第七十六話
鳴りやまない爆発音。数秒経ったのちもその場に、その頭に残り続ける圧倒的な威力。
あれだけ大量にいた変異種はほぼすべて死滅している。黒の剣でなければ切断できないほど硬い外骨格を持つ偽神虫でさえ炭と灰が混じり合い原型の分からない状態だ。
それを成しえたのがたった一撃の砲撃だというのだから、これほど心強いことはない。
「鎧」
一言つぶやきタングステンの全身鎧を修復する。
そう、先程の砲撃は、融合力を用いて作り出したこの全身鎧をも破壊するほどの威力を発揮していたのだ。もしも白の剣がなければ俺も大ダメージを受けていただろう。今ですら、白の剣の魔法を用いて軽い傷を補修しているのだ。
「隆盛・銀」
鎧が破壊されているということは、当然鉄製の山などはあっという間に崩壊している。周囲には変異種どころか通常種すら見受けられないが、俺は即座に新しい鉄山を生成した。それはたった一人の男を警戒してのこと。
「なんだ、今のは。俺の眷属を一撃にして全滅させた攻撃、あれはどうやったのだ」
そんな言葉を放ちながら一人の男がとてつもないスピードで隆盛・銀の内部に入り込んできた。設置型魔法は一発も踏みぬいてはいない。
本来なら人型種の肩幅二分の一よりもさらに狭い鉄山の間を無傷で通り抜けることなどできるはずがないのだ。それこそ、鉄山の上を飛んでくる意外に方法はないはず。
しかし流石の蝗魔王も普段の飄々とした態度は崩している。何せ蝗魔王の最大の強みである数の暴力を一瞬にして潰して見せたのだ。これほど屈辱的なこともないだろう。
対してこちらは隆盛・金が一回分と他魔法を少し使った程度。あの数を相手にしたと考えれば、消費は充分抑えられている。
「お前の目にはあれが見えていないのか?」
そう言ってある方向へ指をさす。隆盛・銀の鉄山によって少し視界が遮られているが、それでも充分見えるほどの大きさ。
それは、ビクトリア湖に浮かぶ二隻の戦艦。聳え立つは、条件によっては数十万の軍を一撃にして撃滅せしめる主砲。そのあまりの迫力に、味方である俺ですら恐怖を覚える。
「な、なんだあれは! いや、あれは不可能だったはずだ。いったいどうやってあの海の上に鉄の船を浮かべているのだ!」
蝗魔王は戦闘そっちのけで俺に質問を投げつけてくる。よほど予想外だったのだろう。
先程はああ言ったが、蝗魔王は超大規模の群れを自在に操る魔王。情報収集に余念がない彼が現代の戦争を知らないはずがない。
ならばこそ、彼はこの場に低リスク範囲大火力を持ち出すことは不可能だと考えていたんだ。
「参考程度に教えてやる。ジダオの魔法だ。正確には、天の属性をそのまま持った自然力による魔法だな。人間に天の魔法を使うことは不可能だが、ジダオの自然力を単純な魔法出力装置に入れて浮力を生み出すことは可能だ。これのおかげで、淡水かつ水深の浅いビクトリア湖でも戦艦を浮かせるというわけだ」
「なるほど勉強になった。そしてこの鉄の山も。お前たちが万全の対策をもって俺たちの相手をしていることがよくわかったぜ。ならばこの蝗魔王ワン、全力をもって貴様を殺す!」
やっとその気になったのか、蝗魔王はこの狭い隆盛・銀の中で構えを取った。
隆盛シリーズの銀。それは隆盛・金よりもさらに狭い間隔に鉄山が配置されている。しかも山頂部分が俺を中心に天井を塞ぐように伸びている。天井が閉まるタイプの競技場が、中途半端に開いている状態を想像すれば分かりやすいだろう。
隆盛・銀は完全に大型種と破壊種の侵入を遮っている。人型種などを中心に相手するために考え出したのだ。ただ……。
蝗魔王が構えの姿勢からほんの数ミリだけ上に伸びあがった。奴の圧はそれだけで俺に走り出すものだと誤認させ、大きな隙を作り出した。
奴はその隙に拳を地面に突き立てる。それは最初に奴が見せた魔法。大量の眷属を一瞬にして呼び出す魔法だ。これだけは隆盛・銀で抑制することが出来ない。
地面の隙間から溢れだす奴の眷属。あまりに突然のことで、俺は出現した変異種に押し出され蝗魔王との距離が開いてしまう。
これだけ狭い空間の中で、物量で押しつぶすつもりか。
大型種を中心に、巨大な変異種ばかりが呼び出されている。いったい何のつもりだ? この狭い空間では小回りの利く人型種を呼び出すのがベストなはず。奴の意図が読めない。
「チャンクー、お前のこの魔法は本当にすげぇぜ。俺の眷属を容易に分断できる上に、上手く誘導すれば敵勢の全滅を狙える完璧な作りだ。戦の前にしっかり作りこんできたのがよくわかる。だがなぁ、お前は俺が蟲どもを呼び出す魔法を知らなかった。わざわざ名前を付けて固定化させた魔法。そんなの今すぐ効果を調整するなんて出来るわけがない。だからこそ、俺はここに飛び込んできた」
本当に痛いところを突いてくる。奴の言う通り、この魔法を今から調整するのは不可能だ。そもそも一から組み立てるのにかなりの時間を使うから名前を付けて固定化してきたのだ。
そしてまたも奴の言う通り、俺は奴の魔法を知らなかった。蝗魔王の本来の力は自然のバッタを群生相に変えたり、孵化前のバッタを改造する程度のもの。蟲の王であるという予想は立てていたが、こんな魔法が使えるなんて思っていなかった。
しかしそれとこれと何の関係があると言うのだ。隆盛・銀は間違いなく大型種の行動を抑制できている。今からこの魔法を改変する必要があるのか?
