第八十六話
「突貫戦車・解除」
一言つぶやいて戦車を融合力に分解、それを体内に仕舞う。
余談だが、俺が作り出す金属の武器はそれぞれ材質、分量、体積が異なる。実は言葉によって魔法を固定化する場合、全く同じ魔法しか使えないのだ。
つまり、『銀槍・解除』という言葉に銀槍を分解して取り込む魔法を込めた場合、それはあくまでも銀槍に適応した魔法であって、突貫戦車を仕舞えはしないということだ。
関係ない話は置いといて、俺は突貫戦車に収まっていた白の剣を銀槍に、黒の剣を右手に装備し蝗魔王と対峙する。
右手は軽く引き、奴に対して肩の軸を縦にした状態で構える。そして左手は左頬を守るように硬く握る。
「以前よりもさらに格闘技的な構えを取っているなチャンクー。お前なりに戦い方を学んだということか。お前の高い格闘センスなら、この短期間でも俺に通用する程度には仕上げてきているんだろう。ならばこそ、俺も本気の構えで相手しなくてはな」
奴は俺に対して肩の軸を横向きに、刀を二本の手で握って正眼に構えている。残る右手は硬く握って攻撃の構え、左手は俺と同様頬をガードするように防御の構えだ。
肩に対して足は前後に配置しており、今すぐにでも走り出せるよう少し膝を折っている。
これが奴の本気の構えか。正面から突撃すれば容易に刀の餌食になり、よしんば間合いの内側に入れたとしても右手で攻撃され左手にこちらの攻撃は受け止められる。
しかしこの状況、決して不利ではない。奴の長所は多彩な間合いと攻撃法を持つ多腕だが、融合力とこれまでの経験によって両の手にも引けを取らない精度を獲得した俺の銀槍ならば手数で負けることはない。
さらに俺の場合、銀槍は腕としてだけでなく足としても使うことができる。
蝗魔王は二本の足と二本の腕で身体を支えるのに超低姿勢になる必要があるのに対して、俺は銀槍を伸ばして地面に刺すだけ。かかる手間が圧倒的に少ないのだ。
だが当然、銀槍の物量で容易く倒せる相手ではない。何より奴らは俺の銀槍を完封する魔法を持っている。
それは以前に破壊種暴力が俺に見せつけた魔法。特殊攻撃だ。
あれは銀槍の先端に拳を当てただけで本体の俺にまでダメージを流す絶技。脳を持たない破壊種であの威力ならば、蝗魔王の特殊攻撃は間違いなく致命傷たり得るだろう。
あれは白の剣でなければ受け切れない。とある事情からタングステンの鎧には放ってこないが。
だからまず俺がすべきは、奴の間合いの外から攻撃すること。それには銀槍ではなく、他の武器を用いるのが良いだろう。
試行錯誤の結果、あの攻撃は衝撃を流してしまう銀槍にしか通用しないという結論を出した。
以前に、奴らとは別の特殊攻撃を扱えるジダオとともに研究したことがある。
彼の考えでは、あれは本来肉体の内部に衝撃を流しこむ技術を魔法レベルに改良したものらしい。肉体を破壊せず心臓などの臓器を止める技術だそうだ。
しかしあれは物体の中に衝撃を流すという性質上、ある程度柔らかい、波や振動を作り出せる物質でなければ使えない。そのためタングステンの鎧には通らず、俺の戦闘法では銀槍だけに気を付けていれば良いというわけだ。
ただしそれはあくまでも衝撃を流す特殊攻撃についてだけ。
それとは別に蝗魔王本人や人型種は鎧を一撃で粉砕できる特殊攻撃を持っている。さらに言えば、蝗魔王ほどの技術力ならば俺の鎧を破壊せずとも内部に衝撃を与えられるかもしれない。
だからこそ、奴の攻撃をこの身で受けてしまわないよう間合い管理が必要なのだ。
このことから俺が選択する武器は、殴られても振動が少なく重量があり、そしてリーチの長い武器。そう、ハンマーである。
俺は奴に向かって正面から走り出した。お互い構えた状態から睨み合っていたため、奴の目には俺が根負けして突撃してきたように見えただろう。
