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※パラレル地球の救い方※  作者: Negimono
第二章 中国・ロシア編
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第百十三話

~SIDE ソンダビット~


 走り去っていくチャンクーさんを見送り、俺はラズルシェーニェを構えた。

 深い霧の中、どこから攻撃が飛んでくるかは分からない。だから、一方向だけでなく周囲全てに意識を傾けるのだ。音もにおいも、肌に触れる湿気さえも、奴の居場所を特定する情報源になりえる。


『そう張り詰めるなソンダビット。たとえ攻撃を喰らっても、一撃で死ななければ我が修復してやれる。まずは、我と融合したことでさらに強力になったラズルシェーニェに、振り回されないことだけ考えていればいい』


 冷静な口調で恐ろしいことを言うな、この化生様は。

 アララーの龍。俺も名前しか聞いたことのないほどマイナーな化生だが、ロシアのズメエヴィチとは違って、純粋なる正義の龍だ。


 彼の言う通り、このラズルシェーニェに振り回されないことこそ重要だろう。

 何せ、この剣には人類の技術と、チャンクーさんの自然力、そしてアララーの破壊の異能が加わっている。恐らく、史上最強の攻撃力を持つ武器となりえるだろう。


 この剣が内包するエネルギーは凄まじく、ひとたび振るえば山河も砕く勢いだ。

 如何に古代の巨人と言えど、これを受けて無事でいられるはずはない。ともすれば、決着は一撃で付いてしまうかもしれない。


 これにダメージを無視する修復能力も付いているのだから恐ろしい。

 流石アララーの龍。稀代の大英雄チャンクーをこれまで助けてきた力は伊達ではない。俺のような人間でこれなのだから、人的被害を考えずチャンクーさんとアララーが力を解放すればどのような事態になるかなど、想像もしたくない。


 まずは試しだ。ラズルシェーニェを上段に構える。

 俺の身長ほどもあろうかという大剣は、その重量もあって取り回しは面倒だ。しかし、ゆえに人知を超えた力を生み出せるというもの。


 一閃。上段からの一振りで、ラズルシェーニェは辺りを漂う霧の悉くを吹き飛ばして見せた。俺の前方には、数分ぶりの開けた視界が広がっている。


 瞬間、後ろから素足を擦らせる音が聞こえた。俺は何も考えず、前方へ飛び退く。

 振り返った先には、二本の右腕が振りぬかれた姿勢で停止している。間違いなく、先程俺たちを襲った蚩尤レプリカの拳だった。


 人間の俺では一撃でも喰らえば即死の攻撃。危険度は高い。しかし、このラズルシェーニェも似たようなものだ。状況によっては奴を一撃で葬れる。

 だからこその二撃。拳二つでもって俺を殺しに来たのだ。


 奴の身体は濃密な霧に紛れて見えない。肘から先だけが見えている状態だ。

 あれも、ラズルシェーニェを警戒してのことだろう。体格差があり過ぎて、この場面でカウンターを叩き込むことはできない。


「クソが、腕長すぎんだろ。自分、これでも人類最大の戦士でやってるんすけど。巨人と戦うと、いつも自分の小ささが気になる。だからぶっ飛ばしたくなるんス。連中、体格だけで戦うのいい加減止めてくんないっスかね」


 悪態をついてみたが、ここから攻撃する方法が思い浮かぶわけでもない。

 だが、これは精神衛生上必要なことだ。俺のメンタルのためにも、冷静さを欠かないためにも。変えられないことを気にしていても仕方ないのだから、口に出して発散するのが一番効率的だ。


『せめて奴の全体像が見えてれば良いんだが……これでは蚩尤レプリカがどのような構えで拳を撃ち込んできたのか、左手はどのような位置にあるのかも分からない。反撃のしようがないな。霧は濃くなっていくばかりだし……』


「霧が邪魔なら吹っ飛ばすだけっスよ、アララーさん!」


 蚩尤レプリカに接近されたことで吹き飛ばした霧も濃くなってきたが、一時的にこれを打ち払えることは先程分かっている。少々粘性のある霧だが、俺とラズルシェーニェのパワーが加わればまったくの無問題だ。


