第六十二話
バッタたちが動き出した。奴らはビクトリア湖を越えてケニアに集結しているという。
こんなのはバッタたちがヒマラヤ山脈を越えるために集結したとき以来だ。それも今回は飛行種だけでなく、その他多くの変異種が飛行能力を獲得した状態でだ。
今までの変異種は飛行能力がないために簡単に倒すことができたが、これからはそうもいかなくなる。
一番脅威となりえるのはやはり大型種だろう。奴らが機動力を獲得した今、戦車部隊はこれまでのように近づかれる前に火砲で殲滅しきることはできない。
奴らが戦車の機動力を上回っている場合、鈍重な彼らではその場で死ぬ以外に道はなくなる。なにせ大型種の攻撃はたった一振りで装甲車を粉砕するほどなのだ。ただの戦車ではあれを耐えきることはできない。ましてや破壊種などが現れれば、俺たちでさえ無傷とはいかないだろう。
人型種と戦う俺たちも苦戦を強いられるはずだ。ジダオのような立体的な攻撃を全員が使えるのなら、俺がそれら全てを引き付けておくことはできない。
人型種の戦闘能力は、上位種に至っては魔法の武器を持っていたとしても倒せないほど。場合によっては大型種よりも火力を出し、飛行種よりも機敏に動く。
だから今までは本隊に近づけさせないよう立ち回ってきた。しかし今後はそれが難しくなるのだ。奴らの機動力獲得がどれだけ脅威か良くわかるだろう。
ケニアでの決戦では、今まで以上に念入りな準備が必要である。作戦の立案や分隊の編成だけでなく、単純な戦闘能力に関しても考え直すべきだろう。
俺とジダオはこれまでとは比べ物にならない脅威に対して、その報告を聞いた瞬間から動き出していた。
ウガンダでの戦いで戦死者を出してしまったことも、影響していたのだろう。今度こそは全員守って見せると、その闘志を燃やしていた。
「チャンクーさん、ジダオさん、部隊の再編成が完了しました。当然私も戦えます。弾薬、兵糧の確保に二日程度必要です。その間に、お二方にはできるだけ新しい力を身に着けていただきたい。お二方なら、この絶望的な状況を覆せると信じております!」
「……二日、と言ったのか? 遅いな。一日に変更させろ」
「どういうことでしょうか? 兵糧はともかく、弾薬が足りません。このままの状態で戦うことは……!」
ジェリアスの言葉を手で遮って俺の後ろにある大量のそれを見せる。
彼の驚いた顔が今はとても不思議に感じた。
それは、小山と見紛うほど大量の弾薬。全ての銃の規格に合わせて作ってある。微弱ながら魔法の力が宿っており、下位変異種程度なら十分倒せるはずだ。
対大型種用の砲弾や迫撃砲も準備してある。
「!! これは、銃弾!? いったい何処からこれだけ大量の銃弾を!?」
「ジダオとの融合力さ。通常の俺の自然力ではこれだけの物を量産するのは厳しいが、融合力はそれを可能にする。融合力は自然力よりも感覚的に、かつ強力に扱えるのだ」
融合力の力は俺たちの認識を遥かに超えていた。
ジダオの力を圧倒的に拡大して分子操作を可能にしたり、本来俺の力の範囲を超えている『火薬』を生成出来たり。
今も俺たちは決戦に向けて互いの自然力を交換し合い、その全てを融合力に変換している。
「ジェリアス、前にチャンクーが作らせていた兵器たちは実戦投下できそうか?」
「え、ええ。戦艦2隻、戦車12両、装甲車10両。全て準備できています。本国に連絡を入れれば今すぐにでも。チャンクーさんが提供してくださったタングステンとその他魔力を付与された金属により、従来よりも軽量かつ頑丈に出来ているそうです。報告では、大型種の攻撃にも十分耐えうる性能だそうです」
なるほど、上手く行ったようだ。前に水銀と鉄、タングステンを大量に提供した。それらを用いて戦艦、戦車、装甲車を製造してもらっていた。かなり急ピッチの仕事だったが、彼らも命が懸かっている。どうにか間に合わせてくれたらしい。
