第六十一話
お久しぶりです。Negiです。リアルがちょっと忙しくて更新停滞してました。今日から再開していくのでご安心を
~SIDE ???~
気が付くと俺はその場にいた。周囲には異形の者たちが多く立ち並んでいる。
最初は何が何かわからなかった。巨大な蜘蛛。大量の鬼。辺りを埋め尽くすバッタの群れ。
何とも形容できない生物が沢山いた。
「……お前、いったいどこから現れた? 新しい魔王か? 上位存在が我の不利を悟って送り込んでくれたのか。確かにこのままでは我々の敗北は疑いようもない。魃にも裏切られてしまったしな」
何も理解できないまま呆けていると、一人の男が話しかけてきた。八つの腕に八つの足。巨大な頭からは雄々しい立派な角が生えている。目が四つあり、その全てが別々のものを見ていた。
彼は蚩尤と名乗った。この異形の大群を率いる王だと。
「お前は、奴らに一矢報いることができるのか? 黄帝も我も、お前が救ってくれるのか?」
俺は彼から全てのことを教わった。俺の存在や力の使い方、俺たちの敵。彼から話を聞くうちに、まるで元々あった記憶を思い出すかのように全てを受け入れることができた。
だがあの言葉の真意だけは、最後まで教えてはくれなかった。
ただひとまず目先の敵は黄帝とその一派。これだけの軍勢をもってしても苦戦する相手であり、ここ中国の全ての人間が信仰する神。
これを打ち負かすために、俺という存在が必要らしい。
人類を最も確実に殲滅するには、食料を無くすのが効果的らしい。今まではそれを魃魔王が担当していたが、彼女が裏切ったことで戦況は劣勢になった。
そこで俺の力が活躍するのだ。
俺の力はバッタどもを狂わせる力。
バッタの数の力は凄まじく、たった数日であっても邑一つ壊滅させることができ、かつ有効な対抗策が少ない。
この時代の人類の文明レベル程度では大規模な殲滅作戦は行えず、俺の眷属たちに食料を食いつくされて滅びるのが運命だ。
俺のこの力を蚩尤はいたく気に入った。魃と合わされば中国最強の力となりえるはずだと、蚩尤はいつも言っていた。
俺に言わせれば、これだけの異形の軍勢を容易く生み出す蚩尤の方が恐ろしい。俺のバッタを増やす能力など、彼の下位互換でしかない。
とにかく彼に認められたくて、彼に必要としてほしくて、鍛え続けた。バッタをこれでもかというほど増やし、人類の食料に大打撃を与えた。
彼に褒められのがたまらなく嬉しかった。バッタたちを助けるのがたまらなく楽しかった。
毎日毎日バッタを増やして統率して。俺に付いてきてくれる蚩尤の眷属も沢山増えた。
俺の眷属を見るだけで逃げていく人間も増えたし、正体は対して強くないバッタたちに黄帝自ら動かなければならない状況も作り出して見せた。
そのたびに蚩尤は己の支配圏を広げ、眷属の異形種も拡大していった。
そんな楽しい毎日を過ごしてる中、しかし別れとは絶対に訪れるものだ。
蚩尤が敗れた。黄帝との直接対決、一大決戦。黄帝の眷属が一体、応龍種の黄龍によって蚩尤は殺された。
当然俺も参加したが、力及ばず。彼を守ることはできなかった。
蚩尤の死後、彼の眷属は霞のように消え去った。
俺の眷属は元々いるバッタを異常なほど繁殖させたものだが、蚩尤の眷属は彼の能力で作り出したもの。彼という存在がいなくなれば当然その肉体を維持できないのだ。
彼の眷属によって成り立っていた魔王軍は黄帝らによって簡単に殲滅された。それはもう、草を毟るかのように作業的であった。
俺の最期? 酷い物だった。蚩尤の亡骸にすがり、俺が死ぬまで彼の死を受け入れられなかった。俺にとって理想的で絶対的な蚩尤が、まさか死ぬはずはないと、なぜかあの時はそう思っていた。
当時蚩尤以上に人的被害を拡大させていた俺は捕らえられ、見せしめとして公開処刑された。蚩尤の墓を立てることも許されず、俺たち魔王軍は誰一人としてその場に存在したことを示せなかった。
その後、俺は何度も転生を繰り返した。しかしどれだけ死のうとも、蚩尤に再び会うことはできなかった。もう一度彼のもとで戦いたい。もう一度古の友と語り合いたい。何度そう願おうとも、蚩尤も仲間たちも俺の前に姿を現わしてはくれなかった。
黄帝もそれ以降目にすることはなかったが、俺の敵となりえる存在はいくらでも現れる。まるで俺の行動すべてを邪魔するかのように、敵はドンドン強力になっていった。
しかし転生するたびに俺のバッタを操る力は強くなり、強力な敵にも十分対抗できた。人類を滅ぼすことくらい簡単だった。
