プロローグ2
~観測点 地球 赤道ギニア ビオコ島近海~
「これから新たな海底火山を作り出し、そこから竜の原型となる岩を作り出す。その後お前の落雷を浴びせ、地と天の力を融合させる。ここまではいいな」
おっと、もう創造が始まりそうだ。しばらくここから覗いていよう。具体的にどんな方法で竜を創るのかも見ておかないと改変をするときに失敗すればビオコ島の人たちが危険だ。
「ああ、このために千年も雷を集めているんだ。説明も何度も聞いた。この後は二種類の人格を結合させ、一つにする。そして知能を与え、最後に三大竜が融合するきっかけとなる核を与える」
「よし、再確認する必要はなさそうだな。では早速始めるぞ」
ふむ、三大竜という奴は最終的に融合するらしい。地神と天神の技術の粋を詰めて作られた三体の竜を一体にすれば、観測者にも匹敵する存在になるかもしれない。
さらに地神の生命の権利を組み合わせれば、人類に代わる神造の生物が人類に代わって地球を支配する時代が来るかもしれん。それはそれでワクワクするんだがそのために既存の生物を淘汰する気には俺はなれない。
最終確認を終えた二柱はその力を大幅に縮小させていく。創造を始めるためには観測点の外に出る必要があり、俺たち観測者はそのまま地上に出れば地球そのものを崩壊させてしまう。それを防ぐために力を大きく抑えなければならない。
十分に力を弱めた二柱は俺に気づく様子もなく地上への穴を開け、竜の創造を開始する。
~赤道ギニア近海 7月~
地上は雨季で昼間の空は厚い雲に覆われていた。赤道にほぼ重なっているこの国では湿度の上がるこの季節が一番きつい。最近は気温が大分下がってきたが。
奴らを追って地上にたどり着くとちょうど巨大な地震が来ていた。付近のマグマだまりを火山に変え、噴火させようとしているのだろう。
海中から突如巨大な噴煙が分厚い雨雲に向かって昇っていく。飛び上がった溶岩は雲を貫き垂直に飛んでいく。同時に飛び立った火山弾が赤熱しながら海に落ち、いくつもの水柱を上げた。
もともと暗かった空を火山灰がさらに覆い隠し、日光をさえぎる。
噴火の衝撃で海は激しくざわめき津波を起こす。いくつもの渦潮が発生し、新しくできた小さな小さな島を取り囲んでいく。
だがこれはまだ大きな噴火の前兆に過ぎなかった。件のマグマだまりのさらに底から地が裂ける大きな音と振動が伝わってくる。腹の底まで響く低いうなり声が瞬時に膨れ上がり、その瞬間すべての生物に死を告げる絶望的な音が届く。
大地を裂き、海を割り、天を焦がす赤の噴水が先ほどの噴煙よりもはるかに高く飛び上がる。先ほど生まれた渦潮は新たな渦潮にのまれ、火山灰は太陽を完全に覆い隠しマグマ付近以外を夜に変える。
同時に地の底から超質量の物体が昇ってくる。丸い胴体の下に四本の円柱。前後に長い棒のようなものと左右には円盤がついている。竜を最も簡略化した石像だ。
生物を特徴だけ残して最低限の線だけで表した芸術のようなそれは、地球という、人類の尺度では測ることのできない質量で固められた史上最硬の素材でできている。
本来ならば付近のビオコ島やその先のアフリカ大陸沿岸を粉砕して余りあるほどの衝撃はしかし、そのほとんどが竜の石像に吸収される。こうして地のエネルギーを吸収させることで魔王に力を与えるのだ。
「フハハハ! どうだ天神よ! これが俺が千年間蓄え続けた地底のエネルギー。大気圏をも貫く炎の槍だ! そしてあの石像こそ三大竜最初の一体の原型。お前の雷の槍であれを削れなければ二種の力の融合はできないぞ!」
地神が高らかに自分の最高傑作を誇る。おそらくあの竜が簡略化されているのは天神の力によって改変を加え、竜の形を整えることで竜の体内に二つの力を同居させるつもりなのだろう。
そのために天神があの石像を整えるだけの力をぶつけなくてはいけないのだが、地神は千年かけてとんでもなく硬い石像を作ったようだ。あれは俺でも簡単には破壊できない。条件次第だが俺の破壊の加護を上回る硬度を発揮するだろう。
「フン! 地神よ、その挑戦受けて立とう! 見よ! これが俺の千年だ!」
そう言い放つと天神は力を開放する。
地神が垂直に射出した炎の槍を中心に灰の夜空をさらに塗り替えるほど大量の雨雲が出現する。雨雲は刹那のうちに雷雲に成長し、電を迸らせる。
