第百三話
「やあイズナー、調子はどうだ? あっちこっち動き回って、多少作業が遅れていると聞いたが」
報告のあと、俺はロシアの技術班を訪れていた。
ソンダビットとドラコイェストは今日の疲れがあるから、先に軍寮に帰している。まあ、アイツらなら勝手に修練をしている可能性も考えられるが。
「いやぁ、作業の遅れなんて昨日のうちに取り返しましたよ。壊れた銃や戦車の修理なんて、うちの技術班じゃそんな時間のかかる仕事でもないですからね。今はそれよりも、チャンクー殿に提供していただいた武器と、この自然力の解析の方が重要です」
流石だな。彼らは自称なんて言っていたが、本当に世界最高峰の技術を持っている。
彼らが専門に扱うのは普通の武器とは異なる、魔法を用いた武器だ。それだけ修理にも時間がかかるし、大破すればまず修繕できない。
しかし彼らは、どうやってかは分からないが、装甲に巨大な穴が空いて、魔力タンクまで大破した戦車を、いとも容易く修理してしまう。それも、たった一日でだ。彼等こそ本当の魔術師なのではないかと、俺は常々思っている。
「自然力の兵器転用は出来そうか? 正直かなりデリケートな素材だし、俺が使ってみたところ、魔力とはかなり勝手が違うだろう。それを化生の制御なしに、科学の力で動かすなどということが本当に可能か、少し疑問に思っているんだ」
少なくとも、現在使用している兵器に、そのまま自然力を流すだけでは不十分だ。
魔法を発生させる装置の強度に対して、自然力の内包しているエネルギーが大きすぎる。その程度では、とても実戦投入は出来ない。
「それなんですがね、実は今試作している武器があるんですよ。ソンダビット用にと考えている大剣なんですが、研究の段階で提供していただいた自然力が底を尽きてしまいまして。それを提供していただければ、今すぐ試験できます」
「そんな回りくどい言い方をしなくても、自然力が欲しいと言ってくれれば惜しみなく提供するとも。イズナーたちは俺たちを守り、そして戦う術を与える技術者だ。戦場は違うが、俺はお前たちのこと、同じ戦士と認めている」
そうだ、彼らは戦士。国からの無理難題な要求も難なくこなし、まったく新しい技術である魔法の開発も日進月歩。俺たちよりも成果を出しているほどだ。
彼らの働きが無ければ、ソンダビットもドラコイェストも戦うことはできない。
それに、個人的に技術者には尊敬の念を抱く部分がある。
それはビクトリア決戦でのとき。俺が考案した魔法の戦艦や戦闘車両を、各国が協力して開発してくれた。
正直に言うと、俺は当時、戦艦や戦闘車両の製造というのがどれほど大変なものか理解していなかった。ケニアでの決戦に間に合わせるなど、本来不可能なはずだったのだ。
それを、タンザニアの技術者中心に急ピッチで作業を進め、どうにか間に合わせてくれたのだ。それはひとえに、自分たちの国を、そして誇りを守るため。そのために、真の意味で命を削ってまで、必死に働いてくれた。彼らも立派な戦士だったのだ。
彼らの奮闘なくして、俺は今この場に立っていない。俺の魔法を用いた戦艦の主砲がなければ、俺は蝗魔王の群れを捌ききれず、あっさりと殺されていただろう。そしてアフリカも守り切れなかった。本当に、感謝してもしきれないくらいだ。
「チャンクー殿、あっしらのことをそんな風に。ありがとうございます。そう言っていただけると、こっちもやる気が出るってもんですよ。それじゃあ早速試験に入りましょう。準備してきます!」
そう言うと、イズナーは小走りで奥の倉庫に入り、一振りの大剣を抱えて戻ってきた。
見事なものだ。ソンダビットが使うというのなら丁度いいのだろうが、俺の身の丈ほどもあるその大剣は、俺の身長ではとても扱いきれない。
「これが、現在世界中を探してもソンダビットにしか扱えない剣、ラズルシェーニェです。刃渡り150cm、全長180cmの大剣。身長2mを超え高い戦闘力を持つ魔導士は、今のところソンダビットしかいませんからね」
ソンダビットは強い。恐らく、人類史上最も戦闘に特化した肉体を持っている。無駄な筋肉は一つも持ち合わせておらず、魔法によって強化すれば、重機をも軽々と凌ぐパワーを有する。まあそれでも、タングステンの全身鎧は着たくないらしいが。
とにかく、これほどの大きさを持つ得物は、彼にしか扱えないだろう。
