第五十九話
あまりの熱量にアッサムは気絶してしまった。彼の体内組織はズタボロ。全身のやけども酷い。
しかし生きている。あまりにも不自然だ。彼は人間ではない。その疑問が確信に変わってしまった。
ひとまずアッサムを医療班に預けようと思い本隊のテントを探したが、どの場所の医療班も殺されてしまっていた。
先ほどの人型種。間違いなくあいつらの仕業だろう。
奴らいったいどこから入り込んだんだ? 人型種は全て俺に注目していたはずだし、酸素断絶結界で全滅させたはず。どうやってあの大魔法を潜り抜けることができた?
そこでふと我に返った。危ない。思わず思考の海に落ちるところだった。今はそんなことをしている時間は無い。
即座に全体用の通信回線で招集をかける。返答の声がまばらだ。何人やられた?今何人いるのだ。
人型種は強いし、魔法を含まない人間の武器では戦いにもならない。アッサムの部隊以外は必死になって逃げ回っただろう。
全員が集合するまでの時間にアッサムの部下から話を聞き出しておく。
彼らは語った。おぞましい悲劇を……。
――――――
神虫が出現したとき、魔法の武器を持たないほぼすべての兵士はやることがなくなってしまった。
変異種が一斉に倒れてしまったからだ。恐らく神虫を召喚するための代償が、彼らの命だったのだろう。
最初は戦車の主砲を神虫に浴びせようとしていたが、神虫の装甲はあの程度の攻撃で突破できるものではない。今後の消費も考え、すぐに火砲は中止となった。
私たちはその装甲車で一通り周囲を索敵し、生き残った変異種がいないか確認していた。
機動力の高い飛行種は数十体いたが、あれは近づけさせなければ人間の武器でも倒すことができる。
人型種などが酸素断絶結界の外にいないことをしっかりとチェックした私たちは、次に本隊のテントに向かった。
チャンクーさんが助けた人質の安否の確認と、彼らから何か情報を引き出せないかと考えてのことだ。
しかしそれは両方とも悪い方向に進んでいた。人質たちの健康状態は非常に悪い。10人全員衰弱している。まともな食事を得られていなかった。外傷が酷く、適切な処置を施さなければ一生治すことができないような者もいた。
さらに彼らは全員薬物で侵されており、まともな会話ができる状態ではなかった。これも適切な治療をしなければ脳の機能が回復することは無いらしい。かなり強力な薬物を使っているようだ。
現場にいた治療班から応急処置を受けたみたいだが、薬物に関しては彼らにはどうすることもできない。専門の医者に見せるしかない。
しかし全員今すぐ命を落とすような状態では無い。
我々が一安心し、神虫との戦いを見届けようとその場を離れたとき、突如人質の容体が急変した。
彼らは一斉に腹を抱えてうずくまったかと思うと、全身の生傷から血を吹き出し始めた。
次の瞬間、彼らの口から手が飛び出した。それは血に染まった真っ赤な手。それは節々が強調された昆虫の手。
一本飛び出すと、二本三本と手が飛び出してくる。その手は口の端をがっしり掴み、左右に引き裂いた。
絶命した人質の体内から10体、人型種が現れたのだ。
そう、奴らは人質の体内に卵を植え付けていた。人間にはそんなこと絶対にできない。
奴らはバッタの成長スピードを操ることができる。その能力を用いて本隊の後ろに人型種を潜伏させた。
生まれたばかりであるはずの人型種は次に医療班を襲った。手近にいたし、傷の手当ができる人材を排除するのは非常に合理的といえる。
大した武器を持たない医療班は簡単に殺された。そして次に狙われるのは……。
私たちは必死に逃げた。この距離で人型種相手に勝てるわけがない。魔法の武器を所持していないのだ。
我々は乗ってきた装甲車まで走り、全員が乗り込むと即座に発進した。
戦わないとはいえ、仕事をしないというわけではない。我々には我々の役割がある。
先ほどまでと同様、脅威となる敵を引き付け時間を稼ぐのが私たちの仕事。通信機を用いて敵の侵入を報告するのも忘れない。
しかし、人型種は飛行種とは違う。機動力こそ若干劣るが、奴らにはその分知能がある。自分たちが引き付けられているのを悟ると、すぐに狙いを装甲車から本隊の兵士に切り替えた。
魔法の武器を持たない軍人は蹂躙され、奴らは次々と死体の山を築いていった。
仲間がやられていくのをただ見ていることしかできない。私たちが無駄に突撃すれば簡単に殺されるのは目に見えている。奴らはこの装甲車を突破するのが難儀だと考えて襲ってこないのだろう。
既に奴らの敗北は決している。だから少しでもこちらの戦力を削ごうとしているのだ。
装甲車で突撃しようにも、奴らのパワーがあれば簡単に止められてしまう。奴らは気まぐれに我々を見逃しているに過ぎないのだ。一度こちらを狙い始めれば、瞬く間に殺されてしまう。
我々が何もできないでいると、アッサム隊長が立ち上がった。人型種に注目していた私たちは、その光景に唖然としてしまった。
炎だ。アッサム隊長は炎を纏っていた。本人も何故それができるのか分からないと言っていたが、彼は自分が戦えることを悟ると、一人装甲車を飛び出した。
――――――
……そして場面は先ほどのところに移る。アッサムが戦っているうちに彼の部下も行動していたが、出し抜かれて危機的状況に陥ったのだという。
なるほど、そんなことが。しかしそれではアッサムが何者かという情報にはならないな。
何故かアッサムは魔法が使えて、それもさっき唐突に使えるようになっただけ。
意味が分からん。魔王の眷属なら最初から魔法は使えるべきだろう。魔法を使わなくていい理由があるのか?
そう考えていると、散らばっていた兵士たちが集まってきた。各々分隊ごとに点呼をし、人数を確認している。
……が、全ての隊に人数の誤りがある。そもそも番号が抜けている分隊もある。というかそっちの方が多い。
戦死者が多すぎる。たった10体の人型種に、人間はあまりにも無力だ。
全員の表情が優れない。それもそうだろう。まともに戦って死んだのならまだ良い。しかし、神虫の登場によってほぼすべての変異種が突然死したあの瞬間、全軍が勝利を確信したのだ。ここから誰も欠けることはないと、誰もがそう思った。
だがその思いは簡単に踏みにじられた。たった10体の敵に。
彼らの屈辱も、悲しみも、俺には推しはかることしかできない。理解してやることはできないし、分かったような態度もとれない。
ひとまず、今は向こうの隊と合流するべきだ。あちらの状況も気になるし、戦死者のことも報告しなければならない。
今後ケニアに侵入するにあたって、継続して戦闘に参加できる者の選抜も行う。ここにいる奴らの精神状態を考えると、半数以上は国に返すことになる。
ケニアの戦況にもよるが、向こうの兵に負担を強いることになるだろう。
俺たちは木々がなぎ倒され食いつくされたビクトリア湖沿岸を歩きつつ産みつけられた卵を破壊して向こうの部隊と合流した。
向こうも俺たちと同じようにビクトリア湖にある卵を破壊してきたようだ。ちょうど中間地点で合流することができた。しかしその表情は優れない。
いったいそっちで何があったんだ。
ジダオ……。ジェリアス……。