特に戦艦には期待している。ビクトリア湖は淡水かつ水深の浅い湖。従来の戦艦ではまともに動かすことはできない。ましてやタングステンなど、ビクトリア湖に浮かぶはずがない。
そこで魔法の力が火を噴くのだ。
特製の戦艦の燃料は主に化石燃料と俺が渡した魔力入りの水銀。
あれには2割程度ジダオの自然力が混じっている。元が水銀のためにジダオの力とは相性が悪かったが、それでも少量含ませることはできた。
風の自然力が浮力を生み出し、戦艦を支えるのだ。もはや風という性質を逸脱した力だが、まだまだジダオの能力は研究途中である。
とにかく、戦艦は今回の戦いにおいて主戦力となるだろう。
戦艦の主砲にも当然俺が生成した金属が使われている。物体が爆発するとき、より硬いものに密閉された状態だと威力は格段に増す。この爆発の威力と砲弾の質量ならば、たとえ魔法が付与されていなくとも変異種を殲滅することができる。
さらに、バッタたちは基本的に遠距離攻撃を持たない。奴らが魔法銃を持っていなかった場合、戦艦まで飛んでいく必要があるが、羽があるとはいえ、宙を行く奴らは機敏な動きが出来ない。その程度ならどれだけ速かろうとも撃ち落とせる。
戦車の主砲も理論上大型種を一撃で撃破できる火力がある。射程距離も通常の1.5倍近く、大型種に接近される前に倒しきれるはずだ。
集結している数に対して戦車の数が少ないのが心配だが、これ以上時間を掛けていられるほど余裕のある戦いではない。
あれだけの変異種。きっともう既にケニアのビクトリア湖周辺はバッタたちに壊滅させられているだろう。何千と撃ち落としたが、ウガンダ以外からも続々集まっている様子。俺たちが倒したものなど、数にも入らないだろう。
こちらの準備は順調に整いつつあるが問題は……。
「魔王は、奴らはいるのか?」
「……その可能性が高いと、結論が出ました。他国や国連の観測結果を見ても、最低2000億のバッタが集結しているそうです。これだけの数を統率できるのは蝗魔王本人以外に考えられません。変異種の数も以前までの観測結果を大きく上回り、正しい情報が分からない状態です」
やはりいるか、蝗魔王。ジダオの氷域を警戒し、奴が一人で行動しているとは考えられない。当然魃魔王もそこにいるのだろう。この融合力でどこまで奴らに対抗できるか……。
今度は敗北は許されない。俺たちの敗北はすなわち、ケニアの壊滅を意味しているのだ。
現状、まともに貿易が機能しているのはケニアだけ。つまりそれは殺虫剤の輸入が途絶えるということ。
殺虫剤が手に入らなければ、アフリカは加速度的に壊滅する。それだけはどうしても防がなければならない。
そんな絶対的な理由も当然あるが、しかし俺たちの中に渦巻くのはやはり奴らへのリベンジ。
あんなに屈辱的な敗北は二度と味わいたくない。本来自然の力を扱う根源的な俺たちに対し、奴らは明らかに下位互換だ。どんな状況であっても、負けるはずはなかった。
しかし俺たちは負けた。それはひとえに、経験の差である。何千年と戦いを繰り返してきた奴らに対し、俺たちはまだ若すぎたのだ。
その差を覆す手を、俺たちは見つけ出すことができているのか。この融合力は奴らを倒すに至るのか。
自信はある。しかしそれ以上に恐怖があった。どうしても確信が持てない。
今回ばかりは、恐怖という感情を処理できない人型種たちがうらやましく思う。ジダオも、恐怖を感じていないのだろうか。
あいつの脳は人間並みのようで、実は感情をあまり制御しきれていない。
言えないな、こんなことは。俺が強くなければ、全員の心が折れてしまう。たとえジダオにだとしても、こんなことだけは言わなくていいのだ。
強くあれ、かの敵を打ち負かせるよう。強くあれ、皆を守れるよう。
己を鼓舞して戦うのみだ、ここからは。