第四十七話
~SIDE ジェリアス~
戦いは順調だった。私たちは一手ずつ慎重に、確実に相手を追い詰めていた。大型種を本隊に近づけさせず、人型種もここにいる者は全て私たちが相手にしていた。
本隊も攻撃の手を収めず、間抜けな大型種はどちらを追えばいいのかわからなくなって後手をとり続けた。ああなってしまえばもう相手ではない。
そう、私たちは順調だった。先ほどからの勝利の確信を崩さず、しかし誰も油断などしていなかった。
ガイトル殿がその経験を生かして全体の指揮を執っていたのだ。
油断することの危険性を分からない者はいなかったし、ガイトル殿の指示を破って深追いする者もいなかった。
だが、それでも私たちは甚大な被害を受けた。何故か。単純な理由だ。奴らが私たちの想定していた以上の強さを見せつけた。それだけ。
最初は絶望的な音と衝撃だった。装甲車は大きく揺れ、乗組員全員が転倒するほどの衝撃。全員で全方位完璧にクリアリングしていたはず。銃のサイトを覗いた瞬間か、人型種に大きく接近されてそちらに集中してしまったか。分かりはしないが、とにかく奴らは我々を出し抜いた。一体どうやって?
そんな思考は私の中から一瞬で消え去った。第二の衝撃が私に到来したのだ。
第二の衝撃は音やインパクトではなかった。第二の衝撃は痛み。今まで感じたことのないほど強烈な痛みだった。
私の右足に、直径約1.5cm程度の風穴があいていた。大きな声を出して転げまわらなかっただけ頑張ったと思ってほしい。
いや、とんでもなく痛い。足に風穴が開くっていうのは、もうどうにもならない痛みだ。少し身をよじるだけで体の中から出てはいけない何かが失われていく感覚。歩くなんてとんでもない。歩かなければならないのはわかるが、絶対に歩きたくない。
息を吸っても吐いても痛みは治まらないし、足をどの角度に動かしても血は流れ続ける。
たとえるならば、足をつっている時の百倍くらい痛い。力を入れようとしてもびくともしない。
それは足に力が入らないのか、足に力を入れたくないのか。
最初私はそれが、装甲車が大きく揺れたことによって何らかの刃物かハンマーの類が私に叩きつけられたのかと思った。
だが違った。必死に痛みに耐えながら、私はそれを見た。
装甲車に開いた、私の傷と同じサイズの穴。そして車内で絶命した飛行種の姿を。
「全員退避! 今すぐ車両から降りてください!」
それを見た瞬間即座に指示を出した。これは攻撃である。それも私たちの視線が外れる一瞬を狙った攻撃。明らかにここで決めるつもりだ。
ならば必ず二撃目、三撃目が来る。この車両を転倒させずには私たちにまともな攻撃はできない。
この装甲車の走破力はかなりのものだ。揺れた程度では逃げ切れる。そんなのは向こうも分かっているはずだ。
痛む足を引きずって装甲車から速攻降りる。こんなところにいたらヤバい!
皆一瞬戸惑っていたが、装甲車から這い出る私を見て即座に降り始めた。
そうだ、それで良い。
さっき突撃してきた飛行種はすぐに絶命したが、奴らは個体差が激しい。農家が簡単に捕まえてしまうような弱い者もいれば、戦車を横転させるほどのパワーを持った者も存在する。
装甲車を粉砕しても生きていられるような奴がいてもおかしくはない。
このまま車内に引きこもっていれば飛行種が突撃してきて死ぬだけだ。
全員が装甲車から退避した直後、一際大きい衝撃が装甲車を襲った。硬い装甲にバッタ一匹程度の大きさの穴が開き、さらに逆側から飛び出してきた。
全く、危ない。あんなの喰らったらひとたまりもないぞ。危うく全員ぶちのめされるところだった。
私の足はもう自由には動かない。だから今のうちにできるだけ装甲車から離れる。
奴らが装甲車を潰しに来ていたのなら、あそこめがけて強力な戦力を集中させているはずだ。
最悪の場合、大型種が来て装甲車を粉砕してしまう。
離れられたのは良いが、ここからどうするべきか。人型種と飛行種がどんどん集まってきて私たちを包囲し始めている。
装甲車が横倒しになり、機動力を失った人間などただの的だ。私たちでは直接対決になった時、数的有利を得たとしても勝てない。
たった三匹の人型種に都市一つ壊滅させられたほどに。
「ジェリアス殿。少しまずいことになったやもしれん」
私に続いて装甲車から飛び出し、即座に周囲を見渡していたガイトル殿から声をかけられた。
というか、口調がだいぶ変わっている。さっきのはよそ行きの喋り方だったってことか。この状況になって素が出ている。
「周りを見てくれ。大型種は既に10体倒している。だが大型種はまだそこにいる」
! 言われてすぐに辺りを見回す。最初に確認した大型種は10体。これはジダオさんにもしっかり確認してもらい、確定している。
見える大型種の死体は10体。つまり全てもう倒しきっている。だが大型種はまだそこにいて、まだ本隊が必死に戦っている。
「今すぐ俺にその魔法銃を貸せ。君はもう今までのようには動けないだろう。君ほど上手くはやれないが、今の君がやるよりは良い」
「あ、ああ。……!」
不味い! 装甲車のところにまだウガンダ軍人がいる! そこはもう一番の危険地帯になってしまっている。
いや、こんな絶望的な状況のなか、逃げるのなら装甲車を取り返すしかない。それは分かる。
だが、クソ! さっきまでガイトル殿のおかげで深追いする者はいなかったが、彼の指示出しを間近ですべて聞いていた彼は今この瞬間に緊張の糸が切れてしまったのか!
