第八十話
~SIDE ガイトル~
戦場に溢れかえる変異種の群れ。そこにもう一発、先程とは別の戦艦から砲撃が撃ち込まれた。
チャンクー殿の魔法、隆盛・金は用いられてはいないが、それでも超広範囲大火力の一撃は群れの大部分を滅ぼすことに成功した。
しかし、そんなものは無駄だと言わんばかりに、新しい変異種が召喚される。
これではイタチごっこだ。戦艦が攻撃すれば新しい敵が現れ、しかし向こうは戦艦まで辿り着くことはできない。
ただし、俺たちが何もしなければ、その圧倒的な物量によっていずれは戦艦に辿り着かれてしまうだろう。そうなってしまえば友軍の主力は容易に陥落し、一瞬にして危機的状況に転ずるであろうことは想像に難くない。
理想を言えば、我々の戦車軍が奴ら全てを抑え込めれば良い。だがこの程度の数の戦車では、そんなことは不可能である。
いったん開いた戦車間の距離を縮めさせ、火力を一点に集中させる。全く、指示を素直に聞いてくれる部下たちで助かる。
タンザニア兵も、俺の言うことをちゃんと聞いてくれている。彼らはほとんどジェリアス殿とアッサム殿の部下たちだ。
他のタンザニア人は知らないが、少なくとも彼らは、ウガンダ人が思うような卑劣で野蛮な人間ではない。むしろ真面目で素直な者たちである。
俺たちの仕事はとにかくヘイト管理。自分たちの身も守りつつ、戦場全体の動きをコントロールするのだ。
今最も敵軍に警戒されているのは間違いなくビクトリア湖に浮かぶ戦艦二隻だろう。
集結させた戦車部隊から一斉に火砲を飛ばす。今回弾丸には少量ながらチャンクー殿の魔法が込められており、命中さえすれば変異種も確実に殺すことができる。
狙うはビクトリア湖沿岸。戦艦に向かって飛び立とうと集まり始めていた変異種たちを蹴散らした。
ジダオ殿の分析では、本来あの体形で飛行できるのはせいぜい人型種までということだった。しかし現実、大型種や重量のある破壊種までもが飛行能力を獲得している。
そこでとある仮説を立てた。それは、大型種以上の者は必ず人型種とともに飛行する必要がある、というものだ。
人型種には、限りなく蝗魔王本人に近しい能力がある。例えば、生まれる前の卵を急成長させたり、孤独相のバッタを群生相に変異させたり。
ジダオ殿は、そういった何らかの能力によって大型種の飛行能力を活性化させているのではないか、というのだ。
そしてこの仮説が正しければ、奴らは飛び立つ前に一度集合する必要があるはずなのだ。大型種や破壊種は変異種の中でも高い攻撃力を持っており、彼らにとっては主力と言えるからである。彼らがいなければ戦艦を撃墜するのは難しい。そこが狙い目だ。
ビクトリア湖沿岸に巨大な爆炎が立つ。ひとまずは戦艦に攻め入られるのを抑制できた。
しかしまだ安心はできない。今度は俺たちが警戒される番だ。
すぐに弾を再装填させ砲撃体制を整える。そして未だ追撃の手が見えないうちに一斉砲撃を指示する。
優秀で素直な部下たちは、俺の指示に疑問を持つことなく狙い通りの場所に撃ち込んでくれた。
予想通り、着弾する寸前に変異種たちが集合し始めていた。そこに大量の砲弾が叩きつけられる。奴らが飛び立つどころか、走り出す以前にそのほとんどを仕留めることが出来た。
こればっかりは経験の差だな。きっとジェリアス殿には出来ないだろう。
と、ここで戦場の左側、つまりジェリアス殿のいる方角から大量の変異種が飛び立ち始めた。
あそこはビクトリア湖沿岸から離れているし、戦車の砲撃もギリギリ届かない。戦艦の砲撃もあそこを標的にしているほどの余裕はないはずだ。
ジェリアス殿の戦いはまだ続いている様子だが、こちら側のバッタが手薄になったと判断して加勢しに来たのだろう。
大型種と人型種は飛行速度が遅いが、問題は飛行種だ。奴らはとにかく足が速い。最も小さい変異種にもかかわらず、我々戦車兵からしてみればその脅威度は大型種以上。その突撃は兵を焦らせる。
兵に落ち着くよう声を掛けるが、どうにも砲弾の再装填が遅い。
