第三話
クソほど臭い肉を無心で食べる。
これマジで香辛料ないとしんどすぎるぞ。てか香辛料があってもしんどい。辛みとかで誤魔化せる域ではない。なぜジダオは平気そうなんだ。あいつ狼型だから臭いのは俺よりしんどいはずだろ。野生の食事に慣れているからか?
流石に全部は食いきれない。やっぱ余ったやつも焼いて放置していくか………。
ッ! ジダオまさか!?
焼かずに食ってる!!??
確かに臭いものは温めるとさらに臭くなる。だが生のままなら!いや、だがこんな硬い肉どうやって生で食うんだ。
「なんだチャンクー、こっちをじっと見て。面白いものでもあったか?」
「いや、こんな硬い肉どうやって生で食っているのかと」
「どうやってって、普通に噛んでいるだけだぞ」
単純な疑問のつもりで聞いたんだがジダオは何当たり前のこと聞いてんだ見たいな表情でサラッと答えた。いや、狼の表情なんてわからないが。
「なあジダオ。狼にできても人間にできないことは多いんだぞ。人間の顎じゃ、この肉は嚙み切れない」
「人間はあごの力が弱いのか? 知らなかった。人間はあらゆる有機物を食べれると聞いていたから、顎がとんでもなく強いのかと」
あー、こんなところにも改変の影響が出てるのか。人間があらゆる有機物を食べるという事実だけ知っていてどうやって食べるのかは知らない。
「それはなジダオ、人間が炎を扱えるからだぞ。例えば肉も火を通せば柔らかくなる。毒のある植物や寄生虫も火を通せば死滅して食べれるようになる。ただ人間の顎自体は弱い。栄養効率の悪い草から野菜への転換。骨髄を食べることで狩りが下手にもかかわらずタンパク質の接種を可能にする。そうやって栄養効率が上がって顎はどんどん弱くなっていくのさ」
本当はもっと複雑なんだが、軽く説明するくらいならこんなところだ。
あ? なんで俺は今、人間が顎が弱い理由を答えられたんだ? 今まで事実の知識はあっても理由にはたどり着けなかったはずだ。
知っているものもあるってことか? いや、俺の本質である人間に関することはそれで片付けていいほど簡単なことじゃない。知能派のジダオだって人間の進化による弱体化は知らなかった。
それは、本来同一の存在である俺とジダオに差異があっていいものか?
「チャンクー? どうした難しい顔をして。似合わないぞ」
「うっせえ。俺とお前の記憶の齟齬に今更気づいただけだ。知っている事実とその先、俺とお前ではその辺がだいぶ違うようだ」
口に出してさらに気づいた。俺、こいつのこと全然わからないままに一緒にいる。
俺の本能ともいうべき根本の知識にはこいつは味方だと記されている。だがそれは、本当に信じていいものか?
俺は俺の知識や人格が人から与えられたものだと気づいている。そこに何か思惑があることも分かっている。だが、それは信用できるものかはわからない。
俺の知識や人格は誰に与えられたものなのか?
俺たちが目指している敵は本当に倒すべき相手か?
俺たちは誰のために力をつけて戦うんだ?
俺の力は、誰のために振るわれるんだ?
