第六十五話
~SIDE ジェリアス~
敵の数は今までで一番多い。群れの範囲もこれまでの規模に収まることなく、ジダオさんとチャンクーさんの極大魔法を持ってもそのすべてをカバーすることはできなかった。
きっとこの戦いではより多くの兵が死ぬだろう。私も例外ではない。むしろ戦力として期待されている私は早々に死ぬことになるはずだ。
私はこの場に立つ前、自分に与えられたその任務に酷くおびえていた。死ぬ覚悟はできていても、犬死する勇気はなかった。
私が戦う目的はあくまでもアッサムへの贖罪と仲間たちの悲しみを減らすこと。私が死ぬことは確定しているが、その過程でどれだけの人を救えるか、どれだけの功績を残せるかが重要である。
しかし昨日の夜、未だ床に臥せったままのアッサムの寝顔を見たときに考えたのだ。彼が何のために戦ったのか。
彼は魔王の眷属だ。私たちに協力する意味はない。それでも彼は戦った。自分の身など考えず、仲間を守ろうとしたという。
彼は魔王の眷属だ。あれらは主人に対する絶対的な忠誠を示すものだ。しかしそれを覆して彼は戦ったのだ。
ならば、彼がそれを実行するだけの大いなる理由が、この場所にはあるのだ。それが仲間なのか、国なのか、はたまた誇りなのか、私には分からない。だが彼がそれを望むのならば、それを守れなければ私はまた彼から大切なものを奪うことになる。それだけはどうしても嫌なのだ。
だから私は今日も戦える。全て彼のためと思えば、私はいくらでも戦える。
私の任務はただ一つ。チャンクーさんとジダオさんが倒しきれず、しかもお二人に注目していない上位種を引き付け、できることならば打ち倒すこと。
現在戦える中で、この任務を実行できるのは私しかいなかった。ガイトル殿は私よりも経験豊富で、全軍の指揮と管理を任せている。猛将クラグ殿は先日の戦いで戦死、アッサムも動ける状態ではない。
この手に握るは一振りの大剣。腰に下げるは使い慣れてしまった拳銃型の魔法銃。以前と比べても劇的に出力が強化された水銀。グレネードなどの爆発物も大量に所持している。
大剣は上位人型種が持っていた魔法の武器であり、言葉を用いて内部の術式を開放することができる。この力で上位人型種を引き付け、そして殺すのだ。
覚悟はできている、あとは合図を待つだけ。遺書は書いてきた。私の人生すべてを込めた思いを綴ってある。死後は私の家族や仲間たちが上手くやってくれるだろう。この命に悔いはない。
チャンクーさんからの通信が聞こえてきた。熱い言葉だ。私の覚悟をさらに固めてくれる。皆も戦いに燃えていた。
一瞬の閃光。あたりの全てが見えなくなる。刹那も間を開けず今度はとてつもない衝撃と轟音が私たちを襲った。
装甲車や戦車までもがその車体を大きく揺らしている。少しでも備えを誤っていれば横転していただろう。
ざわめきが少し収まった時、私は恐ろしい光景を目にした。ビクトリア湖沿岸の一部が消滅していたのだ。人類では到底辿り着けない個人の力によってそれが成されたことに、私は頼もしさではなく恐怖を抱いた。
いつか、彼らが向こう側に回ってしまったら、この地は今度こそ無事では済まない。
そんな思考を吹き飛ばすように、またも閃光が大地を駆け抜けた。私にはそれが光の玉にしか見えなかったが、ジダオさんが敵に向かって走り出したのは間違いないだろう。続いてチャンクーさんも動き出した。
彼らには迷いがない。本来無関係であるはずのアフリカを救わんと、立ち上がってくれている。
それを見た周りの兵士たちも続々と動き始めた。民を護るため、国を守るため、そして己の魂を貫くために。
当然私も走り出した。目的は違えど、その結果は彼らと同じなのだ。何より蝗害を終結させるのは誰もが願っていた。
「Þetta sverð er sverð guðs sem sker í gegnum eldfjöll. Ég er sá sem mylja óvin mannkynsins!」
剣に込められた魔法を開放した。前に魔力の入った水銀を飲んだ時よりも遥かにすんなりと体内に入ってくる。
