第六十話
~SIDE ジェリアス~
私は生きている。どうしてなのかは、死が私に訪れたときに理解した。
あの時、私が死ぬべきだったのだ。アッサム、君がこうなるべきではなかった。なぁ、どうして君は私のことをそんなにも守ってくれるんだ?
人型種を倒しテントに帰った私は、人質の方々が心配で、彼らの隣で睡眠をとっていた。
私の身体も魔法の影響でボロボロだったが、彼らの健康状態はかなり悪い。もし敵に生き残りがいたとして、逃げ切るのは不可能だろう。
ウガンダの兵士が彼らの身体検査をし、爆発物などが仕掛けられていないことは分かっている。私はガイトル殿を信用しているし、彼が所属するウガンダ軍を信用している。
今ここで私の身に危険はないはず。
私の状態も良くない。向こうと合流するついでに、付近のバッタの卵を破壊していくということだ。進むスピードはかなり遅いだろう。
ある程度進行するまで私はここで休憩を取っておくとする。
何かあったら近くの医療班に起こしてもらう。私は戦いの疲れからぐっすり眠ることができた。
しかし、私の睡眠は早々に砕かれることになってしまう。
最初に感じたのは鼓膜を激しく刺激する爆発音。何が起こったのかと飛び起きようとしたが、身体はまったく動いてくれなった。無理やり魔力を獲得した反動。私の筋肉すべてが眠りについてしまっていた。
続いて圧倒的な熱量と衝撃が私を襲う。
動くことのできない私は爆発に巻き込まれ宙を舞った。不思議と痛みは感じない。熱も感じない。身体全ての感覚が消滅してしまったかのように感じた。
だが、地面に着地した瞬間に気づいた。この目で粉微塵になるテント群を見た。
おかしい。何故私の身体は五体満足なんだ?というか、何故私は生きているんだ? 吹き飛んだのは私がいたテントだけではない。周囲の全てのテントが、あまつさえ装甲車や戦車さえもが吹き飛び粉砕されている。
しかし私は無事だ。魔法の力はもう私にはない。身を護れるような物も近くに無かった。
そして悟った。私が死んだとき、アッサムがどうなるのか。ずっと考えていた。
今、私は完全に死ぬはずだった。だがそうなってはいない。ならばアッサムは? 彼が、私の死を肩代わりしてしまったのではないか?
その考えは、不幸なことに正解してしまった。向こうと合流したとき、ボロボロになったアッサムを見た。
私が彼を……。不幸中の幸いと言うべきか、アッサムは死んではいない。だが彼はもう動くことはできないだろう。仕事も辞めなければならない。
いや、それだけで済めばいいか。
「聞きましたよ、アッサムさん。人間ではなかったんですね。これからどうなってしまうんでしょうか、アッサムさん。せっかく生きていてくれているのに、貴方はこれからお二方に殺されてしまうんでしょうか」
アッサムは人間ではない。チャンクーさんの話では、彼は魃魔王カンハンの眷属の可能性が高いそうだ。もしも敵ならば、殺さなければならない。
私は旧知の友をこの手に掛けなければならない。
今、アッサムが目を覚ます前に殺してしまうか、起こして情報を聞き出すか議論している。
私はアッサムの友だ。私情を持ち込まれては困ると、議論には参加できなかった。当然だろう。もし私が議論に参加したのなら、自分の立場を捨ててでも彼の命だけは守る。彼には返さなければいけないものが多すぎる。
これから私たちはどうなってしまうんだろうか。アッサムが死んだら、私も死ぬのだろうか。
彼が死んでしまったら私が戦う理由はない。彼への贖罪のため、仲間が納得できる死のために戦っているのだから。
彼という存在が、私の戦う理由、私の死ぬ理由なのだ。
「おい貴様! 貴様が本部を爆破した犯人らしいな! その男を庇って、貴様も魔王軍の味方なんだろう! タンザニアの兵士は裏切りをなんとも思わない連中だからな!」
ウガンダの軍人が私に詰め寄ってきた。その目は私を敵と信じて疑わない目だ。
それもそうか。状況証拠的に見て、私が爆弾を仕掛けて本部を爆破したと思うのは当然だろう。何せ、爆心地にいた私が無傷なのだから。
それに、彼らはやはりタンザニア人を信用してはくれていない。数年前の戦いが、未だに尾を引いているのだ。
昔、タンザニア軍がウガンダで暴れていた神の抵抗軍を追い詰めたとき、ウガンダ側では裁判をすることになっていたのだ。
しかしタンザニア軍はそれを知らなかった。窮鼠猫を噛むというように、奴らは驚きの抵抗を見せた。我々には彼らを生かして捕まえる理由はなかったし、全員死刑は免れないと聞いていた。
