第四十九話
~SIDE ジェリアス~
「せぇやッ!!」
大きく声を上げて己を鼓舞し、渾身の一撃を叩き込む。
相手は最後の人型種。以前までなら絶対に勝てなかった強敵。だが魔力によって超常的な力を手に入れた今の私には対等とすら言えない相手だ。
組み伏せ動きを封じる必要もなく、その一撃で頭蓋を粉砕して絶命させた。
やった。やっと人型種との戦いが終わった。本当に強敵であった。魔力を手に入れた状態であっても戦力差がある。ガイトル殿率いる誘導部隊がヘイト管理をしてくれていたし、大型種の相手はほぼしていないが、かなり苦戦してしまった。
まだ魔力による高揚感が抜けていない。全身を快楽と全能感が駆け巡っている。速くなった脈拍と動機が収まらない。あらゆる感覚器官が鋭敏になり、体内の血が巡る動きすら正確に捉えてしまっている。
辺りには無数の人型種の死体が転がっている。顔が昆虫そのもののような者から人に限りなく近い者まで、戦闘能力が分かりやすい。
中には銃弾で貫かれ絶命している者もいる。私がそうなるように奴らの動きを誘導したこともあるが、ガイトル殿たち誘導部隊の能力も高い。
あの人型種に魔力の含まれていない弾丸を命中させ、さらに絶命まで持ち込むのは並大抵のことではない。
大型種の死体も大量に転がっている。結局大型種は10体近い数が潜伏していた。このことから、奴らは何らかの方法でジダオさんの索敵能力を掻い潜ることができるらしい。
周囲を注意深く観察し、奴らの弱点と情報を少しでも見つけ出そうとしているうちに、数人の硬い足音が聞こえてきた。
「ジェリアス殿! 無事か!?」
ああ、ガイトル殿か。その声が聞こえるまで誰が近づいてきたのか理解できなかった。
マズいな。魔力の影響か戦闘の高揚感からか、集中力がかなり落ちている。こんな状態で情報を探ったところで、大した結果は得られないだろう。
「無事ですよ。まだ身体が落ち着きませんが、脈拍が戻れば問題ないと思います」
「全く無茶をする。あれは魔法銃用に濃縮された魔力タンクだ。到底人間に耐えきれる代物ではない。ましてや調整も正規の接続装置もない状態で、直接消化器官から摂取するなど。お前はそう遠くないうちに死ぬぞ。分かっているんだろうな」
「もちろん分かっています。ですが、私があの場で戦わなければ本隊まで攻め入られ、全滅していたでしょう。もちろん大型種に襲われていた貴方の部下も死んでいた。それにこの身体も、ケニアに援軍する数週間程度は耐えられるはずです」
この身体はすぐに朽ちる。人体が耐えることのできない動き、人体が耐えることのできない脈拍とエネルギー。水銀で死ぬというよりも、私はこの魔力に殺される。
しかしそれでも構わない。元より私は誰かを守るために死ぬ。そのためだけに軍にいるのだから。そのために、昇格の話しをすべて蹴って最前線で戦っているのだから。遊撃部隊は最も最前線かつ最も危険な部隊。クズ同然の私が、その行いを清算して死ぬにふさわしい。
「大した自己犠牲の精神だな。私には到底理解できない。自分の命よりも大切なものなんて、本当に存在するのか? 今すぐ死ぬという状況に至って、君と同じ行動ができる兵がどの程度いるのだろうな。それに、君が死ねば悲しむものも大勢いるだろう」
「そうでしょうか。私が死んだとき、仲間たちは悲しんでくれるでしょうか。それだけが恐ろしい。一人、10年ほど前から心も身体も共にしてきた親友がいるのですが……」
アッサム、あちらは無事だろうか。
……そう言えば、私が死んだときアッサムはどうなるのだろうか。私が奪ってしまった才能がアッサムに戻されればいいのだが。
嫌な、予感がする。
「アッサム! 今すぐ彼のもとに向かわなければ!」
