第六十七話
~SIDE ジェリアス~
私の基本戦術は自ら飛び込んで重い一撃を食らわせる。もしくはフェイントを用いて相手を出し抜く。とにかく先手が私のスタイルだ。
しかしことこの場においてはそうもいかない。この老飛蝗、会話を交わす間すら一瞬も隙を見せない。常に膝を折って踏み込む姿勢をしている。
上位人型種の視力は人間のそれを遥かに凌駕する。もしも私が単純に先制攻撃を仕掛ければ、どんなフェイントだろうと見てから避けられ、深い踏み込みから手痛い反撃を受けることになるだろう。
不本意ではあるが、私は今回後手に回るしかないのだ。
幸いなことに周囲の下位種は全て倒しきった。他の変異種は援軍が押さえつけてくれている。だから私は心置きなくこいつだけに集中することができるのだ。
両者の間に沈黙が続く。恐らく向こうも後手を狙っているのだろう。見るからにカウンターが得意そうな姿勢をしている。
どんな角度、どんな速度だろうとも絶対に捌いて見せるという気合が見て取れた。先ほどの会話のような軽い印象はなく、強者の風格を纏っている。
だが根比べなら負ける気はしない。集中力でバッタが人間を上回ることは絶対にないのだ。焦らず向こうが仕掛けてくるのを待っていれば良い。
ただし、奴のスピードを測り違えてはいけない。上位人型種は化生様ですら脅威と感じる速力を持つ。私の視力を上回るかもしれない。それすらも読んで反撃しなければならないのだ。
奴が持っているのは短い刀が一振り。近接戦での取り回しが良く、四本も腕のある人型種ならばその手数は計り知れないだろう。
しかしその分攻撃する際には私にかなり近づかなければならず、狙える範囲は狭くなる。
長く続く静寂の中、私は気づいた。
奴の目線は常に私の腹部に集中している。なるほど、どれだけ強くとも完全ではない。そう言えばチャンクーさんも言っていた。奴らは目線を意識して戦うことができないと。
ここまで分かれば狙われる位置は読めてくる。奴はきっと……。
そこまで私が思考した瞬間、奴の姿がかき消えた。やはり私の反応速度を超えている。
だが恐れることはない。攻撃地点の予測は立っている。そこをカバーするように剣を最速で振りぬけば奴の短剣を弾けるはずだ。
大剣は私の身長と腕の長さを考えると取り回しづらい。だからこの際腕を負傷するのは仕方ないと割り切って剣の腹に右手を添え、頭から腹にかけてを短く走らせる。
これだと右腕を短剣で斬られる可能性が出てくるが、それで命を守れるのなら安いものだ。
奴の攻撃を捌ききれる確信を手にした私は次に反撃を考えた。
私の技量では降り下ろした大剣でカウンターは厳しいものがある。だから狙うは魔法銃の一撃。これを考えていたからこそ、利き手である右手を危険にさらしているのだ。
大剣について降り下ろされた右手は、ちょうど魔法銃が収まっているベルトに触れている。
いざ、奴の頭を打ち抜かん! と魔法銃を引き抜いた私は、しかし次の瞬間宙を舞っていた。右肩から大量の血をまき散らしながら。
訳が分からなかった。グレネードを投げ込まれたときはすぐに理解できたのに、今回は頭が追いつかない。私の考察は完璧だったはずだ。あらゆる要素を交えて最適解を導き出したはずだった。
「お主、考えすぎたな。お主みたいな奴が相手の方がやりやすいわい。単純な戦闘能力に自信がないから過剰に相手を分析して対策を立てようとする。まさか儂の視線の動きから狙う場所に見当を付けて、見えてもいないのに剣を振るとは思わんかったが、それさえも儂の作戦であると気づけなかったようじゃな」
な、なんだと? あの視線が、奴の作戦? いよいよもって理解ができない。人型種の脳細胞では視線の動きを管理することができないんじゃなかったのか。
思考能力で優っているはずの私が、奴に騙されたのか?
