第七十四話
前回までのチャンクー君。
蝗魔王と再戦! 蝗魔王お得意の連撃をまともに受けてしまった! でもただ受けただけじゃないよ
蝗魔王の鮮やかな三連撃。それをもろに受けた俺はしかし、鎧の内側のダメージは見た目ほど酷くはない。
頭部の鎧は絶対に突破されないよう尋常でないほど硬くしている。対して腹部の装甲は敢えて壊れやすいように設計した。
蝗魔王ワンという男は、いつも俺の予想を遥かに超えてくる。戦うにおいて妥協は許されない。
今回は少しでも勝率を上げられるよう、鎧や俺の身体にこれでもかと言うほど罠を仕掛けている。
しかし、先ほどの一連の流れだけでここまで崩されるのは想定していなかった。腹部装甲も、奴の攻撃を二発くらいは耐えられるように作ったはずだったのだ。
鋭い踏み込みで2m程もあった距離を一瞬にして詰め、それぞれがむしゃらに振るうのではなく、俺の反応まで想定して完璧に威力を調整。
武術的な要素のない撃ち込み方ではあったが、完成された合理性を持っている。奴の戦闘法に関しては流石と言うほかない。
今から俺はこれを超えなければならないのかと思うと気が重くなる。
だが安心もしていた。奴は俺の狙いに気づいてはいない。組み手では勝てなくとも、騙し合い化かし合いでは俺が優っている。
「お前、何か狙ってやがるな? 表情は防具のせいでよくわからないが、なんとなく雰囲気で感じるぜ。それにさっきの魔法、あれは間違いなく俺にダメージを与えられるものだった。範囲を絞ればさらに効果的だろう。ここは、少し慎重に立ち回らせてもらうぜ」
!? やはりこいつはジダオとは違う。客観的、俯瞰的視点に基づく考察ではなく、より人間に近い『勘』を持っている。
それはひとえに、こいつの脳の優秀さを示している。バッタがもととは言えこいつは人型。人類に勝らずとも劣らない思考能力が垣間見えた。
奴が言っているのはおそらく酸素断絶結界・終のことだろう。酸素断絶結界の外縁は一瞬で領域内全ての酸素を奪いつくすために超高火力の炎で出来ている。あれを直接喰らったワンは全身に火傷を負い、そこそこのダメージを受けている。
先ほどは飄々とした姿勢を見せていたが、奴も流石にあれを警戒しないわけには行かないのだろう。
何も、あの火力自体は酸素断絶結界でなくとも出せるのだ。
奴もそれを分かっている。近接タイプの蝗魔王はしかし、俺からかなり距離を取り、俺では到底再現できない練度の自然力を集中させ始めた。
蝗魔王の芸術的なまでの力は大地に吸収されていき、解き放たれる。それらは瞬く間に地面に浸透したかと思うと、驚くべき魔法を発動した。
何とも恐ろしいことに地面が大きく砕け、その隙間から大量の変異種が溢れだしたのだ。
飛行種、人型種、大型種、破壊種、さらには俺が見たことのない神虫のような変異種まで多種多様。その全てが間違いなく今までの上位種とは比較にならないほど膨大な魔力を秘めていた。
「お前にはそいつらの相手をしてもらうぞ! 元々俺の戦闘スタイルはこういうもんだ。超質量で相手を圧迫し、トドメを刺す」
「……なるほどな。俺の妄想が、確信に変わったぞ。なんだその変異種は? 神虫を模して作ったのか? お前の力は、バッタだけに適用されるものではないな。大型種もおかしいと思っていたんだ。どうして大型のバッタではなくカナブンのような体形をしているのかと」
奴はバッタの王だ。蝗害を引き起こし、超特大の群れを形成するバッタを自在に操る。
しかし奴の力はバッタの域を逸脱していた。そもそもバッタの羽はあくまで跳躍の延長上にあるものであり、決して飛行を可能にするものではない。
その時点で気づくべきだったのだ。あるいはもっと前、大型種の外見から察しているべきだった。
「お前の力はバッタに限らず、あらゆる蟲を操る能力だな、クンチョン・ワン! お前は最初、スーファイ・ワンと、そう名乗った。だが以前に名もなき上位人型種と戦った時、奴はお前のことを『クンチョン様』と呼んだ。スーファイはバッタ、クンチョンは昆虫のこと。お前は、本当は全ての蟲の王なんだろ」
「……ったく、どいつだよそんなヘマやらかしたのは。地獄の先できつい仕置きをくれてやらんとな。お前の予想通り、俺は蟲の皇だ。最初にそう自己紹介しなかったか? お前は知らないだろうがなぁ、名前ってのはそいつの運命を決めるんだ。それも長生きするほど強力になる。俺たちみたいに何十何百と転生を繰り返していると、名前の運命だけで魔法が使えるレベルになるんだぜ。だから俺は蟲の皇なのさ」
なるほどな、名前にそんな意味があったとは。チャンクー=呼び寄せる。ジダオ=導く。いったい俺たちの名前はどういう意図があって付けれられたんだ?