「クソったれぇぇえ!!」
彼に迫る大型種に弾丸を叩き込む。足の痛みで立てず、上手く狙いを定めることもできないままに放った弾丸は大型種の振り上げた右腕を吹き飛ばした。
だが流石の巨体と昆虫特有の圧倒的体幹。魔法銃の弾丸を受けたにもかかわらず、奴はその場でのけ反るだけに留まった。
クソ、もう一発……!?
カチャ、カチャ。
不味った! こんな時に弾切れ? 弾丸の管理を怠った。車両から攻撃していた時は残弾なんてそう気にせずとも良かった。
だがここではそうはいかない。弾切れになったら逃げ専、なんてできやしない。
ウガンダ軍人に迫る大型種。装甲車や戦車すらも粉砕する絶対的な破壊の一撃。それは、次に瞬きをした瞬間には彼を殺しているだろう。
今からリロードしたんじゃ間に合わない。手元にあるもう一丁の拳銃で撃ったとしても、これは大型種には通用しない……。
なんだこの状況。何なんだ!? これじゃあ、あの時と同じだ。ここで仲間が死ぬのを見ているだけ。
そんなのダメだ! 私は、変わったのだ! アッサムが変えてくれたのだ。だからこんな所で仲間を見捨てるなんて選択、絶対にとれない! そんなの、アッサムが許してはくれない!
「ガイトル殿、すいません。この銃をあなたにお渡しすることはできない。しかし、絶対に貴方の部下は私が救って見せましょう。お約束します。さっき言葉を交わした時点で、彼はもう私の仲間ですから」
腰に取り付けている魔力タンクを即座に取り外し、チューブが繋がっている部分からねじ切る。
この中に入っているのは魔力が大量に詰め込まれた水銀。
覚悟を決めろ、ジェリアス。お前はもう弱いあのころとは違うのだ!
中の水銀を一息に飲み干す。
体の中を膨大な量のエネルギーが満たした。私の身体能力も感覚器官も、全てが書き換えられていく感覚。
アッサムから才能を奪ったあの時以上の全能感。快楽にも似た何かが、私の中を駆け巡っていく。
「ジェ、ジェリアス殿!? それは、魔力タンクの水銀だろ! そんなものを飲めばどうなるか、分かっていないわけではあるまい!」
「私は誓ったのだ。上官も、仲間も、友人も。当然、連合国の兵隊も、全員私が守って見せると。たとえ私の才能でなくとも、たとえ私の力でなくとも、それを振るうのは私だ! 私の意志の力が、仲間を守るのだ!」
大型種めがけて走り出す。膨大な魔力の治癒力強化によって、足の痛みなどとうに感じなくなっていた。傷はまだ塞がっていないし、血は流れ続けるが私は走れる。足に力が入る。
人間を凌駕したスピード。体幹では人型種の走力を遥かに上回る速度で、私はそこにたどり着いた。
大型種の振り上げられた拳を弾き返し、顔面をかかとで蹴り上げ追撃。
想像以上のパワーに大型種は大きくのけ反り、後ろ側に転倒した。
「装甲車は捨ててください! 今すぐガイトル殿のところに行き、全員で全方位を撃ち続けてください。人型種に近づかれれば終わりです! 大丈夫、皆さんの銃弾が尽きるころには私が戻ります」
今最も強敵が集中しているのはこの装甲車周辺。全員の弾丸が尽きるまでは私がここで戦っていても問題はない。
速攻で敵の数を減らし、優位を取り戻す! 絶対に誰も、死なせない!