だからこのままでは自軍に人的被害が出ると判断した当時の指揮官が、拘束ではなく銃殺を命じ、タンザニア軍は無慈悲にも彼らを殺した。
しかし、神の抵抗軍はデモ隊が拡張したような側面ももっていた。誰も殺していないような一般人も、彼らの協力をしていたのだ。
我々にその区別はつかなかった。ただの一般人であったも、銃器を所持している者は例外なく殺した。
それが、ウガンダの人には受け入れられなかったのだ。無抵抗の一般人を殺す野蛮な人種であると、私たちは軽蔑の目を向けられるようになった。
私はあの戦いには参加していなかった。アッサムと身体能力を交換したばかりだったから、まだ銃撃戦に参加できる状態ではなかった。
それは彼らも知っているだろう。だが関係ないのだ、そんなこと。彼らは攻撃できる対象を見つけた。
疑いの目は次に攻撃に代わるものだ。そこに理由が加われば、彼らは正義になる。
「私は魔王軍の手先ではありませんよ。彼とは友人ですが、彼が人間でないこともさっき知りました。貴方が私を疑うのも無理はありませんが、信じていただきたい」
「嘘を言うな! 貴様もその男も、即刻この場で殺すべきだ! 貴様らは必ず我々に不幸をもたらす!」
こちらの話を聞いてはくれないか。周りの軍人も、私を信用してはない。タンザニア軍の中にも私を疑う者がいる。
当然だ。皆から慕われていたアッサムが敵側なのだから、信頼という点で私が助かることはない。客観的な証拠で疑うしかないのだ。
だが、反論する気力も湧かないな。私が今までしてきたことは何だったのだろう。彼らのために戦っていたわけではないが、タンザニア人にもウガンダ人にも、小さくない恩があるはずなんだが。
「お前そこで何をしている!」
「! ガイトル殿! 彼は、奴は敵です。発砲許可を!」
「ダメだな。ジェリアス殿を撃つことも、アッサム殿を殺すことも俺が許さない。アッサム殿の処分だが、目覚めさせて情報を聞き出すことになった」
! 何だと? アッサムは助かるのか! 良かった。どのような経緯があったのか分からないが、とにかく助かった。
彼が生きている限り、私は戦える。彼に恩を返せる限り、私は行動できる。
「な、何故ですか! 奴は敵です! 奴のせいで何十人死んだと!? 奴はこれからも我々を殺します。今ここで殺らなければ、殺られるのはこちらです!」
「馬鹿者! 貴様も彼らがどれだけ献身的に戦ってくれたか、知らないわけではないだろう! ジェリアス殿が自分の身を鑑みず戦ってくれなかったら、私の部下は死んでいた。どころか付近の兵士は全滅していた。アッサム殿がすぐさま人型種の相手をしてくれなかったら、被害はもっと大きくなっていた。恩を仇で返せと教えた覚えはないぞ愚か者!」
ガイトル殿のあまりの剣幕に、私に突っかかってきた兵士はたじろぎ何も言えなくなってしまった。
しかし、彼が悪いわけではない。言い方こそきつかったが、人の命がかかっているのだ。不安な要素を取り除こうとするのは当然だろう。
彼は納得していない様子で去って行った。
「ありがとうございますガイトルさん。それにアッサムのことも。少し、安心しました」
「何、気にすることはないですよ。貴方には返しきれないほどの恩がある。この程度のことならいくらでもしましょう」
彼は本当に良い人物だ。客観的に物を見つつ、義理や恩という主観的な視点を失わない。ガイトル殿にとって、さっきの兵士だって彼の仲間なのだ。だが客観的視点も含めて私を擁護することを選択した。
彼の言葉は、今の私には効きすぎる。
彼のやさしさと強さに感謝を伝えていると、不意に簡易テントから走ってくる兵士が見えた。
「大変ですガイトルさん、ジェリアスさん! イギリスの研究チームから報告が! ケニアに、ケニアに大量の変異種が集結しつつあるそうです! その数はなんと……!?」
彼が報告の内容を読み上げようとしていると、突然辺りが大きな影に包まれた。今日は快晴。雲がこの上空を覆ったわけではない。
誰もが上を見上げた。そのおぞましい音に恐怖した。目に映る光景に絶望した。全身で、自分たちの無力さを感じ、震えあがった。
大型種が、本来飛行能力を持たない大型種が宙を移動していた。高い跳躍力を持っているだけの人型種が、大きく翼を広げて悠々と空を泳いでいた。
空を多い尽くすバッタの群れはビクトリア湖を越え反対側へ、我々が次に向かう地、ケニアへ大移動していた。
新たな戦いの予感がする。嫌な予感だ。