第三十六話
ジダオとしばらく話をした。魚は一匹も釣れていない。バッタどもが食い荒した影響か、そもそもこんな岸辺じゃ釣れないもんなのか。
ジダオによると、今の状況からバッタの動きを推測するのはかなり難しいらしい。ただなんの目的もなく行動するだけの通常のバッタ程度なら簡単だが、やはり意志を持った群れだと厳しいものがある。
意図的に群れを分割し、どのタイミングで、何処で産卵すれば効率よく群れを拡大できるか把握している指揮官がいる。
FAOはあくまでもバッタとしての動きをすることを前提にAIにて客観的な行動予測を行っている。
研究チームはむしろ人間的な思考に基づいてバッタがどこに向かっているのか予測を立てていた。
だがジダオは、それも相手方に把握されていると予想を立て、最も効率よく産卵できる場所は除外。第二第三候補になるだろう場所に当たりを付けている。
まぁジダオの予測が当たっている可能性は五分五分ってところだろうな。本人も確信があるようではなかったし、蝗魔王ワンがどこまで先読みしているかはわからない。
あいつはかなり頭が切れる。こちら側の思考など予測されていても不思議ではない。
ジダオの言っていた第二第三候補とはズバリ、現時点で作物が豊富な土地。そこまで除外するとなると、群れを拡大させるのはここ、ビクトリア湖のような水場を制圧する以外にない。
水場は研究チームが予想を立てている第一候補。ルフィジ川には調査部隊が既に調査済みで、通常種以外居なかったそうだ。
タンガニーカ湖はまだ全域を調査できているわけではないが、こちらも通常種以外確認できていない。コンゴ民主共和国側に変異種が群れを作っている可能性もあるんだが。
情報をまとめるたびに奴らの行動の予測が立たなくなってくる。本当にどこに向かっているんだ?
FAOの発表したこれまでの観測結果を見てみると、何も考えずに作物を荒らしているようにも見えるし、効率よく数を増やしているようにも見える。
増えたバッタの数は完全に把握できているわけではないが、徐々に増えている、とは言えない。もっと爆発的に、大胆に増えているはず。
一体どうやってそれを可能にしているのか。予測はこれでもかというほど建てられているが、どれも的を得ているとは言い難い。
どうすりゃいいんだか。変異種を倒すのは俺たちだけじゃ手が足りないって話をしたが、そもそも通常種も農耕被害が凄まじいんだ。通常種が6000億匹いるだけでも第一次産業は簡単に崩壊する。
通常種の対処は人類だけでもできる。具体的には、産卵する時期を予測し、移動先に先回りして卵のうちから殺虫剤を散布することだな。
逆を言えば、それができなければ通常種を殲滅することはできず、数は増すばかりというわけだ。
つまるところ、さっさと人型種を倒して指揮を乱し、FAOなどが正確な予想を立てられる段階にまでしなければならない。
累計五万の人型種。それは現在も増え続けている。とても俺たちだけで手に負える数ではない。
「どうするべきなんだろうなぁ。アフリカの崩壊はもうすぐそこまで来てるってのに、今はこうして皆釣りを楽しんでる。全然実感がわかないし、勝てる保証もない」
「いいんじゃないか? 今はこれで。ずっと気を張っていたら身体が持たない。結局俺たは後手に回るしかないんだから」
ビクトリア湖の戦いがすべて片付いたら、もっと周辺国との協力を強める必要があるな。先進国にも、協力を急いでもらうべきだ。彼らの協力なくして、事態の収拾は見込めない。アメリカの企業は素晴らしい活動してるなぁとか思ってたけど、ここまでの状況を放置してるのはホントにどういうことなんだ。
「魔法の件ですけど、ケニアまでいければ魔力式貫通火砲がたくさんあるはずです。実はここ最近上位の飛行種が飛行機を撃墜する事件が多発していて、バッタの駆除に成功しているケニア以外に資材を搬入できないみたいなんです。エジプト~トルコ間の陸路には巨大なトカゲ型の眷属がいて、アジア側の海路には海龍がいるそうですよ。地中海沿岸は基本バッタに占拠されていますし。アメリカ側の海路は比較的無事なようですが、アメリカの主要な港では暴動が起き始めていて混乱状態だとか」
立て続けに嫌なニュースばっかりだ。なんだと? じゃあアフリカは完全に閉じ込められているってことか?
最悪。外部からの増援はあまり期待できないわけか。もっと早くに言ってくれよ。変に他国を疑ってしまったじゃないか。
「あ、釣れた」
「え? あっそれ! ナイルパーチですよ! 本当にこんなとこで釣れるんですね!」
「えーチャンクーさんホントに釣っちゃうんですか」
「だから言ったろ、ホントにここで昔釣ったんだって」
「ちょっとサイズ測ってみません?」
「俺の隣にいたのに良く釣れたなチャンクー」
この魚、そんなにすごい奴なのか。
和気あいあいとしたこの空気。なんか良いな。
ジダオの言う通り、ずっと考え込んでいても身体を壊すだけ。今は、この時間を楽しむべきか。考えるのは、考えるべき時にすればいい。
「……。フフ、ガハハ。そうか、こいつはすごい魚なのか! どうだ! 俺はすごいだろ!」
「お、おう。急にどうした?」
ジダオが少し呆けた顔をしている。ジダオの表情は分かりづらいようで以外に簡単にわかる。
「フン! 考えるのは止めだ。せっかくの休暇なんだから俺は遊ぶぞ! 精一杯楽しんで次の戦いのときにはもっとクリーンな頭で奴らを殺す。そのために今は遊んで遊んで遊びつくす」
「……、良いじゃないですか! 勝負しましょうよ。大きさだともう勝てないんで、数で勝負です。見てくださいよ自分のバケツ。もうこんなに小魚が」
「お前のそれは釣りでとったんじゃなくて泥をテキトウに掬ったらついてただけだろ」
「おいおい、俺が本気を出したら簡単に優勝しちまうぜ」
「本気を出していいのか? なら俺はこの湖に電流を流す。浮いてきたやつを大量に捕まえたやつが優勝だ」
「ちょ、そりゃないっすよジダオさん。それじゃあジダオさん優勝しちゃうじゃないですか」
ハハハ、馬鹿どもが馬鹿な会話してる。ジダオも、知らないうちに俺よりこいつらと仲良くなってるみたいだな。仲がいいのは良いことだ。
「ふ、良いじゃないかその勝負。なら俺はここら一体の水を消し飛ばしてやろう。ついでにゆで魚の出来上がりだ!」
「ちょ、チャンクーさんも乗っからないでくださいよ。お二人が本気で勝負しだしたら、自分らの勝ち目無いですから」
「冗談だよ、ちゃんと釣りで勝負しよう。最下位だった奴の夕飯はバッタな!」
「「「うおおーーーー! 負けられねぇえーー!」」」
「ちょっと待てよチャンクー! 俺の勝ち目無くないか!?」
「ああーーああーー、何も聞こえないー。もう急になんも聞こえなくなったー。耳吹っ飛んだー」
「ふっざけんなクソ! バッタなんて……いや、バッタも悪くない……?」
その日、俺たちは夕方まで釣り勝負をした。結局最下位はジダオ。奴は焦がした孤独相のバッタをたらふく食って何故か満足そうな表情をしていた。