第三十九話
~SIDE ジダオ~
「カスどもが、やってくれるじゃねぇか!」
装甲車に向かってロケットランチャーを撃ち込んできたバッタに向かって電光を放つ。着弾した稲妻は熱を放出し、周囲に置いてあった弾丸に誘爆した。
派手に爆発した弾丸がバッタを焼き殺す。
たかがロケットランチャーの弾が誘爆した程度で死ぬってことは、こいつらはかなり位が低いらしい。
一番最初に人型種と戦った時のあいつですらチャンクーの爆炎を耐えきれたんだから、こいつらの弱さがよくわかる。
よく見れば顔もだいぶ人間とはかけ離れていた。
煙が立っていてやり切れたかどうか視認できていないが、手ごたえは十分あった。それに、俺の磁覚は奴らの存在を感知していない。それならばここに留まって確認する必要はないだろう。
当座の脅威はこれで去った。急いで本隊にもどり、俺が皆を導かなければ。この中で火力が高いのは間違いなく俺だ。
俺が中心になって戦わなければ!
装甲車の後を追いかけ再び走り出す。運転手も自分の役目をしっかり理解している。俺を待たずにドンドンスピードを出して突き進んでいる。多少人型種に襲われる程度なら俺が援護しなくともジェリアスの魔法銃で対処しきれている。
チャンクーと違って軍人と訓練することが多かった。だから彼らのことはよく知っている。
誰が見てもその強さが分かるのは間違いなくアッサムだろう。
彼は軍人の中でも特に体格がよく、身体能力も高い。己を鍛えることにも余念がなく、銃の腕もすさまじいものがある。
元対戦車大隊の副隊長であり、皆からの信頼も厚い。
だが、そんなアッサムからも大きく差をつけて優秀な男がいる。それがジェリアスだ。
彼は軍人にしては体格も細く、身長も特別高いわけではない。だがその実、彼の肉体は他の誰にもまねできないほど完成されている。
恐らく、肉体の完成度だけで考えたら、彼はチャンクーよりも強いことになる。
体格も体重も負けているアッサム相手に、徒手空拳で勝てるほど彼は強い。
射撃の腕も凄まじく、口が裂けても平凡とは言えない。彼には凡人がどれだけ努力しても到達できないだけの才能がある。
彼の伝説は軍の中にいるとどこででも聞くことができた。
曰く、100m離れた人型の的に、ハンドガンで10発連続ヘッドショットを叩き込んだ。
曰く、体重差50kg近いアッサムを持ち上げ1m以上投げ飛ばした。
曰く、訓練中、遊撃部隊全員から24時間に及ぶ襲撃を受けるも、これを全て返り討ちにした。さらにその日のうちに酔っぱらったアッサムとアームレスリングをし50連勝。
アッサムはあまりにアームレスリングをしすぎて腕を痛めたが、ジェリアスはけろっとした表情で業務をしていたという。
どこまで本当かは分からないが、彼の伝説は例を挙げだせばキリがない。最近は激務が続いていてやつれた表情を見せることが多いが、それでも彼の優秀さは失われてはいない。
っていうか、他の部隊は知らないが、遊撃部隊から聞く彼の武勇伝は大体アッサムが酷い目に合っている。哀れアッサム、優秀な男だが、遊撃部隊の中で彼はジェリアスに突っかかってくる噛ませ犬みたいな扱いなのだ。
とにかく、ジェリアスはそれだけ優秀ということだ。だから装甲車は彼に任せておけばいいだろう。
だから俺が相手すべきは……。
「地中から装甲車を襲撃しようとしてる大型種! 俺にはお前の位置が手に取るようにわかるぞ! 電光!」
装甲車の進路上(進路中?)に潜んでいた大型種に向かって電光を放った。
本来の雷は地面に当たると消えてしまうが、俺の電光は天の自然力によって方向性と推進力を与えている。たとえ地面に阻まれようとも、それを掘り返して敵を打ち砕くほどのパワーがあるのだ。
「ジェリアス! お前たちが進む先の地中に大型種が潜んでる! 電光を放つから上手いこと躱してくれ!」
ギャーギャーと、装甲車の中から何か聞こえてきた。多分了承する言葉だろう。
……なんて、チャンクーみたいなことは言えないな。俺の耳はこの戦場の中でも装甲車から聞こえる小さな声をはっきりと捉えていた。
