第三十二話
こいつは不味いな。あれだけ脅威だった破壊種が追加で3体。軍人にとっては大型種12体も大きな問題。さてどうしたもんか……。
ちらりと後方を確認して様子を確認してみる。
やっぱり、機関銃やライフルで攻撃していた軍人の表情がすぐれない。この分だと恐らく戦車の中にいるメンツも相当精神にキてるな。
『……チャンクーさん、聞こえますか? こちら遊撃部隊のジェリアスです』
「問題なく聞こえている。状況が変わった。飛行種は捌けているか? ジダオをこちらに呼び戻してほしい」
『分かりました。こちらの被害はなく、飛行種もジダオさんのおかげでだいぶ数が減りました。あとはこちらで対応しきれます』
「頼む。それと、飛行種は早めに片付けてくれ。全体の士気が下がってる。お前が指揮を執ってくれなきゃこのまま攻め切られておしまいだ」
『チャンクーさんは味方のことよく見てますね。教えてくれてありがとうございます。ですが、我々はこのくらいで心が折れたりはしません。タンザニア軍の誇りがありますから』
ジェリアスとの通信が途切れ、瞬きのうちにジダオがやってきた。彼に破壊種の相手を任せる。俺との戦闘経験から破壊種の対応はすべて伝えた。
ジダオは俺よりも一点的な破壊力が高く、機動力も優秀だ。一対一、大物狩りに適している。あのような動きが遅くて防御力と体重を高めた巨体はジダオの格好の的。
ただし、小型で小回りの効く人型相手にも完全に有利とはいえない。ジダオは足が器用で地面をつかむ力も強い。
だがジダオのトップスピードを急停止させ角度を変えることは難しい。
トップスピードを出せないならばジダオは本来の力を発揮できない。
だから人型の相手は俺がする。ちょっと前までジダオの方が相性がいいと思っていたが、今のジダオの走りを見て考えが変わった。
ジダオの力はその走力と破壊力による。相手が気づく前に一瞬で近づいて一撃で狩る。オオカミらしい戦い方が合っているはずだ。
「ジダオ、一瞬でいい。融合力を使わせてくれ」
「この状況を覆せる策があるんだな」
「戦略ではないさ。戦術だ。個人の力がこの状況を変える。俺たちにはそれができる」
ジダオの額に手を当て、その力に干渉する。ジダオから大出力の自然力が流れ込んできて俺の半球に作用する。
半球から普段扱えないほど大量の自然力がジダオに流れ込み、ジダオからも大量の力が流れ込んでくる。
「ありがとうジダオ、これで戦える。行け!」
俺の声に反応してジダオが走り出す。その走力は先ほどよりもはるかに速い。人の目にはその走りを捉えることができず、優秀な眼を持つ上位人型種にも反応できる速度ではない。
融合力を用いた身体強化はジダオの身をさらに強力なものにした。
到底破壊種には対応できない速度でそこにたどり着いたジダオは、速攻で一体目に風穴を空ける。
凄まじい衝撃と閃光を伴った拳は周囲に多大な被害をもたらし、新たに出現した大型種の一体を巻き込んで破壊種を絶命させた。
流石だぜジダオ。俺も負けてられない。
「大規模破壊魔法、炎雷!!」
雷を伴った炎の弾が、目にもとまらぬ速度で20体固まったままの人型種に飛来する。
速度、範囲、威力すべてにおいて現時点での最大火力。ジダオの力とまじりあった融合力でしか実現できない魔法。
炎雷は20体のうちの一体に着弾する。
良かった。ノータイムで放った炎雷は予備動作を悟られることなく、その速度も相まって見事に命中した。
炎雷は着弾したそばから内部の自然力が解放され超巨大な爆発を起こす。その熱量は身体強化で耐性がついた上位人型種すら焼き尽くし、その爆風は被害を拡大させる。
雷を伴った爆発はその速度により逃げるのを決して許さず、あれだけ苦戦していた上位人型種をたった一撃で壊滅させた。
「なん……ですと?」
指揮官が呆けた表情でつぶやく。どうやら着弾地点から少し距離があったために仕留められなかったようだ。
……、いや、最初からあそこにいたか?