ただまあ、奴の集中力は他の変異種とは一線を画す。上位人型種相手に根競べをするのは有効な手段だが、蝗魔王に関してだけは根負けを期待できない。
奴は絶対的な戦闘経験を持っているし、人類とは比較にならないほど大量の脳細胞をもっている。もし根競べの状況になったとしても俺は速攻で動き出してただろう。
奴に向かって直進した俺は、まだ攻撃の届かない位置から黒の剣を突き出す。
それは当然空を裂き蝗魔王までは至らない。
しかし突如、黒の剣の先端から超巨大なハンマーが飛び出した。当然、先程まで使っていた『磁力式破砕鎚』である。
ハンマーの打面は直角に曲がって蝗魔王の方を向いており、俺が走った勢いはそのまま奴に叩きつけられた。
第一の間合い管理、相手の虚を突いた長リーチの攻撃である。
ただリーチが長いだけでは奴には通用しない。そんなものは容易く躱され手痛い反撃を喰らうのがオチだ。
だからこそ、たとえ小手先の小細工だとしても行動を起こすことに意味がある。経験の浅い俺では、戦闘法を考えることはできても、どれが通用するかなんて分からない。だからとにかく死なない程度に全部試す。そして経験を積むことでしか、俺は奴に対抗できないのだ。
磁力式破砕鎚の攻撃は二段階ある。
一段目は黒の剣によって魔法的性質を高められ、強靭な奴らの外骨格を粉砕する一撃。
それを奴は手に持った刀で軽々と受け止めてしまう。
奴はあらかじめ折っていた膝を滑らかに動かし衝撃を後方に逃がした。
本来なら、超質量をもつ磁力式破砕鎚の攻撃を受ければ、刀など簡単に圧し折れてしまうはずだ。しかし奴は見事な身体操作で刀を傷つけることなく攻撃を回避した。
だが経験豊富なはずの蝗魔王、この攻撃は知らなかったらしい。奴はいつも通り理論的な動きによって反撃を開始しようと足を進めた。
そこに刺さるは磁力式破砕鎚の二段目。内部で加速した強力磁石が炸裂、ハンマーの打面を押し出して奴の身体を持ち上げた。
「蝗魔王ワン、格闘家にとって最も忌むべき状況に持ってきたぞ! 片鎚!」
俺たち格闘家は、基本的に地面から足を離すことを許さない。身体の支えを失えば攻撃に重みはなくなり、身体操作の精度も目に見えて落ちる。
だからこそ、投げ技や寝技が強いのだ。
そんな格闘家の絶対の隙に俺は飛び込んだ。
黒の剣を持っていた右手で磁力式破砕鎚を掴み引き寄せる。この体重移動を利用して片鎚を装備した左手をぶん回し奴の鳩尾に叩きつけた。
左手に装備している片鎚は、鎧の小手部分が変形した武器である。重量を重視し一撃の威力に長け、かつ片手で取り回しできる程度に小型。
片鎚はその重量を活かし、奴の左手の防御をそのまま押し込んで狙い通り鳩尾を叩いた。
しかし俺はこれ以上追撃することが出来なかった。
一瞬とは言え足場を失い、俺の攻撃をもろに受けたはずの蝗魔王はしかし、驚くほどの体幹を見せつけ、足のつま先しか地面についていない状態で俺を刀で切り付けた。
片鎚を食らわせるべく超至近距離まで間合いを詰めていた俺はこの攻撃を避けきることが出来ず、咄嗟に磁力式破砕鎚を盾にしてしまった。
世界最硬の金属、タングステンでできているはずの磁力式破砕鎚。それは今、俺の目の前で易々と切り裂かれる。
それはまるで豆腐でも切っているかのような滑らかな切れ味。もしもこの鎧で受けていたのなら確実に死んでいた。
「あぶねぇあぶねぇ。前にやった時よりも戦い方が上手くなってやがるな。この俺が二発も攻撃を喰らっちまったぜ」
「の、わりには余裕そうじゃないか、蝗魔王」
俺は額から流れ落ちる冷や汗を感じつつ、奴の様子を窺う。
まさかこれほどとは思っていなかった。奴の剣技を見誤っていた。
ロクな踏み込みもできず、身体が大きく傾いた状態からあれほどの斬撃が放てるなんて。
あれでは、刀は触れるだけで致命傷だろう。俺の攻撃の幅を大きく縮める攻防であった。
あの一連の流れ、俺はどうすれば奴に決定的な一撃を与えることが出来ただろうか。