第三十三話
指揮官が片付いてからはすぐだった。炎雷で倒せなかった破壊種もジダオが相手をして速攻で倒され、大型種も戦車の主砲で大方沈んでいた。あとはジダオに任せればすべて狩りつくしてくれる。
指揮をとれる人型種はもうおらず、飛行種は各々勝手な行動をとり始めた。遊撃部隊を積極的に狙っていたはずなのに、車両を追うという体力的にしんどい行動を避けるようになり、目についた近場の軍人を襲いだす。
はぁ、めんどくさいな。もっと一点に固まってくれていた方が楽なんだが。
「爆炎!」
軍人を巻き込まないように調整した炎と破壊の衝撃が飛行種を焼き尽くす。
指揮を失ったバッタなんて、ただの烏合の衆。軍人の銃弾も着実に命中し始めている。さっきまで完璧に対処できていたはずなのに。
できるだけ銃弾は温存しておきたい。これからウガンダ方面を回ってビクトリア湖の殲滅任務を行わなけりゃいけないのだ。
俺が出張って行くべきか。
「おい! 銃弾は温存しておけ。機関銃はもう使わなくていい。飛行種と通常種からは少し距離をとってくれ。俺の爆炎で片付ける」
『了解!』
軍人は車両に乗り込みバッタたちから距離をとった。
そうだ。そのくらい離れてくれればいい。夜中で視力の弱いバッタは車両のヘッドライトに反応して集まってきた。
大昔に中国で朱熹という人物が提案した対処法に、夜間に火を焚いてバッタを誘いこみ一網打尽にするというものがある。今の状況がまさにそれだ。
「ジダオの活躍のおかげで俺は雑魚だけ相手にしてればいいから楽だよな。ま、ジダオがこの役回りだったらめちゃめちゃ時間掛かっちまうし」
そんなことをつぶやきつつ大量のバッタを吹き飛ばす。もうこうなると飛行種か通常種かわかんねぇな。
しばらくそうやって雑魚どもを殲滅していたら、ジェリアスから通信がかかってきた。まぁそろそろだって全員分かっていた。
『皆さんお疲れ様です。これにてビクトリア湖の戦いは終了。我々の勝利です!』
周囲から勝利の歓声が聞こえてくる。戦車から飛び出して戦友と抱き合う者。自分の銃に礼を告げる者、疲れ果ててその場に横になる者。様々だ。
みんなよくやってくれた。飛行種の突撃を受けて負傷した者はいるが、こちら側の死傷者はなし。戦車も全機無事だ。
今日はもう疲れた。みんなも疲労がたまっているだろう。今日ってか、もう昨日か。気づかないうちに空が白んで、朝が近づいてきている。
冷たい太陽が少しづつその顔を見せて、本来人間が活動するべき時間がやってくる。
「皆さんお疲れさまでした。無事に勝利を掴むことができたのは皆さんのおかげです」
各分隊の隊長が集まって会議をしている。もちろん俺たちも一緒だ。だが特に口出しすることもない。今後の計画は予定通り進むはず。
「ああ、見たか? 俺の戦車部隊の主砲! あの大型種をぶちのめしてやったぜ」
「俺の機関銃で風穴開けた奴に、だけどな! ガハハ」
「にしてもさらにデカい奴が出てきたときはどうなるかと思ったよな!」
「あれを倒せたのは化生様のおかげだな!」
みんな口々に自分の功績を言い合ったり、気持ちを分かち合ったりしている。
だいぶラフな感じだな。一応ジェリアスは全体の指揮官。撤退や突撃などの指令権は全てジェリアスが握っている。この中では一番立場が上のはずだが、この非常時になる前はジェリアスもただの遊撃部隊隊長。皆と立場は同じだったから、全員ジェリアスと親しい間柄なのか。
「皆さん健闘をたたえるのは後にしてください。今後についての話をします」
流石は軍人といったところか。真面目な話になるとぴたりと話し声が止んだ。ただ、あれだけの戦いの後だ。まだ興奮冷めやらぬ、といった状態のようだな。
「今回の戦いに勝利できたのは良かったですが、これで終わりではありません。これからウガンダ方面に回ってビクトリア湖周辺の殲滅を行わなければいけませんが、弾薬が心もとないです。本部に連絡して追加の弾薬と食料を送ってもらいます。ですがここにいる全員分の弾薬を補充するには何回か往復する必要があるようなので、ここの監視をしつつ二日間の休暇とします。先行していた偵察部隊の皆さんは相当疲れがたまっているでしょうから、業務は我々に任せてください」
「「「了解!」」」
「話しは以上です。解散」
