けと言われる可能性もある。梯儁は、魏の軍事力を示して、倭を統一して、服従させてこいという命令が下されるのは絶対避けたいと思ったんだと僕は考えた。だいたい、そんな任務を帯びて、危険を侵して倭に行っても、上手く行くとは限らない。失敗したら、自分の命はない。仮に、生きて帯方郡に帰れたとしても。

 そこで、梯儁は、知恵を絞った。そして、思いついたんだ。倭は、一時期、小国同士の争いが相次いで、乱れていたけれど、邪馬台国の卑弥呼を共立したことで、争いは収まり、今は、倭としてまとまっていると報告する事を。」

「すぐにばれるかも知れないと心配にならなかったのかな。」

 この児玉の疑問に対して、弓田は、そこは、梯儁がずる賢かったんだ、と言って、説明を続行した。

「梯儁は、時が経てば、別の人間がやはり使者として倭に行くことも当然予想した。そこで、まず、彼がした工夫は、邪馬台国の位置を分からないようにしたことだ。しかも、邪馬台国は女王卑弥呼が都とする所で、その卑弥呼は老齢で、しかも面会できる者はほとんどいない。弟が実務を担当して卑弥呼を補助しているというように報告書に記載したんだ。

 魏志倭人伝を読んでも、帯方郡の、つまり、魏の使者が卑弥呼に面会したとはどこにも記載されていない。使者が邪馬台国まで行ったとも書いてない。使者は、伊都国に常駐していたと記載されている。要は、あの部分は、邪馬台国と卑弥呼を消去して読んでも構わないということだ。ある男性が政務を掌っていた、それだけの事だ。帯方郡の使者である梯儁は、政務を掌る人間とは、当然、会っているはずだ。そして、その人間は伊都国にいたはずだ。彼は、伊都国に常駐していたのだから。そうすると政務を掌っていた人間と言うのは、伊都国の王なのだと思う。

 梯儁の作ったシナリオは、こうだ。

―後任者も、伊都国まで来て、伊都国の国王を卑弥呼の弟で実務を担当している者だと思うだろう。卑弥呼に会う事は、後任者も始めから考えない筈だ、実務担当者と会えば、それで用は足りる、呪術的な意味しか持たない卑弥呼、倭人たちにとっては重要人物であっても、帯方郡の使者から見れば、飾りであるのと殆ど変わりがない卑弥呼だから、どうしても会わなければならない理由はないし、会うことは極めて難しそうだと言う事を先入観として植え付けておけば、使者に過ぎない者がわざわざ会おうとなどするはずがない。だいたい、後の使者だって、いやいや倭に行くことになるはずだから、老齢の女王とどうしても会いたいなんて思うはずがない。―

 そして、事態は梯儁のシナリオ通りに動いた。彼の7年後に倭を訪れた帯方郡の使者である張政は、伊都国に留まり、伊都国王とやり取りをして、帯方郡に帰った。張政からすれば、梯儁の報告書を読んでも、邪馬台国の位置は不明だし、卑弥呼に会うことは難しそうだ。会う意味もほとんどない。それに卑弥呼は老齢だと言う。無理に、伊都国王に向かって、邪馬台国だ、卑弥呼だ、と、難しい話を持ち出す必要もない、張政はそう考えたはずだ。

 その頃の倭の状況はどうだったかと言うと、梯儁が来た頃と殆ど変わっていなかったと思う。比較的勢力の強い伊都国と狗奴国の間では、戦闘が続いていたし、他の小国も必ずしも伊都国におとなしく従っているような状況ではなかったと思う。

 魏志倭人伝に出て来る倭の小国は、その後も争いを続けて、統一されることは決してなかったと僕は考えている。逆に、争いは、激しさを増し、その後、倭の5王の時代まで、大陸の支配勢力に朝貢する余裕のある国も存在しなかった。だから、しばらくの間、中国の歴史書に、倭に関する記載が存在しないんだ。

 それから、張政なんだけれど、梯儁と同じで、帰国してからの報告書には、卑弥呼が死んで男王になって、倭は、また、乱れたけれど、卑弥呼の宗女を立てて、倭の争いは落ち着いたと記載した。梯儁と同じで、張政だって、また、倭に行けと命じられるのは避けたかったはずだ。もしかしたら、その時点で、張政は、梯儁の報告書に記載された邪馬台国や卑弥呼が梯儁の捏造だと気が付いていたのかもしれない。そして、張政は、梯儁の報告書に記載された卑弥呼の年齢に関する記述から、自分の報告書でも、卑弥呼が女王であり続けるのは不自然と考えて、壱与という代替物を用意したんだ。こう考えると、中国の歴史書からしばらくの間、倭が消えるのは納得できるはずだ。」

 ここで、ミキちゃんが質問した。

「どうして、梯儁は女王卑弥呼としたのかしら。弓田さんは、そこの所は、どういうお考えなの?」

「あの頃、魏は、呉や蜀などと争っていて、戦いが絶えなかった。梯儁は、それが気に入らなかったし、争いが続くのは男社会の愚かさのせいだと考えていた。それで、倭では、女王を共立して争いが収まったと報告し、それが自分の本国である魏にも良い影響を及ぼすことを期待した。つまり、梯儁は、平和主義者であり、男性社会の改革論者だった。これが僕の仮説。」

