第五十三話
一瞬空が光ったかと思うと、そいつは突如そこに現れた。
八本の足に二対の羽。戦車よりも大きいだろうという巨体はあらゆる生物を飲み込む。
その姿は間違いなく、俺が知っている神虫そのものである。鬼神天刑星や法華経守護神の毘沙門天と同格とされる善の神。
中国の神話の中でも間違いなく実力者と言える。善神
あいつが蝗魔王たちの盟友? 魃魔王のことを考えるに、奴は蚩尤の一派ではなかったか? 蚩尤は間違いなく悪神と言える。それが何故奴を呼び出すことができるんだ。
奴らの共通点と言えば、虫であることくらいしかない。これも蝗魔王の力なのか?
「GGGYYYYYYAAAAAAAAAAA!!!!!」
召喚された神虫は大きくその翼を広げ絶叫を上げた。虫とは思えないその咆哮は破壊種のそれとは比較にならない。
誕生の興奮をそのままに近場の岩山を一瞬で吹き飛ばしていく。壊された岩山は地面に落ちることなく酸素断絶結界の外に消えていく。
クソッたれが。奴のパワーがあまりにも強すぎて地面に設置した岩山生成魔法が発動しない。
奴の周辺にまだ岩山があるうちに設置型魔法を食らわせて置かなければ。せっかく消費した自然力を無駄にするほど余裕はない。ただでさえ酸素断絶結界だけでも消費がエグイのだ。
「これでやられてくれ! 崩落!」
周囲の状況も把握せずに崩落を使う。奴が岩石の山に囲まれているうちに全てを破壊し、大ダメージを狙うのだ。
岩山を生成する魔法は全て爆雷に置き換え、奴が暴れてそこを踏みぬくたびに新しい爆雷を再生成するようにしておく。これで奴は身動きができないし、関係なしに暴れれば半永久的にダメージを食らい続ける。
「GGYYYYAAAAAAAAAA!!!???」
突然の爆発にかなり混乱しているようだ。だがその身体を傷つけることはできていない。
他のバッタたちから見ても遥かに強力な耐久性を持っているらしい。爆発を耐えきれるのだから、大型種を即死させた不自然な重量を持つ落石であっても奴を殺すことはできない。
だが、無数の爆雷に襲われて俺に気づいていないうちに次の手を打つ!
酸素断絶結界を急激に縮小させ、結界内の生物が即時死滅していく。
酸素断絶結界は半径50m、100m、200mの三つに分けられている。この結界はかなりの操作精度を要求される。範囲も広いし熱量操作とか、酸素断絶によって外部の酸素も吸いつくしてしまわないように調整とか、難しいことが多すぎる。
だから戦闘中にこいつを操作するのはかなりしんどい。
しかし酸素断絶結界の熱量はあらゆる物体を一瞬にして消し炭にできる。タングステンの鎧であろうとも、熱耐性を付与していなければ瞬きのうちに溶かすことができる。通常の金属程度であれば近づけただけで気体に昇華させられるほどである。
開けた辺りを見回してみると、とんでもない数のバッタが死んでいる。酸素断絶結界の外にいた奴らもほぼ倒れている。
神虫を召喚するために魔力のすべてを奪われたのか?まあ、神虫一体で数万の人型種に匹敵するだろう。代償を考えても、神獣を召喚したと考えればあまりにも安すぎる。
俺を中心に縮小させた酸素断絶結界は当然爆雷を全て作動させながら神虫を巻き込んでいく。
爆雷と炎熱によって大ダメージを受けたはずの神虫はしかし、その身に一切の傷を付けることなく耐えきっている。
「GYA?」
マズいな、気づかれたか。
酸素断絶結界を解除した反動による暴風で飛び立つことはできていないようだが、その八本の足を用いて急速接近してきた。
岩山は全て崩してしまったし、暴風で軍人もしばらく攻撃できない。神虫の進行を邪魔するものは何もない。
「火炎鉄榴弾!」
新しい遠距離魔法、火炎鉄榴弾を大量にばらまきながら奴の進行を阻む。近距離戦に持ち込まれれば流石に危険だ。
火炎鉄榴弾は大きめの弾丸を高速で撃ちだし、着弾と同時に大爆発を起こす。鉄、と名前に入っているが、素材の大部分はタングステン製である。破壊種程度であれば一発叩き込むだけで気絶させることができるはず。
これで少しでもダメージを受けてくれれば良いが。
「GAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
「ノーダメージかよクソ!」
結局火炎鉄榴弾は奴の進行を少し遅らせる程度に留まってしまった。自信のある技ではあったが、どうやら大した効果はないらしい。
遠距離攻撃は基本的に防御貫通系の魔法の効果が薄れる。神虫クラスなら防がれても当然と言えるだろう。
クソッたれ。遠距離攻撃が通用しないなら近距離戦をするしかない。だがこんなのに俺の格闘技が通用するのか?
