第三十四話
「なるほど。つまりお前は、俺たちだけ先行してウガンダ軍に加勢するべきではないか、と言いたいんだな」
俺は小さくうなずいて肯定を示した。
俺たちはどう考えても遅かった。この廃墟、襲われてからそう時間が経っていないのは見ればすぐにわかる。
つまり、俺たちがもう数日早く到着していれば、調査部隊がルフィジ川よりもビクトリア湖を優先していれば、救えた人も多かったはずだ。家を失わずに済んだ人も、死なずに済んだ人も、大切な人を殺されずに済んだ人も、たくさんいたはずなんだ。
ウガンダでは今も人が襲われている。俺たちの力なしに、人型種や大型種、まして破壊種の相手なんてできやしない。
俺たちがさっさと駆けつけて、助けてやらなきゃまた人が死ぬんだ。
「あれだけ人類を疑っていた俺が言うのもなんだが、人類を助けなければならない。そんな気持ちが俺の中に渦巻いていて、今すぐ行動しなければ気が済まないんだ」
「ふむ、それを伝えるためにジェリアスのところにいたんだな」
「俺たちのやるべきことは人類を救うこと。今まさに襲われているとわかっていて、放置しておくわけにはいかない! 俺たちはまだ戦える。睡眠をとらなくても、今すぐにウガンダに行くべきだ」
思わず声を張り上げてしまう。だが感情に任せて怒鳴っているわけではない。これは俺の意志。俺の考え。
今回の戦いで俺はさらにこの状況を覆す方法が分からなくなってしまった。
こんなことが各地で起きている。だが対抗できる力は俺たちの二人だけ。明らかに手が足りない。
だからこそ、少しでも早く行動を始めなきゃいけないんだ。この問題を解決するためには、奴らが増えるよりも早く叩き潰すしかない。時間が無いんだ。
「ふむふむ、なるほど。お前のその提案だが、却下する」
「なっ!?」
ジダオは速攻で拒否してきた。すごい形相で。
「まず第一に、お前の身体のことだ。お前、まだ戦えるとか言ってるが、本当にそうか? お前、あの戦いの以前から寝れてないんだろ。それにその腕と肩のケガ、俺が気づいていないとでも思っていたのか?」
気づかれていた! そりゃそうだ、こいつの嗅覚をもってすれば俺のケガぐらいすぐにわかる。
「お前、破壊種とか上位人型種がもっと大量にいたら、そのケガ抱えた状態で勝てる確信があるのか? その拳、破壊種の外骨格にあと数回叩き込んだら砕けるんじゃないのか? お前、この地の人置いて死にに行くのか!?」
「ッそれは!」
「第二に! ここで休暇を取っている軍人はどうなる? ここに昨日みたいな大群が押し寄せてきたら、あいつら生き残れるのか? ここは生まれてくるバッタに被害を与えても構わないほど、奴らにとって大切な場所だ。今後さらに襲撃してこないとは限らない。お前がいなくなればいたずらに兵を死なせ、重火器は奪われ戦車は鹵獲される。人類はさらに危機的状況になるんだ」
ジダオ、めっちゃ怒ってる。俺のためにって考えちまうのは自意識過剰か? もちろん、ジダオはお得意の正論をぶちまけているだけだ。だがそれは、俺を説得するため。俺の考えを正すため。
「そして第三に。……今から行ってももう遅い」
「……どういうことだ?」
「ウガンダの港は既にここと同じだ。俺にはわかる。ウガンダの軍は港が襲撃された報告を受けて出動しているだろうが、もう遅いんだ。港に住んでいた人はほぼ殺されている。今から行って、ここと同じになるのを避けるのは無理だ」
……ジダオには何が見えているというんだ。あいつの強化された索敵能力には、一体何が見えている?
