第四十三話
~SIDE ジェリアス~
その後、私たちは医学の化生様に助けていただき、ほぼ無傷で生還することができた。ちぎれていたアッサムの右足も元通りになり、他重傷者も皆無事で済んだ。
病魔王は無事に撃破され、人類は救われた。
「俺たち、なんで生きてんだろうな」
私たちはどういうわけか生きていた。参戦していた軍人のほとんどが死亡したあの戦いで、何故生き残れたのか分からないが、アッサムが無事なら良かった。
アッサムの足を治してくれた化生様には感謝しないといけないな。
「私にも分からないけれど、今できることは、二度とあのような悲劇が起きないように訓練することだよ。今日から私たちも訓練復帰だ。お互い頑張らないとね」
それだけ伝えてアッサムと分かれる。私とアッサムは別の部隊。あの戦いではたまたま一緒になっただけだ。
私たちはもっと強くならなければいけない。魔王による攻撃はこれからも起きるだろう。その時、足止めにもならないようではまた被害を出してしまうだけだ。
私は誓ったのだ。死んでいった友に、上官に、同僚に。もう今回のような悲劇は起こさせないと。
訓練が始まった。いつも通りの訓練だが、いつも通りじゃない風景。こんなにも寂しい訓練は今まで見たことがない。
皆やる気も削がれているし、ついこの間まで隣で訓練していた仲間がそこにいないのだ。私だって辛い。
さっきはアッサムにああ言ったが、私だって仲間の死を受け入れられているわけではない。仲間の死を受け入れられるわけがなかった。
だけど私には身体を動かすことしかできなかった。そうやって仲間の死を薄れさせることしかできなかった。
心身相関と言って、心と身体は繋がっているものだ。身体を動かし始めると不思議と少し心が安らいでくる。
覚悟と決意を固めたおかげか、普段よりも遥かに動きのキレがいい。
体術も射撃も、今までとは比べ物にならない。自分のことではあるが、どうなっているのかわからない。
だが身体能力と射撃精度が向上しているのは良いことだ。
私は自分の新しい力に夢中になって、訓練を続けた。自分が強くなっている感覚に溺れ、その時だけは仲間の死を忘れることができていた。
復帰直後で早めに訓練を終了させられた私は軍の寮に帰ろうとしたが、用があるからと談話室に向かわされた。
談話室に入ってみると、アッサムと医学の化生様がいる。
アッサムも何故呼び出されたのか分かっていない様子だ。ただ、どこか疲れた顔をしている。
「こんにちは。数日ぶりですね。体調はどうですか?」
「絶好調ですよ。化生様にケガを治していただいたおかげです。本当にありがとうございました」
化生様には本当に感謝している。こんなに早くお礼が言える機会が訪れるとは思っていなかったけれど。
化生様はあの後病魔王の報告やら後処理やらで一度国連軍とともに魔王対策本部に戻ったはずだが。
「それは良かった。ですがお礼なんて言わないでください。私は貴方達を救えなかったのですから……」
そう言って化生様は少し暗い表情を見せた。どういうことだろう。私たちは確かに化生様に救われた。私なんて、今までよりも調子がいいほどだ。きっとアッサムもそうだ。彼はテンションが上がると無駄に動き回ってしまうから、それで疲れているんだろう。
「まずは自己紹介から始めましょうか。私はメジク。医学を専門とする化生です」
「存じております。私はジェリアス、こちらがアッサムです」
メジク様は表情を明るくし、自己紹介をした。まあ私もアッサムも当然知っている。
疲れているだろうアッサムの分も紹介しておいた。余程疲れているんだろう。私の言葉に頷くだけで他に反応はしない。
「うんうん、ジェリアスさんとアッサムさん。覚えました。今回呼び出したのは、病魔王が最期に放った魔法。呪いについてです」
「最期に放った魔法というと、あの怪しく黒い霧のような魔法ですか。喰らった時には激痛が走りましたが、他にも何か影響が?」
あの魔法は強烈だった。簡単に避けられそうなほどゆっくりだったのに、何故か当たってしまう。一撃で気絶するほどの激痛。
だが特にこれと言って後遺症のようなものは感じていない。メジク様が病魔を取り払ってくださったのかと思っていたが。
「ええ、あれは私にどうこう出来る類の魔法ではありませんから。病魔を与える魔法ならば、私の力で完全に相殺できます。ですがあれは、そうはいきませんでした。あれはもっと、人類の根源的な部分に関わる魔法。貴方達の肉体に直接影響を与えるものでした」
何を言っているのか、私には全く分からない。病魔王は、病を司る魔王。人間の肉体に直接影響を与えるような魔法も、使えるものなのだろうか。
「端的に言ってしまうと、あれは貴方達二人の身体的能力を入れ替えてしまう、というものでした」
「身体的能力を入れ替える? それはいったい、どういうことでしょうか」
「言葉のままですよ。アッサムさんは体重もあり、非常に完成された肉体を持っていますね。今日の訓練、ジェリアスさんはとても身体が良く動いたのではないですか?」
……! 私の中に、アッサムの身体能力がある?
