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※パラレル地球の救い方※  作者: Negimono
第一章 アフリカ編
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第九十話

 この間のRIZINにめっちゃ影響されちゃった。矢地くんとサトシ選手のバトルは熱すぎたわね

『チャンクー、何かまだ困っているようだな』


 また謎の声が聞こえてくる。これがアララーなのだろう。さっきから俺に助言してくれる。


「アララー、俺はどうしたらいい。さっきから奴のカウンターがどこに飛んでくるのか分からないんだ。奴の攻撃は何処に当たっても致命的。対してこっちの攻撃はちゃんと狙わなきゃ当たりもしない」


 俺は蝗魔王の攻撃を捌きつつアララーに語りかける。

 正直、もう俺一人だけの力ではこの戦況を変えられない。ならばここは、恐らく蝗魔王と同じく何度も転生を繰り返したであろうアララーの助言を受けるべきだと判断した。


『そうだな、今の貴様に足りないものは勇気だ。そして貴様が過剰に持ちすぎているのが恐怖である。ほら、今の瞬間にだって貴様が攻撃できる隙は三度もあった。しかし貴様はそこに飛び込めてはいない。勇気がないのなら理性で恐怖を捻じ伏せろ。我も助力は惜しまない』


 恐怖、恐怖か。

 それは先程からずっと俺を助け、なおかつ俺を苦しめ続けているもの。奴への恐怖によって俺は攻撃を回避し、また奴への恐怖によって攻撃を放てないでいる。


 アララーの言うとおり今の一瞬に三度、俺が刃を突きつけられる隙はあった。


 俺は銀槍と白の剣を用いて完璧な間合いを強制している。だからこの距離間ならば、奴の拳が当たることは絶対にないのだ。

 そのため刀さえ一瞬退けてしまえばそこに攻撃の隙が現れる。今までならばそこに確実に黒の剣をぶち込んでいた。


 そんなこと、分かっている。頭では完全に理解しているんだ。

 だが飛び込めない。奴の拳、それだけが予測できないのだ。刀の挙動はもうほぼすべて把握している。しかしあの拳だけがどうしても恐ろしくてたまらない。


 俺と奴の身長差、腕の長さはそう変わらない。だから今まで通り俺が適正な間合い管理をしていれば絶対に当たるはずはないのだ。俺にはそれができる技術力が既にある。だけど、でも……。


「そうか、これがお前の言う、『勇気がない』ということなんだな。ならばお前の助言通り、理性でこれを捻じ伏せて見せよう。アララー、どうやらお前の能力は今の俺に吊り合っていないようだ。追いついて見せるぞ、先代!」


『……良く気付いたな。いや、これが貴様の記憶なのか?』


 恐怖を覆すのは勇気だけではない。理性でもって、恐怖を覆せるのだ。


 俺の恐怖の源泉は何処なのか、それをよく考えろ。克服するのならば、打倒すべき対象を理解していなければいけない。


 先程までは戦闘が終わった後のことを考えていた。

 俺が負けたとき、皆はどう思うのか。特にジダオがどう思うのか。あいつはきっと魃魔王にだって勝てるだろう。俺みたいに長期戦を仕掛けて苦戦したりはしないはずだ。

 あいつにバカにされるのがたまらなく悔しく、恥ずかしい。そんな思いが俺の中にはあった。


 しかし蝗魔王と剣を躱しているうちに、俺の恐怖はどんどん痛みと圧、そして『死』という事象によるものになっていく。

 白の剣で奴の刀を防ぐたびに攻撃の重みが伝わってきた。それが今は『死』という言葉をそのまま具現化した存在かのように感じる。


 俺が克服すべきはそこだろう。


 もし俺の腕が切断されたら? めちゃめちゃ痛いだろうが白の剣の魔法によって腕は疑似的に修復出来るし、戦闘に支障はない。


 もし俺の足が切断されたら? きっと一時はもだえ苦しむことになるが、これも魔法で修復できるし、白の剣で生成した四肢は俺の素のそれに劣らないほどの性能を発揮する。


 ならばもし俺が死んだら?

 きっと『死ぬ』というのは何にも耐えがたい苦痛のはずだ。自分という存在を誰にも伝えることができず、新しく何かを作り出すこともできない。


 俺の中で『死』とはただただ暗い、何もない世界に飛ばされることだ。

 死ねば当然五感の全てを失う。何も見ることはできず、何も聴くことはできない。あたりまえだが何のにおいもせず、何にも触れることは叶わない。食事すらできないのだ。

 世界がどんな色なのか把握することも出来なければ、そういったことを考える脳すら存在しない。


 もしも俺がそんな状態になったら、ここにいる全軍は蝗魔王に襲われ殺されてしまうだろう。魃魔王カンハンとの戦いで消耗しているジダオも蝗魔王に敗北する可能性が高い。

 魃魔王亡きワンはその戦力を削がれてしまうが、それでもアフリカ諸国は危機に晒され続ける。そしていずれは全国が奴の眷属に屈することになるだろう。


 それは、俺が全ての感覚を失う恐怖と天秤に掛けられることか? 

