第八十四話
~SIDE ホゥェップ~
吹きすさぶ戦場の風。それが運んでくるのは血の匂いか勝利の美酒か。それを決するのは我々の働き次第だ。
ここはケニア本国側の陣営。中心部の鉄山を挟んでガイトル殿の反対側である。
ケニアには魔法の武器がそろっており、その中でも軍を抜いて強力な武器である『魔力式長距離砲』を所有するのが、我らケニア軍戦車大隊である。
『魔力式長距離砲』は戦車に装備されている武器であり、陸上を移動して放てる砲撃の中では最高クラスの射程距離を有する。
魔法によって回転数を上げ、射出も爆発だけでなく魔法による推進力を用いているため、弾はまっすぐ飛ぶ上に空気抵抗が極限まで減らされている。
それゆえ我々がわざわざ群れに接近する必要はなく、かなり遠い位置で岩に擬態して潜伏していた。
『魔力式長距離砲』は全部で五機。普段ならばこれほど大量に持ち込むことのない車両のため私も少し緊張している。だが戦車の扱いが私よりも上手いものはこの国にはいない。そこには絶対の自信を持っていた。
弾を放つ機会は慎重に窺う。
『魔力式長距離砲』ならば発見されても奴らがここに辿り着く前に撃破できるが、せっかくこの距離で潜伏しているのだ。有効利用するほかない。
遠くから凄まじい振動を感じた。落雷や噴火などよりもさらに破壊的なその振動は、その場にいたあらゆる生物を死滅させる。
「流石の威力ですね隊長。あの砲撃、我々の武装よりも火力高そうですよ」
「バカ言っちゃいけねーですよ、バカ野郎。今までケニアを守ってきたのは誰だと思ってんですか」
アホなことを言ってきた部下を叱責する。そうだ、今まで我が国を守ってきたのは、この戦車大隊の『魔力式長距離砲』なのだ。
化生によって作られた戦艦だか知らないけれど、普段全然大した活躍をしてない海軍が功績をあげているのが少し面白くない。
「相変わらず口悪いっスね隊長。小さい女の子なら可愛らしいですけど、むさいおっさんじゃぁね」
「うるさいですね。バカ野郎は上官に対して口がなってないですよ。まったく、私より強い軍人なんてここにいないってこと見せつけてやります」
まだその時ではないが、今から敵軍に照準を合わせておく。弾を打ちはしない。だがそこに弾を叩き込むイメージをしっかりとしていた。
敵がどこに集まりやすいか、強力な敵はどのようなものか。今後戦況を左右する可能性のある敵はいないか。また、敵の動きを見て、どこかに罠が仕掛けれらていないかなども確認しておく。
そうして時が来た瞬間に優先的に弾を撃ち込む場所を決めておく。外す心配はない。私が砲塔の操縦桿を握っているのだ。たとえ弾を使い切ったとしても一発も撃ち漏らさないだろう。
そうこうしているうちに、ビクトリア湖にプカプカ浮かんでいる戦艦から二発目の砲撃が放たれた。
超大火力の砲撃は周囲に溜まっていたバッタどもを蹴散らした。あれ以上あの場に変異種が溢れていたら、次の瞬間にはチャンクー殿の手数が足りなくなり、外部に進行を開始していただろう。
あそこは私が第一に狙おうとしてた場所だ。もし戦艦が砲撃しなければ、一分後に私が砲撃していた。
どうやら戦艦の方もしっかり戦況が見えているらしい。
「ドゥェッドめ、中々やるじゃないですか」
「お、やっぱり隊長も感心してるんじゃないですか。すごいっスよね海軍の皆!」
「うるさい、集中してくださいよバカ野郎」
戦車の操縦桿を離してこちらに身を乗り出してきたバカを足蹴にする。ここは安全地帯とは言え、戦場で操縦桿を離すなんてありえない。あとでみっちり仕置きしてやらなければ。
しかしまあ、海軍が頑張っているのは確かだ。彼らのおかげで中心部に敵が溢れることはなく、チャンクー殿は蝗魔王の相手に専念出来ている。
ドゥェッドは知らん。あいつはどうせ指示を出しているつもりで部下に助けられてるだけだろ。
あいつは艦長なんて任されているが、弾を当てる以外に取り柄のない男だ。
さて、これで戦況が再び動いた。一時的に中心部の変異種が全滅、チャンクー殿の反撃が始まる。
しかし直後、そんなものは無駄だと言わんばかりに新しい変異種が召喚されてしまった。
これではイタチごっこか。変異種の数が許容量を超えたら流石に我々も動き始める。
向こうは未だ我々に気づいておらず、奇襲を仕掛ければ十二分に削り切れる数。気をうかがって一息に攻めるのが良いだろう。
そう考えていたら、我々よりも先に動き出した者がいた。ガイトル殿の戦車部隊だ。
彼らの一斉砲撃は恐ろしく整っており、ビクトリア湖沿岸に集結して今にも飛び立とうとしていた変異種たちを一瞬にして葬り去る。
「ガイトル殿も上手いですね。この戦場、各国の歴戦の猛者ばかりが集まっているようです。しかしそれでも尚イタチごっこの状況からは抜け出せていない」
