第七十七話
「流石だ蝗魔王。俺の策を利用してここまで俺を追い詰めるなんて。どれだけ俺が前もって準備をしたとしても、それを易々と超えてくる。だがな、どれだけ俺の心を折ったところで、俺が止まることは絶対にない。それは、俺の戦う意味が、俺の心とは別のところにあるからだ」
絶望的な状況。今この瞬間にも友軍は攻撃されている。中には死を迎えている者も多数存在するだろう。
しかし今すぐ助けに行くことは出来ない。俺の目の前にいるこの強大な敵を撃ち倒さなければ、この場を離れることが出来ないからだ。
周囲を埋め尽くす大型種。それらによって無視できない勢いで消費される融合力。
本来ならすぐさま魔法を解除するのが良いのだろうが、ここまで複雑になった魔法を銀槍のように一瞬にして回収するのは不可能だ。
蝗魔王はそんな隙を許してくれるほど優しい相手ではない。
とにかく今は融合力の消費に目をつむって戦うしかない。
「銀槍!」
隆盛・銀の本来想定していた使い方。それは、天井にまで伸びた鉄山の山頂部にある。
銀槍の先端を熱し、鉄製の山にそれを接着させることで立体的な機動を確保するのだ。これは人型種や蝗魔王の高い機動力に対応するためのものである。
奴らは俺の装甲を簡単に破る技や、魔法によって強化した肉体にダメージを貫通させる魔法を持つ。だから俺の基本戦術である『待ち』は有効ではないのだ。
それを補い、かつ相手にこちらの動きを悟られない設計をしたのが隆盛・銀。
今は大型種がこの場を占拠しているが、奴らにもこの戦法は充分に通用するだろう。
なにせ鈍重な大型種は対空性能が低い。複眼によって何処にいようと姿を捉えられてしまうが、その手足は真上に対して正確に攻撃できるほどのものではないのだ。
山頂部までは約50m。大型種を相手にするなら30m程度の高さが適正だろう。
銀槍を一気に引き延ばし鉄の壁に貼り付ける。本来銀槍は有効射程10m前後だが、操作性の高い融合力を使えば30mなんということはない。
とにかくまずは大型種に囲まれた状態から脱出した。ずっとあの場所に留まっていれば、攻撃力の高い大型種に袋叩きにされていただろう。
破壊種や偽神虫の登場で忘れがちだが、大型種は戦車の装甲をも粉砕する剛腕の持ち主なのだ。今の俺はタングステンによって守られているとはいえ、あの数の総攻撃を受け続ければ消耗は免れないのだ。
「炎砲!」
位置関係有利を取った瞬間に炎砲を放つ。黒の剣を介して放たれるその魔法は大型種や破壊種程度の外骨格で防げるものではない。
さらに炎砲はある程度広範囲を攻撃できるため、人型種の追撃を抑制できるのも利点である。
俺の予想通り、上からの炎砲は鈍重な大型種に良く刺さる。1発につき2体くらいは倒せているか。炎砲は最大で3発同時に放つことが出来る。このままのペースなら、蝗魔王の召喚に追いつかれることはないだろう。
だがそれでもこちらの消費が激しすぎる。向こうは召喚にどの程度自然力を消費しているのか分からないが、そう多く消費しているようには見えない。
負けはしないが、奴に決定打を加えるにはこのまま消耗戦をしていても仕方がないか。
そう考えながら着々と大型種を処理していると、視界の端を高速で移動する物体が見えた。俺の顔は兜に覆われているが、身体強化によって向上した視力は鎧を身に着けていない通常時よりも遥かに優れている。
にもかかわらず、その物体は俺の視界から消えた。ジダオの最高速にも迫ろうかという速度だ。昆虫ごとき到達できるものではないはず。
そう思った瞬間、俺の腹に強烈な一撃が加えられていた。身体の芯に響く重たい一撃。あの速度で動けるのは飛行種くらいしかいないと思っていたが、この体重はどう考えても飛行種ではない。
