第七十三話
~SIDE ジダオ~
加速した奴の刃は非常に危険だ。一撃でも喰らえば部位欠損は免れないし、もしかしたらそのたった一撃で絶命するかもしれない。
先ほどから集中を切らさず慎重に回避していたが、俺は奴からさらに距離を取ってこれを回避する。
しかし距離を開けていてはこちらから攻撃することはできない。頻度は落ちるが、攻防の最中に攻撃する余裕をもって距離を管理しなければならないのだ。
絶対に後ろは振り向かない。風の刃を回避した先に何があるのかは、俺が一番よくわかっている。俺の異常なまでの索敵能力が、それを教えてくれているのだ。
ニヤリ、表情筋があるのかも分からない奴の目がほんの少しだけ動いた。人間であれば絶対に気づかないであろう変化。しかし俺の圧倒的な視力は正確にそれを捉えていた。
何かを狙っている。もしくは俺が奴の策に嵌るような何かをやらかした。
そう考えた瞬間、途端に俺の動きは小さくなってしまった。迷ったのだ。俺が距離を置いたことが奴にとって有利に働くのか、もしくは距離を取り過ぎなかったことが奴の術中に嵌ってしまっているのか。
距離を取るべきか否か、俺は即座に選択することが出来なかった。まさに、それこそが奴の狙いであるということにも気づかずに。
「隙アリですよ、犬っころ!!」
瞬間、哺乳類特有の、光に対して敏感に反応する目が閃光を捉えた。
まさか、予想もしていなかった。奴が雷撃を放つなんて。しかし少し考えれば簡単に分かることだったのだ。だってそうだろう。天属性全ての権限を持っているのだから、当然雷もそこに含まれている。
あまりに予想外の攻撃に俺は反応しきることができず、回避したつもりだったが右後ろ脚に手痛い傷を負ってしまった。
俺の強化された集中力によって瞬時に避けることではなく受け切ることに力の方向性を変えたために戦闘不能の重症にはなっていないが、それでもこれで背負うディスアドバンテージは計り知れない。
「なるほど、集中力は高いのに多彩な思考は出来ない、こういうことだったんですか。貴方がバカなのではなく、そもそも脳の構造上、私の能力に気づくことができなかった。既に見た攻撃の延長以外を想像する力が致命的に欠けているわけですね」
痛いことを気づかれてしまった。奴の言う通り、俺には見たことのない攻撃を想像することは難しい。
そりゃ普通の狼よりは良い性能を持った脳だが、それでも人間やそれに近しい脳を持つ者には遠く及ばないのだ。
具体的に言うと、今までの傾向を分析してバッタの進行ルートを予測することは可能だが、バッタが長距離飛行するための羽を獲得することは予想できない、ということだ。
「貴方の反応速度は凄まじい。私の攻撃全てを回避してもまだ余裕がある。だから普通に雷撃を放っても避けられるのは分かっていました。貴方の回避は、私たちのように狙う位置とタイミングを予想して撃たれる前に回避するのとは訳が違う。本当に見てから全ての攻撃を回避することが可能なのでしょう。だからこそ、貴方を罠に嵌める必要があったのですが、まさかこんなに上手く行くとは思いませんでしたよ」
そうだな。先ほどの攻防、戦い慣れた人間であれば狙いが分からずとも取り敢えず二択のどちらかを選択し、結果的に攻撃を回避することができていただろう。勘と言うやつだ。それも多彩な思考に含まれる。
しかし俺の場合、それが出来ない。動物はめちゃめちゃ勘に頼っているように見えて、実は人間には捉えることのできない音やにおいを感じ取って行動しているのだ。俺の場合なら、磁力の動きもそれにあたる。
だから奴の【考え】という、どの器官でも察知することのできない情報に対して行動を起こすことが出来ないのだ。
マズい状況になったな。奴は経験が豊富だし、さとい奴だ。本当なら俺の弱点に気づかれる前に短期決戦で仕留め切るつもりだったのだが。
右後ろ脚の踏み込みが甘い。これでは次に雷撃を放たれたとき、避けきるのは難しいだろう。
……ならば、最後の手を撃つしかない。これが奴に通用するかは賭けだが。
俺はその場に留まり体内の融合力を絞り出す。しっかり地面を踏みしめ反作用に備えた。完全に固定砲台の構え。ここから一歩も動かずに奴を殺せばいい。
狙うは必殺の電光。これをもって奴を撃破する。絶対に避けさせはしない。残る融合力の全てをここに込め叩き込むだけだ。
「ふふ、まさか電光を放つ気ですか? 貴方の電光は連射に向いていない。たとえどれだけ速く撃ちだそうとも、私の回避行動が間に合ってしまいますよ。それでも、私に当てる自信があるんですか?」
「ごちゃごちゃうるせぇ。黙って俺の電光を受ける準備をしやがれ。お前余裕ぶっこいて避けられなかったら死ぬほどかっこ悪いぞ。まあ、これを避けられる自信があるならそのまま余裕を貫き通してると良いさ」
俺の額に集中した融合力は漏れ出す熱量だけで足元の土をガラス状に変えていく。