直後、灰と雲の深夜の中、太陽のように輝いていた炎の槍を半ばから粉砕する青い一筋の太陽が輝く。灰も雲も一瞬にして霧散した。青い空が見え、落ちてくるマグマが流星のように煌めく。
隕石もかくやという衝撃と轟音、圧倒的な閃光は、その本来の威力を考えれば全くと言っていいほど周囲に被害を与えず、竜の石像を研磨していく。
「ハハハ! 見たか地神! お前の槍を砕いてやったぞ! 総数10万本の雷だ。このためだけに集めていたのだ!」
「フン、確かに素晴らしい威力であった。この分なら改変も問題なくできているであろうな」
「当然だ! 最強の竜が完成しているはずだ」
雷によって舞い上がっていた土埃が晴れるとそこには顔から指先に至るまでうろこの一枚すら芸術といえる見事な翼竜がいた。
先ほどの抽象化された芸術とはまた別種の完成された美がそこにはある。写実的を追求しつづけた結果だ。大きな翼は雄々しく広がり宙へとその身を運ぶだろう。その爪はすべてを切り裂き、その牙はどんな硬いものでも穿ち離さないだろうという強さが見て取れる。
創造に成功し興奮気味の天神が大声を上げる。
「おお! 我ながら素晴らしい出来だ。外見は完璧だな。内部にも少しずつ力が定着していくのを感じる。しばらく時間をおけば融合は問題なく完成するだろう」
「そうだな、あとは二つの人格がうまく組み合わさっていればそう遠くないうちに動かせるだろう・・・。そういえば核の具合はどうだ?」
「ああ、力が定着したらすぐにでも組み込める。力が定着する前にいじろうとすれば内部のエネルギーがすぐに外殻を破って爆発するが」
「よし、力が定着するまでしばらくこのままにしておこう。どうせ人間程度にはこれは持ち出せない。海神でも邪魔はできないはずだ」
どうやらまだ完成ではないらしい。俺的にはすぐにでも動かしていいほどの出来だと思うが、やはり三大竜の融合が最終的な目標なのだろう。
人類を滅ぼすだけなら人神がいない今、過剰すぎるほどの戦力だ。地神が開発した自然の力による独自の細胞結合は既存の兵器の類ではほぼ傷つけることができない。犬っころ相手に戦車を動かさなくてはいけないほどだ。この竜を人類はどうやっても倒すことはできないだろう。
ここであの竜に改変を施してもすぐにばれてしまう。地神は俺の破壊の加護を上回っていると確信しているようだし、核を入れることで改変の難易度は上がるだろうがまだ感づかれるわけにはいかない。しばらく様子を見ていることにしよう。
数日後。人格が定着した石像に核を埋め込み、ついに石像を完成させた。さっさと改変を始めないとこの石像は石の殻を脱ぎ捨て鋼の肉体を手に入れ、空へ羽ばたいてしまう。そうなれば地上に降りてしまった俺の力の及ぶ範囲ではない。
奴らもあれだけの力を放出をしたのだ。観測点の中ならいざ知らず、観測点の外で力を使うのはだいぶ体力的にしんどいもんだ。核の導入に成功したことを確認すると蝗魔王の様子を見るのもかねて観測点に帰った。
「さて、やっと俺の出番か。ククク。地球の危機だってのになんか楽しくなってきたな。改変どころか創造も久しぶりだが」
とりあえず石像の状態を探ってみよう。
そう思って石像の額に手を触れてみる。
あん?なんだこれ?石像の内部で地のエネルギーと天のエネルギーがぐるぐる円を描くように回転している。
あいつら力は融合して定着した的なこと言ってたけど、これ体内に二種類のエネルギーがあるだけで融合できてねーじゃん。
ったく、相変わらず混ぜんのがへたくそだな。これじゃあ、二種類の力を使うことはできるが同時に二種類の力を使うには人格が二つ必要だぞ。なんであいつら人格まで融合させたんだ?
そら脳みそが一つしかねえから二つの人格を一つの脳に詰め込むのは厳しいけど、竜型なら双頭竜にするのもアリだったはずだが。
天神の趣味か。あいつは基本ゲテモノみたいな見た目が好きじゃないからな。
まあ良いか。このままでも強いことに変わりはないし。蝗魔王の相手とあいつらが出してくる邪魔もの潰すくらいなら十分だ。
あとは俺の眷属がどうにかしてくれる。できれば三大竜もうまいこと利用したいが。今はいいか。
よし。改変開始だ!