きっとそれは、ここと同じような景色。あるいはここと同じ景色になる過程。
人が殺され食われ、物が壊され蹂躙され。建物が崩壊して廃墟になった景色。食われた人が、誰がどいつかも分からないまでになった死体。
あいつにはそのすべてが見えているのか。
「……ジダオ、お前」
「お前がウガンダを助けに行っても良いことはない。ここで全員戦える状態になってから敵をたたくべきだ。もちろん、お前もしっかりその傷を癒せ」
……、苦しんでいるのは、俺だけじゃない。こいつは、索敵の任務を果たすためにその力を使った時点で、全て見てしまったんだ。
本当なら、すぐにでもウガンダに向かいたいのはこいつのはずだ。
こいつは人間が大好きで、自分の本能を疑うこともなくて、人間を救うことをためらったことなんて一度もない。
「悪かったジダオ。俺が間違っていたみたいだ」
「いや、お前が吠えて怒ってくれていなったら、俺は冷静になれていなかった。一人冷静じゃないやつがいると、周りは冷静になれるもんだ」
何言ってんだか。ジダオはいつも冷静じゃねぇか。俺が間違えている時、ズバズバとそれを指摘して正してくる。
思えば、俺が怒って何かを言った時、いつもジダオに冷静にさせられてきた。ジダオが間違っていたことなんて、本当に少し。
「チャンクー、今はできることだけ、守れるものだけ守っていればいいんだ。ここまで拡大した蝗害ってのは、一個人の力でどうにかできるもんじゃない。俺たちにできる最大限のことは、魔王を倒すこと。俺たちの身体はいくつもあるわけじゃないんだから、全てを救おうとなんてしなくて良いんだ」
そうだな。守れるものを守れたらそれで良い。
……だから、その他の被害は妥協しろって?そんなこと、許していいのか? 俺たちは人類を助ける救世主にはなれないのか?
「ジダオ、一先ずお前の言うことを聞いておく。だが、俺は全ての人を助けるのを諦めたりはしない。たとえ不可能だとしても、その意志だけは否定させない」
「……それでいい、お前は。何処までも人間らしいのがお前にあっている」
結局俺たちのやることは魔王を倒すこと。最初から全く変わらない。ジダオはいつもお説教の最後にそれを伝えてくる。
忘れることなんて絶対にないのに、改めて何度も言われると、その重みがドンドン増していく。
魔王を倒す。最初にそう決意したとき、俺はこんなにもあいつらを憎んでいただろうか。
「チャンクーさん! ジダオさん! お疲れ様です! ってうわ、すごい怖い顔してますよチャンクーさん」
会議用のテントからジェリアスがやってきた。手にはバッタ指揮官が持っていた魔法銃が握られている。
「あ? ああ、少しな。考え事してただけさ。それより、アッサムとの話しはもういいのか?」
「大丈夫ですよ。久しぶりに友人と会話できて楽しかったですが、もう仕事モードです。実は昨日手に入れた魔法銃、正式名称【魔力式貫通火砲・拳銃型】は、協議の結果チャンクーさんに持っていてもらおうと思います」
あの拳銃、そんなクソ長い名前付いてたのか。って、
「なんで俺に? そいつは人間でも魔法を扱える武器だろ。ならジェリアスが持っていた方が良いんじゃないか?」
「本来ならそうなんですが、魔力タンクがないんですよ。なので、直接魔力を引き出せるチャンクーさんに持っていただこうと」
「なるほど、だが必要ないな。そんな物があっても、俺が使っていればすぐに壊してしまう。人間が作ったものは耐久力に難ありだからな。魔力タンクなら俺が用意しよう。先行していた部隊に、研究チームが同伴しているだろ? あいつらの中に魔法系の分野の奴もいたはずだ。そいつに調整してもらえば、お前でも使える」
「! ありがとうございます! 私でも魔法が使えるんですね! これで人型種の硬い外骨格を貫くことができます。奴らにこの手で傷を付けられるとは!」
ジェリアス、すげぇ喜んでる。いつもの疲れた笑いではなく、本気の笑み。あいつもバッタたちに対して並々ならぬ恨みを抱えているからな。
「早速研究チームに掛け合ってきます!」
すごい勢いで走り去っていく。嬉しそうだ。
「ジダオ、次の戦いは遊撃部隊のフォローは少なくなるぞ」
「チャンクー、そのために魔法銃を手に入れるチャンスをジェリアスに譲ったのか」
次の戦いは、今回よりも早く決着をつけ、かつ疲労も消耗も最小限にする。蝗害は待ってはくれないのだから。