何かを感じた瞬間、私は走り出していた。本隊の元に戻り、装甲車に乗り込んで今すぐ向かえば一時間で着けるはず。ここいらの木々はバッタどもに食い荒らされ、障害物となる物はほぼない。
「ジェリアス殿! その体では無茶だ! 今から向こうの援軍に行くなど」
気づけば私は地面に倒れこみ、ガイトル殿に支えられていた。
ふと足元を見ると、まだそこから血が流れ出ていた。どうやら魔力による快楽で痛みを打ち消してしまっていたらしい。こんな外傷にも気づかないなんて。
自己治癒能力の強化を、激しい運動によって突破してしまったか。
「そんな状態で行って何になるというのだ。君の自己犠牲の精神は素晴らしいが、今の君はただ死に場所を求めているだけの愚か者だ。君のそれは、結局誰かを守るという目的を失っている。今は本部に戻って体を休めるべきだ」
正論を言われてしまった。確かに、こんな状態で援軍に向かっても一般兵以下の働きしかできないだろう。
ジダオさんの方は心配いらない。ひと時苦戦しているような様子も見せていたが、今はもう作業的に人型種と破壊種を殲滅しているだけ。
「ジェリアス隊長! ご無事ですか!」
遠くから軍用装甲車のけたたましい駆動音が鳴り響いてくる。感覚の強化された私には五月蠅すぎる。
あれは、遊撃部隊が所有する装甲車だ。仲間が迎えに来てくれた。
迎えに来た車両に乗り込んでいたのは一人。誘導部隊の車両が使えないのを見て全員を迎えに来たのだろう。
どうにも力が抜けていく足を引きずりながら装甲車に乗り込む。
前に使っていたのは廃車になってしまったが、こちらは馬力が高い。この人数で乗り込んでも問題ないだろう。
車内で少し休んでいると、ガイトル殿たちが早速次のことを話し合っている声が聞こえる。意識が高いな、本当に。勝利を喜ぶこともなく次のことを考えるとは。
私の部下たちにもぜひ見習ってほしいところだ。
「隊長! 着きましたよ。今すぐ本部の医療班に治療を受けてください。その傷は放置すれば危険です。それに魔力による身体機能の障害も、適切な治療を受けなければ死に至ります。ガイトル殿から聞きましたよ。とんでもない無茶をやらかしたって」
「そう、だな。心配をかけた」
ガイトル殿、黙ってくれていたんだな。周辺の国に、魔力を消化器官から直接摂取した場合の治療が可能な医師なんて存在しない。
私は戦場で死ななくてはならない。その方が、仲間も私の死を受け入れられるだろう。
装甲車を降り、本部の医療用テントに向かう。
簡易扉を開き中に入ると、助けた人質が寝かされていた。外傷は応急処置され塞がっている。元々目だった傷はなかったが、衛生環境が悪かったからな。すぐにでも塞がなければ何らかの病気になっていたかもしれない。
「これは、酷いけがですね。今すぐ止血し縫い合わせなければ」
「ええ、お願いします。自己治癒能力が向上しているので、数日で完治しますよ」
医師は良くわからないといった顔をしていたが、黙々と傷を縫い合わせていく。手術の環境は悪いが、彼の技術は本物だ。問題ない。
手術はつつがなく終わり、血は簡単に止まった。脈拍も安定してきたし、全身の痛みもない。今日はもう疲れたし、これはよく眠れそうだ。
人質の方々も心配だし、今日はここで眠るとしよう。
――――???――――
身体が弾ける感覚。恐らく爆発物によるものだろう。熱が俺の身体を包んでいく。
絶対に死ぬといえる熱量。だが俺は死なない。というか、死ねない。
今までもこのようなことはあった。そのたびに死にそうな激痛と苦痛に耐えている。だがこれまでは人が死ぬほどのものではなかった。
しかし今回は別。並の人間であれば確実に死ぬ。そうでなくとも五体満足では済まないし、身体機能はほぼ消滅する。
「まったく、俺はただの駒ですか。魔王様」