これは本当に侮れない。まさか騙し合いで一本取られるなんて。
「じゃが惜しかったの。お主が咄嗟に魔法銃でその身を庇ったから腹までは裂けんかった。まぁお主の武器で一番の脅威はその魔法銃。破壊できただけでも良かったとするかの」
言われて私は右手で握っているそれに視線を向ける。
最悪だ。絶対の攻撃力を持つ私の最も得意な武器、魔力式貫通火砲が壊されてしまった。体内魔力の管理も十分にできないほどの損壊。これからはこの大剣と私の感覚で魔力を制御するしかないのか。
この老飛蝗、一体何者なんだ。人間と遜色ない知恵、魔法の武器を容易く破壊する力量。今までの上位人型種とも何かが違う。
「驚きました、まさかこの銃を壊されてしまうなんて。それにこの肩、傷は浅くないですね。もう両手で剣を振ることはできません。だからこそ、次の一手で私は貴方を殺すと宣言します。最期に、名前を聞いておきましょう。貴方ほどの実力者ならば、蝗魔王から与えられているでしょう? 私はジェリアス、タンザニア最強の戦士」
「名か。儂の名は技術。昔の名は天巧星……いや、これはもう意味を持たないか。お主の覚悟、しかと受け止めたぞ。その覚悟に応え、逆に儂も宣言しよう。お主の渾身の一手をさらに上回る絶技で、お主を打ち負かして見せると」
技術はさらに腰を深く落とし短剣を短く構える。他の手は開き、どこから撃ち込んでもそのすべてを拘束して見せるという意志を感じる。
対する私はだらりと構えた大剣。右手は当てているだけでほとんど力が入っていない。しかしこれでも十分奴を殺しきる火力を出せると確信している。
ここで死んでしまっても構わない。むしろそれで奴を殺せるのなら望むところだ。だが殺しきれないという間抜けな真似はできない。この場で、奴に対抗できるのが私だけだからだ。私が死ねば戦線は簡単に崩壊する。だから死ぬときは絶対に脅威を排除してからでなくては。
迷いはない。腕が切断されようとも、足がなくなろうとも、もう私は止まることはない。
先ほどとは敵の見方が変わった。あれは後手で受けていい相手ではない。今度は先手を打つ。
集中しろ。奴の腕を掻い潜って胸を貫く。攻撃を受けても構いはしないが、この剣を壊されることだけは避けるんだ。この剣を失えばいよいよ私に戦う術はなくなる。
安心しろ。私にはアッサムの才能がついている。今までどんな難関にも打ち勝ってきた。死の淵など幾度も経験してきた。だから何があっても私は大丈夫なはずだ。
心の中で己を鼓舞し気合を高める。それだけで身体の内側から力が湧いてくるような気がした。
足の裏に力を込める。しっかりと地面を踏みしめ、しかし大地を砕いて勢いを失ってしまわないよう圧力には気を付けて。
駆け引きなしの一直線。
私と技術は先ほどまで熱い頭脳戦をしていた。だが、私には今この場で確実に奴を出し抜く策は思いつかなかった。
ならば自分の技量を信じる。私が奴を超えられる部分はそれしかない。
恐らく今までで最速、音よりも速く奴に辿り着いた私は大きく大剣を振り下ろした。
速力を十分に乗せた斬撃は奴の胸部に吸い込まれていく。奴の持っている武器は短剣。しっかりと距離を読み取ってリーチ管理をすれば反撃を受けることはない。
「良い剣筋だ。あと二年もすれば、その剣も儂に届いただろうて」
私の渾身の一撃はしかし、意外な方法で受け止められた。奴は斬撃に対して拳で応えたのだ。
右こぶしのたった一つで停止させられた大剣。私はそこから二撃目が来るのを警戒していた。だが、二撃目が訪れることはなかった。
奴にとっては最初の一撃目で十分だったのだ。
停止させられた大剣から凄まじい振動が伝わってきた。それは一瞬にして衝撃に変わり私を弾き飛ばす。
大剣に接触している手に衝撃が伝わり肘、肩と身体が軋むのを感じた。頭に衝撃が伝わると同時に脳が揺れ、激しいめまいを起こす。
下半身に衝撃が伝わるとついに私はその膝を折ってしまった。