身体も剣も軽い。以前のような全能感を感じるが、そこに危険な快楽は存在しなかった。
この力を使えばどんな車両よりも速く駆けることができる。
目指すはビクトリア湖沿岸から少し外れた場所。魔王がいると推測される位置からは遠く、しかし上位人型種の数が多い。
何よりあそこはジダオさんの砲撃やチャンクーさんの酸素断絶結界が届いていない。現状戦力を削り切れていない地点。
ケニア側にもそういう場所が複数あるが、あちらは戦力がある程度整っているはずだ。それにチャンクーさんが用意してくれた戦車や戦艦も向こうから来る。
だから私は気にせず自分の仕事をまっとうする。
しっかりと調整した速度で走り込み、目に付いた人型種に斬りかかる。狙うは顔が人間的な上位人型種。体力と魔力が持つうちに強い奴を片付けておくのだ。
上段からの一撃。流石上位人型種、真剣白刃取りの要領でこれを受け止められる。
しかしこれに対する解答はしっかり用意しておいた。奴らは腕が四本ある。だから拳を狙っても簡単に受け止められてしまう。
そのため狙うのは脛。走りこんできた勢いをそのままに脛を蹴りこみ足元を崩す。
上位人型種は残る二本の腕で私を絞殺しようとしたが、私はあえてその内側に飛び込んだ。
チャンクーさんが教えてくれた。奴らの腕関節は内側に向いているから、懐に飛び込むことはそう難しいことではない。だからそこを突いて強烈な一撃を加えてやれば、最初のうちは簡単に出し抜ける。
懐に入り込んだところで私は剣から右手を離した。本来ならそんな危険な行為はするべきではない。こいつのパワーを考えれば、両手であっても抑えきれるかは怪しいのだ。
だが両手で抑えたところで、残る二本の腕でタコ殴りにされることを考えたらこうするのが最善だろう。
「残念でした。私も貴方達との戦闘経験はかなり豊富なので」
私は開いた右手で腰に下げた魔法銃を引き抜き奴の胸に突きつけた。そのまま引き金を引き、魔法を開放する。
以前よりも強化されたそれは人型種の胴体を貫きそのまま彼方まで飛んでいった。直線状にいた全てを巻き込んで死滅させていく。
「話には聞いていたけど、本当にすごい威力ですね。さて、私の仕事はこれからです」
一体の人型種を倒したのち、ざっと周囲を見渡してみる。
大型種も何体か見えるし、人型種は上位種と下位種が混ざっている。飛行種も大量にいた。
最初に攻撃を仕掛けてきたのはやはり機動力の高い飛行種。しかし私の射撃能力なら確実に魔法銃を食らわせることができる。今回は以前と違って弾に心配はない。
飛行種の突撃に紛れて下位人型種が攻撃を仕掛けてきた。上位種はその場に留まっている。何かを狙っているのか、指揮をできる者が少ないのか。
下位人型種は個々の戦闘能力こそ低いが、接近戦ではその圧倒的な連携能力を見せつける。
三人一組程度で固まって攻撃を仕掛け、全員が互いの弱点をカバーし合っている。こちらからは腕の末端や足先など、大したダメージにならない部位しか攻撃できない。
ここに大型種も加わり、戦況はさらに悪くなる。しかしこれは好都合だ。
大型種は人型種に比べて動きが遅い。だから連携を崩すのに使えるのだ。
まずは大型種を引き付けるためにグレネードを投げ込む。肉弾戦に特化している人型種はこれを避け、大型種はその外骨格で耐えきろうとした。
当然グレネードは大型種の防御力を突破することはできない。
だが私の狙いはグレネードではない。動きを停止させた大型種に対して魔法銃を突きつけ打ち抜く。
大型種に接触した状態で放たれた弾丸はそのまま肉体を貫通し奴を絶命させた。
大型種をあしらうことくらいそう難しいことではない。しかし彼らからしたら大型種を倒されたのは少し衝撃だったようだ。
その隙を突いて各組から先頭の一人だけを殺す。連携を崩すにはこうするのが手っ取り早い。下位人型種は知能が低いから、こうなっては新しくグループを作り直すのに時間がかかる。
さあ、ここから全て私のターンだ。