転生した魃は異形の姿であり、黄帝を失ったことから、ただ俺の言葉を鵜吞みにして力を振るっていた。だが彼女は壊れてしまった心のどこかで俺を恨んでいたのだろう。積極的にかかわり合うことは少なかった。
蚩尤の言葉通り、俺たちのコンビは地球上に存在するどんな生物であっても関係なく絶命させることができた。
特に中国では水場の多さから、旱魃の威力は凄まじいものだ。危機に陥った人間同士勝手に殺し合ってくれるのだから。
しかし、しかしそれでも俺が奴らを打ち負かせたことは一度としてなかった。
どれだけ追い込もうとも、どれだけこちらが有利になるよう動いたとしても、俺があの忌々しき存在を殺せたことは一度もない。まるで運命がそうであれと言っているかのように。
蚩尤は一度も転生しないのに、俺は数十年単位の短いスパンで何度も転生を繰り返した。
そして気づいたのだ。理解したのだ。蚩尤と黄帝は、ともに何かを知ってしまったのだと。何かにたどり着いてしまったのだと。
彼らの戦いは互いの武力が完成されすぎており、たった一手の綻びを数時間かけて作り出すようなものだった。
どちらが勝ってもおかしくはなかった。そこに、俺が感じた運命のような何かは存在しなかった。
きっと二人は、その運命のような力の正体を知っていたのだ。それを知っていたがために、彼らは運命の歯車を突破出来た。
それに至った俺は、その後バッタを守りつつ増やしつつも、蚩尤と黄帝が見つけ出した何かについて調べ始めた。
それが蚩尤にたどり着くたった一つの方法であると信じて、ただ盲目的に目指した。
一度も力を使わなかった人生もあった。できるだけ大量のバッタを作り出し、理論値を導き出した人生もあった。自分の身体もいとわず、生まれた直後に死んでみた人生もある。
そうしているうちに、俺は一体の化生に出会った。
蜘蛛のように八つの足を持ち、蛾のような二対の羽を備えた化生、神虫である。
あの頃の俺は周りを一切視野に入れず、魃のことも蔑ろにしていた。
ちょうど、連続で即死したときにどうなるのか実験していた時だった。あれは三回目。当時化生だった神虫の目の前に無抵抗で飛び出していき、奴に殺してもらおうとした。
運命の力が関わっているのなら、化生に殺られるべきなのだろうと考えていた。
しかし、神虫は俺を殺してはくれなかった。何を思ったのか、真正面から戦い勝利しなければ、俺を殺すことはできないと言い放ったのだ。
俺はどうにか殺してもらおうと、奴に全てを話した。俺の目的や過去も。
すると神虫は、あろうことか俺に協力すると言い出したのだ。神虫は俺よりもかなり昔に召喚されたことのある化生らしい。
彼もその時に違和感を感じ取り、ずっと試行錯誤していたようだ。
その後は神虫とともに俺たちの存在について調べ始めた。それまで手を出さなかった魃にも協力を頼み、徹底的に調べ上げたのだ。
俺に恨みを持っていた魃はしかし、神虫の懸命な説得により最後には納得して協力してくれた。
しかし、運命はやはり俺を許してはくれないらしい。
神虫は、奴は次の人生で会った時、俺のことを忘れていた。化生として召喚された神虫は、運命によって俺に協力することを許されなかったのだ。
何度か彼の記憶を取り戻せないか行動を起こしたが、転生するたびに彼は俺に対して攻撃的になった。
狂ってしまいそうだった。俺はどうしても彼を殺すことが出来なかった。本当はもうそれができるはずなのに、運命とは違う何かによって、俺は彼を攻撃することが出来なかったのだ。
魃と協力し、彼を殺さずに封印することにした。かつての化生や魔王たちの遺産をかき集めれば、神虫一人くらい封印するのは容易かった。
そのために人間の町をいくつも壊滅させたが、神虫のことを思えば人間程度何とも思えなかった。
蚩尤を失い、神虫を失い。魃には悪いが、俺は自分が孤独になってしまったかのように感じた。
俺がどれだけ努力しようとも、俺がどれだけ願おうとも、世界の全てが俺を許してはくれなかった。
だから俺はもう、運命について調べるのは止めた。それについて触れさえしなければ、向こうが何か仕掛けてくることは無かった。
ただ戦闘を楽しむようになった。俺ができる唯一のこと、それは人間を滅ぼすことであると、ようやく気づいたのだ。
だが、運命の操り手に対する怒りが収まることはない。
今思えば、蚩尤も俺と同じ道を進んだのだろう。あの言葉の意味に俺が気づくのは、遅すぎたようだ。
「新しい時代の化生。お前は奴らに一矢報いることができるのか? 俺たちを救ってくれるのか?」