 奴の拳から視線を切らないようバックステップで距離を稼ぎつつ、下段から上段へ掬い上げるように大剣を振るう。生み出した力は風となり、蚩尤レプリカがいるだろう場所をさらけ出した。


 全体像を見ると、やはり大きい。チャンクーさんの鉄壁の盾がない今、奴の存在感は先程にも増して大きく見えた。俺は今からコイツに勝たなければならないのだと思うと、途端に自信がなくなってくる。果たして、俺にやれるのだろうか。


「まさか、今の拳を避けられるとは思っていませんでしたよ。人類最高峰の戦士ソンダビット。どうやら私は、君を過小評価していたようです。いや、チャンクー一人を警戒しすぎていたと言うべきでしょうね。貴方の実力を侮っていた」


 右手の両拳を俺に向け、蚩尤レプリカはそう言った。しかし、その言葉はまったく耳に入ってこない。奴が拳を揺らすだけで、目線を左右に振るだけで、次の瞬間には殺されているのではないかという緊張が走るのだ。


 巨人慣れしていると言えど、奴はその中でもトップクラスに大きく、そして強い。今まで戦ってきたレーシーや鬼族など歯牙にもかけぬ存在だ。その存在感と緊張感が、今になって俺を襲った。


 奴の構えを注視する。ボクシングを思わせる構えだ。

 右手を前に、左手は上の手で顔周辺を守り、下の手で腹周辺をガードしている。足は俺に対して垂直になるよう縦に揃えており、右脚が前に出ていた。


 その構えから一歩。後ろにある左脚で軽くステップを踏み、そのままの勢いで右脚を前に。たったそれだけの動きでいったい何メートル進んだのか、大きく飛び退いて距離を取ったはずの俺に、もう拳が当たる位置まで接近されてしまった。


 凄まじく速い。たった一歩が、俺のひと跳び以上はある。俺の反応速度など、奴からしてみれば遅すぎて話にならないのだろう。さっきは運が良かっただけだ。奴の攻撃に、事前に気付くことができていた。


 しかし今はどうだ。迫りくる右上の拳に、俺のバックステップはまったく追いついていない。普通の人間のパンチなら確実に躱してカウンターを叩き込めるはずなのに、まさかバックステップの距離が足りないなど。


 奴の拳は大きい。俺の上半身全てを撃ちぬけるほどに。ここまで迫っては、もう避けることなど出来ない。しかし、こんなところでラズルシェーニェを防御に使うこともまた、愚策中の愚策であることは理解している。


 ラズルシェーニェは攻撃用の武器だ。確かに、その重量と強度を考えれば盾としても充分な機能を果たすだろう。しかし、蚩尤レプリカの拳を受け切れるほどではない。

 よしんば奴の拳を切断したとしても、パンチを真正面から受けてしまえば、必然、この剣も折れてしまうだろう。俺から戦闘能力が奪われるということだ。


 容赦なく迫る拳を前に、俺は瞬時に判断を下した。絶対の攻撃力を失うくらいならば、俺の身体などくれてやる。その代わり、勝利は我が方に。


「喰らいやがれ、火山の種ッ!」


 超巨大な拳。そのパワーは、重装甲車両も軽々吹き飛ばすだろう。

 それに対し、俺は炎を纏った拳を打ち付ける。チャンクーさんの火山が宿った左拳は、奴の右拳中心を正確に撃ちぬき、その炎は肩を伝って全身に広がる。


 あまりのパワーに俺の身体は持ち上がりそのまま後方へ大きくはじき出された。

 当然ながら、奴の攻撃を真正面から受け取った左拳は砕け散り、左肩が吹き飛んであばら骨が露出している状態だ。


『まったく無茶をする奴だ。我の言葉はお前をリラックスさせるウィットなジョークのつもりだったのだが。まあ、これも修復できないことはない』


「この現場でジョークとは、笑えないこと言うっスね。けど、本当に助かってるっスよ。アララーさんの能力が無かったら、俺はもう今の一撃でおじゃんですから」


 アララーの白の異能で、俺のはじけ飛んだ左肩が修復されていく。

 それは元の肉体ではなく、魔力で生成された光の四肢だ。俺の腕が治ることは、多分一生ないだろう。だが、この戦場で勝利を収められるのならばそれでいい。

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