第百十七話
激しい戦いが終わりを告げた。短くはあったが、どの戦よりも緊張感のあるものだった。
用意した戦車や装甲車は結局ほとんど役に立たず、また銃撃部隊も大した活躍をしなかった。この戦い、ほぼ全てたった一人の男によって掴み取られた勝利だったのだ。
それは、戦士としての生き方以外に何も知らない青年。最強になれと育てられ、最強を望んで手に入れた人の子。彼は最後の最後で、とてつもない幸運を呼び寄せた。太陽の鎧を纏う大魔王に、太陽を砕く魔法を放ったのだ。
そんな彼は、ロシアにある病棟で今なお戦っている。
彼は戦士としての生き方しか知らないが、その彼が最も大切とする両腕と、彼の生命線とも言える右目を失ったのだ。彼の肉体が今後復活することはありえない。
しかして、希望を捨ててはならない。アララーの魔法で作り出された四肢は、彼に可能性を与えていたのだ。
それは、魔法への絶対的な適正。およそ化生にも匹敵するであろう、魔力への高い順応性が、彼の両腕から検出されたのだ。
現行の、電力で動く義手では、日常生活ならば問題ないだろう。だが、戦士としての未来はない。されど、彼の肉体に化生並みの魔力適性があるのならば、まだ希望はそこにあるのだ。
魔力で動き、また魔力によって超強化された義手。それは、普通の戦士など及びもつかないほどの戦闘力を発揮するだろう。これが成功さえすれば、彼はまさしく最強の戦士という格を再び手に入れるのだ。それも、今までよりさらに強くなって。
「……チャンクーさん、私はまだ貴方のことを許していません。結果的に蚩尤レプリカも倒せたし、巨人の軍勢も殲滅できた。民間人への被害は拡大せずに済みました。けど、貴方ならもっとスマートなやり方があったはずです。ソンダビットがこんなことになるなんて……」
二日経ったが、ドラコイェストはまだ俺に恨みごとを言っている。
いや、彼女の気持ちも分かるのだ。確かに俺は強い。人間よりもはるかに。だからソンダビットが無理をして戦う必要はないと、そう言いたいのだろう。
しかし、俺から言わせてみれば、人間という生き物は弱すぎる。
正直なところ、一対一であれば俺は蚩尤レプリカになど圧勝できる。何せ、奴は酸素断絶結界を突破する術を持っていないのだ。火山の化生に、敵うはずがない。
ではどうしてそうしなかったのか。周りにいる兵士があまりにも邪魔だった。
俺の魔法など放ってしまえば、たとえソンダビットであろうと一撃で死ぬ。それを看過することなど、俺にはできなかった。
俺が全力を出して戦うということは、すなわち周囲の被害をまったく無視するということである。もしそれが可能であるのならば、俺は蚩尤レプリカが100体現れようとも勝てる自信がある。
「何度も説明したが、俺にはこの選択肢しかなかった。少なくとも、火山の魔法を制限された状態では奴に勝てない。俺は武術にも長けているが、ジダオほど近接戦闘能力が高い化生ではないからな。魔法を使えない状況では、どうしようもなかった」
こんな説明で、彼女が納得してくれるなどとは思っていない。
彼女は、理屈が分からないから怒っているのではないのだ。それを理解したうえで、なお感情がそれを良しとしないから、こんなにも怒っている。人間というのは、本当に難しい生き物だ。俺と同じではない。
「チャンクー殿と、ドラコイェスト殿ですね。ひとまず、一命は取り留めました。まだ義手の接続手術はしていませんが、意識が回復したのでご報告を。中でソンダビット殿とイズナー技師がお待ちです」
俺たちがそんな言い合いをしていると、部屋の中から医師が出てきた。
イズナーはホントに何でもできる男で、義手の製造から装着まで一人でやってしまうらしい。彼はソンダビットの専属医でもあった。
「おはようございます、チャンクーさん。ドラコも、相当心配してくれたんだって? ありがとな。俺はこの通り、ピンピンしてるぜ」
部屋に入ると、ベッドに座っているソンダビットが朗らかな笑みで出迎えてくれた。
両腕の欠損に眼帯もしているが、どうやら精神は無事のようだ。ここまでの大けがを負うと、もはや精神のタガが外れてしまう者もいるが……。
思い出してしまった。一人、頭蓋骨が砕けてもなお、敵と戦い続けた大バカ者が、アフリカにいたな。