「そうっスね。これじゃあ結局戦艦が狙われて、その次にガイトルさんたちの戦車部隊が狙われてを繰り返してるだけっス。どうやら向こうからはチャンクーさんが今どういう感じか見えないみたいっス」
バカ野郎も今の戦況を見て真剣になったようだ。
彼の言うとおり、問題はチャンクー殿が危うい、という点にある。
確かにガイトル殿の働きは素晴らしい。彼がいなければ今頃戦艦は轟沈していただろう。しかし戦艦を守るだけでは勝てないのだ。
戦艦の砲撃が敵を倒す時間と、敵が新たに出現する時間は、敵の方が勝っている。それをガイトル殿たちが調整して均衡を保っている状態なのだ。
でもそれでは、チャンクー殿が蝗魔王を打ち取るまでこの戦いは終わらない。そして先程述べた通り、チャンクー殿の戦況は芳しくない。このままではジリ貧だろう。
「ならば私たちがすべきは……。お前たち、出番です! 集中してください。今まで通り、私に続いて主砲をお願いします」
まだだ。すぐには撃たない。撃つのなら、最高の結果が得られるタイミングで撃つ。
私の予想通り、今度はガイトル殿の元に変異種が集まり始めた。その隙に人型種と飛行種だけが戦艦めがけて飛び立ち始める。
だが、まだ撃たない。私の予想ではもう一手、彼らは撃てるはずだ。そして真面目で素直な彼らは絶対にそれを逃しはしない。
直後、飛び立ち始めた変異種が大爆発した。当然、ガイトル殿たちの砲撃である。
それらは何発か空を切り地面を砕いたが、それでも多くは正確に変異種を絶命させていた。
よくぞ、あの距離で、しかもあの程度の弾速の弾でこれだけ命中させて見せた! あとは我々に任せて欲しい!
「……撃てーッ!!」
私の砲撃を先頭に、『魔力式長距離砲』が五機一斉に放たれる。
通常の戦車の主砲よりも遥かに速い弾速は足の速い奴らにも回避されることなく、強烈な不意打ちを叩き込むことに成功した。
そして数秒ののち、中心部は再び赤い閃光に包まれる。胸を叩く激しい振動と圧迫感。海軍らによる砲撃だ。
ドゥェッド、私は分かっていましたよ。せっかちでありながら思慮深い貴方が、向かってくる人型種ではなくさらに向こうの中心部を砲撃するであろうことはね。
「さあ、ここからは私たちが活躍する番です。じゃんじゃん弾を打っちゃってください。絶対にチャンクー殿を負けさせてはいけません!」
私は再び先陣を切って主砲を放つ。超高速で飛来する砲弾はチャンクー殿に迫っていた大型種を吹き飛ばした。
潜伏を解いた私たちは途端に攻撃の手を加速させる。
今後はチャンクーさんを援護することに専念する。
……しかし、ちょっとガイトル殿の方が気になるな。彼は大丈夫なんだろうか。先程結構な数の変異種が向かっていたが。
少しそちらの方にも目を向けてみる。この距離では詳しいことは分からないが、ひとまず無理はしていないようだ。
と、思っていたら、次の瞬間彼らのいる場所に唐突に人型種が現れた。
先程は唐突に現れた変異種の群れを問題なく片付けていたように見えた。だから今回もそう警戒する必要はないだろう。
しかし予想に反し、何故かガイトル殿の乗っている戦車だけを残して他は進軍してしまった。
ガイトル殿は人型種との一騎打ちを開始する。
これはマズい。非常にマズい。
ガイトル殿だけ残ったということは、あの人型種はそれだけ強力な敵だということだ。つまり、ガイトル殿はあの場で死ぬ気だということだ。
それはマズすぎる。彼がいなくなれば戦場のコントロールが出来る人間はいなくなる。
「再装填急いでください! 今すぐ撃ちます! 他の戦車は引き続き中心部へ砲撃お願いします」
部下に再装填を急がせる。私の技術ならばガイトル殿に当てることなく人型種だけ絶命させられるのだ。
しかし注意深く観察することは忘れない。私が想定しているよりも現場の方が正しい作戦の元行動しているだろうからだ。
その時彼らは妙な行動を取っていた。ガイトル殿が金属の棒らしきものをたたきつけ、その瞬間に戦車の主砲が向いていたのだ。
あれはいったい……。
「! ここだーッ!!」
一瞬の間を置いたのち、私は彼らの作戦を理解した。魔法の武器にある程度の教養がある私だからこそ理解できたのである。
双眼鏡を除き弾の行く末を見届ける。
……間に合わなかったか。
ガイトル殿はその身を犠牲に相手を拘束し、戦車の主砲を受け止めた。魔法のこもった砲弾は凄まじい威力を見せ地面ごと粉砕して見せる。
しかし、それでもまだ足りないのだ。あの人型種を倒すのにはもう一手足りなかった。そして私の一手も僅かに遅かった。
ガイトル殿はその胸を太刀で貫かれ、その直後に私の砲弾がその場に命中する。
……助けられるはずの命を落としてしまった。私がもう少し早く彼らの考えを理解できていたら……。