確かに今日、私は今までにないほど高い身体能力を発揮した。凡人の私が、他の隊員よりも高い身体能力を発揮したのは初めてだった。
つまりアッサムは……。
「反対に、アッサムさんはその巨体に対してジェリアスさんの身体能力で身体を動かしていたはずです。ですからそんなに疲れているのでしょう」
アッサムが、私の身体能力であの肉体を動かしていた? ど、どういうことだ? つまり、あんなに持ち上げて遠くに運ぶのに苦労したアッサムの巨体を、今日一日ずっと動かしていたのか?それで、訓練に参加したのか? なぜ、今まで気づかなかったんだ。いや、気づかないわけがない。私が心配するのを避けたかったから、言わなかったのか?何故。
「入れ替えの影響がどの範囲まで出ているのかわかりませんが、もしかしたら筋肉だけでなく視力や聴力などにも影響が出ているかもしれません。私もこれを解決する方法を探していますが、専門外ですので難しいかと思います」
私の射撃の腕が上がったのは、アッサムの感覚と動体視力のおかげか。今日の活躍は全くと言っていいほど私の力ではなかった。
「ジェリアスさん、貴方にはこれから今まで以上に身体を鍛えてもらいます。貴方が身体を鍛えるほど、アッサムさんが楽になります。アッサムさんが自由に動けるようになるまでには相当時間がかかるでしょうが、アッサムさんを貴方が救うのです」
「分かりました。アッサム、すぐに動けるようにします。私が奪ってしまった力はすぐに返します」
「ジェリアス、あまり無理するなよ。お前が責任を感じることなんて一つもないんだ。お前は俺を助けてくれた。それだけでも十分なんだ」
その日から私は激しいトレーニングを始めた。軍にも話を通し、業務の時間を減らしてトレーニングに充ててもらった。
アッサムの身体能力でトレーニングすると、どうにも自分が強くなったような錯覚に陥るが、アッサムに挨拶をしに行くたびに現実を突きつけられる。
私が身体能力を奪ってしまったせいで、彼は訓練もまともにできていない。
本来なら彼は私など足元にも及ばないほどの才能を持っているのに。アッサムはその巨体からは考えられないほどひ弱になってしまい、事情を知らない者から馬鹿にされるようになってしまった。
新人時代は、期待の新星として注目されていたのはアッサムなのに。
それから何年か経って、私はアッサムの身体能力も伴って部隊を任されるようになった。私が功績を上げるたびに、その功績は本来アッサムが受け取るべきものだったと、後悔してしまう。
私は何もすごくない。ただ、友から人生と功績と能力を奪った盗人。それでも私は彼のそばを離れるわけにはいかない。
次に彼がピンチになった時、中途半端に救うのではなく、完璧に救う。そのために私は軍人を続けているのだ。
今回書くのガチできつかった。でも次回もちょっと重たい内容になる予定なんよ