しかし奴の言葉で分かったことがもう一つある。それは、奴は最初から蟲の皇ではなかったということ。名前の運命によって、生きているうちに皇になったのだということ。
にしてもこれは異常だろ。
俺は奴の得意分野である物量を潰すために、余裕がない中融合力を大きく消費する酸素断絶結界を放ったんだぞ。それなのに、奴は何でもないように数を揃えてきた。
俺の酸素断絶結界は当然その大火力で地面の全てを焼き焦がしている。この地に生きている生物は俺と蝗魔王以外には存在しなかったし、卵も全て炭に変えた。
成長を早めてこいつらを出現させたわけではないのだ。
考えられるのは二択。死んだ卵を復活させたか、産卵と言う過程を経ずに直接成虫を生み出すことが出来るのか。
どちらにせよ恐ろしい能力である。俺がどれだけ敵を倒そうとも奴は簡単に兵を補充できるのだから、こちらが無駄に消耗し続けるだけ。弱った俺に対して奴は余裕綽々といった様子でトドメを刺すのだろう。
「だがなぁ、俺も多対一の戦法を死ぬほど考えてきたんだぜ。妥協は一切していない。お前を殺すのに、それは自殺行為だからだ。喰らいやがれ、隆盛・金!」
しっかり言語化し固定させてきた魔法を放つ。
前回の戦いで用いた隆盛をもとに新しく作り出した魔法、隆盛・金シリーズ。今回も奴を出し抜くために何パターンか用意している。
金は無印の隆盛をベースに鉄でできた山を生成し、前回と同様何か所かに爆雷を設置した。
前回の隆盛は爆雷によって崩れた岩が地面の設置型魔法を刺激することで岩山を再生成していた。しかし隆盛・金では鉄を使用している都合上、簡単に崩壊するようには設計していないし、何よりコスパが悪い。
そのため今回は爆雷を発動してもある程度耐え、さらに設置型魔法『針山』によって追撃する仕様にした。
隆盛・金は俺を囲むようにして十数個の鉄山を形成し、俺を包囲していた変異種たちをいとも容易く分断した。
隆盛発動地点にいた者は早速爆雷と針山の二連撃を喰らっている。しかし流石は新種の変異種だ。前回上位人型種を翻弄した爆雷を受けても即死はしていない。
だが隆盛本来の強味は設置型魔法ではなく、大群を分断することにある。先程までであれば俺は無限に現れ出でる敵を一気に相手しなくては行けなかったが、これで数体ずつ分けて相手することができる。
まず俺に攻撃を仕掛けてきたのは当然、小型かつ機動力の高い飛行種だった。飛行種は変異種の中で最も隆盛の影響を受けづらい。爆雷を喰らえば即死させることも可能だが、設置型魔法では発動が遅く奴らの機動力を捉えることは難しいのだ。
こいつらはいつも先制攻撃が速い。今までの戦いにおいても、最初に状況を乱してきたのは飛行種が多かった。
こいつらの突進は装甲車をも容易く貫き、場合によっては超長距離から正確に対象を打ち抜くことができる。
しかし、こいつらが秀でているのはあくまでも速度と突貫力だけ。それも、流石にワンの打撃ほど強力なわけではない。俺のタングステン鎧をもってすれば、防ぎ切ることはそう難しくないはず。
俺は文字通り目にも止まらぬ速度で飛来した飛行種を真正面から腹部装甲で受け止め、反作用によってバウンドしたそいつを黒の剣で切断した。
飛行種の攻撃はわざと薄めに作ってある腹部装甲すら突破できなかった。だが油断は出来ない。何せ、飛行種は数が多い。大型種や破壊種とは訳が違うのだ。
それからも続々と飛行種が俺のもとへ突撃してくる。
飛行種は通常の孤独相と同様、長距離移動に適したスカスカの肉体をしているにも関わらず、タングステンという金属中屈指の質量で身を固めている俺を退かせるほどの連撃を繰り出してきた。
「足」
一言つぶやくだけで脚部装甲が増大する。ついでに地面も硬め、さらに脚部装甲から針を刺す。
これで俺の身体はこの場に固定された。俺はここから動かない。多対一をするとき、相手が一点に留まってくれた方が多数側の狙いが正確に定まるからだ。
隆盛・金の最大の特徴。それは、幅的に横をすり抜けて通れない大型種が上から登ってきた場合と、設置型魔法が多数存在する横側を通り抜けてきた人型種が、ほぼ同時に俺のところに辿り着く点にある。
ただ一瞬、ほぼ全ての敵が俺のいる地点に集合するのだ。これを完成させるのにどれだけ苦労したことか。
俺が狙うのはただ一つ。拡散した敵をたった一手で倒しきること。計画が予定通りに進行していれば、最小限の消耗でこいつらを全滅させることができるはず。頼むから上手く行ってくれよ。