第六十三話
一日後、例によって日が沈んだのち。十分な弾薬を揃え、状態の悪い者はそれぞれの国に返し、先日の戦いに参加していなかった兵から新たに人手を集めた俺たちは、休暇もそこそこに行軍を開始していた。
タンザニア本国からも戦艦含め、大量の援軍が来る予定だ。
……結局、アッサムは目覚めなかった。生きてはいるのだ、不思議なことに。傷も機能のうちにほぼ癒えてしまった。しかしどれだけ声を掛けようとも起きない。
口封じ、ということなのだろう。奴らの情報を聞き出すことは出来ない。
しかしこれは良いことでもある。今までのバッタの進行状況、どうにも不自然な動きをしていた。
FAOによる生物的な予測も、軍によるその後発展した予測も、そしてジダオの拡大した索敵能力による予測も、全てが外れていた。
それはひとえに、アッサムの存在があったからだろう。彼はバッタ軍に情報を横流ししていたはずだ。
議論の結果彼は生かしておくことに決定したが、未だに彼を殺すべきだという意見は絶えない。特にウガンダ人には良く思われていないらしい。
俺は良く知らないが、タンザニアとウガンダには浅くない因縁があるそうだ。
ひとまず今は彼を拘束した状態で寝かしておくとして、今はケニアを救うことが重要である。
ジダオが教えてくれた通り、奴らは通信妨害の技術を持っていた。だからケニアの現状は推測するしかない。
ケニアは唯一外国との貿易が機能している国だから、魔法の技術がアフリカ内で最も発達している。そのためそこまで被害は拡大指していないのではないか、という見解もあった。
しかしあれだけの大群だ。いくら魔法の技術があろうとも所詮は人間。魔王もそこにいるならば、むしろウガンダよりも酷い状況だという意見が多数派である。
俺もそう思う。魔王だけでなく、今までの変異種よりも明らかに強力な奴らは、何の対策もなしに迎え撃てるものではない。
まして蝗魔王がいるのなら、どれだけ強力な人間であっても話にならないだろう。
「ジダオさん、見えました。かなりの距離ですが、作戦通りお願いします」
どうやら目的地に着いたらしい。超特大の魔法を放つため、乗ってきた車両にはかなり距離を取ってもらう。
身体強化で視力を強化している俺でも薄っすらとしか見えない距離。しかし周囲の木々や小さな建物はバッタたちに食いつくされ、今まで同様視界は開けていた。
バッタたちがこちらを認識できない距離からジダオの先制攻撃を仕掛ける。
放つは融合力を用いて威力を最大限強化した雷の槍。以前蝗魔王と魃魔王の二体に迫られたとき、ジダオと俺で使おうとした魔法を、今ここで放つ。
ジダオによると、その威力は破壊種など数十体まとめて倒すことができ、魔王たちにも十分通用するという。
この魔法をもって開戦とし、反対側の強化戦車部隊や戦艦からも攻撃が始まる。しかし彼らはまだバッタたちに襲われないようかなり距離をとっており、しばらくの間は攻撃が期待できない。
しかしそれでいい。彼らが接近する間に俺たちがヘイトを稼ぎ、安全を確保するのだ。
「チャンクー、いつも通り、自然力の制御を頼めるか」
「任せろ」
ジダオは索敵能力も射撃能力も高いが、それは自分が制御できる範囲の力だからできること。
彼はその魔法の威力に対して制御能力が低い。この距離では命中させられるかは怪しい。
だから俺が魔法の制御を担当する。ジダオの攻撃力を最大限生かす最善の手。これでバッタの大部分を殲滅することができるはずだ。
ジダオの背中に手を乗せ、その魔力に干渉する。相変わらずとんでもない圧力がかかっている。融合力でなければ俺でもまともに扱いきれないほど濃密な力。
ジダオには悪いが、これの3分の1ほどをごっそりもぎ取って一点集中させる。
ジダオは本当に燃費が悪い。力の圧力に対してその絶対量が少なすぎる。融合力を生成する際に俺の自然力をかなり分け与えたが、それでもこの火力を維持するには短期決戦以外に選択肢がない。
俺は力を誘導するだけで、そこに威力を加算していくのはジダオの仕事。だからこれからはあの集団に命中させることを考える。
これほどの融合力を使えば、弾道落下などとは無縁だろう。空気抵抗や気流も関係ない。ただまっすぐに撃ちだし、着弾と同時にその膨大なエネルギーを開放するだけ。