まずは竜の石像の形を変える。天神がやっていたのと同じだ。だが今回は海の力は与えない。あいつらは千年間も力を蓄えていたんだ。そのエネルギーの塊に俺の付け焼刃の海の力は影響を与えることはできないだろう。眷属召喚用のエネルギーを使うわけにはいかない。
「はあ、結構作りが雑だな。あいつらの性格の表れか。テキトウに表面を削って一回り小さくするくらいでいいだろ。その後こいつと馬鹿どもとのつながりを破壊の加護で壊す。そしたら空いた穴に俺とのつながりを通す。と、こんなところか。破壊系最上位の俺じゃなきゃできないことだ」
俺は石像を削るために津波を起こす。当然破壊の加護を含ませている。
ん? 思ってたより硬いなこれ。力を制限した状態じゃ改変できねえ。どうすっか。
………仕方ないか、月神の力を借りるとしよう。
権利を使う上で実は裏技がある。地球で月の権利を使うときに月神は当然力を発動するわけだが、実際に現象が起こるのは地球だ。権利をテキトウに使えばその星が崩壊するのが当然のこととして上位神たちが疑似惑星を召喚して崩壊を起こすのだが、二つの地点から権利を行使するときにどちらが崩壊を受けるべきか上位神たちは未だに議論している。
議論に決着がつけばこの裏技は使えないが、今なら月の権利が地上で使い放題というわけだ。
ただこれは観測者たちの間では好まれない。地神も天神も今まで太陽神の不興を買うのを恐れていたし、そもそも自分たちの手で人類を攻撃したかっただろうから月の権利は使っていなかったが、その気になれば人類を絶滅させるぐらい本当に簡単なことだ。
月神も俺との契約がなければ俺ではなく父親である地神に力を貸していただろう。
月神が持っている波を扱う権利は俺の分と合わせて海の本来の権利になる。波に関しては月神の力を借りなければ出力が弱い。そもそも波とは、海水が月の重力に引っ張られて起こるものだ。俺の海の権利に波が含まれているのがおかしいのだ。
俺は月神の力を借りようと、左手の手のひらにある契約の紋章に力を込める。この紋章が俺と月神の力の仲介をしているのだ。
は!? 俺と月神との接続が途切れてる。これただの絵だ。意味がわからん。時期的に見て月神が地神と天神に協力していることは確かだ。それもそうか、太陽神の監視が期待できない今、あいつが俺の味方をする意味がない。月にいるあいつにとって地球がどうなろうと知ったことではないのだろう。
くそったれが。あいつらはこれを知っていたからあんなに余裕ぶっこいてたのか。どうりで何の警戒もなしに石像を放置していったわけだ。波の力がなければ破壊の加護は力を十分に発揮できない。この石像を破壊するのも容易ではない。
………え? これもしかして詰んでる? だってこの石像を改変して味方にしないとアフリカは確実に滅ぶし何なら人類は根絶される。それを防ぐために石像を削らないといけないのに地上では力を制限しないといけない。
月の権利があれば波を強化できるが月神は俺との接続を絶った。地上で本来の力を開放すれば地球上の海すべて分の質量が俺の身体の一点に集中された状態で現れる。そうでなくともこの石像を削るだけの力を引き出せばビオコ島も赤道ギニアも壊滅……。
はぁ!? もうなんなの!? あいつらの勝ち誇った顔が目に浮かぶ! 死ぬほどうぜぇ。
こうなりゃ最終手段だ。最後の決戦にしか使わないつもりだったが仕方ない。あいつらにバレるリスクと差し引いてもこんな所で人類を絶滅させられるわけにも、貴重な戦力を失うわけにもいかない。
先ほどと同様、今度は右手に描かれている紋章に力を込める。こっちは普段目にすることもできないよう厳重に隠している。
良かった。当たり前だけどこっちはちゃんと繋がった。
「おはよう、川神。だいぶまずいことになった。月神との契約が破棄された。お前の力を貸してくれ」
『……なんだと? 奴らが本格的に動き出したのか? 月神は奴らの味方に……。勝てるのか? 地神と天神の力は絶大だ。正直俺の助力なんて戦闘になったら無いようなものだぞ。月神の助力なしに奴らをどうにかできるのか?』