そう、俺が狙っているのはこの戦い開幕に叩き込んだ超威力の雷砲。チャンクーのアシストはないが、理論上融合力さえあれば俺単体で放つことが可能なはずだ。
これは融合力によって超強化されたものであり、天の属性だけでは絶対に行使することのできない魔法だ。同等の威力をもって打ち消すことはできない。奴は電光すら突破する速度の魔法をたった一瞬の隙を付いて消去するしかないのだ。
魃魔王は今や天の化身とも言える存在。これを察知できないはずがない。
さすがに奴もこれを痛感したばかり、最大限の警戒と集中をもってこれを打ち消そうとしている。
ここまで練り上げた融合力は今すぐでも放つことができる。だから奴が攻撃を仕掛けてきたら、最悪俺を巻き込んでも爆発を引き起こすことはできるのだ。
魃魔王はもう安易に俺に手を出すことはできない。奴の余裕ぶった態度がこの状況を作り出したのだ。
「行くぞ魃魔王カンハン。俺の渾身の電光、受け止めれられるものなら受け止めて見せろ!」
「来なさい、完璧に打ち消して見せましょう!」
俺の制御下を今にも離れようと大暴れしている融合力の塊を解放する。
放たれた電光は開幕の一撃と同じく進行ルートの全てを焼き尽くしガラスに変えていく。それは俺の視力をもってしても視認することは難しく、ほんの少し見逃したと思った時には既にそこに辿り着いていた。
電光はおよそこの地球上に存在する物の中で最速を叩きだし奴を直撃する。
……しかしそれは不自然にも急停止し、その全てのエネルギーを奴に打ち付ける前に霧散した。
「……大した、威力です。まさか、打ち消したはずなのに、魃の魔王である私をその熱量で焼くとは。これが融合力の力ですか、私とワンには出来ない芸当です」
砂埃も全て搔き消えるほどの衝撃を受けながら、奴はその場に立っていた。全身が焼け、その体毛は大部分が燃えて肌が露出している。
しかし、今の一撃で殺しきることは出来なかった。
「ですが、今ので私を倒せなかった時点で、貴方の負けですよ」
「おいおい、まさかこんなに上手く行くなんてな。お前、気づいてないだろ。さっきから俺にばっかり注目していて大丈夫か?」
「? いったい何を言って……!?」
奴が勝利宣言をした瞬間、奴の目を中心に半径10cmほどの穴が開いた。奴の体内から血しぶきが溢れだし、地面を汚す。
奴の身体を貫いたそれは俺の真横を通り過ぎ、しばらくしたところで消滅した。
「……これは、いったい?」
「驚いたか? 電光だよ。ただの電光さ。さっきのとは全く違う、威力の弱い俺の十八番魔法だ。さっき……つってももうどれか分かんないだろうが、お前に撃ち込んだ電光に細工してたのさ」
魃魔王が最初に俺の電光を掻き消した時。あの電光には少し細工をしていたのだ。
それは奴に着弾する寸前。普段よりも激しく発光し、電光が分裂するというもの。奴に間髪入れず二連撃を叩き込もうと思ってした細工だったが、俺は奴に電光を停止させられた瞬間に、分裂した電光を空中に保持し続けていたのだ。
それからは保持している電光に気づかれないようわざと接近したり、大がかりな魔法を使ったりして俺に注意を引き付けた。
狙い通り、奴は俺に注目し、まんまと電光を喰らってくれた。
「で、ですが、貴方の融合力はもうすでに空のはず。勝負ありましたね」
「本当にそう思っているのなら、滑稽と言わざる負えない。お前は強いが、俺とチャンクーの力を過小評価しすぎている」
まともに動くことのできない奴に大胆に接近し噛みつく。なに、力を奪われる心配はない。俺の体内には既に融合力がないのだから、これ以上奪いようがないのだ。
そして俺は地の自然力を用いて攻撃を始めた。
奴は天の魔法の最高権限を持っていると言っていたが、地の魔法を使ってしまえば充分殺すことが出来る。
そう、奴が打ち消せるのはあくまでも天の自然力と、それに偏った魔法だけである。
先ほどの電光は融合力を天の魔法の強化として使ったために奴の権限で消去することができた。
しかし、俺の体内にある天の自然力を奴が奪った時、融合力が分解したのだ。そして俺の体内で地の自然力が生成され使えるようになった。今までの俺たちでは絶対に出来ない芸当である。
噛みついた状態のゼロ距離から直接爆炎を食らわせ続ける。
本来なら熱系の攻撃は魃魔王に通用しないはずだが、二度にわたる電光の直撃で奴の肉体はボロボロ。抵抗する力もなくただ攻撃を受け続けていた。
最後に爆炎を食らわせたとき、奴の体内で恐ろしく硬い何かが砕け散った。その瞬間奴の身体から完全に力が抜け、ついには絶命した。
何を砕いたのか。それは前にも感じたことのあるもの。まさに融合力を生成する要である、俺とチャンクーの体内にある半球状の謎の物体。
奴の体内にはそれが完全な形で入っていた。
「化生や魔王を殺すには、体内の球状の物体を破壊する必要があるのか。しかし、ならいよいよもって化生と魔王の違いは何なんだ」