応えたのはジェリアスではなく運転手の方。彼曰く、
「ちょ、何言ってんすか!? 無理に決まってるでしょ! ジェ、ジェリアスさん? あんまり怖い顔しないでくださいよ。分かりましたよ! こうなったら気合で躱しきって見せますよ!」
「それでいいです。あなたはここにいる12人全員の命を預かっているのですから、あまり軽率な発言はしないでください」
本当に、通信機を持てないのは不便だな。こういう時は人型のチャンクーがうらやましい。
人間用の通信機は俺が扱えるようにはできていない。
今の言葉も、どこまで向こうに伝わっているか分からないしな。
少し進むとさっき片付けた大型種を装甲車が乗り越えていく。
大丈夫だ。電光を当てると同時に奴が即死していることは確認済み。俺の攻撃力なら、地中にいる大型種でも問題なく殺せるようだ。
「装甲車! よく聞いてろ! 電光!」
俺が叫ぶと同時に装甲車が向きを少しだけ変え、進路を修正した。
俺の声を完全に聞き取れたわけじゃないだろうが、運転手、しっかり神経を研ぎ澄ましているようだな。
電光が夜に光を放ち、地中にいたそいつに着弾。硬い外骨格ごとそいつを粉砕して持ち上げた。
これで二体目。大型種は全部で10体確認してるから、残りは8で、こちらの戦車は全部で19。余裕で圧倒できる戦力差だ。
この戦い、間違いなく勝てるな。
奴らは自分たちの数の多さに胡坐をかき、こちらとの戦力差を見誤った。広い範囲を守ろうとして戦力を分散。結果俺たちにボコされることとなった。
人質を取ったと聞いた時には少し焦ったし、彼らを囮に俺を撃破しようとしたのも正直危なかったが、俺にダメージを与えるのは失敗。人質の扱いとして想定していた災厄の事態は免れた。
奴らは結局のところただのバッタで、どれだけの力を持とうともバッタの域を出ないのだ。
俺たちの勝利は確実。あとは本隊に人質を任せて、文字通りただの殲滅任務を行うだけだ。
………、本当に、そうか? 奴ら、今までも俺たちの想定を大きく上回る戦いをしてこなかったか?
さっきから感じているこの違和感はなんだ? 俺は、何を認識できていないんだ?
俺が思考の海に捕らわれそうになったその時、俺の足元が大きく揺れ始めた。
! 一体なんだ!? この揺れは。大型種が地中を潜航して移動するのと同じ? だが、俺の磁覚には何も反応していない。
俺の磁覚は周囲の磁力とその変化を感じ取る器官。それが生物でなくとも磁力を持つ地球上の物体であれば俺の感知から逃れることはできないはず。
地面の揺れが大きくなり、そいつは飛び出してきた。
大型種よりもさらに巨大な身体。緑色の大型種に対して少し黒みを帯びた外骨格。
間違いなく、破壊種だ。だが、
「間違いなくただの破壊種だな。特殊な力を持っているわけでもない普通の破壊種。当然俺の磁覚を潜り抜けるすべなどもってはいない。なら……、なぜ今まで気づかなかったんだろうな。この場に、俺の感知を乱す磁力の流れが存在していたことに!」
そう、この場には不自然な磁力の力場が存在していた。普段なら間違いなく気付くほど大きな違和感。だが俺はこれに気づかなかった。
俺の思考能力は人間並みのつもりだったが、最近どうやらそうでもないことが分かってきた。人間並みの思考を完全に制御するには、圧倒的に脳細胞の数が足りていないのだ。俺の身体の構造上、これ以上脳細胞を拡大させることはできない。だから俺は複数の施行を同時に処理することはできないのだ。
今回で言うと、人質の存在か。動揺なんてしてないつもりだったが、思考の大部分を彼らの存在に割いてしまったことで、結果的に隙を晒すことになってしまった。
「……磁覚だけを頼りにしているわけにもいかなくなってきたな。破壊種は計3体。他の変異種の少なさはこいつらを使うためだったか。装甲車はもう本隊にたどり着きそうだし、ここは無理に援護する必要もないだろう。ジェリアス! 人質のことは任せる! 本隊に着いたら全体に指示を出せ! 俺は一足先にこいつらを殺る」
今度は間違いなく了承の声が届く。
さて、お前らの相手は俺だ。お望み通り軽くあしらってやろう。