「そんなこと考えたって仕方ないと思うぞ。俺は俺のことも、お前のこともよく分かっていないが、確信を持って言える。お前は信用できる。それは与えられた知識だからじゃない。俺の考えだ。今はそれで十分だ」
確かにそうかもしれない。俺も自分の意志でこいつを信用しているように感じる。真面目だけどたまに馬鹿で、知らないことは知らないと恥ずかしがらずに言える。とても好感の持てる奴だ。それも、こいつが俺を信用しているからだと言うこともできる。
「そうだな、深く考えても仕方ないよな。よし! 気持ちを切り替えていこう! これからどうするべきだと思う?」
「そうだな、余剰エネルギーも使い切ったし、制御の甘さが余剰エネルギーのせいじゃないことも分かった。だからまずは力の使い方を学ぶべきだな。ただ、野生動物は相手にしない」
「というと?」
力の使い方を学ぶといっても相手がいなけりゃ話にならない。ただ、野生動物を相手にしない理由はわかる。ライオンは岩石砲の一発も避けられなかったし、休憩中とはいえ300mの距離でこちらに気づかない時点で論外だ。あのプライドが特別弱かった可能性もあるが。
「俺とお前で打ち合いをする。ほぼ同一の力を持つ俺とお前なら、互いに同じスピードで成長を期待できるはずだ」
「なるほどな。俺とお前で特訓をするか。確かにそれが一番効率がいいだろうな。最低限ライオン共を挑発して向こうから襲い掛かってくるくらいの力の制御を身につけなければ。進行方向も決めておこう。水場も探さないといけないしな」
「ライオンの件に関しては地面に着地していても逃げていたと思うんだが。水の確保については少しやってみたいことがある」
そういうとジダオはすっと立ち上がった。
ジダオの額のほうに力が集まっていくのを感じる。なるほど、これが互いの力に干渉できる感覚か。
確かに俺のほうからも力を加えることができそうだ。ジダオが発射された岩石砲に干渉できたことから、力の形が完成してもあとから力を加えることもできるんだろう。
ジダオの力がどんどん一点に集中されていく。俺が岩石砲を作った時よりもはるかに時間をかけて丁寧に構成していく。
そして少しずつジダオの額の前に氷の粒が出来上がる。それが徐々に大きくなり、やがてこぶし大ほどの氷塊になった。
「よかった、成功だ。何もないところから氷の塊を作り出すことができた。チャンクーが岩石砲を作りだしたときに思いついたんだ」
氷塊がゴトンと重たい音を立てて地に落ちる。
「なるほどな、岩石砲の氷バージョンか。これで水の確保の必要はなくなったな。水の心配をしなくてもいいのは楽だ」
「ああ、これで特訓に集中できる。だから、一直線に敵のもとに向かいつつ道中特訓することにしよう。この氷塊ももう少し楽に使えるようにする必要がある」
「方針はそれでもいいがその氷塊、そんなに難しいものなのか?」
俺が岩石砲を作ったときは一秒と掛からなかった。それに射出するときの威力も、調整をミスりはしたが十分動物を殺せるものだった。今の氷塊にその手の力は掛かっていなかった。どころか、掛けることもできないようだった。
「チャンクー、さっき自分が言ったこと忘れたのか? 狼にできても人間にできないことは多い。逆ももちろん言えることだ。人型のお前は力の調整が俺よりうまいんだろ。器用だからな。俺は氷塊を作るときに余計に冷気が溢れないように内側に留まるよう調整しなきゃいけない。お前はそれが必要ないんだろ?」
確かに俺が岩石砲を作ったときはそんな調整はしなかった。ジダオの力は最初にでかい力のプールを出してそこから氷塊を作っていた感じがした。だから氷塊に必要ない力は余計にあふれようとする。
俺は必要な力を自分の体内から少しずつ加えていくような感じだ。ジダオはきっと自分の身体から直接力を引き出すことができないんだろう。
だが、だからこそ瞬間的に大きな力を使うことができる。それは大きなアドバンテージではあるが、弱点にもなる。持久戦になればジダオは早々に力が尽きて戦闘はできなくなるだろう。
狼の戦い方がまさにそうだ。相手を待ち伏せて狩るときは一瞬。一瞬で最高速に到達し、獲物は気づいた時には死んでいる。
だが、体力のある獲物に気づかれれば追いつくことはできない。狼は体温調整が人間ほどうまくなく、口の周りを唾液を乾かして冷やすことしかできない。だから走り続けていればすぐに体に熱がたまって熱中症になる。
狼が日常的に行っている戦闘方法を元に、慣れている戦い方をとれるようにしたのだろう。
「わかった、俺がそのやり方を教えよう。俺も、お前が瞬時に大きな力を使える方法を知りたい。自由に使い分けられれば大きなアドバンテージなるはずだ」
「教えてくれるのはありがたいが、俺の力の方向性が分かるのか? 人型にはそんな特徴も?」
「俺の力に干渉したときに気づかなかったか? 力がどこから出てきて集まっていったのか」
「いや? 俺にはチャンクーは力の扱いが上手いんだなーとしか。力の細かい調整は得意じゃないからな」
感覚が大きく違うのか。これは、教えるのが大変そうだ。だが、やらないわけにはいかない。俺たちの目指している敵が本当に敵と言えなかったとしても、そいつが敵だった時、勝てなくちゃいけない。
少なくとも今の時点でそいつに勝てる保証はない。まともに制御できず、暴発するようでは絶対にダメだ。
何があっても困らないように強くならなくては。