「人型20体に大型種が4。破壊種は倒せていないが大ダメージ。概ね予想通りになった」
融合力はやはりすさまじい。俺とジダオがそろっていてかつ他者の安全が確保されている状況でしかつかないが、この火力とこの範囲殲滅能力ならこれからの切り札としても十分だろう。
「やってくれましたね……! 先ほど我々に恨みという感情を処理する力は無いといいましたが、この湧き上がってくる感情がまさに恨み怒りと言うのでしょう」
唯一生き残った指揮官が恨みごとを言ってくる。
「恨み、怒りとお前は言うがな、それはあいつらも同じことだ。お前たちに家族を殺された者、友人を殺された者、恋人を殺された者。そんな奴らの怒りと恨みに俺は応えなくちゃいけない。だからお前を殺すのだ。この戦いはあいつらの反撃と復讐なんだ!」
吠えて気合を入れつつ、タングステンの鎧を解除する。
奴の魔法銃。あれの絡繰りが少し分かった気がする。あれは俺の乱魔波と同じだ。自然力の統制を乱し身体強化も鎧も貫通する。
まさか俺の制御能力を上回るほどの魔法とは思わなかったが、二発目を食らった時に感じた感覚は間違いない。
タングステンの鎧も貫通されるなら、こいつは重量を増すだけで鎖にしかならない。
軽くなった俺は急激に奴との距離を詰めた。奴も魔法銃を撃ってくるが、ハンドガンのレート程度ならば簡単に避けられる。こいつらが俺に教えてくれたことだ。
本当ならさっきの炎雷でこいつも巻き込めていたなら良かったんだが、どうにもこいつは他の人型種と違う。炎雷が着弾する位置から事前に距離をとっていたことも、遠い視点から完璧に状況を把握して指示を出していたことも、本来脳細胞が足りないはずなのに恨みという感情を持ったことも、こいつが他と違う点などいくらでも出てくる。
だから絶対に油断はしない。武器は銀槍のリーチを考慮して大きめのナイフ。独特な湾曲具合は相手を切断するのに適した形状。それが二本、両手に装備する。
これで奴の防御を突破し、銀槍で手数を上回る。
「恨みは晴らさなければならない。たとえ勝てなくとも、せめて一矢報いる!」
「恨みを晴らすのはこっちだクソ野郎!」
孤立している指揮官に向かって上段から右手のナイフをふるう。指揮官はこれを半歩身体を傾けるだけで回避するが、即座に下段から追撃の刃を放つ。回転するように何度も刃を放ち、奴を追い詰めていく。
反撃の隙を全く与えない連撃に焦った奴は大きく飛びのき体勢を整える。銀槍の制御が甘くなるのが約10m。それはまだ悟られていないはず。
だからここは敢えて弾丸を撃たせる。四本も腕があると、全く隙なくリロードできるから、あいつは積極的に魔法銃を使っている。
だが俺はそのすべてを寸前で回避する。バレルと相手の目線を見れば避けるのは簡単だ。軍人と何度も訓練した。本来バッタの目ならば複眼が多すぎてどこを狙っているのか分からないが、人間の形をとっていることがこんなところで足を引っ張るとは思っていなかっただろう。
実力差を見せられ、近接戦では反撃できず、ハンドガンは俺に当たらない。いつ俺の銀槍が飛んでくるかわからないストレス。これらすべてが奴を焦らせる要素。
怒りと恨み、新しい感情に加えて焦り。奴の頭の中はきっとぐちゃぐちゃで、どうすれば俺に勝てるのかなんて当たり前の思考はかき消されてしまっているのだろう。
本来なら俺に対して距離を詰めすぎるのは悪手。俺が避けれないギリギリを見極める力があいつにはある。なのに霞んだあいつの思考はそれを許しはしない。
自らの手で俺を下そうと接近してくる。
あいつは破れかぶれの拳を俺にたたきつけてくる。さっきまで一度も当てさせなかった攻撃を今度は甘んじて受け入れる。
奴の攻撃は身体強化と地裁の前に無駄撃ちに終わる。
俺の胸部にたたきつけられた拳を銀槍でとらえ、拘束した。
「捕まえたぞクソ野郎!」
「お前を殺す!」
両手のナイフでバッタの腕を切り付け、たった二撃で切断する。奴は苦しむ表情を見せるが根気で魔法銃を離さず俺の肩を打ち抜いてきた。
俺に身体を癒すすべはない。だからさっきから右腕はすげぇ痛いし、打ち抜かれた肩は吹き飛びそうだ。
だがやはり身体が頑丈だからか、気合で耐えれば動けないことはない。
即座に銃を持っているもう一方の腕を切断し、流れでその下の手も切り裂く。
奴は残った一本の拳を俺の顔面に叩きつけてくるが、痛みからか威力は弱い。
「これで終わりだぁ!!」
奴の背中から水銀の槍が大量に生える。腹を突き破り気色悪い血をまき散らす。大量の槍が奴の肉体を蹂躙しつくし、生命力の高い昆虫を数秒で絶命させた。