分隊長たちは続々とテントを出て仲間たちのところに向かう。
流石に偵察していた連中は疲れがすごいな。徹夜には慣れているはずだが、徹夜で戦う経験はそう多くないだろう。
「よぉ、ジェリアス。お疲れさん」
会議が終わって、遊撃部隊に仕事を伝えようとしていたジェリアスに一人の男が近づいてきた。
背が高くて筋骨隆々。髪は短く切りそろえられていて、清潔な印象。まだ年も若いが、この場にいるということは相当優秀なんだろう。
軍人にしては細く、常に疲れた表情をカラ元気で誤魔化しているジェリアスとは対照的な奴だ。
「アッサムさん! お久しぶりですね。ケガなどしていませんか?」
「相変わらず他人行儀だな、お前は。大丈夫だよ。見ての通りピンピンしてる。お前こそ大丈夫か? 遊撃部隊は飛行種の注目を一点に引き付けていたんだろ」
「問題ありませんよ。チャンクーさんが全体の状況をよく見ていましたから。彼がジダオさんにうまく指示を出してヘイト管理をしてくれていたおかげで、我が隊の被害は少ないですよ。もちろん、全くの無傷というわけではありませんが」
ジェリアスが笑顔で答える。普段の若干疲れが見える笑みではなく、友人と話す普通の笑み。
腕の擦り傷を見せているが、あの戦いでその程度のけがなら心配いらないだろう。
「ああ。見たぜ、外に停まってた装甲車。あれは遊撃部隊のもんだろ。飛行種の突撃か? ボンネットがベコベコだったからちょっと心配したんだが、ホントに問題なさそうだな」
それからもジェリアスはアッサムとしばらくテントで話し込んでいた。戦いの後の友との会話、邪魔するわけにはいかないな。
にしてもジェリアスに遊撃部隊以外の友人がいたとは、意外だったな。交友関係は狭そうだったが、分隊長たちを見たところ、案外そうでもなさそうだ。
ジェリアスは愛されキャラだからな。
「ジダオ、俺たちも外に出よう。遊撃部隊とともに監視だ」
「分かった。あいつらも疲れてるだろうから、少し寝かせてやろう。お前はもうしばらく寝なくても大丈夫だろ」
「ん、ああ。問題ない。行こう」
言えないよなぁ、この戦いで一番負傷してるのが俺なんて。俺が一番耐久力も防御力もあるはずなのに。
ただ、どうやら身体強化で身体の自然治癒力が上がっているみたいだ。こんなケガ、本来なら腕を動かすのもしんどいはずなんだが、もう傷口は塞がって痛みも薄れてきている。
「おーいお前ら! 疲れてるだろ。交代するから、しばらくテントで休んでおけ」
装甲車の上から双眼鏡で周囲の偵察をしている遊撃部隊の連中に声をかける。
今回一番の功労者は彼らだ。彼らがいなければ戦車部隊も機関銃部隊も速攻でやられていただろう。
「ありがとうございます、もうクタクタで。この辺にはバッタの群れはいなさそうですよ。この双眼鏡だとビクトリア湖の向こう側は見えませんが、かなり広い範囲で索敵しましたので、大丈夫かと思います」
「おう、ご苦労様。それとありがとな。お前たちがヘイト稼ぎを買って出てくれて助かったぜ」
「いえいえ、それが私たちの仕事ですから」
そういって遊撃部隊はテントに向かっていく。
外はもう朝。これだけ見晴らしがよければ索敵をミスることなんてないだろう。
……、改めてみると酷いありさまだ。少し前まで栄えていただろうに、今はもう廃墟。
建物の多くは崩壊し、跡形もなくなっている物もある。少し注意してみれば、バッタどもが食い荒らしただろう人骨がそこら中にある。
「なぁジダオ、俺たちは本当にこの戦いに勝ったといえるのか? 俺たちはどれだけの人を救うことができたんだ?」
「チャンクー……。この惨状を見ると、そう思うのも無理はないな。だが俺たちは多くの人を救ったはずだぞ。あれだけの数の変異種に大量のバッタの卵。あのまま放置していれば、農作物の被害も人的被害も今までより遥かに大規模なものになっていただろう」
ビクトリア湖の草地に落とされていた卵は約100万。さらに200万ほどの成体。条件が整い次第奴らは産卵を始めすぐに成長する。
確かにそれを事前に殲滅できたのは良い。
だが救えなかった命が多すぎる。俺たちがもっと最初から強くて、訓練の時間をすっ飛ばして偵察部隊に付いて行っていたら被害はもっと少なくて済んだ。人的被害もなくて良かったはずなんだ。
「俺たち、本当に二日間も沈黙していていいのか?」