「張政も梯儁の影響を受けたのかしら。それとも、ただの真似かしら。」

「それは、分からないな。どちらもあり得るからね。それとね。梯儁だけれど、外見は男だったけれど、実は女性だったということだってあり得ると僕は思っている。昔は、そういうことを考える人はいなかっただろうけれど、最近になって、急にそう言う人が出て来たのではなくて、昔から、同程度は存在したのではないかと思う。梯儁がその一人でもおかしくないだろう。」

「女王卑弥呼や、その宗女壱与が、架空の存在だとすると、二人の名前なんかも適当に考えて付けたのかしら。」

「伊都国の方で、帯方郡つまり魏の使者の接待をさせた女性の名前だったんじゃないかな。」

「そうだよね。当時、倭は魏に朝貢していて、その魏から使者がやって来たのだから、それなりの女性を接待係で付けているはずだよね。梯儁が実は女性の心を持っていたとしても、女性同士で愛することは十分あり得る話だよね。そういう使者を接待した女性たちの名前が、あの卑弥呼や壱与として倭の女王として歴史に残ったと言うのは、面白いね。学者さんは、絶対に思いつかないね、こんな事。」

 矢島も、弓田の説には感心するばかりだと言って、嬉しそうである。弓田と矢島は、昔から名コンビと言う事で通っている。

「弓田君、すごいじゃない。文献の有無とか問題にならないくらい面白いし、私、これが邪馬台国の真実なんだって、今、すごく燃えているわ。絶対、これ本にして出しましょうよ。タイトルはね、そう、うーん、竜君、何か良い考えがないかしら。タイトル考えたりするのって、得意でしょ?」

 葉子さんも、弓田の話を聞いて、興奮している様子である。

 葉子さんに促されて、竜が、色紙に自分が考えた本のタイトルを記載した。

「こういうのはどうだろう。―邪馬台国は存在しなかった 卑弥呼、その不都合な真実―」

「いいんじゃない。弓田君、どう?」

「いいと思います。話を原稿にまとめて、このタイトルで本にして出して見ます。知り合いに出版社の人がいるので相談しながら、進めます。」

「それじゃ、これから、お食事の時間ね。」 

 葉子さんの一声で、邪馬台国の話は終了して、みんなで楽しく食事をしながら、世間話をして、この日の集会は終了した。弓田の本が書店に並んだら楽しいなと言う気持ちをみんなが持っていた。

          3

 翌月の七日会で、弓田がガッカリした様子で、邪馬台国の本を出版する話のその後について、報告した。

「いやあ、出版社に知り合いがいて、読んで貰ったら、その人は出版に積極的な姿勢だったんだ。それがね、急に出版は難しいって言い出したんだ。おかしいと思って、聞いて見ると、社長が出版に反対しているって言うんだ。その社長は、こんな事を言っているんだそうだ。

―邪馬台国が人々の興味、知的興味の対象であり続ける理由は、良く分からない、つまり、永遠のミステリ―である可能性が高いからだ。だから、ひょっとしたら自分が正解を出したりしたら気が狂いそうになるくらい嬉しい。邪馬台国ファンの人はそう思っている。これが、少し、調べたら正解にたどり着けそうな謎だったら、頭脳を刺激する程度は低く、ここまで長い間、人々の興味を引き続けることはなかっただろう。邪馬台国の場合は、その名称からして、邪馬台国なのか、邪馬壱国なのか、正確に言えば、邪馬臺国か邪馬壹国なのか、そのどちらなのかが未だに断定できないでいる。これだけでも、ゾクゾクしてしまう、そういう邪馬台国ファンも多いはずだ。

 そう言った意味で、邪馬台国については、結論が出てしまうことは、望ましい事ではない。他の、邪馬台国関連の本が売れなくなる。―」

「あり得ないよ、そんな話。弓田の本が売れれば、それでいいじゃないか。」

 三木が弓田の話を聞いて、憤りを示した。

「でも、その社長さんは、弓田君の仮説は真実を衝いていると感じたのね。その点は良かったじゃない、弓田君」

 葉子さんが、そう言って弓田を慰めたが、直ぐに三木が別の見解を述べた。

「その社長は、弓田の説を真実だと思ったのではなくて、読者は真実だと思って、邪馬台国論争が終結してしまうって感じたんだよ。彼らにとって、客観的真実は何かではなくて、読者が真実だと思うかどうかが、問題なんだ。」