彼は今これよりも一回り小さい剣を使っているが、まるでナイフでも使っているかのように自在に取りまわす。きっとこの剣でも、同じことができるはずだ。
「どうぞチャンクー殿、一度持ってみてください。ソンダビット用に作りましたが、あなたほどの筋力があれば、縦に振り下ろす程度なら扱いづらさを感じないはずです。ささ、このタンクに自然力を入れると、自動的に魔法が発動しますよ」
言われた通りタンクに自然力を入れ、タンクと大剣をチューブで接続する。
自然力は大剣へと流れていき、イズナーの言葉通り自動的に魔法が発動した。
これは、切断と乱魔の魔法か。魔力で防御力を強化していたり、障壁等の魔法が使えたりする敵でも、この剣の一振りで両断できる。ソンダビットの高身長から放たれるそれは、恐らく如何な敵も防ぎ切れないだろう。
「それでは一振り、試してみるとしようか」
俺は目の前に鉄の塊を生成する。大きさは一般的な人間と同じくらい。これを切断できないようでは、今後の戦いには付いてこれない。何せ、魔法を用いた身体強化とは、金属をも凌ぐ硬度を持つのだから。
それに、魔王相手にではもっと高い攻撃力が必要になる。
俺たちのような魔王級は、身体強化とは別に特殊な細胞結合が存在する。魔法を伴わない攻撃では、例え戦車の主砲であっても傷つくことはない。
この剣にそれが可能か、見定める必要がある。
剣の柄を強く握りしめ、決して離れないよう力を込める。俺のパワーではなく、この剣の耐久力と魔法が重要だ。
一歩踏み込み、膝と腰と、そして肩。あらゆる関節を同時に折りたたみ、この剣に最大の力が加わるよう最善を尽くす。
不思議と、これほどの長物を使っているのに重量感も不快感も感じない。まるで細身のロングソードを使っているかのような感覚だ。
「お見事! ですね。まさか鉄の塊を一刀両断できるとは、あっしも思ってませんでしたよ。それも、チャンクー殿が自然力で生み出したものだ。これの強度は、あっしらも良く分かっています。生半可な魔法で切断できるものでは、断じてない」
「その通りだ。そして強力な妖怪や悪魔も、この鉄塊と同様の強度を持つ。それを一撃とは、想像以上のものを作ってくれたなイズナー。俺の武器以外でこれほどの攻撃力を持つものは、たった一つしか心当たりがない」
この剣は、確かウガンダでの戦いでジダオが相手をした人型種。アイツの持っていた魔法の大剣をも凌ぐ強さを秘めている。それこそ、アララーの黒の剣にも及ぶほどの攻撃力だ。
「それに、魔法の自動発動というのも便利なものだな。この剣の使用者は、身体強化以外の魔法に気を遣わなくて良いということか。おかげで、俺は剣を振り下ろすことだけを考えられた。これは素晴らしい発明だぞ」
「あ、やっぱりその機能も必要でしたか。前にドラコイェストに言われたんですよ、こういうのがあったら便利だと。あっしは何分、それを使って戦うことは出来ないですから、魔導士の気持ちというのが分かりません。ですがどうやら、他の武器にも搭載するべき機能のようですね。何、そう難しいものでもないですから」
なるほど、これはドラコイェストの発案か。確かに、実際武器を扱うわけではない技術者には少々分からない部分ではある。身体強化や切断など、複数の魔法を管理するというのは、実は結構神経を使うのだ。
実際に細かく調整するのは身体強化だけで、他の魔法は武器そのものに搭載されているから、人間が扱う必要はないはず。だが、発動や解除、魔力残量の管理などを行っていると、どうしても別の魔法が疎かになる。それは魔導士にとってストレスだ。
それを解消するのが、この技術である。確かに応用性は低い。しかし、魔力を流せば自動で最適な魔法が発動し、自分の戦闘を補助してくれる。魔導士が気にかける事柄が少ないのだ。これがどれほど俺たちの負担を減らすことか。
「本当に尊敬するよイズナー。二人にはデカい顔をしているが、俺ができるのは戦闘だけだ。お前たちのように、これほどのものを作り出すことは出来ない」
「いやいや、チャンクー殿も武器をお作りになるではないですか。未だに我が技術班では、磁力式破砕鎚を実戦投入できる算段が立っていません。それこそ、貴方の発明が人類を上回っている証明ではないですか」
コイツは本当に、俺のことを持ち上げてくれる。それも、ただ世辞で言っているのではない。自分で言うのも何だが、コイツは俺のことを本当に尊敬してくれているんだ。それがたまらなく嬉しい。