エピローグ2
神域とはまた異なる、彼ともう一柱しか入れない領域から、チャンクーらを観測している一人の男。この世界の中心、パラレルである。
「蝗魔王と魃魔王は倒されたか。アフリカの騒動も収束し始めている。そう遠くないうちに、アフリカは完全に復興するだろうね」
全身黒ずくめのスーツを着たパラレルは、一人そう呟く。
身長は高く、白目と黒目が逆転した不気味な瞳の中心には、米印のような印が刻まれていた。
以前までは液体のような姿をしていたが、一人の男と接触したときあまりに怖がられたため、今はこの人間のような姿をしている。彼もこの姿は少し気に入っていた。
「この世界のチャンクー君は、私の言葉を理解してくれたかな? いや、そもそもアレを私の言葉と認識することも出来なかったかもしれない。もう覚えてはいないかな」
そう言いながら、彼はチャンクーの様子を覗くべく新しい窓を開く。
パラレルは地球の観測者とは違うが、まさに彼らと同じように地球の様子を覗くことができるのだ。
「どうやら、彼は順調にその力を振るっているようだね。新しい地でも素晴らしい活躍をするに違いない。そう言えば、チャンクー君が彼らと出会うのはもう何度目になるのか。この地球は救われるのが少し遅いな」
パラレルは無限にも等しい数の宇宙を作り出し、その全ての最期を見届ける大魔王。小石ひとつ、砂粒ひとつの場所すら世界の違いとみなし、あらゆる状況の世界を観測する者。
現在チャンクーが活躍するこの地球もまた、彼が作り出した宇宙のひとつでしかなかった。
「まさか、彼らの内部に秘められた真実を真実と見抜けなくする。それを考えないように思考を操作する。このふたつだけで、未来がこんなにも変化するなんてね。だけどアレは、ディムと協力すればすぐに克服できるはずなんだけどな」
彼の力は常軌を逸している。世界に大きな変革をもたらしても、少し驚くだけ。
だがそれもそうだろう。彼は今までにもっと大きな変革を起こしている。それこそ、恒星をひとつ消し飛ばす程度では驚きもしない。
「ああ、そう言えばディムは今拘束されているんだったか。神域に入り込んだ蚩尤と黄帝が何かやっていたみたいだけど、彼らにタールーの防御は破れないしね。ちょっとそっちも覗いてみようかな」
彼は先程とはまた別の観測の窓を広げる。地球の観測者である、地神タールー、天神コンシー、海神ハイヤン、そして人神ディム。
彼等よりも遥かに上位の存在であるパラレルは、神域の中すらも自由に覗くことが出来るのだ。
「タールーはもっと地球をめちゃくちゃにしてくれると思ってたけど、そうもいかないみたいだね。意外と慎重に動いてる。それに比べてコンシーはバカだなぁ。太陽神の思うままじゃないか」
彼はこの地球に渦巻く思惑の全てを把握している。
当然のこと、彼は地球の観測者よりも観測権限が高い。太陽系全てを観測し、この状況を完全に理解したのだ。
「太陽の連中はまだ何も動きを見せていないか。あいつらは地球の状況を全然見てないから。他の惑星の奴らも特に何もしてないみたいだね。やっぱり今一番ホットなのは地球か」
彼は数多くの星々を観測する使命があるが、結構雑に仕事をしていた。
砂粒ひとつ程度の些細なこともしっかり観測して記憶しているが、彼の思考はそこにはないのだ。
「おや? ディムが神域にいない。これは……、ハイヤンの個人領域にいるのか。まぁ私の権限があれば覗き見るのは簡単だけど。どうやらハイヤンは動き出したみたいだな。このタイミングでディムを救い出すとは。確かにタールーもコンシーも躍起になって魔王を召喚しようとしているし、タイミング的には間違いではないかな」
彼パラレルは観測を中断、彼しかいない観測領域を歩み出した。
彼の思惑は誰にも分からない。そして誰も止めることは出来ない。
「自分で気づくまでは教えないでおこう。少しくらい疑問に思ってもいいんだけど。ハイヤンが縁をたったとは言え、地の主権を持つタールーと天の主権を持つコンシーがどうして彼らの行動を阻害できないのか。ディムの力をどうして抑えきれないのか」
地球の今後は、誰にも分からない。パラレルですら、未来は予測することしか出来ないのだ。だからこそ、彼は注意深くこの世界を観測している。
そしてパラレルという大いなる存在すら手を出せないのがこの……。