ジダオの感覚器官に頼ればこの距離であろうと奴らの位置を間違えることはない。索敵魔法に関してはジダオがまた習性を加え、奴らの妨害を掻い潜れるようになったそうだ。これを疑う要素は皆無である。
時間にして約10分。高速戦闘の中では決して使うことのできない極大魔法。
開放寸前のエネルギーは今にも俺の制御下を離れようとしていた。それは余波だけで地面をガラスに変えるほどの熱量を放ち、中心からその場の地形を大きく変貌させていく。
「全軍、覚悟はできているな! あそこには魔王がいる可能性が高い。今まで以上の戦死者が出るだろう。しかし、お前たちが戦わなければ誰が戦うのだ! 奴らに対して恨みはあるのに戦えない者がいる。仲間のために突撃し戦死した者がいる。彼らへの敬意として、お前たちが武器を取れ! 民を守れ、国を守れ、そして己の魂を守り貫け!!」
俺の思っていることを全て通信機に叩きつけた。これが最終決戦になるだろう。
覚悟の決まっていない者は一人もいない。蝗魔王の眷属ほど自己犠牲的作戦を実行できるわけではないが、これまでの戦いを経験した連中は当然異常なほど士気が高い。
宣言ののち、ジダオの魔法を開放する。俺の神経伝達速度をも上回るほどの速度で射出された雷の槍は、着弾した瞬間にそのエネルギーを解き放つ。
直線状の地面全てが吹き飛びガラスに変化。着弾の衝撃波はこの距離であっても十二分に届き、かなりの重量を持つ戦車や装甲車もその車体を大きく揺らしていた。
着弾地点の熱量はおよそ6000℃。タングステンやダイヤモンドでも一瞬で溶ける熱量である。
周囲の物体全てが一瞬にして気体に昇華し、膨張の圧力によって大爆発を引き起こした。
大群だったバッタの群れはその一撃で壊滅し、ここから確認できる大きさの目ぼしい変異種はほぼ絶命した。
数にして数万単位のバッタを撃破した雷の槍。
全軍がその威力に目を剝いていたが、数秒ののちに動き出した。
作戦通り俺たちも即座に動き出す。
最初はやはり反応速度の速いジダオだった。一瞬にして俺の視界から消え去り、次に瞬きをした時には向こうで雷撃を放っている。直線的ではあるが、あれだけの速度を出すのは俺でも不可能である。
次に俺が動き出した。ジダオほどでないにしろ、俺の走力はどんな車両も突き放す。
音を置き去りにして走り出した俺は、とにかく目についた変異種をシバきまわした。融合力によって強化された俺の拳はどんな変異種であっても受け止めることができず、俺の進行を遮るものは何もいない。
俺の目的はとにかく敵軍の中心部まで辿り着くこと。例のごとく酸素断絶結界を使うためだ。
敵軍をボコしながら進み、食いつくされた木の残骸を越え、ビクトリア湖沿岸まで走り抜ける。ここまで来れば十分である。
「酸素断絶結界を使う。全軍、警戒せよ!」
しっかり通信機に報告をし、全員の了解を確認する。それだけ酸素断絶結界は強力だし、軍でもかなり危険視されている力だ。
前回の戦いにおいてこの魔法一撃で数千のバッタをなぎ倒した。最終的に範囲内の敵にトドメを刺したのもこの魔法である。
前回の時も凄まじい威力を発揮したが、今回は融合力を用いた魔法である。
前回と比べ範囲、縁部分の火力ともに2倍以上強化されており、内部の酸素は0.2秒以内に全て消滅させることができる。
融合力ならば微力ながらジダオの天の魔法を引き出すことができ、この力によって瞬時に酸素を奪い去ることを可能にしたのだ。
内部の気温は約800℃。酸素が発火源、可燃物なしに勝手に発火する温度である。
体内循環系を操作する魔法を持った上位人型種であっても、この熱量と圧力変化には耐えきれない。
魔王や、それに近しい強力な眷属以外はほぼ撃破することができた。
「中々強力な魔法を使えるようになっているじゃないか、チャンクー君。さっきの雷も驚いたよ。危うく俺も死ぬところだった。この数日で大分成長したようだな。キハハ! だがな、生まれたばかりの若造に出し抜かれるような生き方はしてないぜ、俺たちは」
相変わらず口が達者な奴だ。一人でべちゃくちゃ喋っている。
「会いたかったぞ、クソ野郎。お前への怒りは、あの時から増すばかりだ。お前をこの手で殺さなきゃ収まりがつかねぇ!」
その人間のような顔を見ただけで憎悪が湧いて出てくる。
クラグの夢を叶えるためにも、戦死者の仇を討つためにも、今後のアフリカのためにも、そして俺自身のためにも、コイツだけには負けられない。