「お前は気づいてないのかもしれないが、この魔法は穴だらけだぜ。俺から言わせてみれば、こんなのは実戦投入するべきじゃない。こうすれば簡単に崩せるんだからなァ!」
順調に空間を覆っていく大型種。それらは最初に召喚された者から順に外側へ押し出されていく。
そうしてドンドン俺から遠ざかっていくうちに、大型種は鉄の山に触れた。それは最も設置型魔法の多い根元の部分。本来は人型種の動きを抑制するためのもの。
俺を囲むように全方向から爆発音と閃光が届く。ほぼすべての設置型魔法、爆雷が同時に起動した。その直後に針山が生成され、罠に触れた大型種を絶命させていく。少数混じっている破壊種や偽神虫はその程度で殺すことはできないが、これ以上大型種を召喚するメリットはないように見える。
「おい蝗魔王、こんなものに何の意味がある? 大人しく俺と一騎打ちをしろ。この隆盛・銀はそのためにステージなんだ」
「オイオイ、今回の化生サマはかなりタフなんだな。それとも鈍感なだけか? お前、自分の内側にもう少し気を遣ったらどうだ?」
さっきから何を言っているんだこいつは?
そう思いながらも、奴が無意味にこんなことをするとは思えず言うとおりに自分の内側を意識してみた。
! これはいったい?
何故か俺の融合力がとんでもないスピードで減っていく。隆盛・銀を丸ごと作り出すよりも大量の力を消費してしまっていた。
いったいどういうことなんだ!?
「俺には手に取るように分かるぞ。お前、この魔法、試作段階では自然力を使って生成していたんだろ? ヘタクソが、融合力と自然力でエネルギーの大きさが違うのに、同じ魔法をそのまま使えるわけないだろ。ほら、設置型魔法を再設置する部分に綻びがある。その綻びから無駄に融合力を消費しちまってるんだぜ。なあ、直せるもんなら直してみろよ。今からその複雑な魔法をよォ!」
マズいことになった。奴はこれを狙っていたのか。まさか奴の方が俺の魔法を理解しているとは。やはり経験と魔法に関する技術の差が顕著だ。
だがな、俺もお前がこの場に飛び込んできたときから狙っていることがあるんだよ。お前は俺に注目しすぎている。今この場がどういう状態か、もう一度教えてやる必要がありそうだ。
「おっと、あの戦艦からの砲撃を狙おうとしてるなら連絡するだけ無駄だぜ。お前さっき俺に周りが見えてないみたいなこと言ってたが、お前こそ周りが見えてなんじゃないか? お前が守るべきものはあそこだろう?」
蝗魔王がその限りなく人間に近い表情を悦にゆがめて語りかけてくる。
釣られて鉄山の隙間から周囲を眺めてみる。
……どうやらこの状況に焦りすぎていたようだ。
まさか、鳴り響く主砲の音すら聞こえていないとは。戦車を易々と粉砕する拳が目に入らないとは。戦艦に向かって長距離飛行する飛行種の群れに気づかないとは。
俺は、こいつを追い詰めているつもりが、いつの間にかこいつの策に嵌っていたのか。戦争を知り尽くした天才軍師。蝗魔王とはそういう存在であると、何故忘れることが出来たのだろう。
対人戦にて的確に相手の弱点を見抜きそこを確実に崩す。集団戦にて相手の策を利用し完璧な盤面を完成させる。圧倒的な経験と才能。
だが、俺は今からこれを越えなければならない。諦めるという選択肢は存在しないし、絶対に存在してはいけないのだ。
俺は、こいつらを倒せなければこの世に存在した意味を見いだせない。こいつらを倒すことにこそ、俺がこの場に存在する理由なのだ。