よくよくソンダビットを見てみると、その雰囲気はどこか彼に似ている。
普段陽気で人付き合いがよく、それでいて疲れている姿も惜しげなく見せる。けれどその反面、守りたいもののためならば自分の命さえも投げうってしまう。危うい男だ。
『ソンダビット、お前の戦いぶりは見事であった。人間でありながら蚩尤の血を引く者を打倒してしまうとはな。我の力も完全に自分のものとしていた。英雄の素質がある』
途端、背中に装備している双剣から声が聞こえた。当然、アララーの声である。
彼はずっとソンダビットのことを見ていたのだ。そして、ソンダビットの安否を気にかけていた。これほどの戦士が失われてなるものかと。
「アララーさん、その節は、お世話になったっス。おかげさまで、どうにか軍を引退せずに済みそうっスよ。ホント、戦うことしか知らないで生きてきたんで、正直引退しろって言われたら路頭に迷うところでした。感謝してるっス」
ソンダビットはまず、アララーへ感謝の言葉を述べた。頭を下げるその姿は、両腕がないせいもあって見ていられない。彼の変貌した姿に、しかし俺は目線を合わせていた。この現実から目を反らすなど、戦士として恥となる行為はしてはいけない。ソンダビットの両腕は、多くの命を救った証なのだ。
「まあ、そんな話はどうでも良いんすよ。イズナーさんの技術力があれば、自分もそう遠くないうちに戦線復帰できるんで。それよりも、自分はチャンクーさんに聞きたいことがあるっス。……正直な話、蚩尤レプリカが太陽の鎧を持っていたのって、偶然じゃないっスよね? 自分が太陽を砕く魔法の所持者ってことも、今回は都合が良すぎだと思うんすよ」
? 彼は何を言っているのだろうか。確かに『ソンダビット』という単語がロシア語で太陽を砕く、すなわち『Солнце Раздавить』の複合語になっているのは驚いたが、俺の何が関与しているというのか。
『……チャンクーは理解していないようだから、我から説明してやろう。ソンダビットの予想通り、偶然ではない。そんな確立が成り立つものか。チャンクーの真名魔法は、中国語で【呼ぶ】。何とも抽象的な魔法だが、要するにチャンクーにとって有利な状況、人材、境遇を呼び寄せてしまうのだ。それも、チャンクーにその自覚はない』
な、なんだと? 俺にそんな魔法が備わっていたのか。
いや、自分の名前の意味くらい分かっていた。当然だ、俺は中国語を話せるのだから。しかし、俺の名前にそんな強力な魔法が宿っているとは知らなかった。
「なるほど。つまり、蚩尤レプリカが運よく羲和の太陽の鎧を身に着けていて、それに相対していたのが太陽を砕く魔法を持つ自分だったというとてつもない偶然も、やはり偶然などではなかったということっスね」
『そうだ。ついでに言うと、神域に拘束されていた我をこんなところまで呼び出したのもコイツの魔法。蚩尤の残滓という、今後必ず大災害を引き起こすだろう眷属を、まだ力の成熟していないこの段階で出現させたのもまた、コイツの魔法だ』
おいおい、いよいよもって俺という存在が不自然になって来たぞ。そんな、運命すらも捻じ曲げるような能力が俺に備わっていたのか? じゃあ、何故俺はそれを自覚できていない。というか、アフリカでは何故それが発動しなかった?
『疑問は尽きないだろうがなチャンクー、ただひとつ言えることがある。お前は確実に、一回目などではない。生まれたばかりの化生が、数か月でこれほど強力な真名魔法を扱えるものか。お前は確実に、何十回、何百回、ともすれば既存の数字では現せないほどの回数転生しているはずだ。お前の力は、その程度ではないと知れ』
俺は、もう何度も死んでいるのか? もう何度も、殺されているのか?
思えば、蚩尤レプリカに既視感はなかったか。いや、もっと前だ。蝗魔王や魃魔王、神虫にだって既視感はなかったか? あの時最後に現れた黄帝に、俺は何も感じなかったのか?
掴めそうな何かを、俺は未だその手に納められないでいる……。
一応、これにて第二章終わりになります。次回はちょっとだけSIDEジダオを挟んで、その後はまた神々の視点をちょっとやって、それから第三章、待望の三大竜編に入ろうかと思います!
ホントは二章が三大竜編だったなんて言えない……。前座が長くなりすぎた。あと俺が蚩尤大好きすぎ。