第百十六話
突貫戦車を用いて縦横無尽に戦場を駆けまわる。大部分がタングステンで構成された金属の戦車だが、俺の馬力にかかればなんてことはない。時速は300kmにも達し、霧を突破して目に付く巨人をなぎ倒していった。
しかし、この深い霧の中では視界が悪い。当然ながら、巨人と戦闘中の味方と遭遇することもある。
だが、俺の反射神経は人間の基準では計れないほど鋭いのだ。音速を超えていなければ、見てからでも回避することが可能である。
ソンダビットとアララーが蚩尤レプリカの相手をしている間、俺はとにかく戦場を駆け続けて敵を屠った。彼らが蚩尤レプリカを倒しさえすれば、この霧は晴れるのだ。そうなれば、もう俺たちの勝利は目の前。俺の魔法で巨人どもを一掃できる。
とにかく走って、走って、走り回った。少しでも移動すれば、巨人はあらゆる場所にいる。その悉くを、俺は引き潰していったのだ。
巨人族は言わずもがな、身長が高い。それこそ、ソンダビットでも見上げるほどに。
しかし、結局のところ足元を崩してしまえば関係ないのだ。足首から膝までを突貫戦車で破壊すれば、目の前に頭が来る。今度はそれを思いっきり殴りつけてやればいい。
突貫戦車の重量と防御力は、従来の兵器とは比較にならない。現在の技術では、戦車本体と同等以上の大きさを持つエンジンを搭載しなければいけないほど、この戦車は重たいのだ。それだけの密度を持つ魔法タングステンは、当然あらゆる攻撃を防いで余りある。
速度に乗っている俺に対し、巨人どもは決死の覚悟でカウンターを放ってくるが、その拳や蹴りは一撃も俺に届くことはなく、むしろ突貫戦車の表面に触れた段階で砕け散った。
この超重量を前に、巨人族の抵抗など児戯に等しい。
戦いに置ける強さを『体格』を基準に考えるのならば、その大きな要素はやはり体重だ。
逆に言えば、体重のない敵にどのような攻撃をされようとも、そこに技術がなければ響かない。もちろん、巨人族がそのような技術を持ち合わせているはずはなかった。連中は全裸に申し訳程度の腰布を巻いた原始人なのだから。
本当に、蚩尤レプリカとそれ以外の巨人とで差が開きすぎている。彼が作り出した巨人は、どれも脆弱で攻撃性に欠けるものだった。なんというか、不自然極まりない。
「まさかとは思うが、長い年月で蚩尤の残滓も劣化しているのか? 彼の妖魔を作り出す異能が弱体化し、本来彼自身が持つ武術に実力が偏っている。そう考えるのならば、納得は出来るが……。化生や魔王の力は、恒久のものではない……?」
魔法や魔力にも経年劣化というものが存在するのなら、その原因は何だ。
例えば建物が劣化するのは、風や日光だ。植物が劣化するのは微生物などの活動。であれば、魔力が劣化する物質が存在するということになる。それを突き止めなければ。
『チャンクーさん! よかった、合流できそうです。ドラコイェストです。右側にいますので、一度情報を共有しませんか』
そんなことを考えていると、ドラコイェストから通信が入った。
蚩尤レプリカの霧によって阻害されていたはずのそれは、何のノイズもなく俺の耳に届く。どうやら、ある程度距離が近ければ通信機も使えるようだな。
俺は少しまっすぐ進んで巨人を一通り殺した後、右向きに回転してドラコイェストと合流した。
……思い出した。彼女は、銃に内蔵されたコントローラーで車両を操縦しているのだ。
窓から大きく身を乗り出し、銃口をあちこちに向けている。一人で装甲車を走らせ巨人を屠るその姿は、人間とは思えなかった。
「チャンクーさん、ソンダビットは無事ですか? というか、一緒に行ったんじゃないんですか?」
「無事か、という質問に答えるのなら、恐らく無事だろうな。アイツには最強の盾と最強の鉾が付いている。俺の最終兵器、アララーの龍だ。少々危険だが、ソンダビットには蚩尤レプリカの相手をしてもらっている」