飛行種の突撃は時に戦車の装甲をも打ち抜くのだ。あれを恐れるなと言う方が難しい。だが焦れば焦るほど、自分の死期が近づくのだと、兵に訴えかけた。
一旦歩兵に銃撃させ、そのうちに落ち着いて弾を再装填させる。
まったく、銃弾の音を聴いて落ち着くとは。戦場に慣れ過ぎているな、うちの軍は。
しかしここからが問題だ。戦車の主砲を飛行種に命中させられるか。飛行種の大きさはたった10cm程度だ。爆発を当てるだけでも絶命させられるとは言え、それでもあれだけ高速で動く生物に命中させるのはかなりの技術を要求される。
飛行種は今この瞬間にもドンドン近づいてきて来るが、射手全員が落ち着いて狙いを定めるまで、俺は強気に待つ。まだ砲撃指示は出さない。
銃撃音が全員の心と手元を落ち着かせる。強気すぎるほどに砲撃を待たせたのち、ついに命令を下す。
整然と並んだ戦車からの一斉射撃は、さらに射手の不安を消し去った。
今まで幾度と戦場で指揮を執ってきた俺から言わせてみても完璧な火砲。それらは正確に小さな飛行種を打ち抜き、確実にその進行を阻んだ。さらにその向こう側、人型種のアシストでもって飛行を開始していた大型種をも撃ち滅ぼす。
見事の一言に尽きる。そんな完璧な砲撃に、射手はもちろん、操縦士やその他同乗者、皆を安心させていた歩兵も一様に喜びを分かち合う。
戦場の流儀など知ったこっちゃないが、一発一発こうして喜び合うのも良いことだと俺は思う。
そうこうしているうちに再びチャンクー殿のいる場所から大量の変異種が現れ始めた。明るい雰囲気を即座に引き締め直し、砲撃の準備を整える。
しかし一手目は俺たちではない。戦車間の距離を再び開けさせ待機する。
戦場は未だ動いていない。蝗魔王はどうやらチャンクー殿の相手に忙しいらしく、眷属を召喚するだけで指示を出していないらしい。彼は俺以上に多くの戦場を経験している天才軍師であり、ひとたび指揮を執り始めればもっと激しく、完璧な動きを見せるはずだ。
だが現状そうはなっていない。指揮を執るものがいないわけではないだろうが、この規模の軍団戦には慣れていないらしい。俺たちタンザニア・ウガンダ軍に兵を向けるか、二隻の戦艦を叩くべきか、それとも逆側で待機しているケニア戦車軍に仕掛けるべきか、どうにも決めかねている様子だ。
三方向を人間軍に囲まれた戦場の中心でまごまごしているバッタ軍に、無慈悲にも超強力な一撃が加えられる。
本日三度目、戦艦からの砲撃だ。未だにバッタ軍はあの特大の攻撃に対策を打てていない。
そりゃそうか。あんな攻撃、戦闘中に対策できるわけがない。
戦艦からの砲撃を受けたバッタ軍は再びその数が激減し、隊を分断された。ある程度密集しなければ本領を発揮できないバッタ軍はしかし、今度は大型種を待たずに戦艦へ飛び立ち始めた。
クソ、気づかれたか。正直あれをされると辛い。何せここから戦場の中心までかなり距離があるのだ。バラバラに飛び立たれては、迎撃できる保証はない。飛行種の突貫力ならば戦艦の壁に穴を開けるのは容易だろう。
「仕方がない。進軍、進軍ー!!」
俺は大胆に軍を前進させる。距離を近づけ落ち着きさえすれば、我が軍は飛行種にだって弾を命中させられるのだ。
既に飛び立ち始めた飛行種に慎重に狙いを定める。今回は標的が自分たちでない分、先程よりも皆落ち着きが早い。
例のごとく一斉放火。しかい横向きに高速で飛ぶ飛行種に弾を当てるのは向かってくる飛行種に当てるよりも難しく、かなりの数撃ち漏らしてしまっていた。
戦車の進行を止めることなくそのまま前進させる。もう少し、もう少し近づけば命中精度はさらに上がるのだ。
ただし止め際を誤ってはいけない。あまり中心に近づけばリスクは上がり、兵の精神的余裕が崩れる。高い命中精度が要求されるこの戦場では、兵の精神管理も大切になってくるのだ。
大胆かつ慎重に戦車を進めていると、不意に右端の戦車から動揺が走った。何事かと思って目を向けてみるとそこには……。
一見して攻めているかに見えていた俺たちはしかし、いつの間にかその場に誘いこまれていたのだ。悲劇が始まる。