 いや、そんなことは絶対にありえない。いくら俺が化生だと言っても、知的生命体である以上その命の価値を誰かが決めていいはずはないのだ。


 俺が死んだ後に起きる事象は、俺が死ななければ起こらないことか?

 いや、決してそんなことはないだろう。俺が負けを認めてしまえば、俺が戦いを放棄してしまったら、きっと蝗魔王はアフリカの全てを手中に納めてしまう。


 アフリカの人々が死んでしまえば、それは結局俺が死ぬことと変わりないことが起きる。

 すなわち、その人の存在が失われ、その人は感覚の全てを失うのだ。決して終わることのない絶対の牢獄に捕らわれ続けるということだ。


 俺一人の戦いで、多くの人間の人生を奪うことになる。

 直接手を出すのは蝗魔王とその眷属だが、ここで恐怖に敗北することはすなわち、彼らの存在を奪うことと同義なのだ。


 ならば恐怖に打ち勝たなければならない。これは勇気を振り絞ることではなく、覚悟を決めることでもない。

 理性で恐怖を捻じ伏せるのだ。俺が今しなければならないことを頭で理解し、()()()()()()


「……超えたぞアララー。俺はもう決して負けはしない。お前の力を貸してくれ」


『覚悟を決めた、というわけではないようだな。我が言った通り、理性でもって恐怖を覆したか。恐怖のない貴様ならば我を完璧に使いこなせるはずだ。時代の変わる時が来た』


 何かが変わったわけではない。ただ俺の気持ちが固まっただけ。しかしそれだけでも何故か力が湧いてくる。

 力の源が何処なのか、そんなものは分からないし、今突き止める必要もない。ただ今は、この力でもって蝗魔王を打倒するだけだ。


「『Lâche-la, l'épée noire. Libération, le dragon d'Arara』」


 右手に構えた黒の剣は俺の体内から凄まじい量の融合力を吸収し、その本来の力を解放する。

 突けば容易く貫き、振るえば何をも切断する。そんな絶対的な力を感じた。


 そして解放された黒と白の双剣は最後の詠唱によって一対となる。今の状態を思えば、それ以前の両者がどれほど異なる武器だったのかがよくわかった。


 内包する魔法、用途は真逆であるのに、この双剣は最後の詠唱によって全く同じ性質から成る同胎の剣へと変貌した。


 これがアララー本来の力、アララーの真の姿。物体、物質としての見た目は定まっていないのに、魔法的性質だけは一定で曇りがない。


『進め、今代の救世主(メシア)! 我は悪魔の弱点となる者。その剣は必ず奴の身体を貫き死をもたらす!』


 アララーに言われるまま一歩踏み込む。

 まだ蝗魔王の刀は振られてもいない。しかし俺の目には確かに奴の隙が映った。それは刹那にも満たない空白。だが今の俺には絶好のチャンスであった。


 強化された白の剣で無理やり奴の攻撃を抑制し、黒の剣を押し通す。

 全く読み合いの介在しない強引な攻撃はしかし、奴にパワー勝負を強制しこれに打ち勝った。


 与えられた傷は浅い。しかし確実に一撃、喰らわせて見せた。

 恐怖を乗り越えた俺ならばこんなことも出来るのだと奴に、そして俺自身に示して見せたのだ。


「……ったく、本当に驚いたよチャンクー。まさかこの短時間でアララーの力を引き出して見せるとは。きっとお前の本当の才はそこにあるんだろう。これだけの高速戦闘の中もなお脳内で壮絶な思考を繰り広げ、そして最適解を導き出して見せた。そんなことは人間程度には絶対に成しえない。お前は一見して人間性の全てを内包した存在のようで、最も人間から遠い場所にいる化け物だ」


「諦めるんだなワン。もう時代の移り目は来てしまったのだ。本来魔王である貴様の仕事はとうに終わっている。引継ぎはさっき口頭で済ませたのだろう? ならばこれからの時代は彼に託すんだ」