「お前の不安はわかる。俺一人の力では奴らには勝てない。今のままでは歯が立たない。だがここで諦めればもう俺たちに未来はない」
『わかっているさ。奴らに復讐するためにもお前に力を貸すことに異論はない。だが、大丈夫なのか? 奴らに俺の存在を悟られれば決戦で不利になる』
「安心しろ、お前の力を使った後太平洋を増水させてテキトウに嵐でも起こしておく。地球の観測者の中で一番力の制御が上手いのは俺だからな。奴らは俺が太平洋から遠隔で力を使ったと勘違いするだろう。実際はちょっとでも出力をミスれば大陸ごと崩壊させるような暴挙には出たくないが。お前がいなければそれも本当にやらなくてはいけなかった」
『……。うまくごまかせよ。決戦を早めるわけにはいかない。俺はまだ決戦に十分な力を得てはいない。俺が力をつけるまでは感づかれるな』
「わかった。最悪の場合俺が奴らの注意を惹く。お前に手を出させはしない。力、借りるぞ」
『好きに持っていけ』
「ありがとう。決戦の日はそう遠くない。お前も準備しておいてくれ」
最後にそれだけ伝えて彼との会話を終わらせる。地球とはまた別の惑星の川の権利。海に比べれば劣るが、俺が使えば関係ない。出力だけあれば後はどうにかできる。
やっとこの石像に改変を加えることができるな。奴らの目論見を知ってからだいぶ時間が経ってしまった。
人神は大丈夫だろうか。月神はこれからどうするのだろうか。川神は奴らの対抗手段になれるだろうか。太陽神は本当に何もしてこないのか?
人類の未来はすべて俺の身にかかっている。
俺は石像を水流で囲む。川神から借りた川の権利で俺の波の出力を上げ、本来この石像を削るには至らないはずの勢いしか持たない水流は、不自然にも石像を小さくしていく。
ちょうど一回り小さくしたところで水流を弱める。これ以上形を変える必要はない。むしろ竜としての力を扱う最適な大きさのはずだ。
さて、今度は破壊の加護で二つの人格を破壊し、新しい人格を埋め込むだけだ。
……その、はずなんだが。なぜ石像が崩壊を始めたんだ? これ、やっぱ二種の力の融合が甘すぎたんだ。石像の形を変えたら内部の力が暴走し始めた!
くっそ。こうなったら二種の力を引きはがしてこの石像を基に二体の眷属にするしかねぇ。ある程度予想はできていたが、あいつら雑すぎだろ。
俺は弱めた水流を再び強め、今度は削るために包むのではなく、分断するためにたたきつける。
内部で円のように絡み合っているがくっついていない二種の力を丁寧に分離し、勝ち割った二体にそれぞれ地と天の力を与える。
さらに二体の内部にあった核を二つに分断。片方ずつ埋め込む。これで二体はそれぞれの力に干渉できる。もしかしたら他の三大竜を取り込めるかもしれん。最近とある理由で核や結合を扱っていたから簡単だ。
最後に二体の石像を別の生物の形に変える。こうなったらとことん俺の眷属にしてやる。竜とは全く違う形をとらせることで奴らとの縁を遠くし、奴らの影響を受けないようにする。
一体は多様性を持たせるため人型。指先が器用で様々な武器を扱うことが出来、力の扱いもうまい。
もう一体は力強い狼型。パワーやスピードに優れ、五感が鋭く敵を瞬時に発見し不意打ちを防ぐ。サバイバル能力も高く、生存力は高い。さらに狼型の特有の感覚として磁覚という器官を持っている。磁力の変化を感じ取り、敵を見つけることができる。
人型の名前はチャンクー。日本語で【呼ぶ】という意味。狼型の名前はジダオ。日本語で【導く】という名前だ。
名前というのは力を乗せることでその者の運命を創ることができる。俺たちの権利や眷属たちに持たせた力に比べれば本当に微力で、奇跡ともいうべきものだが、俺たちの力に近いものだ。
もう今日は疲れたし、この程度の単純な名前でも意味はある。むしろ下手に考えて回りくどい意味になるよりは直接的な意味を持つ言葉のほうがいい。
俺たちの名前も地、天、海を表したもの。自分たちの力を少しでも強くするためにつけた名だ。
さあお前たち! 人類を導き、さらなる力を呼び寄せるんだ。まずはアフリカを襲っている蝗魔王とその配下を片付けろ。俺はしばらく海の眷属の最終調整をする。頑張ってくれ!