危険とは言ったが、ソンダビットの心配は一切していない。どれだけ時間が掛かろうとも、ソンダビットはいつか必ず蚩尤レプリカを打倒できるだろう。そのために、アララーを貸したのだ。これで奴を倒せなかったら、帰った時にめちゃくちゃバカにしてやる。
アララーの龍は、英雄英傑を導く正義の龍だ。しかしこの場で言う英雄とは結果論で、俺の考えでは、戦闘経験の一切ないド素人でも、アララーの協力を仰ぐだけで必勝となりえる。奴はそういう異能を持った龍だ。使用者の技量を大いに高め、絶対に死なない肉体を与え、さらには敵の弱点を露出させる。これだけお膳立てされて、ソンダビットが勝利を納められないはずはないだろう。
しかし不安があるとするのならば、アララーに人間的な常識は通用しない。
奴は何処までいっても龍だ。人、いや、あらゆる生物とは領域の異なる化生だ。その彼に、人間としてのあり方を求めても無意味である。それを考慮すれば、ソンダビットはきっと無事ではないだろう。
「し、蚩尤レプリカ!? 蚩尤って、今回の大将として予測が立てられていた大魔王ですよね? そんなのの相手をソンダビット一人でって、チャンクーさんをそれを許したんですか!? アララーという龍については聞きましたが、アレはあくまでも補助に当たる眷属器でしょう! ……今からでも、私が加勢しに行きます!」
ドラコイェストが慌てているのも理解できる。ソンダビットは彼女と違い、相手と直接戦闘する戦士だ。銃などの遠距離攻撃とは違い、一手一手が命に関わる。
「安心しろ、アララーの実力は俺が保証する。少なくとも、ソンダビットが死ぬことはありえない。アララーは、脳と心臓さえ残っていれば補修が可能なのだ。蚩尤レプリカの攻撃なら、ソンダビットは頭を守りながら戦うことが出来る」
「そ、それってつまり、ソンダビットのほとんど全部が失われるってことじゃないですか! 頭だけ残っていて、それで何になるって言うんですか。たとえ死ななかったとしても、それじゃソンダビットに将来はない! 彼は戦士としての生き方しか知らないんですよ!?」
「戦士として戦い戦士として生涯を終えるのなら、戦士としてこれ以上のことはないだろう。アレは生粋の戦士だ。自分の身よりも、国や人々のために死ねる男さ。事実、自分の危険も顧みず俺に巨人の掃討を任せた。一番危険なのは奴なのに。そんな彼の覚悟を、まさか汚そうというのか」
ソンダビットは、誰よりも戦士としての覚悟を持ち合わせた男だ。国を愛し、国民を愛し、そして共に戦う皆を気遣う。そんな美しい男だ。
戦いというのは、誰であってもそれを汚してはならない。特に、それが美しいものならば。ソンダビットの覚悟も、蚩尤レプリカの信念も、それが交差しているうちは誰も汚せないのだ。
「それに、ソンダビットは絶対に勝つ。信じろ、アイツを」
俺の決闘神聖主義と言うのは、きっと人間からすれば歪なものに映るのだろう。ドラコイェストは納得していない様子だった。
まあ、それも理解できる。俺の考えは、ともすればソンダビットの死を肯定するようなものだ。命を重要視する人間には、受け入れがたいだろう。
しかし、今回は大丈夫だったようだ。彼女の不安は、嬉しいことに杞憂で終わった。
辺りを漂う不快な霧が、装甲車や巨人の動きによって打ち消され始めたのだ。
今まで、それは蚩尤レプリカの力によって制御されていた。それが晴れたということは……。
俺はドラコイェストの乗ってきた装甲車の上に乗り、辺りを確認した。
やることはただひとつ。絶対の集中力でもって、味方に被害が及ばないよう攻撃魔法を放つ。それだけだ。
皆を救った英雄は、その日、右目と両腕が消滅した状態で見つかった。
たまにガチで意味わかんない回が存在する。それがパラちき