 アララーが蝗魔王に語りかけている。

 それは俺の脳に響いていたものと同じく、身体の中心部まで容易く浸透してしまう声。聴覚ではなく心で感じ取るような声だ。


「ぬかせアララー。こいつにはまだ一つ、教えてやることがある。数多の魔王の中でも最高峰の武術を身体に叩き込んでやらなきゃいけない」


 蝗魔王はお返しだと言わんばかりに、白の剣で動きを抑制された刀を無理やり振りぬく。


 しかし当然そう易々と受けてやるわけにはいかない。

 俺はこの攻撃を黒の剣を振り上げることで防ぐことにした。この剣ならば奴の刀を切断できる。攻撃は最大の防御なりという言葉もあるように、何も防御するだけが身を護る方法ではないのだ。


 奴は黒の剣を最大限警戒している。刀を途中で寸止めし、先端を傾け突きを放ってきた。


 だがワンテンポ遅れた攻撃はこの高速戦闘の最中では止まっているも同じ。

 俺は体勢を大きく下に傾けることで回避する。


 さらに曲げた膝を即座に伸びあがらせることで反撃にかかる時間を短縮。奴が上に構えた刀を掻い潜って頭を狙い突き刺す。

 解放された黒の剣の威力は凄まじく、奴の顎を一撃で粉砕し内部まで到達した。


「これが俺の戦い方だ、蝗魔王ワン! 小爆発!」


 俺と蝗魔王が一番最初に対峙したときと同じ魔法。これは間違いなく奴に通用した。


 突き刺した黒の剣を持つ右手だけでなく、左手で奴の後頭部を掴み完全にグリップする。

 小爆発は連続で奴の脳内に炸裂、確実にこれを破壊した。


 爆発によって頭をぐちゃぐちゃにされた蝗魔王。だがそれでも奴はまだ動き続ける。それは眷属が使う体循環魔法ではなく、使う脳を別に切り替えることで頭を必要としない、生物としての域を脱した奥義である。


 追加で隆盛も放とうとした直後に、密着した状態から強力な拳の一撃が俺の腹部に突き刺さる。

 両拳によって放たれる見事な一撃は、白の剣で補修した腹を粉砕した。しかし拳の威力で俺が後退してしまうことはなく、まだ奴の拳のリーチ内である。


 俺は即座に解放された白の剣で修復、戦える体勢を整える。

 正直めちゃめちゃ痛いし、今すぐこの場にうずくまりたい。だけどそんな気持ちを俺はありったけの理性でもって覆いつくして見せた。


「流石、最高峰の武術を持つ魔王だ。まさか身体で拳を抑え込まれた状態からもなお攻撃を放てるなんて。だがな、武術ってのは時に、普通じゃ考えられないような択を通すもんだ!」


 蝗魔王の拳が俺を貫ける距離。一手でも択を間違えれば次の瞬間には俺が死んでいるだろう。

 経験豊富な蝗魔王に対して、安直な択は絶対に通用しない。だが、だからこそ、当たれば勝てる巨大な択を通すのべきなのだ。


 きっと蝗魔王は想像もしなかっただろう。この局面、互いの研ぎ澄まされた技術が形となってぶつかり合う戦い。


 安易に飛び込めば確実に奴の拳の餌食になるだろう。


 だがしかし、お互いが相手の次の手を深々と読み合う局面では、何故かそれが通用してしまった。


 俺が選んだ択は『飛び膝蹴り』。戦いの最中で、ありえなくはないが絶対に使わない技。

 蝗魔王もこれは予想していなかったに違いない。


 俺の膝は近すぎて間合いの合っていない刀の反応を一瞬だけ遅らせ、蝗魔王が防御用に構えていた拳も押し込んで鳩尾を突く。


 瞬間、粉砕された奴の頭部の傷口に黒の剣を突き刺す。


 しかし今度こそ隆盛を叩き込もうとした俺の右腕に鋭く速い痛みが走った。


 自分でも何をされたのか、一瞬理解できなかった。だがもう、奴に必殺の攻撃を撃ち込めるタイミングはここしかない。


 俺は痛みを理性で押し込み、飛び膝蹴りを放った体勢から左手をぶん回し黒の剣を叩き込んだ。


「これで最後だ、隆盛・銅!」


 決着の一撃は奴の首から全身に行き渡り……。

 人間はたった一人の力では高い壁を超えられない。今作者がこの活動を続けていられるのは、支えてくれる仲間たち、そして読んでくれる読者さんのおかげです。

 これはチャンクー君も同じこと。アララーの助力がなければ蝗魔王には勝てなかったし、これまで戦ってきたアフリカのみんながいなければ、初期段階で人間を少し下に見ていたチャンクーがアフリカのために限界を超えることもあり得ませんでした。


追記 今回救世主メシアという表現を使っているんですが、特に深い意味はないのでメシアはキリストしかいない勢の皆さんは怒らず流してください。

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