「それで、弓田は諦めるの、出版?」

 竜のこの質問に対して弓田は諦める訳ではないと言って、今後の事を説明した。

「知り合いの出版社の人も諦めきれないと言って、色々な線に当たってみると言ってくれているんだ。とりあえず、今は、その結果待ちさ。」

          4

 またひと月経った。メンバーの最後に、弓田が怒ったような表情で「マロウド」に姿を見せた。

「あら、弓田君、何をそんなに怒っているの。例の出版の話がどうかしちゃったの。」

 いつもは温厚な弓田の怒った顔を見てミキちゃんが理由を尋ねた。

「みんな聞いてくれ。僕は、今、この日本と言う国から脱出したいと考えている。現実には、無理な事だけれど、それくらい怒っているんだ。」

「どうしたの、弓田君。落ち着いて説明して。」

 そう言って、葉子さんは、まずこれを飲んでと言って、ブラジルのストレートの入った洒落たコーヒーカップを弓田の席に置いた。それを一口、口にして弓田が話し始めた。

「例の出版社の人、自分の所の社長がどうしてもゴーサインを出してくれないので、禁じ手だけれど、ライバル社にいる自分の友人の所に話を持って行ったんだそうだ。その会社は、議員さんの本なんかもたくさん出版している会社なんだ。その時、自分の会社で出版出来ない事情をその友人に伝えたらしい。それで、その友人は、自分の所の社長にこういう事情なのだけれどと話をしたらしい。丁度、その日に、社長さんは、与党のかなり大物の議員さんと食事会があって、酒のつまみにと、僕の本の話をしたらしい。

「伝言ゲームみたいになって来ちゃった。それでどうなった。」

 矢島も心配そうである。

「その議員、仮にA氏としておこう。A氏は自分の派閥の朝食会で、派閥所属の文科省大臣と外務政務官にこの話をしたんだそうだ。」

「本当に伝言ゲームね。絶対、どこかで話が違って伝わっているわよ。

 ミキちゃんはそう言いながら、邪馬台国の本の事で、文科省やら外務省やらが出て来るのがおかしいようにも思えて、思わずクスっと笑ってしまった。

「あっ、ミキちゃん、ひどいな、笑うなんて。僕の身にもなって頂戴。」

 弓田の声は泣き声だ。

「いやあ、いくら大昔からの仲間の事だからって、ミキちゃんが弓田の体になるなんて、そんなことが出来る訳ないじゃないか。ミキちゃんは、これでも、まだ、女性だぞ。」

 竜は得意のジョークを飛ばしたつもりだったが、タイミングが悪すぎた。

「これでもまだ女性って何!もう失敗の尻ぬぐいはして上げないわよ。」

 ミキちゃんが本気で怒りだした。事務所の優しい同僚のご機嫌を損ねては、大変だ。竜はおっちょこちょいで何十年やっても、細かなミスが多い。それをいつも優しいミキちゃんがカバーして、今に至っているのだ。

「ゴメン、ゴメン。調子に乗り過ぎた。これ事務所でミキちゃん以外の女性弁護士に向かって言ったりしたら、即懲戒申し立てを喰らうような失言だった。ミキちゃん許してね。」

「あのさ、まだ、話の途中なんだけれど。」

そう言いながら、弓田の怒りもだいぶ和らいだようである。竜の失言の怪我の功名である。

「文科省の大臣や外務省の政務官にまで話が伝わったというところまで聞いたよ。その先を話してくれ。」

 三木が話を続けるよう弓田を促した。

「うん。二人は、省に持ち帰って話をしたそうだ。そうしたら、文科省では、卑弥呼や壱与が接待係だったとか、梯儁と卑弥呼が同性愛かも知れないなどというところは、教育上好ましくないという意見だったそうだ。外務省の方は、いくら、大昔の事だとは言え、中国の役人の話なのだから、余り刺激的なものは、いかがなものかと言うのが、お役人の意見だったそうだ、」

「それじゃあ、お役所の反対で、出版出来なくなっちゃったの?」

 葉子さんは、まさか信じられないと言う顔で言った。

「そうじゃないんです。そのA議員から、役所の見解を聞いた社長は、これは面白いと思ったんだって。今の馬鹿々々しいお役所の見解で出版が危うくなったと言うのを逆手にとって、それにもめげずに当社は出版しましたと宣伝したら、邪馬台国ファンではない人まで買ってくれるかも知れない、そう思ったんだって。」

「それは良かったわね。最初の出版社の社長さんより、太っ腹ね、その社長さんは。」

 葉子さんはやれやれと思ったけれど、それにしては、弓田が怒った顔をして店に来たのを思い出し、弓田に質問した。

「じゃあ、どうして弓田君はあんなに怒っていたの。」

「結局、ダメだったんです。社長が、こんな感じで宣伝して出版するという話をA議員にしたんだそうです。そうしたら、A議員から、少し待ってくれと言われて、しばらく待っていたそうです。」

「それで、ダメだって言われたの?」

「ええ、そうなんです。それで、社長に僕が呼ばれて理由を聞かされました。」

「外交的配慮とか、そんな理由か?」

 この三木の質問に対する弓田の回答は、その場の全員を唖然とさせるものだった。

「政界の大ボス、そう、あの人です。彼は、A議員から話を聞いて、こう言ったそうです。

『どんな事でも、国民に真実を知らせてはいけない。』って。」

          完


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い説ですね。 わたしも『卑弥呼と称される女王がいる邪馬台国』はなかったと思います。 『卑弥呼』『邪馬台』という漢字は当時の中国人がつけた当て字です。 立派な名前を避けるためにわざと『…
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