敵を捉えるために視線を向けてみると、そこには驚くべき生物がいた。
なんと、人型種がそのまま飛行種程度のサイズになって宙を飛んでいたのだ。それらは容易に俺のいる場所まで辿り着き、設置型魔法を踏みぬくこともない。
「なるほど蝗魔王。人型種の格闘技術ではなく、魔法の扱いの方に焦点を当てて改変したわけか」
「その通りだよチャンクー。それも、今この場で作り出したのさ。お前の策にこれは組み込まれていたか? これを予想できたかよォ!」
クソ野郎。なんて憎たらしい奴だ。俺がこの隆盛・銀を今から作り直すことが出来ないのを知っていて、わざわざ新しい変異種を作り出したというのか。
俺への挑発のつもりか。それともまだ俺への精神攻撃を止めないつもりなのか。相手への精神攻撃が奴の基本戦術だと言うのなら、これほど執拗に挑発してくるのも納得できるが。
しかし参ったな。人型種の強味はその圧倒的な戦闘センス。特に格闘術においては、身体能力に差がなければ俺の大敗だ。
だがそれと並び立つほどの技術がある。それが魔法操作だ。奴らは、上位種ならば体内循環器系を無理やり操作して、体液を一滴すらこぼさないよう調整することが出来る。
そんな魔法俺には不可能だ。部位欠損ダメージを受けても戦闘を継続できる。もっと言えば首が半分以上切断されているのに全力を崩さず戦えるような正確な魔法操作は、俺ですら感服するものである。
そしてそんな完璧な魔法操作から放たれるのが、相手の防御力をガン無視した特殊攻撃。どれだけ俺が鎧を固めようとも簡単に破壊し、身体強化を易々と突破する魔法。
破壊種ほどのパワーがあればさらに強力になるが、人型種はその数と魔法操作によって破壊種以上の脅威となりえている。
周囲に飛び交う数十体の小人型種。身体が小さくなったとこでより本来の昆虫に近くなり、飛行性能が向上している。
しかもこいつら、どうやらさらに上位の種類になったようだ。明らかに動きが変わっている。
これによって先程のような速度を実現させたのか。
いや、人型種であれほどの速度を出せたということは……。
「嫌な想像は当たるもんだぜ、チャンクー!」
何かを感じ取った瞬間、俺は鉄の壁を蹴り飛ばして別の場所に飛び移っていた。とにかくその場に留まっていることは危険なことだと判断し、待ち構える人型種を渾身の炎で蹴散らしながら鉄の壁に張り付く。
途端に耳に飛び込んできたのは、聴くものを震え上がらせる甲高い破壊音。それは厚み3mにもなる鉄の壁を粉砕し絶命した。
今度はこの目にも映らなかった。完全不可視の速度で飛来した何か。その威力は凄まじく、あれを喰らえば例えタングステンの鎧であろうと関係なく粉砕されるだろう。
「……超高速の飛行種、か」
「その通りだぜチャンクー! 人型種であれだけの速度を出せたんだ。俺の眷属随一の速度を誇る飛行種はもっと速くちゃァならねぇだろ?」
なるほど。ここにきて今までで一番強烈な敵が現れた。恐らく、あの飛行種の威力は蝗魔王の拳よりも強いだろう。
そのあまりのスピード故に、何かに接触した瞬間対象を確実に破壊しながら絶命する生物。おまけに蝗魔王の眷属は死ぬことを一ミリも恐れない忠誠ぶりだ。
こんなのを警戒しながら蝗魔王を相手にしなければならないのか。本当の意味で、一瞬たりとも油断できないな。ほんの刹那の間だけでも気を逸らされれば、その隙にさっきの攻撃が飛んでくるのだ。
予備動作を視認できる訳もなく、ただ動き続けることでしか回避できない弾丸。それが上位飛行種である。
ならばここは、少しジダオの真似でもしてみるか。出し惜しみはしねぇ。全力全開の物量範囲攻撃で圧殺してやる。掛かってこい虫野郎ども!
ちょっと短いけど、チャンクー君の反撃は次話から