銀槍で中距離戦をするのもアリだが、一体こいつを倒すのに何時間かかるんだ。銀槍は手数の少ない人間相手なら有利だが、火炎鉄榴弾を耐えきるほどの装甲を有する敵には大したダメージにならない。貫通魔法を扱える限界が銀槍だから、ノーダメージということは無いと思うんだが。
バックステップで距離をとりつつ、岩山で奴の進行を阻害する。遠距離攻撃をするよりも障害物を作り出す方が燃費が良い。
奴は構わず突進してくるが、足を付ける面積が増えた上に上下の運動が追加されている。当然奴が近づいてくるのは遅くなる。
だがこれからどうすればいいんだ。神虫の攻撃なんてまともに受ければただじゃ済まない。一方的に攻撃できる場面が訪れればいいが、どうしたもんか。
穴を作り出して落としたとしても、奴の登坂能力であれば近接攻撃を叩き込めるだけの好きは生み出せない。
真下に岩山を生成して打ち上げても、この暴風の中でも多少なら翼を広げて回避してしまう。何より俺に空中戦の心得はない。
「手詰まり……か」
『チャンクー殿! 暴風が収まってまいりました。自分も魔法銃で加勢しますぞ!」
クラグ! ウガンダの中でも最大戦力である彼ならば、神虫の注意を引き付けられるか?
少しでも神虫に隙を作ってくれれば、さっき押収したこの双剣と乱魔波の組み合わせで連撃大ダメージを狙えるはず。
ただ一つ問題がある。彼らが参戦できるようになったということは、当然暴風はかなり落ち着いている。つまり奴の飛行能力も万全なものになってしまっているということ。
「クラグ、装甲車の中から奴の注意を引き付けてくれるか? お前たちにはさっきから大変危険なことをやらせてしまっているが、あれを倒すには俺一人の力では不十分だ。協力してくれ」
『当然です。あんなものを野放しにしておけば、我が国にどのような被害があるか分かったものではありません。この命に代えても、その任果たして見せましょう!」
素晴らしい愛国心だ。先ほど上位人型種の忠誠心に感心したが、まさかこんな近くにあれと同じことができる者がいるとは。
『して、本隊はどういたしますか? 戦車の主砲は奴に通用するでしょうか。先ほどの攻防、一部拝見させていただきましたが、かなりの耐久力のようですね」
「本隊は今のところ何もできることがないな。お前の言う通り奴の耐久性は大したものだ。戦車の主砲程度では奴を傷つけることはできない。お前の魔法銃であっても、かすり傷を与える程度しかできないだろう。人型種から押収した剣を使う。あれなら十分な火力だ」
『了解! 奴との戦闘中私は全体へ指示を出せません。本隊の指揮官がいますが、移動して指揮できる者も必要です。アッサム君に私の指揮権を委譲しますがよろしいですか?』
「問題ない、そうしてくれ。彼はジェリアスが信用する人物だからな。戦闘経験も豊富と聞いている」
クラグの装甲車が銃を撃ちながら近づいてくる。流石の走行スピードだ。魔法銃は俺の遠距離攻撃よりも貫通魔法が安定して撃てる。そのため奴の外骨格に傷を付け始める。
神虫は俺ではなく装甲車に向かって走り出した。
装甲車はあれを引き付けるためにライフルも撃ち続けている。
神虫はそのすべてを魔法銃の銃撃だと誤認しているのか、足で防御する姿勢を見せている。
上手いこと引き付けられているな。小爆発を使えば追いつくことはできる。
後ろからなら奴に攻撃することもできるだろう。蜘蛛と蛾を足したような見た目をしているが、目は獣のようなものであり、初撃を叩き込むまで気づかれはしない。
頑張ってくれクラグ。すぐにこいつを三枚おろしにしてくれる。